己が属する部隊としては、少々手間取った任務を終え、ようやく本部に戻ると報告すべき長兄の姿は執務室に無かった。
秘書に訊くと正月休みだと言われ、そう言えば年が明けていたと初めて気付く。
今年も戦場で新しい年を向かえることになった。
一年の門出としてはまずますだと一人で悦に入りながらプライベートエリアへ足を運ぶ。到着したとたん、何やらいつもと違うエリアの雰囲気にたじろぎながら声のする部屋に入ってみると、ますます辟易することになった。
すっかり日本贔屓になりやがって。
思わず内心独り言ちる。
日本人と結婚して一男もうけた兄は、驚くほど日本の風習を好むようになっていた。
新年だからなのか呆れるほどに日本風の飾りつけが施され、何やらエキゾチックなしめやかな音楽が流れている。
英国出身のはずなのに妙に似合う紋付き袴を着た長兄は、最近の定番であるビデオカメラで愛息子の姿を映していた。
「獅子舞だー」
子供特有の舌足らずで甲高い声で、きゃぁきゃぁ言いながら近づいてきたのは、被写体である子供で、以前見た時よりも随分大きくなっていた。
この前見たのはいつだったかな、と計算してみると一年近く経っているようで、子供の成長は速いものだと不思議な気分だった。
「お年玉ちょうだい」
差し出された小さな手を邪険に叩き「そんなもんあるか」と言ってやると、甥はむっと脹れ面になった。
「獅子舞は縁起物なんだよ。てめぇこそ何かよこせ」
ひらひらと手を振りながらからかってやると、ますます機嫌を損ね、そのまま父親の元へ駆けていく。
「お正月から子供にたかるんじゃありません。この愚弟が」
相変わらず親馬鹿は健在のようで、息子のことになると冗談も通じない。
「鼻血は拭けよ兄貴。ところで今回の任務だけどな…」
とりあえず目的は果たそうと報告を始めると、瞬時に総帥の顔になった。こういうところはさすがと言うべきだろう。
「ああ、お前達にしては手間取ったな」
そのまま口頭で状況を説明しようとしたのだけれど、兄に止められてしまった。
「後で聞こう。今はシンタローがいるから」
「甘ぇんだな」
本当に自分の子供には甘いものだ。まだ小さいからと甥には何も教えてないらしい。いつまで隠すのか知らないが、いずれ自分達の稼業については話さないといけない。避けて通れるものではない。その時の甥の顔を見てみたいものだ。
わずかな憐憫も混じった嗜虐的な思考に陥りながら、兄に皮肉めいた視線を向けてみたが、一顧だにされなかった。
シュッとドアの空く音がして、双子の弟が入室してきた。
自分の時とは打って変わった嬉しそうな声を上げながら、甥は弟に駆け寄って行く。
新年だから挨拶に来たのだろう。弟はそういうところはそつが無かった。双子の癖に顔も似てなければ性格も似ていない。良く言われることだが当人である自分達が一番承知している。
兄弟が集まることは珍しかったが、顔を付き合わせているとロクなことが無いと自覚していたので、さっさと出て行くことにする。
本当は、弟と、弟に懐いている甥を見るのが嫌だったのかもしれない。
甥の、その色がどうしても許せない。
どうして兄も弟もあんなに可愛がれるのか。
そして、弟の、甥に向ける目が何かを懐かしんでいるような色を見せるのは気のせいか。
どっちにしても面白くない。
子供の歓声を背後に聞きながら、新年早々嫌な気分になってしまった。
(2006.1.3)
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