冷静と情熱の間
「ちっくしょー! 耐えられるかっ!」
「仕方ないでしょ。だいたいシンちゃん、昔っから我慢が足りない子なんだから。」
大事に育てすぎちゃったからねぇ、と、うそぶく父親を前に、わなわなと両手を震わせている総帥に、ティラミスがびらっと書類を一通出す。
見れば総務部からの、空調施設修理工事費の見積もりだ。
「う……こんなに。」
「本体の取り替えが終わった後、順次接続となります。総帥が眼魔砲で壊されたのですから、当然、こちらを一番後回しにさせていただきます。」
てきぱきと扇風機を運び込ませながら、優秀なる秘書は決定事項を延べ、総帥の意見を拝聴しようというそぶりすら見せなかった。
決算報告書作成という忙しいさなかに、余計な仕事を増やしてくれたことを相当怒っているらしい。
もちろん、優秀で職務に忠実なこの男が正面切って、文句を言ったりすることはない。
しかし、もう、空気が怒っている。
顔は素だが、声も普通だが……それでも、怒っているのはわかる。
それにしても、あまりに理不尽だと思う。
だって、自分が眼魔砲をぶっ放したのは、この暑いのに父親にべったりと抱きつかれたあげく……思い出したくもないスキンシップという名のセクハラをされたからだ。
それなのに、クーラーもない、部屋の主の立場上セキュリティの厳重な奥まった、つまり、風通しの悪いこの部屋でクーラーなしで過ごせとは酷すぎる。
「まぁまぁ、シンちゃん、なんだったら、私の部屋に来るかい? あそこのエアコンは違う本体につないでいるから無事だったよ。もちろん、パパがずっと側にいて護ってあげるからセキュリティも問題なしだし?」
「ざけんなっ! テメーが一番、俺の身体に害なんだよ!」
「シンタロー、眼魔砲はやめろ。同じ事を繰り返すつもりか。」
キンタローに止められシンタローはぐっと詰まった。
「ちっくしょーーっ! でてけっ! クソ親父ぃいいい!!!」
「ああっ! ひどいよっ! シンちゃん。」
「うっせえっ。」
腹立ち紛れに父親をけり出した後、仕事に向かう。
それでも、やはり、不快感はどうしようもない。
ああ、暑い。
しかし、ふと見ると、キンタローは涼しげな顔をしている。
「なんだよ、おまえ暑くないの?」
「暑いが、耐えられないほどじゃないからな。」
どうせ、俺は我慢強くありませんよ、とふてくされたシンタローだったが、ふとあることを思いついた。
「ちょっと来い、キンタロー。」
さて、数時間後、そろそろ音を上げた頃だろう、と、いそいそとシンタローの元に向かうマジックと、いつものごとく付き従う秘書二人。
「シーンちゃーん。どうだい? そろそろパパの部屋に来る気になったか……い……。」
ドアを開け放って、明るく言ったマジックの声がどんどん尻すぼみになっていく。
脇から除いたチョコレートロマンスも室内の様子に凍り付いた。
シンタローは椅子に座って、書類を読んでいる。
それは正しい。
キンタローも椅子に座っている。
椅子はひとつしかないのだからこれはおかしい。
それから、先ほどシンタローが椅子に座ってと言ったが、正しくいうと、シンタローは椅子に座ったキンタローの膝の上に横座りして、もたれかかっているのだ。
「なっななななななにをしてるんだいっ!!!!!!!」
どもって甲高くなった声で叫ぶ父親を、シンタローは横目でちらっと見た。
「うるせぇなぁ。だって、こいつ、体温低いんだぜ。あー、気持ちいい。」
そう言って、これ見よがしに従兄弟の首筋にすりすりと顔を押しつける。
「そうですか、すばらしい節電対策です。さすが総帥。」
「そう言う問題か? ティラミス。」
秘書ふたりの前でわなわなと震えているマジックだったが、やっとのことで気を取り直して、キンタローに言う。
「そ、そりゃ、シンちゃんはいいかもしんないけど、キンちゃんは暑くてたまんないよねぇ……総帥だからって、遠慮しなくて放り出していいんだよ?」
キンタローは涙目の伯父と、その伯父を冷ややかに見ている従兄弟の顔をじゅんぐりに見て、んーと首を傾げた。
「確かに、暑いが……気持ちいいからかまわん。」
その後、厨房近くの巨大冷凍室の前で、繰り広げられた騒動。
「マジック様! おやめください! 死んじゃいますよ!」
「ええいっ! 放せ、チョコレートロマンス! 私もひやひやの肌になってシンちゃんといちゃいちゃするんだぁぁぁ!」
「たとえ、どんなに冷肌になられても、シンタロー様はマジック様に抱かれるくらいなら、煮え湯で行水した方がマシだとおっしゃられると思いますが……。」
冷静に意見を述べた秘書をマジックは光る目で振り返った。
「ああっ! ティラミスがまたもやアフロにいいいい!」
いやああああっ! ツッコミ役を俺に押しつけて逝かないでぇっ!
