「ここは広いから、私が案内してあげよう」
すっごく張り切っていますと、誰かが見てもすぐ分かる耳が痛くなるような大きな声で、あの人が俺にあてがわれた部屋のリビングで、黄色の小さな旗『団内案内ツアー・シロガネ様ご一行』を片手に、そう提案してきたのは昨日の午後の話。
面会許可が下りたのがその1週間前。
病室から、秘所専用フロアに作られた俺の部屋に引っ越したのは、昨日の午前。
真新しい家具に包まれたその部屋は、以前俺が借りていたアパートと比べ物にならないぐらい広く、4人家族が住むぐらいの広さと部屋の数。
贅沢をし尽くした部屋に、再び胃がキリキリと痛くなり、病室に戻りたい気持ちを味わう羽目となった。
面会許可が下りたのは、一週間前の出来事。
そして、1時間もしないうちに面会時は専属医が立ち会うことになるほど、今の俺の胃はい酷く弱くなってしまっていた。
「シロガネ君!どうだい、これ全部君の服!」
そういわれて見たものは、山のように積み重ねられた、高級ブランドの箱、箱、箱・・・・。
「え、いや、そんなには・・・・」
庶民ってことで生きているのに、ブランドに詳しかったらおかしいので、曖昧な答えをしたが、どれだけのお金をこの人は使ったのか考えたくも無い。
すこし計算しただけで、頭が痛くなってくる。
「これみて、ほら、この時計。私のサイン入りなんだよ!レア、超レア!ファンクラブ会員でさえ持っていない!!これを、君にあげるよ」
24金と眩しいフレームの腕時計は、何故かバンドのところがミンクの毛皮。
意味ねーっ!
つうか、無駄すぎる。
こんなものつけて仕事したら、ファンクラブの方々に殺される。
「は・・・はあ」
もう、言葉も出ません。
「ほらほら、このカーディガンに袖を通して!私が寝ている君を観察鑑賞・・・もとい、看病しているときに編んだ、私の毛入りカーディガンだよ!!因みに、毛は毛でも・・・・まあ、そこは置いておこう!」
どこ?
一体、この金色の糸らしき物体はどこの毛だ?
「え、いや、それは・・・・」
よく分からない毛の服を、着させないで!
「これは、君が寝ている間に作った『シロガネ君人形1/2』1号だよ!こっちが、『シロガネ君人形50分の1』2号で、これが・・・・」
え?
なに?
2号って!?
「う、う・・・・、胃が・・・・」
話を聞いているだけで、激しい胃痛が襲ってきたのは言うまでもない。
過度のストレスのため、絶対安静が必要な病人にたいして別の病気を作ったあの人と、二人っきりにしたら俺の身が持たない為、『医師立会いの下の面会』というのが、俺の専属医と任命された高松の診断結果だ。
あの人の命令で俺の専属医になった高松が、ちょうど俺と二人っきりになったときに、2週間ほど意識不明の状態だったと教えてくれた。
その間、あの人が寝ずの看病をしていたことも知らされた。
そういえば、目が覚めて始めて視界に入れたのが、あの人の少し疲れが見え隠れする温かい笑顔だったことを思い出した。
その時、「おはよう」と言われ、俺は「おはよございます」と、応えて再び瞼を閉じたような気がする。
そのときは夢心地気分だったせいか、まさか目が覚めてあの人の顔が見れると思っていなかった俺は、てっきりその話を聞くまで夢だと思っていた。
何せ、次に目が覚めたときのほうが現実に一番近かったから仕方が無いだろう。
高松がカルテを片手に、「すいませんでした」と謝罪をしてきたのだから。
高松は、まだ言葉もはっきりと喋ることのできない俺に、ただ淡々とあのことを説明し始めた。
「グンマ様は、貴方にまだ試験段階の薬品を投与していたことは、私も把握していました。
私が作った、染髪目的のための試薬品で、動物実験はすでに終わっていましたから、体に害を及ぼすことはほぼ無いことは分かってしました。
