ガンマ団本部上階にある、一族専用のバルコニーは今日も暖かい日差しを浴び、お茶を楽しむ午後のティータイムに優雅な一時を演出していた。
そんな気分を害する驚異的変なことを、シンタローの父親ことガンマ団総帥のマジックは言い出してきたのだ。
「シンちゃん、パパと結婚しないかい?」
「はっ!?」
あまりにもありえない事だったので、シンタローは持っていた胡桃入りスコーンを皿のうえに落としてしまった。
「ほら、パパとシンちゃんは毎日愛し合っているだろ?身も心も一つな二人だ…」
「眼魔砲ッ!!」
常識など皆無なマジックの発した言葉に、シンタローは顔を真っ赤に染めて眼魔砲を撃った。
「…一々、んなこと口に出して言うなーッ!!くそ親父ッ!!」
「ハハハ、照れちゃって可愛いッ!!」
悔しいぐらい無傷で帰ってきた、マジック総帥。
さすがと言うべきか、何とも難しい人である。
「パパは独身、シンちゃんも独身。ほらね、似合いの夫婦だよッ!!」
にこにこ笑いながら言うマジックに、シンタローは大きくため息をついた。
「親子で結婚はできないだろ。ばか親父」
「そんなーッ!!せっかくシンちゃんのためを思って、パパが言っているのにーッ!!馬鹿だなんてひどいよォッ!!!」
「どこが、俺のためじゃーッ!!!!」
いい年こいて泣きだす、マジック総帥。
それにキレるシンタロー。
「俺のためだったら、そのふざけた発言を取り消せぇッ!!!!」
「パパ、ふざけてなんかいないよッ!!!」
「その態度がふざけているんだよッ!!」
ドォン
遠くから聞こえる恒例となってしまった音に、秘書室の二人は溜息を吐いた。
「また、あのお二人は派手に親子喧嘩して…、バルコニーはこれで何度目の修復になるのだろう…」
ティラミスがガンマ団本部名物ともなった、親子喧嘩の爆発音にため息を吐きながら、引き出しから電卓を取り出した。
手早く、数字を打ち込む。
「今月は全壊が5回、半壊が16回…だな。…はぁ」
続いてチョコレートロマンスが、机のうえに置いてある電話の受話器を取り、ため息を吐きながら何度も押して覚えてしまったボタンを手早く押す。
「今回は…、半壊ですんでほしいな。できれば、総帥・だ・け・が・犠牲であってほしい」
「はは、いえてる…。あ、もしもしガンマ団秘書課チョコレートロマンスと申します。お世話になっております。…ええ、はい…そうなんです。申し訳ないのですが、至急お願いしたいのですが……はい、ありがとうございます。はい、はい…今回もお願いします。失礼いたします」
相手が電話を切る音を確認したチョコレートロマンスは、フックを押しそっと受話器を置く。
その音と同時に、二人揃って大きくため息を吐いた。
そんなやり取りがあったことなど、微塵の欠けらも知らない原因の二人は、バルコニーから姿を消していた。
どこにいるかといえば、二人はマジックの寝室にいた。
「ん…っ」
二人は深く口付けあっているのだが、シンタローが上でマジックが下と、ちょっといつもとは違う位置。
「シンちゃん…何か、積極的だね…」
長い口付けの後、くすくす笑いながら、頬を赤く染めるシンタローの耳元で囁く。
「うるさい…」
「だって、シンちゃんがパパを誘ったんだよ。すっごく嬉しくてね」
シンタローは恥ずかしいのか、顔をマジックの首筋に埋め込む。
「シンちゃん、パパと結婚したくないかい?」
自分を組み敷いている息子の背中を撫でながら、また同じことを言ってみると、今度は怒ることはなかった。
「…俺も、父さんと…、できることなら結婚したい…」
どこか辛そうなその声は、お互いを親子以上に愛し合ってしまった二人の辛さを表しているようにマジックの心に強く響いた。
背中を撫でていた手は、息子を力強く抱き締めていた。
その強さは、お互いの心の辛さ。
「シンタロー…」
自分を力強く抱き締める父の温もりを感じながら、目を閉じる。
「俺と、結婚してよ。父さん」
「ああ、結婚しよう」
私たちはけして、結ばれることは許されない。
しかし、親子でなかったら出会うこともなかった。
私たち親子の愛は、『禁忌』。
神からも見離された恋。
だから、誰よりも強く愛せれる。
二人に幸あらんことを…。
マジックは小さくため息を吐いた。
『この髪も、唇も、目も、指も、全て父さんのものだから』
昨晩の情事の後、シンタローが言った言葉にマジックは頭を抱えながら、考え込んでいた。
『全部、私のものなんだね?』
その言葉に、シンタローは小さく頷いてくれた。幸せそうに、微笑みながら。
本当にこのままでいいのだろうか。頭のなかに不安が過る。
確かに、結婚しようと言出したのは紛れもない、自分。
