「うん…」
小さな声でそれだけ呟く。
シンタローはふと、思う。
この修行の最中、サービスに本音らしき言葉を言われたのは初めてだった。
修行は辛く厳しくて、サービスは優しくもあったが、厳しい部分の方が格段に多くて。
それを期待してもらっているのかもしれないと思いながらやってきた。
そうでも思わなければやってこれなかったし、ましてや大好きな叔父だったからこそ頑張れた部分も多い。
そんなサービスに恋心を持っていたのは随分前からではあるが、今回こういった状態になってしまって、初めてサービスの本音が聞けた気がする。
何時もの抑揚のない声に熱が篭る瞬間。
好きと言ってくれた言葉と謝罪の言葉だけは本音なのだと、確信に近い何かがシンタローの内で、まるでテレパシーのように感じる。
そして、サービスに反抗した自分も初めてだった。
叔父と甥の関係ではあるが、師弟として今、修行をしている。
そのせいか、自分の本音を長らくサービスに言っていなかったような気がする。
「シンタロー。体を洗いに行こう。」
サービスがシンタローを抱きしめたまま、場所をずらし、敷いてあったコートを取る。
そして、それをシンタローに軽く着せる。
「あ、でも、サービス叔父さん…暗いし、もし何か出てきたら…」
「そうしたら俺がお前を守るよ。」
そう言われ微笑まれたので、シンタローは恥ずかしくなって下を向いた。
サービスが立ち上がり、シンタローを立たせようとしたら、
ズキ、
腰に重い重りを乗せたような鈍痛が走る。
「いッッ!!」
そのままシンタローはヘナヘナとしゃがみ込んでしまう。
今更ながら俺はサービス叔父さんと口で言えない行為をしてしまったんだと思い、心臓が口から出る程高鳴った。
する、と、サービスの白い腕がシンタローの目の前に。
どうやら背中に乗せてくれるようだ。
断ろうと口を開いたが、
「そうさせたのは俺だからな。」
そう言われてしまったので、恥ずかしくはあったが、サービスの首に腕を回した。
「重いだろ?やっぱ降りた方が…」
「いや。それより、こうしていると思い出すな。お前は小さい時、俺が帰るというと、こうして何時も俺の背中に乗ってね。帰っちゃ嫌だと良く泣いた。」
昔を思い出すかのように夜空に浮かぶ月を見上げる。
勿論シンタローもそれは覚えていて、ばつが悪そうに、ちぇ、と呟いてそっぽを向くのだった。
サービスの背に乗り、ふ、と笑う。
サービスではないが、シンタローも昔を思い出した。
昔からサービスが大好きで、彼が帰ってくるという報せが来ると、小さい時…いや、大きくなってからも、その日が待ち遠しくて、ベッドに入ってから中々眠れなかった。
明日はサービス叔父さんに会える、と、胸を高鳴らせて、明日の事を考える。
それが楽しくて仕方ない。
会ったら何から話そうか。
何処へ行こうか。
そればかり考えて眠りにつく。
夢の中でサービスに会う事もあったし、もし会えなくても、楽しい夢をその日は見る。
「どうした?」
笑い声が出てしまったらしく、サービスが声をかける。
前を向いているので顔は見えないが、暖かい雰囲気は壊れていない。
「ううん。何でもない。」
そう言ってサービスを強く抱きしめる。
サービスは一言、そうか。と呟いた。
顔は見えないが、多分サービスも笑っているのだろう。
シンタローはこの雰囲気がいいな、と思う。
自分が求めていた恋愛とはこうだった。
手順は逆になってしまったが、こうやってサービスに甘える事が出来てラッキーと思ってしまうのだから、自分は何て単純なんだろうと思う。
でも、単純で良かったのかもしれない。
もし、単純でなかったら、今のこの暖かい雰囲気を純粋に喜べなかっただろう。
サービスの長い絹糸のような髪に顔を埋めると、どこと無く甘い香りがした。
もう、この叔父は、何処まで王子様なんだとシンタローは思う。
「叔父さんは全部が完璧だから、本当に俺なんかでいいか心配。」
「…完璧?俺が?」
