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ずるいよ、2人とも。
「あの部屋意外と殺風景なんだよな」
その一言を息子であるシンタローが口にしたのは朝食の席でのことだ。


息子に代替わりした今とは違い、殺し屋集団だった私の頃からもガンマ団に友好的な組織や国はあった。
それらの代表者や外交官が表敬訪問に訪れることもめずらしくはない。
使節の階級に応じてだが、たいていは総帥自らが貴賓室で供応する。

「殺風景?そうかな」
グンマが首を傾げて言った。

「大臣とか大統領ならいいけどさ、今日来るのは慈善団体なんだよな。あんま、威圧感与えたくねえんだよ」

言われてみて納得した。
あの部屋は団の威信をかけて重厚な造りにしている。屈強な軍人ならばともかく、ごく普通の人間が通されたら萎縮してしまうだろう。

「なにか置物か絵画でも飾ってみるかい?」
ミルクをコーヒーに注ぎ込みながら、息子に話しかける。手の中のカップはきれいにマーブル模様を描いた。

「今からじゃ手配が間にあわねえよ」
どうすっかな、とシンタローは目玉焼きにフォークを刺す。
とろりと溢れ出た黄身を掬い取るようにパンに塗りつけながら息子は困ったようにため息を吐き出した。



*



この時期の温室は色とりどりの花が咲き誇り、噎せ返るような濃い香りに包まれている。
花ならばすぐに用意が出来るし、部屋の雰囲気も華やかになるだろう。
いいアイデアだと思って、私はランチを終えるとすぐに温室へ向かった。
命令すれば、秘書なり誰か他の団員がするだろうが、今日は団内全体がばたばたとしている。
SPを引き連れてくる友好国の人間とは違い、今日ここへと訪れるのは民間人だ。
ホスト役である息子のシンタローも同じ本部にいるというのに打ち合わせや諸々の事情で今日は昼食を共にしていない。
花を飾ることを提案する機会がなかったが、それはそれでいい。
知らない間に貴賓室を飾り立てておいたら驚くかな、とわくわくしながら私は目当ての花へと赴いた。


薔薇の群生する区画へと訪れるとそこの景色は圧巻だった。
不思議の国のアリスにだってこんな見事な薔薇はないだろう。
ペンキを吹き付ける必要のないくらい艶々としたルビー色の薔薇に私は満足した。

これならば、あの部屋にあっても見劣りしない。

持ってきた花鋏でそっと茎を掴む。棘に触れないように慎重に鋏を入れると、シャキンと軽い音が響いた。
てきぱきと花瓶に活けるのにちょうどいいくらいの量を切り終わると、足元には途中で落ちた葉が数枚重なっていた。
今が一番豪奢で美しい時期のものはもちろん、咲き初めのものやつぼみもいくらか取り混ぜると一抱えにもなってしまった。
温室ならばともかく、貴賓室の近くで落とさないように慎重に歩かないと、と思いながら元来た道を引き返すことにした。


抱えた薔薇に視界を邪魔されながらも、温室の扉を目指していくと途中で見慣れた人物が目に入ってきた。
最初から薔薇を考えていた私が素通りした区画だ。
何をしているんだろう、と立ち止まると彼のほうからこちらに気づいたようだった。

「伯父貴?」
ここへ来るなんてめずらしいですね、と話す彼の手にも花鋏が握られている。
もう片方の手には今切ったばかりと思しき花があった。

「キンタロー、それは?」
「水仙ですよ」
事も無げに甥は花の名を口にした。
中心だけが黄色い、すっきりとしたフォルムの白い花を掲げて見せる。

「朝食でシンタローが貴賓室が殺風景だって言っていましたからね。花を取りに来たんです」
「……ああ。そうだったね」
甥と同じ行動を取っているのだが、私は自分のことを言及せずに取り繕った。

「今日来るのは慈善団体ですから、あまり派手な花よりもこういう方が落ち着くと思いまして」

私の抱えている薔薇が分かっているのかいないのか。一瞬、顔が引きつったが思い直した。
ルーザーもこういうところがあった。よく似ている親子なんて微笑ましいじゃないか、と無理やり納得しながら私はぎこちなく相槌を打つ。

「この花なら少なくても活け方しだいで見栄えがしますからね」
「う~ん。でも、やっぱり少し地味じゃないかい?」
キンタローの手にしている水仙を見ながら問いかける。すると甥は、
「和風に活ければめずらしく見えますよ。シンタローが日本人の血を引いているのは周知の事実ですからね。問題ないでしょう」
と答えた。