だから、止める必要もないと思って黙って見ていました。
ご自分がマジック様の嫡男だと知ったあのときから、貴方に向けて日に日に膨れ上がる一方の憎悪を、少しでも減少すればと願いながら、私はあの方を止める術を模索せず傍観していただけでした。
そして、貴方の髪の色が全て落ちてしまったとき、事態は急変し私は焦りました。
あれだけ貴方に執着していたマジック様が、まったく貴方を見ようとしなくなった。
私は急いで、グンマ様がその事実に気がつく前に保管する薬品に細工をし、吐血を促す副作用の無い薬と摩り替えたのです。
ご自分が投与した薬の副作用により、『憎しむ相手』が病に倒れ己の行いが招いた結果により予測できる窮地を目の当たりにしない限り、犯した罪の重さも気がつかないまま、いずれグンマ様は何の罪も感じず本物の毒薬を使用することが簡単に予測できました。
そして、もしマジック様に捨てられた貴方を知れば、薬よりももっと酷いことをしたでしょう。
私は、貴方にこの地獄から逃げ出して欲しかった」
眉間にしわを寄せ、どこか苦しそうに話す高松は全く嘘をついているようには見えなかった。
「私は24年間、貴方をルーザー様の息子と思い見守ってきました。そのせいでしょうか、私は貴方を守りたかった。今、私にできることは、貴方が『シンタロー』である証拠を全て隠すことだけです。遺伝子情報は、他人のものに取り替えてマジック様に報告しています」
その言葉が、胸に熱く沁みた。
「ああ、サンキュー」
かすれた声でお礼を言った後、高松の顔が今まで見たことも無い、今にも泣きそうだから俺はわざと少しの間視線を別のところにやった。
僅かに響く機械のモーター音と、高松が黙読しているカルテを捲る音しか聞こえない無機質な部屋を見渡し、高松のほうに視線を戻した。
彼は、もういつもの何も読み取れない顔になっていた。
「今後貴方の扱いは、マジック様直属の秘書となります。そして、これだけは注意してください」
そこで一旦言葉を止めた高松は、その手に持っていたカルテの最後の紙を俺のほうに向けた。
「え?」
「マジック様の命令により、貴方は24時間、盗聴・監視カメラによる監視対象となりました。見につけている衣服、及びボタン、全てに貴方を監視するものが、この部屋を出て以降貴方の周りに設置されます」
赤い極秘スタンプがついたその書類には、俺の顔写真と『シロガネ』の名前、そして24時間の監視対象とする旨が書かれていた。
「正体がばれるような行動は、絶対しないで下さい。そして監視から解放されることを望むのなら、信頼を作り上げてください」
そういって、高松はきびすを返し部屋を出て行くためにドアに向かって歩き始めた。
そして、ドアノブを掴むとたった一言残して、出て行った。
「守りきれなくて、申し訳ございません」
涙があふれそうになった。
あれだけ、我慢していたのに。
あの24年間、『シンタロー』は一人じゃなかったんだ。
意識が戻ってから病室を出るまで、毎日あの人がここを訪れては、他愛も無い話をしていった。
その際、応えにくいことには高松がフォローを入れてくれ、俺の胃痛が悪化すると即座にあの人をこの部屋から追い出してくれた。
俺を思って、立ち会うことを決めてくれたことが良く分かった。
そして、高松が教えてくれた通り、病室中には監視カメラや、盗聴器が目に見えるところまで設置され、目視で確認できるだけでも数十台。
見えないところには一体何台着いているのやら。
高松と話したいことがあっても、話すことができないもどかしさを感じながらも、自分に与えられた運命を受け入れるべく、日々胃痛と戦うことだけに専念した。
「シロガネ君。聞いてよ」
今日も、林檎をウサギの形にしながら最近の『シンタロー』について語りだした。
「はい、なんでしょうか?」
