「──シンタロー、神は存在するのか?」
唐突な質問に、従兄弟は唖然とした表情になった。俺のことをいぶかしむように眺めながら向かいの長椅子に腰を下ろし、両手に持っていたマグカップのうちの一つを俺の前に置く。間を取るようにコーヒーを一口飲んでから、従兄弟は言った。
「そこの本に、答えが書いてなかったのか? それとも、俺の考えを訊きたいだけ?」
従兄弟は、俺の前に山積みになっている書籍に向かって顎をしゃくった。俺は曖昧にうなずく。
「これらの本に、答えらしきものが書いてないわけではない。──だが、俺にはどうも、納得できなかった」
だからお前がこのことについてどう考えているのか、知りたいのだと言うと、従兄弟は眉間に皺を寄せて、ふうんと気のない返事をした。
この世に改めて生まれ出てからというもの、俺は様々な知識の収集に夢中になっていた。それらの知識は亡き父の好んだようなものからもう一人の従兄が興味を持ちそうなものまで、雑多で広範囲に及んでいて、目の前の従兄弟の首を傾げさせたことも、一度や二度ではない。しかし置かれた環境のせいか、それとも身体に流れる血がものをいったのか、俺の興味の対象は、次第に亡父のそれと似たものになっていった。──そこで、今回の問題にぶちあたったというわけだ。
科学的な観点から言えば、神など存在しない。ただ、神の存在を疑わせるような、美しく端正な法則があるばかりだ。
だが、その科学を扱うのは人間で、人間の認識は、そう簡単に神の存在を否定するようにはできていない。実際、科学者の中にも、科学と信仰とは全くの別物だと考えている者も、大勢いるようだ。
そして俺自身、神話や神学書、哲学書、思想書などを読み漁ってみた結果、その点については、どうにも判断を下すことができない、という結論に達するしかなかった。少なくとも、人間が人間という枠の中に囚われている限り──言語という有限のものを使って全てを知覚せねばならない限り、仮に『神』と名づけられている超越者のことを、完璧に知ることはできないのだと。完全なる『超越者』とは、言語による認識を拒むものなのだ。
「……俺なんかに訊くより、他の奴に訊いたほうがいいんじゃねえの」
言ってから、従兄弟はその『他の奴』の面子を思い浮かべたらしく、少し渋い表情になった。
「一応皆にも訊いたぞ。……皆ばらばらの答えで、かえってわけがわからなくなったが」
俺の後見人は、「神の存在など非科学的」だときっぱり言った。自分は信仰心など持たないのだと。
もう一人の従兄は、「いたら楽しいし、便利かもしれないね」と微笑んだ。もしいるんだったら、コタローちゃんが早く目覚めるよう、絶対にお願いするのに、と。
叔父の一人は、「賭け事の神様ならいるぜ」といかにもなことを言った。もしかしたらその神の名は、ケンタウルスホイミというのかもしれない。
もう一人の叔父は、「神がいる、と考えた方が、納得できることが世の中には多いからね」と他人事のように言った。ただ、その神は慈悲深い神ではなく、残酷な、荒ぶる神だろうとも。
そして伯父は──これは従兄弟には打ち明けない方がいいだろう。きっと照れて怒るだろうから。
それぞれの意見を、従兄弟は興味なさそうに聞いていた。
「──要するに、神がいるかいないか、というより、その個人のものの見方が、神の認識にすでに多大な影響を与えているようなのだ」
これでは参考にしようがない、と言うと、従兄弟は呆れたように俺を見た。
「そんなの当然じゃねえかよ。人は自分が見たいものしか見ないんだぜ」
──それで、この上、俺の役に立たない意見も訊くの? と従兄弟は意地悪く言う。俺は頷いた。
「ああ、俺は、シンタローがこのことを、どういうふうに考えているのか、それが知りたい」
俺は、じっと従兄弟の目を見つめた。
「──シンタロー、神は、いるのか? いないのか?」
従兄弟は、まるで焦らすかのように、ゆっくりとコーヒーを口にした。
「……キンタロー」
「ああ」
「あのな、神はいるかいないか、じゃない。『いま』いるんだ」
神はあらゆるところに存在する。そう答えて、あるいは俺の神とも言える存在の従兄弟は、艶やかに笑った。
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