「もう少し切るのかい?」
尋ねるとキンタローは「ええ」と答えて鋏を握った。

やっぱり薔薇じゃ派手だよね。キンタローが気を回しているし、ここは引こうと花を抱えたまま私は彼の手を見ていた。
黙って見ているとシャキンと茎を切る音が響き、それからキンタローは虫食いを見つけた葉を剥ぐ。
細長い葉を土に落として、キンタローはもう1本だけ水仙を切った。

「これくらいでいいでしょう。……ああ、そういえば伯父貴はどうしてここへ?」
問われて私は困った。
たくさんの赤い薔薇を誰かの誕生日でもないのにダイニングに飾るにはおかしい。
かといって、シンタローにプレゼントというにはどう考えても拒否される結果が見えるだけに言いづらい。

「……病室の花もたまにはこういうものでもいいかと思ってね」
なけなしの知恵を振り絞って口にすると意外にもキンタローは納得してくれた。

「そうですね。コタローの部屋に飾るなんていいアイデアですね」
病室が明るくなりますよ、とうすい微笑みを口元に浮かべる彼に私も笑い返す。

「そうだよね。私もなかなかいい考えだと思っていたんだ。それに、シンちゃんの仕事が終わったら一緒に行こうと思ってね」
時間が空くのはやっぱりお客様が帰ってからだよね?と甥に確認を取る。
甥のキンタローはシンタローの補佐として秘書以上に業務を把握している。

「今日ですか?無理ですね。仕事の後は日本支部へ出発する予定ですよ」
「ええ?そうなの?」
その予定は朝聞いていなかった、と驚いていると甥が躊躇いがちに口を開いた。

「それに伯父貴も午後からは後援会の方々とお会いするんでしょう。今頃、ティラミスたちが探しているんじゃないですか?」

ああ!忘れていた!と甥に気づかされ、パッと時計を見る。たしかに探し回っている頃合だ。サイン会に遅刻はしないだろうが、それでも……。

「ええと、それじゃキンタローこの花預かってくれるかな?」
水仙をこれから活ける予定の甥に慌てて頼み込む。適当な花瓶に入れておいてくれればいいから、と薔薇を押し付けるとキンタローは快く受け取ってくれた。

「いいですよ。これからちょうどシンタローのところへ行くところだったので」

水仙の黄と白に赤い薔薇が鮮やかに映える。
受け取った花をそっと抱えなおすと、甥は思いもかけない言葉を口にした。

「どうせなら、これから1時間くらいは俺もシンタローも時間がありますから2人で病室へ行ってみます。
支部へ行く前にシンタローもあの子の顔を見たいでしょうし、切り花は早めに持って行ってあげた方がいいですしね、伯父貴?」

何か問題でも、と首を傾げる甥に私はぎこちなく微笑んだ。

「いや別にないよ。……シンちゃんによろしくね」

私もシンちゃんと2人の時間を持ちたいのになあ、と甥を羨んだがどうにもならない。
時間は刻々と迫っている。支部へ発つなんて、今日はもう夕食も一緒に出来ないしおやすみの挨拶も出来ないんだね、と息子を思って私は心で泣いた。

「シンタローのことは俺が責任を持って面倒を見ますから安心してください」
にっこり、と甥は微笑んだ。弟のルーザーによく似た笑みだ。

遠い昔、双子の世話に明け暮れた頃、ルーザーにはいいとこどりをされていた。
大人しいサービスの世話はあいつがしていたし、忙しいときもクラブやら勉学を口実に逃げられてきた。
すぐ下のルーザーにはいつも貧乏籤を引かされてばかりだった。


ああ!でもまさか、この年になってまで!!


ルーザーではないけれども、よく似た甥に私は昔味わった気持ちを再び思い出した。
私が同じことをしたら、同じくらい四六時中一緒にいたらシンちゃんは怒るのにキンタローは許されている。
仕事といえども世界中2人で飛びまわれるなんてずるい!私が最後にシンタローと2人で旅行したのはあの子が幼いときだというのに。


ルーザーもキンタローも、2人ともなんてずるいんだ。
親子2代に渡ってこんな思いを味合わされるなんて、私は思いもよらなかった。


とうに不惑を過ぎた弟たちのことはもうどうでもいい。未だに私に面倒をかける双子だが、そっちは代わってくれるのならすぐにでも譲る。

……でも。

明日からでいいからシンちゃんのお世話は半分こにしようよ、と揺れる花の群れを見ながら私は切実に思った。
シンちゃんを独り占めするのはずるいよ、とじっと甥を見つめたが彼は私の思いに気づくことなく、薔薇の葉を毟る。

「日本での仕事は2日間ですが、その後、2人でちょっと足を伸ばしてきますから」
お土産を楽しみにグンマと待っていてください、と言って甥は微笑んだ。





  
初出:2005/10/18
あきら様に捧げます。

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