別に俺は精神科医の免許を持っているわけでも、恋愛相談の先生でもない。
百戦錬磨のあの人が俺に対して持ちかけることのできる話題が、これだけしか残されていないのは事実で、「はい、あーん」とフォークに突き刺して差し出してきた林檎を、お礼を言いながら右手で取ると「ひどい!」と非難の声を受けながら、虚しいだけの会話を進めさせるべく「お気になさらずに、どうぞ話を続けてください」と促した。
「ああ、えっと、あのね・・・」
何が悲しくて、自分を捨てた男の恋愛相談を受けなければいけないんだろうか。
「ここ2日、シンタローが冷たいんだ」
そう言って、手元にあった1/1のシンタロー人形(パプワ島バージョン)を握り締めながら、おんおんと泣き始めた。
「私が話しかけても、そっけない返事で返してきたり、それに今日なんて私が食べさせてあげようと大好きな果物を差し出したのに、それをスルーさせたんだよ!! 『はい、あーん。パパのモノも食べて欲しいなv作戦』が台無しだよ!」
そして、今度は人形を扱って腹話術をし始めた。
「ねえ、シンちゃんは何故、パパの手から食べ物を食べないの?」
小首を傾げながら、人形を膝の上に乗せ話し始める。
『だって、先にパパの息子を食べたかったんだもん』
人形の両手をそのフェルトで出来た頬に持っていき、恥ずかしいのと変なポーズを取らせる。
「そうだったんだね!パパ、早とちりしちゃった」
そして、人形をぎゅ~っと抱きしめ。
「シンちゃん、愛してるよーっ!!」
胃が痛くなりそうな光景だった。
「で、シロガネ君。君はどうしたらいいと思う?」
急に真剣な表情に変わり、そんなことを聞いてきた。
人形は抱きしめたまま。
適当に応えてあしらうと言うのが、ここはいい手だろう。
あの町にいた酔っ払いのガンマ団員のおっさん(永眠)より、相当たちの悪い人だ。
「何かプレゼントをしてみては?」
ありきたりなアドバイスを出すと、あの人は目を輝かせながら「名案だ!!」と叫ぶと急に椅子から立ち上がった。
「なるほど、者を物で釣る作戦だね!」
嫌なたとえをしないで欲しい。
「ありがとう、シロガネ君!早速実行だ!」
そう言って、ものすごい速さで病室を出て行ってしまった。
やっと胃痛の原因が立ち去ったことに、ほっと息を吐きながらあきれた顔をしているだろう高松へ視線をやると、想像とは違う表情で立ち尽くしていた。
「ドクター高松?」
幽霊でも見たかのような、真っ青な表情に驚きながら名前を呼ぶと、少しだけ俺のほうに視線をやると小さく一礼だけしてそのまま何も言わずに部屋を出て行ってしまった。
高松が出て行ってから暫くして、病室のドアが開いた。
「シロガネ君、高松は?」
そこにいたのは、あの人だった。
先ほどものすごい速さで病室を出て行ったのに、戻ってきたということは何か忘れ物でもしたのだろう。
「さあ、存じ上げません」
「そうか、よかった」
俺の返答に嬉しそうに笑うと、あの人は病室に入ってくると何故かそのドアに鍵を掛けた。
「いっつも邪魔をするからね」
そういってウィンクをされても困る。
「何か、忘れ物でも?」
先ほど思っていたことを口に出すと、あの人は「まあ、それにちかいね」と曖昧に答えて、俺のベットのほうに来た。
「君はさっき、私にいいアドバイスをくれたから、それのお礼」
そういって、唇に軽いキスと一緒に何か箱を渡された。
それは細長い箱で、長さ薄さを見て中身がネクタイだと想像できる。
「それを絞めるのは、私の手だけだからね」
良く分からない言葉を言った後、あの人はそそくさと部屋から出ていった。
あの人は、忘れ物をしたのではなく俺にこれを渡すために戻ってきたみたいだということは、分かった。
そして、中身をまだ確認していないが、このネクタイと思われる代物を締めるのは自分だけだと主張してきたのはどんな意味があるんだ?
