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tta


 そのときシンタロー(七歳)は非常に困っていた。
 今、彼がいるところは狭くて薄暗い通路。幅は大人が何とかすれ違える程度しかなく、床はリノリウム張りで壁にはよくわからない配管が走っている。窓はなく、まだ昼間だというのに天井では剥き出しの蛍光灯が広い間隔で通路を照らしているが、どうやら切れかかっているものもあるらしく、時々不規則に瞬いている。
 シンタローは知らなかったが、そこはビルメンテナンス用の通路だった。
 シンタローは自分が今来た道と先に続く道を何度も見比べてから、意を決して先に進むべく駆け出した。
 突き当りを右に曲がり、さらにその先を右へ曲がると十字路に行き当たり―――。とうとう途方にくれた。
「やっぱりダメだ…」

 事の起こりは小一時時間ほど前。グンマと始めたかくれんぼが原因だった。ふだんは最上階のVIP居住区以外に出入りすることなどないのだが、よりよい隠れ場所を探しているうちに、自分がどこにいるのかわからなくなってしまっていた。早い話が自分の家の中で迷子になってしまったのだ。
 シンタローは壁にもたれかかると足を投げ出して座り込んだ。
 そのうち出口か、もしくは誰か大人に見つけられると思って歩いていたのだが、出口も大人も見つからない。右も左もわからない。もう歩き疲れたし、喉も乾いた。
 ふっと、シンタローは自分を探しているグンマの事を思い浮かべた。
 もしかすると見つからなくて泣いているかもしれない。大泣きに泣いているところを誰かが見つけて、泣きながらシンタローがいなくなったことを訴えるかも。そうしたらきっとマジックが大騒ぎするだろう。なんとしてでも探し出してくれるに違いない。
 そう。きっと見つけ出してくれる。でも、それはいつのことだろう。まさかこんな所にいるなんて、彼らは思っていないはずだから。
 シンタローが心細さに膝を抱いた時、遠くの方でかすかに物音がした気がした。少しずつ、音が近付いてくるとそれがはっきりと足音だとわかる。。
『誰か探しにきてくれた!』
 シンタローは喜んで立ち上がりかけたが、すぐに何かがおかしいことに気付いた。
 そう、足音がひとつしかしないことだ。
 シンタローを探しにきたのなら声をかけながら歩くだろうし、この通路自体がもっと賑やかになっていいはずだ。それなのに足音はただ一つでしかもひどくゆっくりと近づいてくるのだ。
 何かがおかしい、と思ったときにはシンタローの頭の中にはあらゆる想像が錯綜していた。
 そう言えば昨夜テレビで見た映画では誰かが持ち込んだ地球外生命体が基地を徘徊し、人間を食べ尽くす内容だった。始めは犬くらいの大きさで俊敏に犠牲者に襲いかかり、骨ごとゴリゴリ人間を食らう。映画では大人を襲って手足を食べ残していたが、シンタローは子供なのできっと食べつくされてしまうに違いない。
 いやいや、もしかしたらこの通路に住み着いた狂人がいるのかもしれない。狂人は血に飢えていて、やけに手入れのいいピカピカのナイフを誰かの体に突き立てたくてたまらないのだ。きっとその異常な嗅覚で久々の獲物が迷い込んだことを察知したに違いない。
 それとも―――――
 次々と思い浮かぶB級映画な想像に震えながらシンタローは逃げ出すことを忘れていた。
 気がつくと足音がすぐそこまで聞こえていた。曲がり角の向うに蛍光灯に照らされた薄い影が見える。
 何かの影はその歩みに合わせてゆらりゆらりと揺れながらゆっくりと近付いてくる。
 シンタローは壁に背中を押し付けながら立ち上がった。
 戦って勝てるだろうか。シンタローはそう思ったが武器はなく、細い腕には力などあろうはずもない。
 だが、戦わなくては。もし、自分が哀れな屍をさらしたとしても、果敢に戦ったとわかれば、マジックはそれを褒めてくれるかもしれない。「さすが私の子だ」と言ってくれるかもしれない。
 小さな拳を握りしめ、じりじりと影ににじり寄る。
 あと数歩もすれば影の主が姿をあらわす。そうしたらその瞬間に不意打ちで飛びかかればいい。相手もまさか反撃してくるとは夢にも思っていないに違いない。
 耳を澄まして歩数を数える。
 一歩。二歩。相手の靴の爪先がほんのわずかに見えた。今だ!
 シンタローが飛びかかったその瞬間!!
「おや、シンタローさ…ほごぉ!」
「ド、ドクター!?」
 シンタローの小さな右の拳が高松の顎に見事に決まっていた。