「あ…え?」
思っていた事が口から滑ってしまっていたらしい。
シンタローは口を押さえる。
「俺が完璧のわけがない。俺に言わせれば、シンタロー、お前の方が完璧だよ。俺が完璧なら、劣情に負けてお前を無理矢理抱きはしなかった。」
すまないな、と又謝られて、シンタローはどうしていいか解らず何も言えなかった。
「俺の方が不安だよ。お前が本当に俺を選んでくれたのか。だけど」
サービスは一旦区切ってから、シンタローの方を見た。
片目の青い瞳がシンタローを見つめる。
「俺こそお前に相応しいと、そう思いたい。」
心臓が破れるかと思った。
シンタローは顔を真っ赤にほてらせて、その顔をサービスの背中に埋める。
もうすぐ川にたどり着く。
その時このほてりを冷やそうと考えるシンタローだった。
さぁさぁと、水の流れる音がした。
川が見える。
綺麗な川だ。
月が水面に鏡のように写っていて、それが又美しいと、そう感じさせられる。
飲み水として何時も使っている川だから、きっと何も知らない魚達は呑気に水中をゆったり泳いでいるのだろう。
「シンタロー。」
川に着くと、サービスがシンタローを背中から下ろす。
そして、手を引いて川岸迄連れてくる。
足元にはひやりとした石の感触と、水でじめっとした感覚があった。
冷たい水を体に馴染ませる為、サービスはシンタローの足から段々上に迄水をかける。
若い肌は水を弾き、玉になって下へ流れた。
「大丈夫か?」
「うん。平気。」
サービスの気配りが嬉しい。
水に慣れた体を川の中へ誘う為に、サービスも服を脱いだ。
白い肌が闇と銀色の世界に栄えた。
「ゆっくりおいで。」
シンタローの手を握り、サービスが始めに川に入る。
シンタローもおぼつかない足どりではあったが、サービスの腕に支えられ、ゆっくりと川の中へ身を任せた。
深い所…とは言っても腰のあたりしか水深はないのだが、そこまで来て、サービスはシンタローの体に付いた体液を手の平で洗い流す。
「血が…痛かっただろう。」
それは、シンタローの蕾のあたり。
始めて男を受け入れたソコは、やはり耐え切れなくて切れていた。
しかし、シンタローにしてみれば、ソコの痛みより、腰に重くのしかかる鈍痛と、お腹にある不快感の方が強くて。
だから、気にして欲しくなくて頭を左右に振った。
「それより叔父さん…俺、座りたい。」
腰が一番重傷なのだ。
するとサービスは少し浅瀬の方へシンタローを連れて行き、自分の上にシンタローを座らせた。
肌と肌が触れ合い温かい。
「ちょ、おじさ…一人で座れるから!」
「いーや。こんな状態にしたのは俺だからな。」
焦り、恥ずかしく、サービスに断りを入れようとしたが、サービスの方が上手らしい。
願いはあっさり却下される。
川の水の冷たさの中で、唯一温かいお互いの体温に、シンタローはドギマギする。
嫌でも先程の行為を思い出してしまう。
パシャパシャと、サービスはシンタローの褐色の肌に水をかける。
「綺麗にしよう。」
優しく笑う叔父にシンタローは少しだけ体が浅ましく感じている事に気付いた。勿論それは下にいるサービスも気付いているのだが、先程の事を考え、サービスは理性を推し進めたのであった。
先程と同じ過ちを繰り返してはならないし、ましてやシンタローの体は疲れきっている。
そんなシンタローにそんな事してはいけない。
それにしても、と、サービスは思う。
あれだけ抱いたのに、コレとは、若いだけあって元気がいい。
半ば感心に近いものがあった。
一方のシンタローはというと、サービスの指が自分に触れる度に、ビクリと過剰に反応する自分を恨めしく思う。
中心部分が熱く、解放したい欲求に刈られるが、自分の口から“したい”だなんて口が裂けても言えない。
とりあえず、この熱を押さえこませようと必死に目論んでいた。
そんなこんなで、サービスとシンタローの初めての体の触れ合いは悪いだけでなく、良くもあった。