あの人が、俺の唇に落としていったものが大きすぎて、頭がうまく回転してくれない。
心臓がバクバク言って、めまいがしてきた。
「中身でも見て、落ち着こう」
独り言をで気を紛らわせながら、貰った箱についてある包装用の白いリボンを解き、そして黒い細長い箱を開けた。
・・・・・・・・胃が痛くなってきた。
『マジカルマジック』と、刺繍入りのショッキングピンクが目に痛かった。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
手のひらに乗せられた胃薬の袋を、俺は口の中に入れた。
あれから暫くして、高松が病室に戻ってきた。
俺が胃痛で顔をしかめているのを察知した高松は、すぐに常備薬になりつつある胃薬を一袋俺に渡してくれた。
薬の袋を俺の手のひらに乗せたあと、水差しからグラスに水を入れそれを俺に渡してくる。
まるで、俺だけの執事みたいに世話をするものだから、グラスの中の水を飲みながらついつい笑ってしまう。
「どうかしました?」
「いえ、なんでもないです」
わざとらしい敬語を使いながら、お互い顔を合わせて笑いあう。
「楽しそうだね?」
その時、タイミングを計ったかのようにあの人がドアのところで、とっても不機嫌といった表情でそこに立っていた。
「私を仲間はずれにして」
プンプンと、擬音語が飛び出しそうなほど頬を膨らませながら、俺のいるベッドのところまでものすごい早足でやってくると、そのままベッドの上に突っ伏した。
「マ、マジック様?」
俺はどこか具合でも悪いのかと、手を伸ばすとその手をものすごい速さで伸びてきたあの人の手によって捕まえられてしまった。
「シロガネ君、ジャンがひどいんだよ~」
ああ、またその話か。
「何かされたんですか?」
捕まっていないもう一つの手で、あの人の頭を撫でるように触りながら聞くと、あの人はちょっと機嫌がよくなったのか俺の手を捕まえたまま、ベッドの上で正座をすると良くぞ聞いてくれましたといわんばかりに顔を寄せてきた。
「今、チキンライス作ろうとしたら、ジャンったら冷蔵庫に牛肉のタンしか入れてなかったんだよ!」
買い置きしていたチキンは、焼き鳥となってハーレムが食べてしまったらしい。
補充された肉が、料理するにはある程度手を加えて楽しむ牛タンだったそうだ。
「ああ、それでは煮込み料理になってしまって時間がかかりますね」
頭の中にいくつか出てきた牛タン料理は、焼いて終わりの簡単なものより煮込みのほうが僅かに多かった。
「全く、料理ができない癖材料にこだわって・・・ブツブツ」
小さな声で文句を言うその口調が、何だか憎憎しさが込められているのは気のせいだろうか?
「でも、悪いことばかりじゃないんだよ」
今度は嬉しそうに笑いながら、俺の手をぎゅっと握り締めてくる。
「何かあったんですか?」
言葉の流れ上、訊ねてあげるとあの人は今まで見たことがないほどの優しい表情で、小さく頷いた。
「シンちゃんが、私を甘えさせてくれてたんだ。優しくしてくれたんだよ、この私に。嫉妬に狂いそうになったとき、優しく頭を撫でてくれた・・・・」
それがとても良い事だと、微笑む笑顔が目の前にある。
「そうですか、それはよかったですね」
それに愛想よく対応してはいるが、さすがにジャンとのノロケ話を聞きながら幸せそうな表情をするあの人を見るのは苦しかった。
それでもあの人が俺の存在を認めてくれたそれだけで、俺は生きる資格を得た。
だから、少しでもあの人の役に立とうと、その痛みにも堪えた。
ふと、視界の端に捕らえた高松の表情は、どこかこわばっているように見えた。
続く
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