だが、息子の本当の幸せを考えた時、このままでは息子は、私たち二人は……いずれ、ぶつかってしまうだろう。
一つの大きな壁に。
部屋に帰れば、一糸まとわぬ姿で自分のベッドに寝ているであろう息子に、あのことを言えば私を嫌ってくれるだろう。
私から少しでも距離を置くことが、あの子にとっての幸せなのだ。
『何でだよ、何でコタローをッ!!』
ごめんね、シンちゃん。それが、お前の幸せのためなんだよ。
それに弱い私は、お前を愛していくかぎり、『親』と言う仮面を脱ぐことはできない。
どんなに、お前が私を『親』以上に愛し、私がお前を『子供』以上に愛したとしても…。
ごめんよ、シンタロー。
お前がどんなに私を嫌おうが、私はお前を愛してるよ。
その愛は息子以上に、そして恋人未満に。
世の中は、それ以上は、それ未満。
「総帥、シンタロー様が秘石を持って逃走しましたッ!!!」
ああ、シンタロー。
お前はそれ以上を望むのか…。
ならば、私はお前の望むままに動こう…。
「シンタロー様が南国の小島に上陸したと、報告がありましたッ!!」
「ティラミス、すぐに刺客を送りなさい。秘石を必ず取り戻せ…」
「はッ!!」
秘石なんてどうでもいい。
本当に欲しいものは・・・・・
「お帰り、坊や。パパだよ」
お前なのだから。
パプワ島で知った、俺の本当の素性。
秘石の番人の影。
…俺は、親父の息子じゃなかった。
最初っから、俺に親なんかいなかった。
あんたと結婚?
そんなことできないよな?
だって、あんたは息子である俺をあいしたんだから。
だから、終止符を打とう。
それが、あんたにとっての幸せだから。
ガンマ団本部総帥室。
こんなことあんたを前にして言うことではないと思うけど、だけど言わないとこのままだから。
「俺、結局あんたの息子じゃなかったんだな」
俺の発言に、少々驚きを隠せない親父が首をかしげる。
「シンちゃん?何を言っているんだい?」
あんただって俺の言いたいことがわかるだろ?
「…俺さ、小さいころから、本当に自分はあんたの息子なのか、すげぇ悩んでいた」
またそんなこと言ってと、親父は口を挟む。
そこで俺の気を引いて、はいここでおしまいといつも通りには今日は行かないんだよ。
「ガキのころは、いつか捨てられるんじゃないかといつもビクビクしてよ、あんたに甘えたりして考えないようにしていた。
そう、思春期に入って、あんたの息子だって周りに認められたくて、頑張って頑張って、NO.1になって…。
周りの奴等に、おまえはマジックの息子だって言ってもらいたくてさ、いじめられようが何しようが頑張った。
認めてもらうためにあんたの力借りたくないからって、反発ばかりしていたあのころ、それでも俺はあんたの息子だって信じていた。
本当は、あんたに認められたくて、あんたに息子だって認められたくて、今まで頑張てたんだ。
けど、だけど、俺、結局あんたの息子じゃなかった、この一族の人間じゃなかった。あんたはそれでも、息子だって言ってくれた。けど、俺は……」
しばしの間、沈黙が辺り一帯を支配する
「どんなに、頑張って努力しても、あんたの息子にはなれないんだッ!!」
俺の言葉を何も言わずに聞いていた親父が、俺にそっと近づいてくる。
「シンタロー、そんなことはないよ。血がつながっていなくとも、私とおまえは親子だ」
頭を優しく撫でられると、すべて忘れてしまいそうになる。
パプワのことも。
あんたの息子じゃないって事実も。
「俺ずっと辛かったんだぜ?自分の素性を知りたくても、どう調べていいか分からなかった。知りたくて、教えてほしくて、そしてやっと、やっと分かったんだ…」
あの島が答えを持っていた。
「……」
親父の手が止まる。
「俺には、人間の親なんていない」
小さく震えだす親父の手。
「シンタローッ!!そんなことはない、私はお前の父親だッ!!」
ぐいっと、強い力で俺は親父に引き寄せられた。
「あんたの息子は、最初っからグンマとコタローだけだよッ!!」
その腕の中から逃げ出すために暴れる俺を、親父の腕は力を増し強く抱きしめてきた。
「はなせっ…」
「私の息子はお前だけだ、シン・・・」
親父の言葉が途中で止まる。
ふと、親父の肩越しに入り口のドアを見るとグンマが眼を大きく見開いて、俺らをみていた。
傍には、ティラミスとチョコレートロマンスがグンマの後ろに立ってこちらを見ている。
ああ、俺の言葉を待っているんだ。
親父も、グンマがいたから最後までいえなかった。
結局、俺はあんたの息子じゃねぇ。
あんたも俺だけの父親にはなれない。
否、ならない。
「親父、石が無くなった今、番人の影でもある俺がここにいる存在理由が無くなっただろ?」
笑った顔、あんたに見せるのは何年ぶりだろう?