終わり良ければ全て良しと、昔の人は言ったが、本当にそうだと実感できる。
それから数ヶ月が過ぎた。
「眼魔砲も会得した。体も既に調った。修業はこれで終わりにする。」
早朝サービスにそう言われ、シンタローは微妙な顔をした。
既に迎のチャーターの手配はしてあるらしい。
今日でサービスと二人きりの生活は終わる。
明日からはふかふかのベッドと、温かい風呂、そして、父の作る料理の生活に戻る。
でも…
叔父さんは居ない。
そう思うと悲しい気持ちでいっぱいになる。
いくらこういう関係になったとはいえ、サービスの性格上、うちに留まる事はしないだろう。
良くて前より少しだけ多く会いに来てくれる位だろう。
「叔父さん…」
悲し気な瞳でサービスを見ると、サービスはシンタローの頭に手を置いた。
「そんな顔をするな、シンタロー。一生会えなくなる訳じゃない。」
困ったように笑って、両手でシンタローの頬を包み込む。
バババ、と、チャーター機のプロペラの音が聞こえた。
もう、タイムリミット。
サービスのキラキラ光る髪が砂塵と共に舞い上がる。
そして。シンタローの唇へ一つキスを落とすのだった。
それは一瞬だったのだが、シンタローにとっては五感全てが止まったように感じた世界だった。
唇が離れると、又チャーター機の音が煩い位聞こえる。
「軍迄送っていこう。」
そう言って笑うサービスは恋人の笑顔で。
シンタローも嬉しくなって笑顔になる。
砂塵を舞い上がらせながらチャーター機が二人の側に着陸した。
チャーター機の窓から下を見下ろす。
肌が剥き出しになった色気のない岩山、食料を取りに行っていた小さな森、水飲み場の小川。
どこを見ても叔父との思い出の詰まった場所。
この風景とももうすぐお別れだ。
場所としてはかなり大変な場所であったし、修行も死ぬ程大変だった。
だが、二人で初めての経験をした場所でもある。
やはり心では“寂しい”と、どうしても思ってしまう。
操縦士が居るので、惚気た事はできないが、見えない角度からシンタローはサービスの指に自分の手を触れた。
気持ちが伝わるかのように、サービスの指が意思を持ってシンタローの指を絡め取る。
ホッ、として、シンタローはサービスの方を向き、少し淋し気な笑顔を送ると、サービスも笑顔を返す。
「帰ったらマジックを驚かせてやれ。」
指は恋人のように。口は師匠のように動かすサービスに、シンタローは苦笑いをしつつも、元気に肯定するのであった。
又下を見ると、もう、修行場は大分小さくなってしまっていた。
ああ、もうあんなに。
硝子ごしに指をつけ、下を見ようとする。
後ろからサービスもシンタローと同じ窓から下を眺めた。
「又、来ればいい。お前が来たいと言うのなら、俺は何時でもお前を連れて来てあげるよ。」
そう言うサービスの横顔を、ぽ、と、顔を赤くして見つめるシンタローだったが、すぐに視線を窓の下に戻した。
修行場はもう雲に覆われてしまって確認はできない。
後少しすれば基地に帰る事になる。
一族の技である眼魔砲を秘石眼がなくても取得できた。
まだまだ一族について負い目はあるが、青の一族として多少認められたかと思うし、自信も少なからずついた。
「叔父さん。」
「ん?何だい?」
「叔父さんは、基地に帰ったら直ぐ帰っちゃうの?」
「…いや。」
微笑みながら、シンタローの質問を否定して、シンタローの頭を数回撫でた。
「一日位は休んで、それからだな。」
「たった…?」
悲しそうな瞳でサービスを見る。
確かにサービスはシンタローが好きだが、彼に“惚れた弱み”は、ない。
根っからの女王様気質である。
「又直ぐに帰ってくるよ。」
そう言って頭を又撫でてやるのだった。
後少しでガンマ団に着く。
そうしたらマジックにこの子を渡さなければならない。
サービスとてそれは辛いものがある。
もっと二人で居たいのだ。
だが、そんな願いは叶うはずもなく、もう基地だ。