 何か夢を見ていた気がするが、それが何の夢だったかは覚えていない。気がつけばぼやけた視界には、なぜか必死な顔をした子供の顔があった。
「あ、ドクター! うわぁぁん、よかった―――!」
「…シンタロー様?」
「死んだのかと思ったよ――――!!」
「勝手に殺さないでください。…っつつ…」
 高松は顔をしかめながら後頭部をさすった。
 自分に縋りつきながら泣きべそをかいているシンタローを見て全てを思い出した。顎がヒリヒリと痛む。頭は倒れた時にぶつけたのだろう。子供の力でも急所に当たればそれなりに効果がある証拠だ。
「ところでシンタロー様はこんな所で何を?」
 ピタリとシンタローが泣き止む。そしてばつが悪そうに顔を背けると、ボソリと一言だけ発した。
「………かくれんぼ」
「お一人でですか?」
「そんなわけないでしょ! グンマとだよ!! その…ここなら見つからないと思って……」
 ごにょごにょと口ごもるシンタローを見て高松は大方の予想がついて吹きだしそうになるのをぐっと堪えた。
「そうでしたか。では私は戻りますが、どーぞシンタロー様はごゆっくり。ここに隠れていらっしゃるのは誰にも!言いませんのでご安心を」
「待って、ドクター!置いてかないで~~!!」
 すたすたと歩いていく背中を慌てて追いかけて腕に縋りつき、半べそをかきながら高松を見上げて訴える。
「かくれんぼで見つかっちゃマズイでしょう?」
「連れて帰って~」
 置いていかれまいと必死なシンタローを見て高松は頭を掻く。
「そうしてさしあげたいのは山々なんですがねぇ…」
「?」
 きょとんとした顔で見上げるシンタローの目を覗き込みながら申し訳なさそうに苦笑する。
「実は私も道に迷ってるんですよねぇ」
 さして困っている風でもなくしれっと言ってのけた高松の顔をまじまじと見つめていたかと思うと、大きな目から滝のように涙が噴き出した。
「ぶえ~ん! ドクターの役立たずー! 何のために来たんだよー!」
「ただ近道をしようとしたらシンタロー様を見つけただけですよ。別に一緒にいらっしゃらなくても結構ですよ」
「ついて行くもん!」
 盛大に鼻をすすり上げながら高松の白衣の裾をしっかりと握りしめる。そのさまを見て高松はやれやれと肩をすくめた。