「シンタロー」
ああ、グンマごめんな。
「逝かせてよ」
俺、たぶん最低なこと言うぜ?
「シンタロー、考え直しなさいッ!!お前は、私を愛しているんだろッ!?私の前から消えることはないッ!!…今からでも、新しい絆を作って行けばいいだろ?お前と、グンマと、私と、コタローとでッ!!」
お前の耳に残っちまうかも。
「愛?」
だから、ごめん。
「そう、二人で言い合っただろう?愛していると」
最低な俺で、ごめん。
「俺はあんたを愛していない。石から植え付けられた、番人の影としての青の一族に対する愛情ではなく、監視義務の責任概念からきていた感情を俺は“愛”と呼んでいたんだ」
マジックの眼の色が変わった。
「だから…だから、私に抱かれたのかッ!?番人の影だからかッ!?」
俺を体から少し放し、強い目で睨みつける。
「ああ、そうだ」
そんなあんたに、俺は笑顔で返す。
「…っッ!!私は、お前を24年間息子としてそれ以上に愛し、育ててきたッ!!!」
ああ、そんなにあせっているあんたを見ることなんてもうないだろうな。
「ご丁寧なことに、石は俺をあんた好みの顔に作ったんだから、愛してしまうのも仕方ねえだろ?」
そう、ジャンとそっくりに。
「違うッ!!」
そんなに強く否定されると、俺の考えに間違いないんだと確信してしまうだろ。
「違わねぇだろ?」
「……」
ああ、大当たりかよ。
ちょっと悲しいな。
アンタはそんな風にしか俺を見ていなかったなんてよ。
ああ、本当の気持ちを今知った気がした。
「もう、逝かせてくれよ…。疲れたんだよ」
引き締まった頬に、そっと触れる。
「……」
「あんたも、俺のことで長い間悩んでいたんだろ?もう、悩む必要ねぇから」
ゆっくりと唇を合わせ
「だから、さよならだ」
別れを告げた。
俺はその場から逃げるように立ち去った。
そんな俺を誰も呼び止めようとはしなかった。
それでいいんだ。
俺が嫌われてしまえば、あんたの狂った愛情は本当の息子のグンマに行くだろう。
それでいいんだよ。
長い廊下を曲がり、俺は走った。
誰から逃げるのでもなく、早くしなければという責任観念に押され走った。
「・・・・・ごめんなさい」
本当はあんなこと言いたくなかったんだ。
「俺、弱いから・・・」
逃げるための口実欲しさに、アナタにあんなことを言ってしまった。
「本当は・・・・」
本当はアンタを愛しているんだ。
真実がどんなものであろうと、この心に変わりは無い。
懐にあるひとつのカプセル。
ガンマ団すべての人間が必ずひとつ所有している、自殺用の毒の入ったカプセル。
捕虜になったときには、機密漏洩防止に自殺するためにと常備してあるもの。
本当は一族には渡されることが無いもの。
だから、ガンマ団本部に着く間に団員からこっそり拝借した。
それを取り出し、口に含む。
喉が渇いて飲みにくいなんて贅沢はいえない。
無理やり飲み込み、足を止めた。
「・・・・・ふ」
これを飲んで助かったやつなんて見たことが無い。
俺一人だけを助けるためなのか、親父からの拷問を恐れていたのか仲間と思っていた奴は捕虜になったとたんに俺の前でこれを飲み、俺だけが生き残った。
自然と笑みがこぼれた。
やっと、やっとのことで俺は―
自分を手に入れた。
だんだんと意識が薄れていく。
ああ、そうだこんな時って昔のことが流れるって言うよな・・・
小さいころの記憶とか、そんなの全然頭の中に流れてこない。
意識的にそれはうその記憶だって抑制しているのかな。
けどさ、あれは俺の記憶であって、キンタローの記憶じゃないし。
でも、それでもあれはキンタローの体の記憶だし。
ああ、畜生!