着陸地点に風を舞い上がらせて、チャーター機が止まる。
降りて直ぐに目に入ったのは赤い総帥服の父親。
腕に抱いているのはシンタローをディホルメして作ったぬいぐるみだ。
「シーンちゃーん!おかえりー!」
凄い笑顔で手を振りながらミラクルダッシュしてくる。
「げ。」
顔を引き攣らせ、ささっ、とサービスの後ろに隠れるが、腕を捕まれ引き寄せられた。
「ご苦労だったな。サービス。」
そう実弟に言う様は、シンタローに話す言葉使いとは違う。
マジックが優しく話すのはシンタローだけ。
「…教えがいもあったからね。なぁ、シンタロー。」
そして、意味深に笑ってやると、それの意味を理解したシンタローの顔が火が着いたように一瞬で赤くなる。
勿論シンタローのそんな異変にマジックが気付かないはずもなく。
「ど、どうしたの…シンちゃん…」
ヒクリと唇の端を引き攣らせシンタローに答えをせびる。
しかし、シンタローは、離せの一点張り。
しつこくぎゅうぎゅう抱きしめ、そろそろ息も苦しくなってきた。
「ねー、ねー、ねぇってば!」
「だー!もー!」
そんな親子の会話に嫉妬を少し覚えるサービス。
だが、顔は冷静なままで。
「シンタロー。兄さんもああ言ってる事だし。私と何をしたか言ってあげればいいじゃないか。」
綺麗な顔で笑うサービス。
何時もならその笑顔の前に反抗さえせず、直ぐさまサービスの言う通りにするシンタローなのだが、今回は事が事だけに躊躇する。
そして、サービスに顔を赤くしながら
「言えないよ…そんな事…」
その顔はまさに!
大人の階段登ったシンデレラ。
幸福はサービスがきっと運んでくれると信じてる!?
「シ、シンちゃんが大人の顔をしてる…」
大ショックを受けるマジックを余所に、二人は既に主従関係っぽさを残す恋人オーラを発していた。
何とも言えない敗北感を味わったマジックは、その場に突っ伏しハンカチを噛んだ。
終わり
小さな声でそれだけ呟く。
シンタローはふと、思う。
この修行の最中、サービスに本音らしき言葉を言われたのは初めてだった。
修行は辛く厳しくて、サービスは優しくもあったが、厳しい部分の方が格段に多くて。
それを期待してもらっているのかもしれないと思いながらやってきた。
そうでも思わなければやってこれなかったし、ましてや大好きな叔父だったからこそ頑張れた部分も多い。
そんなサービスに恋心を持っていたのは随分前からではあるが、今回こういった状態になってしまって、初めてサービスの本音が聞けた気がする。
何時もの抑揚のない声に熱が篭る瞬間。
好きと言ってくれた言葉と謝罪の言葉だけは本音なのだと、確信に近い何かがシンタローの内で、まるでテレパシーのように感じる。
そして、サービスに反抗した自分も初めてだった。
叔父と甥の関係ではあるが、師弟として今、修行をしている。
そのせいか、自分の本音を長らくサービスに言っていなかったような気がする。
「シンタロー。体を洗いに行こう。」
サービスがシンタローを抱きしめたまま、場所をずらし、敷いてあったコートを取る。
そして、それをシンタローに軽く着せる。
「あ、でも、サービス叔父さん…暗いし、もし何か出てきたら…」
「そうしたら俺がお前を守るよ。」
そう言われ微笑まれたので、シンタローは恥ずかしくなって下を向いた。
サービスが立ち上がり、シンタローを立たせようとしたら、
ズキ、
腰に重い重りを乗せたような鈍痛が走る。
「いッッ!!」
そのままシンタローはヘナヘナとしゃがみ込んでしまう。
今更ながら俺はサービス叔父さんと口で言えない行為をしてしまったんだと思い、心臓が口から出る程高鳴った。
する、と、サービスの白い腕がシンタローの目の前に。
どうやら背中に乗せてくれるようだ。
断ろうと口を開いたが、
「そうさせたのは俺だからな。」
そう言われてしまったので、恥ずかしくはあったが、サービスの首に腕を回した。
「重いだろ?やっぱ降りた方が…」
