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skg
 忘れかけていた思い出の箱。

 見つけたのは偶然で。
 開いたのは当然で。
 触れたのは必然で。
 
 その思い出を懐かしむ。



「ん?」
 奥の段ボール箱を開いたとたん目に付いたそれに、キンタローは訝しげな表情と共に、それを手に取った。
 随分と昔にシンタローが仕舞い込んだまま、忘れ去られた品物を発掘するための手伝いとして、物置を大捜索中だったキンタローだったが、そのさいに妙なものを発見したのだ。
(なんでこんなものが…?)
 物置といっても、他の部屋と大差ないほどの広さを持つそこである。たった一つのものを探し出すのも容易ではない。あちらこちら手分けをして、奮闘していたのだが、それのおかげで手が止まってしまった。
 透明なプラスチック容器に入れられたそれは大切そうに保管されている。しかし、ここにあるにはちょっと似つかわしくないその品に、首をひねらせ、キンタローはこの物置の主であるシンタローに声をかけた。
「おい。これはなんだ?」
 その声に、別の場所でダンボール箱を開いていたシンタローが振り返る。白いタオルでねじり鉢巻をして、捜索活動に勤しんでいたシンタローだったが、その漆黒の瞳がキンタローの掲げていたものを貫く。とたんにそれに釘付けとなり、そして次の瞬間、弾ける様に笑った。
「おおッ。なんか、すッげぇ懐かしいものが出てきたな」
「ああッ! それって、あれじゃないの? シンちゃん!」
 その声にかぶさるようにして叫んだのは、キンタロー同様シンタローの物置で探査の手伝いをしているグンマだった。すぐさま自分の持ち場を離れると、ぱたぱたとキンタローの元へと駆け寄ったグンマは、キンタローの手にしていたそれを手にとって、頭の上に持ち上げたり、ひっくり返したりと、久しぶりのご対面を味わう。
 どうやらグンマにとっても、それは思い出の品らしい。
 ひとしきり手の中で弄繰り回した後、グンマはそれを胸に、シンタローの方へ振り返った。
「懐かしいね。これ、とってたんだ」
「そっ。だって捨てるのもったいねぇだろ? ま、でも二度と被ることはなかったけどさ」
「それじゃあ、持ってても意味ないじゃない」
「いいんだよ、それで」
 シンタローも懐かしいその品へと近づくと、「はいv」とグンマからそれを手渡される。少しばかりグンマの手にあるそれを眺めてから、手に取った。一応大切にしまっておいたためか、それの痛みは少ない。
 さらりと手にかかる冷たい感触に、シンタローは眼を細めた。
 昔の記憶が脳裏をよぎっていく。それは、かなり昔のもので、それゆえに口元に浮ぶものは、もう笑みしかない。
「馬鹿だったよなぁ。あの時の俺って」
「ん~、でも仕方なかったでしょ? あの時は……」
 事情を知っているグンマは、先ほどまでの笑みを顰め、歯切れ悪く言いよどんだ。
「そうだけどさ」
 二人して、その品に視線を落とす。
 なにやらお互い共通の記憶を分かりあっているからいいのだが、一人蚊帳の外におかれたのはキンタローだった。
「あの時とはなんだ?」
「えっとね。シンちゃんの十才の誕生日が過ぎたちょっと後の頃かな。覚えてない?」
 グンマがくるんと振り返り、キンタローに向かって、ことりと首を傾げてみせる。
 当然キンタローが、その場に存在しているはずがない。それでも、シンタローの中にはいたのである。その目を通してキンタローが見知っていることは数多くあった。
 しかし、その言葉に、キンタローは首を横へと振った。
「いいや。思い当たるような記憶はないな」
 シンタローの目を通し、世界を見ることができたキンタローだが、全てを共有しているわけではなかった。
 意識はキンタローの自身のものである。見たくないものは見なかったし、大概は寝ている時の方が多かった。そうでなければ、まともな精神など持ち得なかっただろう。自分の意思とは反対に動く身体。そこから受ける感情は、ジレンマでしかなく、そのままでは、そのストレスで精神をやられていた可能性が高いのだ。
 だからこそ、自分の興味を引くこと――学術方面等で――それ以外には、意識を向けることはあまりなかった。結果、シンタローの日常的な生活は頭の中にはそれほど残っていない。
 知らないと告げるキンタローに、シンタローは苦い笑いを浮かべつつ、手にもっていたそれを弄ぶようにくるくると回してみせた。
「ま、別にたいしたことじゃねぇよ。―――あの頃の俺は、お前やグンマのような金髪に憧れてたってだけ」
 手の中にあるのは、そんな憧れの金色の髪。天井の光を受けて、キラキラと輝く様は、まさにあの頃、自分が得たいと思っていたものだった。
 自分の父親や叔父達が持つものと同じ色だ。
「それで、お前はそれを手に入れたのか?」