俺、何故こんな人生なんだよ。
一度だって良いこと無かったじゃねえか。
母さんが、浮気をしたとか、出来損ないとか、親父の子供じゃねえとか。
いろんな人苦しめてきたよな。
俺って存在が。
俺が居なかったら、コタローはあんなふうにならなかったんだろうな。
それじゃ、俺って居なくて正解なんだよな。
それにしても―
「・・・・・毒効くの、遅すぎじゃねえか?」
俺の知っている限り、即効性だよな?
目の前が霞むが、これってあの眠たいっていう感じであって、死にそうって感じじゃない。
しかも、なんだろう。
騙されている気がする。
まてよ、そうかもしれない。
絶対そうだ。
逃げなきゃ。
親父が追いかけてくる。
「にげ・・・・・」
そこで俺の意識は途切れた。
「総帥」
ティラミスが私の部屋にやってきた。
ストレッチャーに乗せられたシンタローが運び込まれる。
どうやら、シンタローがあの薬を飲んだようだ。
「本当に、これでよろしかったんですか?」
愚問を私に投げかける。
「良かったよ」
そう答えても、ティラミスは苦虫を噛み潰したような表情で私の部屋から去っていった。
おかしいと思うなら、笑うがいい。
変だと思うなら、そう思えばいい。
私はそんな風に思われようが、私自身微塵もそんなことを思ったことがないのだから。
「これからだ」
自然と笑いが漏れる。
「これからなんだよ。シンタロー」
私を包み込む椅子から立ち上がり、部屋の真ん中に置かれたストレッチャーに歩み寄る。
「お前と私は、離れてはいけないなかなのだから」
頬を撫でる。
馬鹿だよお前は。
自殺用の毒を団員から盗んだとぬか喜びをしていたが、そんなことはお見通しなんだよ。
グンマにあんなことを言っていること事態、予想の範囲内。
それに、あの睡眠薬をガンマ団内部で飲むことだって、私を愛しているお前はそうするだろうって分かっていたよ。
ほら、私たちって相思相愛だろう?
分かれてはいけないのだから。
ね、シンタロー。
あれ、俺死んでない。
生きているって実感したのが、アンタが鼻血をたらしながら俺の人形を作っている光景を見たから。
だってよ、天国ってもっと心地のいいものだろう。
死にそびれたってがっかりした感覚と、生きていたっていう安堵感がある。
それは、アンタのことを好きだという証拠だよな。
「あ、シンちゃん起きた?」
嬉しそうに話すあんた。
「まあ・・・」
寝起きにそんな返事はおかしいって笑うかもしれないが、それしかいえない。
ひどいことを言ってしまったから。
「良かった。シンちゃん、睡眠薬飲んで寝ちゃうんだもん。私すっごく心配したんだよ!だって寝ている間に突っ込んでも何の抵抗も無いわけだし、やっぱ起きているシンちゃんに突っ込んでそれに抵抗するところがいいわけだし、寝たままのシンちゃんに突っ込めないから、2日間も私は我慢していたんだよ!」
ああ、やめて現実逃避したくなる言葉。
「うるさい」
ちょっと反抗してみる俺に、親父は可愛いと抜かしやがる。
「アンタ、結局ジャンみたいな俺を追いかけてきたんだろう?」
ちょっとひねくれたことを言うと、親父の目の色が変わった。
「ジャンジャンって、お前はサービスかい。あんな犬なんて、昔の思い出だ。今、私に必要なのはお前だけだよ」
ああ、そうなんだ。
なんとなく説得力あるな。
だってあいつは、犬だもんな。
高貴な俺様があんな犬と同じなんておかしいつーの。
それにあんなことを言ったのに、そんなに怒っていないんだ。
「私はね、お前さえ居ればいいんだよ」
「グンマは?」
ちょっと子供みたいなことを言うと、また可愛いといわれた。
「あれかい?あれは飾りだよ。妻が浮気をしていませんでしたってね・・・・」
ああ、そうなのね。
「それよりも・・・・」
俺の寝ているベッドに近づいてくるあんた。
「シンタロー、私はね独身なんだよ」
「知ってる」
そばまで寄ると、ベッドに腰かけ、俺の手をとる。
そして、そっと唇に寄せる。
「だからね、お前が私の奥さんになっておくれ。結婚しよう・・・シンタロー」
なんだか、唇にキスされるよりもドキドキする手の甲の口付け。
「おう」
そんな返事しか出来ない俺だけど、アンタはありがとうって笑ってくれた。
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