「いや。それより、こうしていると思い出すな。お前は小さい時、俺が帰るというと、こうして何時も俺の背中に乗ってね。帰っちゃ嫌だと良く泣いた。」
昔を思い出すかのように夜空に浮かぶ月を見上げる。
勿論シンタローもそれは覚えていて、ばつが悪そうに、ちぇ、と呟いてそっぽを向くのだった。
サービスの背に乗り、ふ、と笑う。
サービスではないが、シンタローも昔を思い出した。
昔からサービスが大好きで、彼が帰ってくるという報せが来ると、小さい時…いや、大きくなってからも、その日が待ち遠しくて、ベッドに入ってから中々眠れなかった。
明日はサービス叔父さんに会える、と、胸を高鳴らせて、明日の事を考える。
それが楽しくて仕方ない。
会ったら何から話そうか。
何処へ行こうか。
そればかり考えて眠りにつく。
夢の中でサービスに会う事もあったし、もし会えなくても、楽しい夢をその日は見る。
「どうした?」
笑い声が出てしまったらしく、サービスが声をかける。
前を向いているので顔は見えないが、暖かい雰囲気は壊れていない。
「ううん。何でもない。」
そう言ってサービスを強く抱きしめる。
サービスは一言、そうか。と呟いた。
顔は見えないが、多分サービスも笑っているのだろう。
シンタローはこの雰囲気がいいな、と思う。
自分が求めていた恋愛とはこうだった。
手順は逆になってしまったが、こうやってサービスに甘える事が出来てラッキーと思ってしまうのだから、自分は何て単純なんだろうと思う。
でも、単純で良かったのかもしれない。
もし、単純でなかったら、今のこの暖かい雰囲気を純粋に喜べなかっただろう。
サービスの長い絹糸のような髪に顔を埋めると、どこと無く甘い香りがした。
もう、この叔父は、何処まで王子様なんだとシンタローは思う。
「叔父さんは全部が完璧だから、本当に俺なんかでいいか心配。」
「…完璧?俺が?」
「あ…え?」
思っていた事が口から滑ってしまっていたらしい。
シンタローは口を押さえる。
「俺が完璧のわけがない。俺に言わせれば、シンタロー、お前の方が完璧だよ。俺が完璧なら、劣情に負けてお前を無理矢理抱きはしなかった。」
すまないな、と又謝られて、シンタローはどうしていいか解らず何も言えなかった。
「俺の方が不安だよ。お前が本当に俺を選んでくれたのか。だけど」
サービスは一旦区切ってから、シンタローの方を見た。
片目の青い瞳がシンタローを見つめる。
「俺こそお前に相応しいと、そう思いたい。」
心臓が破れるかと思った。
シンタローは顔を真っ赤にほてらせて、その顔をサービスの背中に埋める。
もうすぐ川にたどり着く。
その時このほてりを冷やそうと考えるシンタローだった。
さぁさぁと、水の流れる音がした。
川が見える。
綺麗な川だ。
月が水面に鏡のように写っていて、それが又美しいと、そう感じさせられる。
飲み水として何時も使っている川だから、きっと何も知らない魚達は呑気に水中をゆったり泳いでいるのだろう。
「シンタロー。」
川に着くと、サービスがシンタローを背中から下ろす。
そして、手を引いて川岸迄連れてくる。
足元にはひやりとした石の感触と、水でじめっとした感覚があった。
冷たい水を体に馴染ませる為、サービスはシンタローの足から段々上に迄水をかける。
若い肌は水を弾き、玉になって下へ流れた。
「大丈夫か?」
「うん。平気。」
サービスの気配りが嬉しい。
水に慣れた体を川の中へ誘う為に、サービスも服を脱いだ。
白い肌が闇と銀色の世界に栄えた。
「ゆっくりおいで。」
シンタローの手を握り、サービスが始めに川に入る。
シンタローもおぼつかない足どりではあったが、サービスの腕に支えられ、ゆっくりと川の中へ身を任せた。
深い所…とは言っても腰のあたりしか水深はないのだが、そこまで来て、サービスはシンタローの体に付いた体液を手の平で洗い流す。
「血が…痛かっただろう。」
