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「──知っていますか」
 高松が、俺の髪を丁寧にタオルで乾かしながら、不意に言う。
 そろそろ、日付が変わろうかという頃合だった。先の遠征で軽傷を負った俺を気にして、わざわざ仕事帰りに薬を持ってきてくれた高松が、なぜこんなふうに俺の髪を乾かす羽目におちいっているのかといえば、それは、手持ちのドライヤーが壊れたからだ。──もっと順を追って正確に言うならば、軽傷と侮ってなかなか診察に行こうとしない俺に業を煮やした高松が、はるばる自室まで乗り込んでみると、頭にタオルを巻いた俺に出くわしたというわけだ。俺は別に風呂上りというわけでもなく、いい加減寝ようかと考えていたところだった。ただ、なかなか髪が乾かないので、このまま寝ようかどうか、迷って踏ん切りがつかずにいたのだ。
 高松は、部屋に入るなり滔々と今回の怪我についての文句と嫌味を述べ、最後に俺の姿を厳しく見咎めた。
「なんですか、その格好は。早く髪を乾かさないと、身体が冷えてしまうでしょう」
 怪我のついでに風邪もひく気ですか。でもその方が医務室に監禁できて丁度いいかもしれませんね、と高松は口の端をかすかに上げて言う。
「……怪我のことは反省してるよ。今度からちゃんとするから……。そんで髪のことは、今日だけは見逃してくれ。明日キンタローに見せるなり、新しく買うなりするから」
 俺の不摂生に関するドクターの見方は、総帥職に就いてからこっち、前科がたくさんあるだけに容赦がない。このままだと風邪をひいてもひかなくても、なんらかの理由をでっち上げられて、言葉通り医務室に監禁させられそうだったので、俺は慌てて言い繕った。
 俺が珍しく素直に応対したからだろうか、高松は軽くため息を一つつくと、不穏な表情をほとほと呆れたといったものに変えた。いざとなったら心底恐ろしいドクターの追及をかわしたことで俺が秘かにほっとしていると、高松は無造作に右手を差し出した。
「なに? ドクター、まだなんか……」
 不思議そうにする俺に、高松は眉間に皺を一つ刻んだ。
「なに、じゃないでしょう。タオルをよこしなさい。髪、そのままで寝るおつもりですか?」
 高松の目がまたぞろ剣呑な雰囲気を宿し始めたので、俺は慌ててタオルを取りに行った。
 高松にタオルを手渡すと、髪を下ろして椅子に座る。高松が苛立っているのはわかっていたから、さすがに今回は乱暴にされるかなと思いきや、その手つきはいつもと同じように──いや、いつも以上に優しく丁寧だった。それは苛立ちを押さえようという高松なりの防衛策なのかもしれないし、ただの俺の考えすぎなのかもしれない。どちらにしろ、高松の少し体温の低い手は相変わらず心地よくて、俺はいつの間にか忍び寄っていた睡魔に、半分以上意識を持っていかれていた。
 そんなときだ。不意に高松が「知っていますか」と訊いてきたのは。
 俺は、眠気の混じった曖昧な口調で「なにが?」と返す。その不明瞭な言葉に、高松は少し笑ったようだった。俺の髪を梳く手が、気持ち優しくなる。
「……髪には、人の心を縛る力があるのだそうですよ」
 ──ただし、女性の髪に限って、ですがね、という口調がどことなく不満そうで、俺は笑った。
「なに、うらやましいの?」
「……別に、うらやましいというわけではありませんが……迷信ですしね」
 でも、と高松は続ける。
「もしそれが叶うのなら……試してみたいと思わないわけではありません」
「……気になることでも?」
「別に、そういうことでもないのですが」
 とは言うものの、高松の口調は少し歯切れが悪い。
 高松とかキンタローとか、頭のいいやつは、俺が思いもよらないことを考えていたり、心配していたり、悩んだりしていることが多い(ただグンマの場合は、また話が別だ)。むろんそれが役に立つ場面も多々あるのだが、今回の高松のそれは、俺にしてみれば、考えすぎては拙いのではないかと思えるような内容だった。
「……誰か、繋ぎ止めておきたい奴でもいるのか?」
