幻覚や。
それが心の中の第一声。
・・一服盛られたな。
目を瞬かせてから、直感・・と経験により、第二声。
「おい、アラシヤマ?」
「あ、ああ・・・はいはい」
ドアを開けたまま硬直していると飛んできた、怪訝そうな呼び掛け。
慌てて駆け寄ったデスクでは、猫と思われる動物の耳をつけた上司、しかも組織の総帥が、ばりばりと書類処理をしている。
ちらりと彼の腰を見遣れば、ばっちり尻尾まで・・あって。
「・・・シンタローはん、ドクターになにかもらいました?」
「高松?・・いや、ここ最近は会ってねーな」
遅効性か。
「ちょお・・失礼します」
とりあえず断って、頭上の耳に指を伸ばす。
しかし、触れたと思った瞬間、有り得ないことに指は耳を通り抜けた。
掴めたものは、空気だけ。
見えるのに、触れない。
触れないのに、見える?
「・・アラシヤマ?」
「あ・・すんまへん」
謝りながらも頭の中はクエスチョンマークでいっぱいで、そうこうしてサインが必要な書類を提出しているうち、総帥室には新たな人間が現れた。
「シンちゃーん!お父様がねえ、今夜はお食事に行こうって・・」
「おまえとキンタローも入れて4人なら許可。俺と親父だけなら却下」
「だって僕とキンちゃんは研究で忙しいしい、シンちゃんの慰労のために・・」
「出すもん出して帰れ。・・ああ、社員食堂なら許可だな」
「わーい、お父様喜ぶよ!・・あ、この書類にサインよろしくっ」
嵐のように駆け抜けて行ったグンマ博士の様子はまったく尋常なもので(しかし会話は尋常じゃない)どうやら彼は、従兄弟殿の異常事態に気付いていないと・・いや、見えて、いない?
「シンタローはん、鏡・・見てくれます?」
「はあ?なんだ、おまえ、さっきから」
「頼んますわ」
渋々といった様子で、それでも鏡代わりに窓ガラスに顔を映すシンタローはん。
「・・なんだ?別に、なにもねーじゃねーか」
その感想が決定的だった。
つまり。
猫耳と猫尻尾は、自分にしか見えていない。
一服盛られたのは、こっちの方だった、と。
思えば、そうだ、今朝の食堂で不吉なことにドクターと相席したのだった。
気を付けたつもりでも、目を離した隙に茶碗や湯飲みに薬を混入されたのかもしれない。
効能はさしずめ、・・もれなく妄想に浸れます、とか。
なんて、そういう趣味はないつもりだが・・・しかし。
ピンと立った耳も、緩やかにカーブを描く長い尻尾も、つやつや光る黒曜石の毛並みに覆われている。
元々の黒髪と同様、それは、赤いスーツによく似合って。
(・・かわええなあ・・)
できればぎゅうと抱きしめたい。
でも怒られるからできない。
「・・ほれ、サインしたぞ」
「おおきに」
何気ない仕種で書類を受け取って、見納めや、と、露骨にならない程度の眼力で見下ろした。
と、なんと彼は、凶悪な上目遣いで見つめ返してくるじゃないか。
見つめあうこと、数十秒。
「・・出て行かないのか」
「・・も、もうちょっと・・いても、ええどすか」
「仕事は?」
「平気・・ですわ、たぶん」
そうかよ、と。
積み上がった書類に視線を落とす、彼の、尻尾。
・・見間違いじゃなければ、左右に揺れている。
飛び上がりそうになった、いや、たぶん数センチは飛んだ。
「シ・・シンタローはんっ」
「あ?」
「お茶でも入れます?」
「お、気ぃきくな、頼むわ」
ゆらりゆらり。
揺れが、いっそう、大きく。
「シンタローはん」
「なんだよ?」
「実は、他に好きな人が」
ぴたりと硬直した尻尾と耳は、一瞬の後、ふわりと垂れ、下がって。
「嘘どす」
「・・てめ、ふざけてんのか」
また、上がる。
「大好きやさかい、・・あんさんが」
揺れる。
「・・・・馬っ鹿じゃねーの」
揺れる、揺れる。
ああ・・・かわいいっ!!
そうっとデスクに身を乗り出して軽く抱き寄せると、言葉こそなかったが、背中には手のひらがしっかり回された。
至福。
キスをしてみる。
さらに強く、抱きしめてみる。
また、少し深めのキス。
尻尾は、振り子のように揺れ続けている。
「・・アラシヤマ、そろそろ」
「でも、」
「仕事中」
いつもなら引き下がってしまう言葉、も、尻尾を振っていながらだと説得力はゼロだ。
(もしかして、ちょっとくらい強引なほうが好きなんやろか)
「も、少し」
「馬鹿、・・調子、に」
「夜、部屋に行っても?」
「今夜は親父と食事だ」
「・・ああ、そうや」
「だから・・、俺が、おまえの部屋に行くから、・・待ってろ」
差し出された舌を吸いながら、かわいらしすぎる恋人に99パーセント捧げた思考の、残り1パーセントで思いっきり叫んだ。
ドクター、おおきに・・!!