それは、シンタローの蕾のあたり。
始めて男を受け入れたソコは、やはり耐え切れなくて切れていた。
しかし、シンタローにしてみれば、ソコの痛みより、腰に重くのしかかる鈍痛と、お腹にある不快感の方が強くて。
だから、気にして欲しくなくて頭を左右に振った。
「それより叔父さん…俺、座りたい。」
腰が一番重傷なのだ。
するとサービスは少し浅瀬の方へシンタローを連れて行き、自分の上にシンタローを座らせた。
肌と肌が触れ合い温かい。
「ちょ、おじさ…一人で座れるから!」
「いーや。こんな状態にしたのは俺だからな。」
焦り、恥ずかしく、サービスに断りを入れようとしたが、サービスの方が上手らしい。
願いはあっさり却下される。
川の水の冷たさの中で、唯一温かいお互いの体温に、シンタローはドギマギする。
嫌でも先程の行為を思い出してしまう。
パシャパシャと、サービスはシンタローの褐色の肌に水をかける。
「綺麗にしよう。」
優しく笑う叔父にシンタローは少しだけ体が浅ましく感じている事に気付いた。勿論それは下にいるサービスも気付いているのだが、先程の事を考え、サービスは理性を推し進めたのであった。
先程と同じ過ちを繰り返してはならないし、ましてやシンタローの体は疲れきっている。
そんなシンタローにそんな事してはいけない。
それにしても、と、サービスは思う。
あれだけ抱いたのに、コレとは、若いだけあって元気がいい。
半ば感心に近いものがあった。
一方のシンタローはというと、サービスの指が自分に触れる度に、ビクリと過剰に反応する自分を恨めしく思う。
中心部分が熱く、解放したい欲求に刈られるが、自分の口から“したい”だなんて口が裂けても言えない。
とりあえず、この熱を押さえこませようと必死に目論んでいた。
そんなこんなで、サービスとシンタローの初めての体の触れ合いは悪いだけでなく、良くもあった。
終わり良ければ全て良しと、昔の人は言ったが、本当にそうだと実感できる。
それから数ヶ月が過ぎた。
「眼魔砲も会得した。体も既に調った。修業はこれで終わりにする。」
早朝サービスにそう言われ、シンタローは微妙な顔をした。
既に迎のチャーターの手配はしてあるらしい。
今日でサービスと二人きりの生活は終わる。
明日からはふかふかのベッドと、温かい風呂、そして、父の作る料理の生活に戻る。
でも…
叔父さんは居ない。
そう思うと悲しい気持ちでいっぱいになる。
いくらこういう関係になったとはいえ、サービスの性格上、うちに留まる事はしないだろう。
良くて前より少しだけ多く会いに来てくれる位だろう。
「叔父さん…」
悲し気な瞳でサービスを見ると、サービスはシンタローの頭に手を置いた。
「そんな顔をするな、シンタロー。一生会えなくなる訳じゃない。」
困ったように笑って、両手でシンタローの頬を包み込む。
バババ、と、チャーター機のプロペラの音が聞こえた。
もう、タイムリミット。
サービスのキラキラ光る髪が砂塵と共に舞い上がる。
そして。シンタローの唇へ一つキスを落とすのだった。
それは一瞬だったのだが、シンタローにとっては五感全てが止まったように感じた世界だった。
唇が離れると、又チャーター機の音が煩い位聞こえる。
「軍迄送っていこう。」
そう言って笑うサービスは恋人の笑顔で。
シンタローも嬉しくなって笑顔になる。
砂塵を舞い上がらせながらチャーター機が二人の側に着陸した。
チャーター機の窓から下を見下ろす。
肌が剥き出しになった色気のない岩山、食料を取りに行っていた小さな森、水飲み場の小川。
どこを見ても叔父との思い出の詰まった場所。
この風景とももうすぐお別れだ。
場所としてはかなり大変な場所であったし、修行も死ぬ程大変だった。
だが、二人で初めての経験をした場所でもある。
やはり心では“寂しい”と、どうしても思ってしまう。
操縦士が居るので、惚気た事はできないが、見えない角度からシンタローはサービスの指に自分の手を触れた。