 キンタローは、じっと金髪のカツラに視線を定める。複雑な表情が顔によぎる。
 それを発掘した時、まさかシンタローのものとは思ってみなかった。きっと他の誰かの私物が混ざっていたのだろうと思っていたのだ。
 誰が手にしていても構わない。けれど、シンタローにだけは、その金色カツラは持って欲しくなかったのである。
 けれど、それはまさしくシンタローの私物だった。
「そっ♪ 馬鹿だろ?」
「馬鹿というか………」
 なんと言えばいいのか分からず、困惑する。
 馬鹿と一言で言い切るにはあまりにも軽率すぎる、深い思いがその金髪のカツラの中に宿っている気がするのだ。
 シンタローの日常的なことはほとんど覚えていない。それでも、共に同じ体にいたのである。そこから感じるその金色の髪へ対する、深い羨望と嫉妬の感情は、自分のことのように感じていた。
 それを象徴させるものに、どういう想いを抱けばいいのか、迷ってしまう。
「いいんだよ。馬鹿で―――俺だって、こいつを被った後にそう思ったし」
 手の中で回され続けていたカツラは、ポンッと放り投げられ、シンタローの頭に落ちた。きちんと被っていないそれは、漆黒の髪の上から、金色のペンキを頭にぶちまけたような奇妙な格好になっている。
 その様子を眉間に皺を寄せてみているキンタローの横で、グンマは天真爛漫に笑ってみせる。
「うん。そうだよね。僕もそう思ってたよ♪」
 全っっ然! 似合ってなかったからね。
 と、わざわざ握りこぶしまで作って力を込めて言ってくれる。
「んだとッ! グンマ。てめぇ、そんなこと思ってたのかよ!!!」
「なんだよぉ。シンちゃんだってさっき自分でそう言ってたくせに。それに本当に、すっっーーーーっごく似合わなかったじゃないか。それ!」
 行き成りこぶしを振り上げてきた兄弟に頭を庇うように、グンマは腕を交差させる。そのバッテンの丁度交差点に、シンタローはドンと拳を置いた。もちろん本気ではない。すぐにそれをどけてやり、ふんと鼻息荒く鳴らした。
「うっせぇよ! いいんだよ、似合わなくて。似合ってたら嫌だろうが」
 自分には、まったく不釣合いの金髪のカツラ。
 凄く憧れていて、望んでいて、擬似的だとわかっていても、金色を手に入れて嬉しくて被ってみたのに、けれどそれはあまりにも違和感を感じさせ、すぐに脱いでしまった。
 その後、結局二度と被ることのなかったそれは、苦い苦い思い出とともに封印されたまま、すっかり忘れ去られてしまっていたのである。
「うん、そうだね♪」
 それにグンマも賛成する。
 似合わないからこそ、幸せだった。
 そう気付けるまで随分と時間がかかってしまったけれど、そこまでたどり着く道のりは遠かったけれど、それでもよかったと思えて、笑える日を迎えられた。
 そんな二人の間で、深刻な顔をしたままのキンタローは、重々しい口調で呟いた。
「俺は、お前が黒髪だろうと金髪だろうと愛しているぞ」
 たとえどんな髪の色をしてようが、お前はお前だ。いいか、俺は全然構わないからな。
 行き成り真剣な顔のまま告ってくれた従兄弟に、シンタローは、不恰好に金髪のカツラを被ったまま、頬を膨らませた。
「ぷっ」
 そこから勢いよく空気が漏れ出て、その反動のように腰を折り曲げ、笑いを飛ばした。
「くくくっ………そうかよ。ありがとさん」
 腰が折れたそのとたん、上手く乗ってなかったカツラが滑り落ち、ただの漆黒の髪へと戻ってしまう。それを拾い上げることなく笑い続ける。
「あはははっ。そうだよねぇ、キンちゃん。シンちゃんはシンちゃんだし」
 その横で、金色の髪を持つ兄弟も釣られて笑い出す。
「だから、俺は――」
 笑い転げる従兄弟たちを前に、着いて行きそびれたキンタローは、むくれた様子で、さらに言葉を紡ごうとする。
 だが、それをシンタローは、手を差し出して、塞いだ。
 目の前にいるのは、かつて漆黒の髪を持っていた自分の身体だった。けれど、今は違う。その髪は、昔々渇望していた金色の髪になって、そこにある。だが、それを見ても、羨むことも妬むこともない。
 ただそこに在る存在を愛するだけ。
「それ以上の言葉はいらねぇよ。悪いが、俺は一生このまま――黒髪だからな」
 もう金色の髪は必要ない。
 そんな言葉はもう必要ない。
「だから、黒髪の俺を愛してなって」
 OK?
 こくりと素直に頷く従兄弟にニヤッと笑いかけ、シンタローは、ポンと足元に落ちていたカツラを放り投げてやった。

 十数年の時を経て、新しい空気を吸い込んだそれは、その後再び丁寧に直されて、押入れの片隅に、また眠りにつく。また十数年後取り出され、笑い合う日まで。




 ―――――その時は一緒に笑ってくれるだろ?










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