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(「Call」の叔父さん視点。)



二つ折りの携帯電話を開けたり閉じたりした挙句、通話ボタンを押すことなくカウンターの上に置いた。
カウンターの中の馴染みの店主が何か言いたげに、ちらっと視線を寄越したがあえて気にすることもせず、グラスを手にとって中身を流し込む。
空になったグラスを音を立てて置くと、呆れたような顔で店主が近寄ってきてグラスを交換した。言いたいことがあるようだったが、不機嫌な表情でそっぽを向いていると、小さなため息をついて再びカウンターの中でワイングラスを磨き始めた。
一気に半分ほど飲んで、再度携帯電話を手に取る。
サブディスプレイの表示を見ると、11時半を少し過ぎたところだった。まだまだ宵の口、と言いたいところだが、日付が変わる前に連絡を取らないと意味がないので、そろそろ覚悟を決めて電話をしなければいけない。
そのやり方に反発してこっちから団を出て行った身と言うこともあり、いくら親戚だからと言ってわざわざ電話をしなければいけないことはない。そう開き直って携帯を手に届かない位置にわざと放置したりもしたが、そわそわしながら酒を飲んでいると、気を利かしたのか厭味なのか判然しない店主がしらっとした顔でいつのまにか手元に戻して来たりもして、結局片手に握ったまま開いたり閉じたりを繰り返している。
何事もはっきりしないのは好きではないので、電話するならする、しないならしない、と決めたいところだがそれすら決心がつかない。
メモリダイヤルから目的の番号を選び、通話ボタンを押す。相手が出たら一言言うだけで済むのに、それだけのことが中々出来ずにこうして馴染みの店で腐っている自分が滑稽で笑えた。
これだから甥のことが嫌いだった。
甥を相手にしたときの感情は、いつもはっきりしない。どう思っているのか、どうしたいのか、何もかもが不透明だ。悩む己が嫌になってカウンターに突っ伏していると、まだ半分残っていたグラスに更になみなみと酒が注がれた。訝しげに店主を見ると、グラス磨きで手を忙しく動かしながらも、口の端で笑いを堪えていた。
癪に障ったので、ぎりぎりまで注がれた酒を零さないように注意しながら一気に飲み干す。強いアルコールが喉を焼いて、頭の芯が微かにぼうっとした。
携帯電話が教える時刻は11時50分で、5月24日は後10分しかない。いい加減、パーティーもお開きになったころだろう。恐らく自室に戻った甥は、今頃何をしているのか。
今の機会を逃したら後10分を絶対に無為に過ごす、と思ったのかどうか半分無意識に携帯電話を掴みボタンを操作していた。急に摂取したアルコールのせいだ、と誰にでもなく言い訳をする。
いっそ出るなと念じながらコール音を10回聞いて、20回鳴らしても出なかったら切ろうと決心した矢先、馴染んできたコール音が途切れたと思うと、不機嫌な声が耳に飛び込んできた。
「何か用か」
数ヶ月ぶりの、平素と変わりない偉そうな声が懐かしい。着信表示を見てるにも関わらず電話に出たのが意外で、軽く息を吸い込む。こちらから電話をしておいて驚くのも変だ気が付き、慌てて体勢を立て直した。
「よお、甥っ子。生きてやがったか」
「そりゃこっちの台詞だな、オッサン」
電話の向こうの空間は静かで、雑音すらない。予想通り自室にいるようなので安心すると、団にいたころと変わり無い軽口がすんなりと出てきた。
「相変わらず可愛くねぇな、クソ餓鬼」
「うっせぇな、アル中」
そう言えば、悪口を言えば悪口で、皮肉を言えば皮肉で返してくるのが甥だった。相変わらずの態度に苦笑を漏らしていると、気を利かしてどこかに姿を消した店主の物の腕時計が、カウンターの上で時を刻んでいた。12時55分を指す文字盤は、こちらの事情などお構いなしに秒針を動かしている。
「そっちはどうしてんだ」
言うことを言わなければ電話した意味が無いのに、口から出てきたのはそんな言葉で、甥や団の近況などすでに知っているのに、つい無意味な質問をして時間を潰してしまった。
「見境無く壊す誰かさんがいなくなったおかげで、経費が浮いて助かってるぜ」
「けっ。そりゃ良かったな」
「まぁな。それで用はなんだよ、オッサン」
用を訊かれてとっさに誤魔化そうとしたが良い誤魔化し案もなかったので口ごもっていると、奥からひょいと顔を覗かせた店主がまだ通話中なのを見て、またすぐに引っ込んだ。その後姿の肩口が堪え切れないと言った風にくつくつと小刻みに震えていたので、電話を離して「うるせぇな」と文句を言ったが、姿を消した店主にその声が聞こえるはずもなく、BGMがかすかに流れる店内に、秒針の音がやけに大きく聞こえた。嫌な予感がしてグラスの横の腕時計を見ると、日付が変わるまであと3分もない。
「あー…何だ」
「何だよ」
歯切れの悪い言い方は、甥の不信感を益々強めたようだった。電話を切ってやろうかと思ったが思い直し、もうどうにでもなれと覚悟を決めた。
「年食ってめでてぇな、シンタロー」
驚いたように息を呑む気配が伝わってきて、してやったりと言う気分になったのは一瞬で、あっちもそろそろ良い歳なのだから誕生日の祝いなどもういらないと分かっているのに、それでも一応と前置きしても誕生日にかこつけて連絡をとった挙句、素直におめでとうの言葉も言えない自分にどうも呆れる。
本当に、これだから嫌だ。
「…そりゃどうも。アンタ俺が四歳のころからボキャブラリーが増えてねぇのな」
「うっせぇよ。素直に『ありがとう叔父様』くらい言っとけ」
「はっ。酒の飲みすぎで脳みそ溶けたか?」
素直にやりとり出来ないのはお互いさまのようで、目的を果たした気楽さで先ほどよりもずっと気安くやり取りが続く。
「で、アンタ今どこにいるんだ?」
甥にしては珍しくこちらを窺うような声音だった。少し嗄らした声はどこか戸惑いに満ちていて、本人も不本意そうだ。自分が追い出したわけでもないのに行方を気にしているのは、甥らしいと言えば甥らしい。
「さぁな」
そっけなくはぐらかして、少し笑う。出て行ったきり音沙汰のなかった己を、甥が気にしていたと分かっただけで儲け物だった。思わぬ収穫に気をよくしたが、だからと言ってそう簡単に教えるわけにもいかない。
そろそろ潮時だ、とお互いに暗黙の了解のような空気が流れたので、あっさり切り上げることにする。
「じゃぁな、ヒヨッコ」
「三億円、さっさと返せよナマハゲ」
今度はいつ連絡が取れるのか分からないのに、最後の最後まで悪態の応酬で、とことんこの甥は可愛くない。
どっと疲れが襲ってきてカウンターに突っ伏して、さっさと切った携帯を片手で弄ぶ。出て行ったことを後悔していないはずなのに、こういう時は妙にやりきれない。かつては近く感じていた甥が遠く感じられる。それが、どうも気に食わないのは一体どう言うことだろう。
考え続けていると嫌な結論に達しそうで、世の中にははっきりさせない方が良い事もある、と頭の隅に追いやり、いつのまにか交換されていたグラスの中身を空けた。


(2006.6.1)
(2006.12.13)再up

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