気持ちが伝わるかのように、サービスの指が意思を持ってシンタローの指を絡め取る。
ホッ、として、シンタローはサービスの方を向き、少し淋し気な笑顔を送ると、サービスも笑顔を返す。
「帰ったらマジックを驚かせてやれ。」
指は恋人のように。口は師匠のように動かすサービスに、シンタローは苦笑いをしつつも、元気に肯定するのであった。
又下を見ると、もう、修行場は大分小さくなってしまっていた。
ああ、もうあんなに。
硝子ごしに指をつけ、下を見ようとする。
後ろからサービスもシンタローと同じ窓から下を眺めた。
「又、来ればいい。お前が来たいと言うのなら、俺は何時でもお前を連れて来てあげるよ。」
そう言うサービスの横顔を、ぽ、と、顔を赤くして見つめるシンタローだったが、すぐに視線を窓の下に戻した。
修行場はもう雲に覆われてしまって確認はできない。
後少しすれば基地に帰る事になる。
一族の技である眼魔砲を秘石眼がなくても取得できた。
まだまだ一族について負い目はあるが、青の一族として多少認められたかと思うし、自信も少なからずついた。
「叔父さん。」
「ん?何だい?」
「叔父さんは、基地に帰ったら直ぐ帰っちゃうの?」
「…いや。」
微笑みながら、シンタローの質問を否定して、シンタローの頭を数回撫でた。
「一日位は休んで、それからだな。」
「たった…?」
悲しそうな瞳でサービスを見る。
確かにサービスはシンタローが好きだが、彼に“惚れた弱み”は、ない。
根っからの女王様気質である。
「又直ぐに帰ってくるよ。」
そう言って頭を又撫でてやるのだった。
後少しでガンマ団に着く。
そうしたらマジックにこの子を渡さなければならない。
サービスとてそれは辛いものがある。
もっと二人で居たいのだ。
だが、そんな願いは叶うはずもなく、もう基地だ。
着陸地点に風を舞い上がらせて、チャーター機が止まる。
降りて直ぐに目に入ったのは赤い総帥服の父親。
腕に抱いているのはシンタローをディホルメして作ったぬいぐるみだ。
「シーンちゃーん!おかえりー!」
凄い笑顔で手を振りながらミラクルダッシュしてくる。
「げ。」
顔を引き攣らせ、ささっ、とサービスの後ろに隠れるが、腕を捕まれ引き寄せられた。
「ご苦労だったな。サービス。」
そう実弟に言う様は、シンタローに話す言葉使いとは違う。
マジックが優しく話すのはシンタローだけ。
「…教えがいもあったからね。なぁ、シンタロー。」
そして、意味深に笑ってやると、それの意味を理解したシンタローの顔が火が着いたように一瞬で赤くなる。
勿論シンタローのそんな異変にマジックが気付かないはずもなく。
「ど、どうしたの…シンちゃん…」
ヒクリと唇の端を引き攣らせシンタローに答えをせびる。
しかし、シンタローは、離せの一点張り。
しつこくぎゅうぎゅう抱きしめ、そろそろ息も苦しくなってきた。
「ねー、ねー、ねぇってば!」
「だー!もー!」
そんな親子の会話に嫉妬を少し覚えるサービス。
だが、顔は冷静なままで。
「シンタロー。兄さんもああ言ってる事だし。私と何をしたか言ってあげればいいじゃないか。」
綺麗な顔で笑うサービス。
何時もならその笑顔の前に反抗さえせず、直ぐさまサービスの言う通りにするシンタローなのだが、今回は事が事だけに躊躇する。
そして、サービスに顔を赤くしながら
「言えないよ…そんな事…」
その顔はまさに!
大人の階段登ったシンデレラ。
幸福はサービスがきっと運んでくれると信じてる!?
「シ、シンちゃんが大人の顔をしてる…」
大ショックを受けるマジックを余所に、二人は既に主従関係っぽさを残す恋人オーラを発していた。
何とも言えない敗北感を味わったマジックは、その場に突っ伏しハンカチを噛んだ。
終わり
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