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こじんまりとした駅は、暇そうにしている駅員と、ベンチに座ってのんびりと電車を待つ老夫婦しかいない。時間そのものがゆったりと過ぎていく様子を目の当たりにして、やっと旅に出ている実感が湧いた。


「この一年ろくなお休みとってなかったんだから、慰安ついでに旅行に行こうよ」
と言う彼の提案は最初こそ却下されたものの、珍しく食い下がったのが功を奏したのか、補佐官の従兄弟の説得が効いたのか、はたまたろくに休みを取っていないと指摘された当の本人に疲労の自覚があったのか、一週間の保留期間を得てめでたく受理された。
三人そろってまとまった休暇を取るのに一苦労、過保護な保護者を説得するのにまた一苦労、その次は旅行先の決定にもめにもめた。結局名目は「慰安旅行」なのだから、との理由で日本の温泉旅館で日々の疲れを癒そう、と言うことになった。
そして、彼らは日本の小さな駅に立っている。
「電車に乗ったのは初めてだ…」
「そうか良かったな。俺もすっげぇ久しぶりだったし、何か新鮮だった」
「僕も面白かったー。ワゴンでお弁当とかお菓子売りに来るんだね」
口々に感想を述べながら改札を通る彼らに、駅員が少々驚いたような視線を投げかけたが、すぐに興味を失ったように手元の仕事に戻った。有名な温泉町で知られたこの土地は、観光シーズンには大層賑わっているのだろうが、長い休みが終ったばかりのこの中途半端な時期はどこか閑散としている。それでいて旅行中のどこかわくわくする感情を煽るのは、観光客が残した熱気が、駅の建物そのものに染み付いているせいかもしれない。
各々荷物を持って、タクシー乗り場に向かった。休暇中とは言え彼らの身分ならば、自動車だろうがヘリだろうが飛行機だろうが、ありとあらゆる手段で旅館まで送迎してくれるだろう。現に日本までは団の飛行機を利用したが、だがそれも日本支部までだ。これも彼の発案である。
「ね、たまには電車も良かったでしょ」
「あーまぁな。つーかキンタロー、グンマ、お前ら駅弁やらお菓子やら買いこむんじゃねぇよ。良い歳して恥ずかしい」
車内販売の物売りで、物珍しさも手伝ってあれもこれもと欲張って買った食料は結局車内で食べきれず、荷物の中に押し込まれている。
「良いじゃない。どうせ夜はお酒飲むんだから、おつまみにすれば」
電車のボックス席で、流れていく窓からの風景を見ながらの昼食は確かに楽しいものだったが、ただでさえ目立つ風貌の三人が、子供のようにはしゃぎながらお弁当やらその土地の銘菓やらを買い込む様子は、他の乗客にとってはかなり奇異に映っただろう。
見知らぬ土地でも体裁を気にする従兄弟に内心で苦笑しながら返答すれば、的を射た意見だったようで、それ以上の小言は言わず、ちょっと肩を竦めただけで終った。
「キンちゃん、なにしてるの?行くよー」
姿が見えないと思い辺りを見回すと、物珍しげに駅の片隅にもうけられた小さな売店を眺めている従兄弟がいた。慌ててぐいぐい引っ張ってその場から連行し、さっさと歩いてタクシーに乗り込もうとする従兄弟に追いつく。
タクシーの運転手はこの時期はずれの目立つ外見をした観光客に目を丸くしたが、助手席に黒髪の従兄弟が座って日本語で行き先を告げると、ほっとしたような笑顔を返し、滑らかに発進させた。
「ご旅行ですか?」
「ええ、温泉旅館でゆっくり疲れを癒そうかと思って」
「良いですねぇ。今の時期は他に観光客も少ないし、きっとのんびり出来ますよ」
後部座席に座り、話好きの運転手と従兄弟の会話に耳を傾けながら、彼は窓の外を眺めている。運転手と如才なく言葉を交わす従兄弟が何となく可笑しい。
ガラス越しの町並みは、古い日本家屋が立ち並び、緑と融和している。観光のための外観整備と言うよりも、土地の人々が古き良き日本の風景を残そうと努力しているのか、そこに妙な気負いは無く、全体的に美しく調和が取れた景色だった。あまり幼少期の日本の思い出は無かったが、半分は日本人の彼にとって郷愁を誘われる光景だ。
隣を見れば、同じように従兄弟もガラスの向こうを眺めている。彼からは後頭部しか見えないが、恐らく目を輝かせて街の風景に見入っていることだろう。
「皆さんはお友達ですか。それともお仕事関係の…」
「いえ、従兄弟なんです」
関係を尋ねられた従兄弟があっさりと説明する。その「従兄弟」と言う単語に彼にとってどれほどの意味が含まれているのか、従兄弟は知らない。
そんな大切な従兄弟達と、三日間ずっと一緒に居られるのだ。
彼はふとある予感に囚われた。これから先、何年、何十年経っても、この旅行の思い出は特別なものとして記憶され、繰り返し繰り返し再生されるだろう。
何気ない、幸せな思い出として。
無難なやりとりを続行する前方の二人に視線を戻し、車の小刻みな振動に揺られながら、彼は言い知れぬ幸福感に浸っていた。

(2006.7.5)

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