 二人は結局連れ立って歩き出した。どこまで続くかもわからない廊下に二人の足音と、時おりシンタローが鼻をすする音が響く。特に何を話すということはなかった。それが不自然だとも苦痛だとも思わない。むしろ自然なような気がしてきた時、ふと、高松が口を開いた。
「シンタロー様」
 呼びかけに答えて顔を上げた。高松は笑っている。
「迷子になった時の鉄則を知ってますか?」
「…その場所から動かないこと」
 以前、マジックに言い聞かされたことをそのままにシンタローは答えた。だが今回に限っては当てはまらないような気がして首をかしげた。高松は相変わらず笑いながら満足そうに頷いた。
「その通りです。遊園地だろうが、山の中だろうが、それが一番正しい。もちろん、基地の中でもね」
 そう言って高松は器用にウィンクして見せた。愉快そうな高松の顔を見てシンタローはチェッと舌を鳴らしてそっぽを向いた。小さい子みたいに泣きじゃくって高松にしがみついたことを思い出して顔が赤くなる。
「でも貴方が大人になって、もし何かに迷ってしまったら、その時は前に進みなさい。しっかりと前を見据えて、前進するのです。出口のない道などないのですから」
「…? うん」
 意味がわからないまま頷くシンタローに高松は微笑みかける。その微笑の裏にある感情が何なのかは混濁していて彼自身もわからない。もしかすると免罪を求めているのかもしれない。しでかした罪の重さをごまかすために、自分自身に対する欺瞞かもしれない。今更どうしようもないのに。
 シンタローに知られないよう自嘲してまた前を向いた。
「おや。どうやらこのあたりに見覚えが…。もう少しで出口のようですね」
「ホントに!? じゃあ早くこんなトコロ出ちゃおうよ、ドクター。早く早く!」
「貴方が私を引っ張ってどうするんです。また迷子になりたいんですか?」
 引っ張り引っ張られしつつ十分ほど歩いて出口にたどり着いた。高松が自分のIDナンバーを入力し、カードキーを取り出した。シンタローは待ちきれないといわんばかりに足踏みをしている。カードキーをスライドさせようとした手をふと止めて、シンタローを見た。
「シンタロー様」
「なぁに。ドクター?」
 キラキラとした目で見上げられて、高松は一瞬逡巡した。だが思い直したように首を振る。
「いえ、何でもありません。さぁ、出口ですよ!」
 スリットにカードをスライドさせると目の前の扉からガションとカギが外れる音がして、ほんの少しだけ隙間が開いた。高松はその隙間に手をかけると少し重そうに扉を引いた。
 外に出ればシンタローのよく見知った廊下に出た。シンタローたち一族が生活をする最上階のフロアだ。
「やったぁ!」
 シンタローは廊下に出るなり歓喜の声をあげて走り出し、廊下の角を曲がった所で立ち止まった。
 その先ではグンマが盛大に泣きまくり「シンちゃんが~シンちゃんが~」と言ってはまた泣きじゃっている。そのそばでマジックがおろおろし、周囲の部下達に何か指示を飛ばしていた。
 そんな二人を見てシンタローは思わず笑ってしまった。想像していたとおりの光景だったからだ。
「おーい、グンマー。パパー」
 シンタローが廊下の端から声をかけるとこちらを向いた二人が涙とハナミズで顔をぐちゃぐちゃにして駆け寄ってくる。
「「シンちゃ―――ん!!」」
「こーさんって何回もゆったのにシンちゃんいなくてボク、ボク…」
「どこにいたのシンちゃん! パパはシンちゃんが誘拐されたんじゃないかって心配で心配で…。もうパパにナイショでどっか行っちゃダメだよ――!」
「ごめんね~。パパ、グンマ」
 二人に抱きつかれているシンタローを見ながら高松は煙草に火を点けた。マジックへの細かい報告は後のほうがいいだろうと判断して煙草を吸いながら背を向けかけた時、シンタローがとてとてと駆けて来た。
「ドクター!」
「おや。どうしましたシンタロー様」
「あのね、お礼を言うのを忘れてたから。ありがとう、ドクター」
「どーいたしまして」
「ドクターの言ったとおりだったね」
「は?」
「『出口のない道はない』って」
 シンタローの言葉を聞いて高松は一瞬目を点にして、それから思わず吹きだした。笑いを堪えきれず肩を震わせる高松を見てシンタローが愛らしい唇を尖らせて拗ねる。
「なに? 何か変なこと言った?」
「いえいえ、別に……」
「ねぇドクター。今日のことみんなにはナイショにしといてくれない?」
「シンタロー様が迷子になってビービー泣いてたことですか?」
「べっ別に迷子になったから泣いてたわけじゃないやい!」
「おやそうでしたっけ?」
「もう! イジワルだなぁ。ね、お願い!」
 目をキラキラさせながら見上げられると高松もさすがに断り辛くて頭を掻く。
「ま、いいでしょう。貴方に貸しを作っておくのは悪くない」
「絶対、絶対、約束だよ!」
「はいはい」
 手を振りながらマジックとグンマのところに戻るシンタローを見送りながら高松は溜め息をつくように煙を吐き出した。

『出口のない道などないのですから』

 まったく、何を思ってそんなことを言ったのだか。
 高松は自分の言った台詞に苦笑した。本当にそう思っているのか、それともそう思いたいだけなのか。あるいは―――。
 踵を返し、高松は歩き出した。煙草の煙を燻らせながら。
 彼の前に道がある。それがどこに続くのかは高松自身も知らない。





END。。。。。






『その道の先』












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というわけでまぁ、高松ってば相変わらず暗いっていうか…。自嘲癖があるっていうか…
『出口のない道はない』と高松は思っているけど、自分に出口が用意されているわけがないとも思っていそうな、そんな感じです。
審判の日がきた時、高松は笑ってそれを受け入れるつもりだったんだろうな。
運命は思いがけない方へ向かっていたんですけど……。


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