 訊きながら俺が思い浮かべていたのは、グンマとキンタローの顔だ。高松が引き止めておきたいと思う者のことなど、この二人以外には考えられない。
 いわゆる《空の巣症候群》というやつだろうかと俺は思った。俺と分離してからというもの、失われた時間を埋めようとするかのように成長・変化共に著しいキンタローは、今や俺の片腕として、ガンマ団にもなくてはならない存在へと一気に上り詰めてしまった。そんな状況で、仕事が忙しいこともあってか、俺の知る限り、ここ数ヶ月は高松と顔を合わせることもほとんどなかったらしい。一方のグンマも現在は自分のやりたいことに没頭し、研究室にこもってばかりなのだと聞く。同じ学者肌とはいえ、グンマと高松では研究分野がまるで違うのだから、一度興味あることに集中してしまえば、こちらもまた、顔を合わせる機会はぐっと少なくなるようだ。一生巣立つことはないのだろうと思われていたグンマですら、少しずつとはいえ、高松の手を離れつつあるように見えた。
 高松は馬鹿じゃないから、二人の自立を、理解しないことも、阻むこともしないだろう。それ以前に、そんなことをしようとする自分を許しはしないだろう。けれど、理性ではそう考えていても、感情がそれに添うとは限らない。その葛藤の欠片が、先の高松の言葉なのだろうかと、俺は少し重苦しい気分になった。──もしその考えが当たっているのだとしたら、高松から二人を奪ったのは──結果的にそうなるようにしてしまったのは、俺に違いないのだから。
 俺が眉間に皺を寄せていると、高松が不意に、その部分に指で触れた。
「なにを突然、難しい顔をしているんですか」
 ひんやりとした、しかし冷たすぎない心地よい指の感触に、緊張していた額の筋肉が、ゆっくり弛緩していくのがわかる。
「……難しいこと考えてんのかな、って」
 俺はため息と共にそう吐き出した。
「人の心なんて、どうやったって縛れるようなもんじゃないだろう?」
 言うと、高松はかすかに笑ったようだった。
「……ええ、確かに、そうです。他人の心など、どうこうすべくもない。わかりきったことです。どうにかしたいなどと、望むことすら愚かな」
 やはり、と思う俺に対し、でも、と高松は続ける。
「でも……他人の心ならいざ知らず、己が心ぐらいは──」
「……高松?」
「自分の心が、知らぬうちに変わってしまうことの方が、よほど苛立たしいのですよ。そのような心配を、しなければならないこと自体が」
 高松は、自嘲気味に言った。
「他人の心が変わってしまうのは、仕方のないことだと私には思えます。人はそれぞれ己の世界を持っていて、様々な物事から影響を受けている。変わるな、ということの方が無理です。まして、それを外から把握することなど」
 だから、他人に関しては、どんな変化もありえないことではないと高松は言う。
「ですが、それはあくまで他人に関しての話──自分に関しては、と私は思うのです。私は自分自身のことを、なぜ全て把握できないのだろうかと。変化を予測する客観的な視点を、なぜ持たないのだろうかと」
 高松は、俺の髪を優しく丁寧に梳く。
「変わりたくなどないのに──なぜ変わってしまうのだろうかと」
「……高松」
「ですから私は、自分の心を縛ってしまいたい。いつまでもこのまま、変わらずにいられるようにと──」
「変わるのが、嫌なのか?」
「ええ」
「それが良い変化でも?」
「そうですね……良い変化なら、大目に見ないこともありません。……ですが、良い変化があるということは、やがて悪い変化も起こり得る、ということです」
「……」
「この先、あなたは私を嫌いになるかもしれないし、私はあなたを嫌いになるかもしれない。どちらが先に起こるのか、それとも同時なのか、それが起きた場合、どう対処すべきなのか、そもそも対処する術があるのかどうか……そのようなことを冷静に考えられるほど、私は非情ではないので」
 だから、と高松は希う。このままの状態がずっと続くように、変わることのないようにと──

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