と、いうチョコレートロマンスの本音が、その咽からほとばしりそうになる後ろで、呼びつけられたグンマが腰に両手を当てて、ため息をつく。
「もう、おとうさまったら、コックさん達が困ってるじゃない。冷凍庫になんか入らなくても、高松に頼んでいい薬つくってもらうからさー。」
「そ、それもおやめくださいいいいい!」
―――ガンマ団の空調システムの修理は、一週間かかったという。
+++++++++++++++++
たぶん、これを書いた時、実際会社で空調が止まったかなにかあったような気がする。
とりあえず、キンちゃんの肌はひやひやそうだと。
リサイクル日 2005/06/27
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「ちっくしょー! 耐えられるかっ!」
「仕方ないでしょ。だいたいシンちゃん、昔っから我慢が足りない子なんだから。」
大事に育てすぎちゃったからねぇ、と、うそぶく父親を前に、わなわなと両手を震わせている総帥に、ティラミスがびらっと書類を一通出す。
見れば総務部からの、空調施設修理工事費の見積もりだ。
「う……こんなに。」
「本体の取り替えが終わった後、順次接続となります。総帥が眼魔砲で壊されたのですから、当然、こちらを一番後回しにさせていただきます。」
てきぱきと扇風機を運び込ませながら、優秀なる秘書は決定事項を延べ、総帥の意見を拝聴しようというそぶりすら見せなかった。
決算報告書作成という忙しいさなかに、余計な仕事を増やしてくれたことを相当怒っているらしい。
もちろん、優秀で職務に忠実なこの男が正面切って、文句を言ったりすることはない。
しかし、もう、空気が怒っている。
顔は素だが、声も普通だが……それでも、怒っているのはわかる。
それにしても、あまりに理不尽だと思う。
だって、自分が眼魔砲をぶっ放したのは、この暑いのに父親にべったりと抱きつかれたあげく……思い出したくもないスキンシップという名のセクハラをされたからだ。
それなのに、クーラーもない、部屋の主の立場上セキュリティの厳重な奥まった、つまり、風通しの悪いこの部屋でクーラーなしで過ごせとは酷すぎる。
「まぁまぁ、シンちゃん、なんだったら、私の部屋に来るかい? あそこのエアコンは違う本体につないでいるから無事だったよ。もちろん、パパがずっと側にいて護ってあげるからセキュリティも問題なしだし?」
「ざけんなっ! テメーが一番、俺の身体に害なんだよ!」
「シンタロー、眼魔砲はやめろ。同じ事を繰り返すつもりか。」
キンタローに止められシンタローはぐっと詰まった。
「ちっくしょーーっ! でてけっ! クソ親父ぃいいい!!!」
「ああっ! ひどいよっ! シンちゃん。」
「うっせえっ。」
腹立ち紛れに父親をけり出した後、仕事に向かう。
それでも、やはり、不快感はどうしようもない。
ああ、暑い。
しかし、ふと見ると、キンタローは涼しげな顔をしている。
「なんだよ、おまえ暑くないの?」
「暑いが、耐えられないほどじゃないからな。」
どうせ、俺は我慢強くありませんよ、とふてくされたシンタローだったが、ふとあることを思いついた。
「ちょっと来い、キンタロー。」
さて、数時間後、そろそろ音を上げた頃だろう、と、いそいそとシンタローの元に向かうマジックと、いつものごとく付き従う秘書二人。
「シーンちゃーん。どうだい? そろそろパパの部屋に来る気になったか……い……。」
ドアを開け放って、明るく言ったマジックの声がどんどん尻すぼみになっていく。
脇から除いたチョコレートロマンスも室内の様子に凍り付いた。
シンタローは椅子に座って、書類を読んでいる。
それは正しい。
キンタローも椅子に座っている。
椅子はひとつしかないのだからこれはおかしい。
それから、先ほどシンタローが椅子に座ってと言ったが、正しくいうと、シンタローは椅子に座ったキンタローの膝の上に横座りして、もたれかかっているのだ。
「なっななななななにをしてるんだいっ!!!!!!!」
どもって甲高くなった声で叫ぶ父親を、シンタローは横目でちらっと見た。
「うるせぇなぁ。だって、こいつ、体温低いんだぜ。あー、気持ちいい。」
そう言って、これ見よがしに従兄弟の首筋にすりすりと顔を押しつける。
「そうですか、すばらしい節電対策です。さすが総帥。」
「そう言う問題か? ティラミス。」
秘書ふたりの前でわなわなと震えているマジックだったが、やっとのことで気を取り直して、キンタローに言う。
「そ、そりゃ、シンちゃんはいいかもしんないけど、キンちゃんは暑くてたまんないよねぇ……総帥だからって、遠慮しなくて放り出していいんだよ?」
キンタローは涙目の伯父と、その伯父を冷ややかに見ている従兄弟の顔をじゅんぐりに見て、んーと首を傾げた。
「確かに、暑いが……気持ちいいからかまわん。」
その後、厨房近くの巨大冷凍室の前で、繰り広げられた騒動。
「マジック様! おやめください! 死んじゃいますよ!」
「ええいっ! 放せ、チョコレートロマンス! 私もひやひやの肌になってシンちゃんといちゃいちゃするんだぁぁぁ!」
「たとえ、どんなに冷肌になられても、シンタロー様はマジック様に抱かれるくらいなら、煮え湯で行水した方がマシだとおっしゃられると思いますが……。」
冷静に意見を述べた秘書をマジックは光る目で振り返った。
「ああっ! ティラミスがまたもやアフロにいいいい!」
いやああああっ! ツッコミ役を俺に押しつけて逝かないでぇっ!
と、いうチョコレートロマンスの本音が、その咽からほとばしりそうになる後ろで、呼びつけられたグンマが腰に両手を当てて、ため息をつく。
「もう、おとうさまったら、コックさん達が困ってるじゃない。冷凍庫になんか入らなくても、高松に頼んでいい薬つくってもらうからさー。」
「そ、それもおやめくださいいいいい!」
―――ガンマ団の空調システムの修理は、一週間かかったという。
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たぶん、これを書いた時、実際会社で空調が止まったかなにかあったような気がする。
とりあえず、キンちゃんの肌はひやひやそうだと。
リサイクル日 2005/06/27
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