それが心の中の第一声。
・・一服盛られたな。
目を瞬かせてから、直感・・と経験により、第二声。
「おい、アラシヤマ?」
「あ、ああ・・・はいはい」
ドアを開けたまま硬直していると飛んできた、怪訝そうな呼び掛け。
慌てて駆け寄ったデスクでは、猫と思われる動物の耳をつけた上司、しかも組織の総帥が、ばりばりと書類処理をしている。
ちらりと彼の腰を見遣れば、ばっちり尻尾まで・・あって。
「・・・シンタローはん、ドクターになにかもらいました?」
「高松?・・いや、ここ最近は会ってねーな」
遅効性か。
「ちょお・・失礼します」
とりあえず断って、頭上の耳に指を伸ばす。
しかし、触れたと思った瞬間、有り得ないことに指は耳を通り抜けた。
掴めたものは、空気だけ。
見えるのに、触れない。
触れないのに、見える?
「・・アラシヤマ?」
「あ・・すんまへん」
謝りながらも頭の中はクエスチョンマークでいっぱいで、そうこうしてサインが必要な書類を提出しているうち、総帥室には新たな人間が現れた。
「シンちゃーん!お父様がねえ、今夜はお食事に行こうって・・」
「おまえとキンタローも入れて4人なら許可。俺と親父だけなら却下」
「だって僕とキンちゃんは研究で忙しいしい、シンちゃんの慰労のために・・」
「出すもん出して帰れ。・・ああ、社員食堂なら許可だな」
「わーい、お父様喜ぶよ!・・あ、この書類にサインよろしくっ」
嵐のように駆け抜けて行ったグンマ博士の様子はまったく尋常なもので(しかし会話は尋常じゃない)どうやら彼は、従兄弟殿の異常事態に気付いていないと・・いや、見えて、いない?
「シンタローはん、鏡・・見てくれます?」
「はあ?なんだ、おまえ、さっきから」
「頼んますわ」
渋々といった様子で、それでも鏡代わりに窓ガラスに顔を映すシンタローはん。
「・・なんだ?別に、なにもねーじゃねーか」
その感想が決定的だった。
つまり。
猫耳と猫尻尾は、自分にしか見えていない。
一服盛られたのは、こっちの方だった、と。
思えば、そうだ、今朝の食堂で不吉なことにドクターと相席したのだった。
気を付けたつもりでも、目を離した隙に茶碗や湯飲みに薬を混入されたのかもしれない。
効能はさしずめ、・・もれなく妄想に浸れます、とか。
なんて、そういう趣味はないつもりだが・・・しかし。
ピンと立った耳も、緩やかにカーブを描く長い尻尾も、つやつや光る黒曜石の毛並みに覆われている。
元々の黒髪と同様、それは、赤いスーツによく似合って。
(・・かわええなあ・・)
できればぎゅうと抱きしめたい。
でも怒られるからできない。
「・・ほれ、サインしたぞ」
「おおきに」
何気ない仕種で書類を受け取って、見納めや、と、露骨にならない程度の眼力で見下ろした。
と、なんと彼は、凶悪な上目遣いで見つめ返してくるじゃないか。
見つめあうこと、数十秒。
「・・出て行かないのか」
「・・も、もうちょっと・・いても、ええどすか」
「仕事は?」
「平気・・ですわ、たぶん」
そうかよ、と。
積み上がった書類に視線を落とす、彼の、尻尾。
・・見間違いじゃなければ、左右に揺れている。
飛び上がりそうになった、いや、たぶん数センチは飛んだ。
「シ・・シンタローはんっ」
「あ?」
「お茶でも入れます?」
「お、気ぃきくな、頼むわ」
ゆらりゆらり。
揺れが、いっそう、大きく。
「シンタローはん」
「なんだよ?」
「実は、他に好きな人が」
ぴたりと硬直した尻尾と耳は、一瞬の後、ふわりと垂れ、下がって。
「嘘どす」
「・・てめ、ふざけてんのか」
また、上がる。
「大好きやさかい、・・あんさんが」
揺れる。
「・・・・馬っ鹿じゃねーの」
揺れる、揺れる。
ああ・・・かわいいっ!!
そうっとデスクに身を乗り出して軽く抱き寄せると、言葉こそなかったが、背中には手のひらがしっかり回された。
至福。
キスをしてみる。
さらに強く、抱きしめてみる。
また、少し深めのキス。
尻尾は、振り子のように揺れ続けている。
「・・アラシヤマ、そろそろ」
「でも、」
「仕事中」
いつもなら引き下がってしまう言葉、も、尻尾を振っていながらだと説得力はゼロだ。
(もしかして、ちょっとくらい強引なほうが好きなんやろか)
「も、少し」
「馬鹿、・・調子、に」
「夜、部屋に行っても?」
「今夜は親父と食事だ」
「・・ああ、そうや」
「だから・・、俺が、おまえの部屋に行くから、・・待ってろ」
差し出された舌を吸いながら、かわいらしすぎる恋人に99パーセント捧げた思考の、残り1パーセントで思いっきり叫んだ。
ドクター、おおきに・・!!
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