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そぞろなアフタヌーン
海へ行こう、と誘ってくれたのはシンタローだった。
それなのに従兄弟は俺と一緒にいてくれない。他のヤツらとばかり楽しんでいる。



*



ジムのプールで泳ぐのとは違って、海辺でゆっくり過ごすのはなかなか気分がよかった。
暑い日差しとぬるい潮風とはいただけなかったが、太陽の下でシンタローの眩しい笑顔を堪能できるのはとてもいい。
だが、その笑顔は残念なことに独り占めできなかった。
幹部を慰安するという目的でガンマ団所有の別荘地へ来たので、一般市民はいないものの見知った団員はいる。
ミヤギやトットリ、コージお情けで呼ばれたアラシヤマをはじめ、ここにはたくさんの人間がいた。


(……どいつもこいつもいい気なもんだ。帰還したら仕事を押し付けてやる)


パラソルの下で海辺を眺めれば、水飛沫を上げてシンタローと興じるヤツらの姿が見える。
もともと「ビーチバレーしようぜ!」とシンタローが言い出したことだ。
二人でゆっくりと肌を焼きつつ日光浴でも楽しもうと思ったのに、すっかり当てが外れた。
「おまえもやるか、キンタロー?」とシンタローはビーチから少し離れた露店で購入したボールを抱えながら、笑顔で誘ってくれた。
誘ってくれたのは嬉しかった。だが、俺よりも先に誘ったのだろう、従兄弟の周りを取り囲むヤツらになんとなくおもしろくなく断ってしまった。
それから、俺はシンタローがはしゃぐ様子を見ながら日光浴をしている。
じいっと彼らの方ばかり見ているというのにシンタローはちっとも気づいてくれなかった。


ピィッとボールにオマケとしてついてきた笛が鳴る。吹いたのはトットリだ。
メンバーを交代しよう、とでもいうような動作が遠目にも分かる。
ビーチバレーをはじめたばかりのときもそうだったが、彼らはまた誰がシンタローと組むかで揉めている。
思えば学生時代からシンタローの周りには人が集まっていた。
士官学校でも実習や組み手で彼と組もうとたくさんのヤツが従兄弟に誘いをかけていた。
そのどれもが今と同じで、単に人気者に近づきたいといった行動だからよいものの、誰か一人でも疚しい思いを持つ者がいたのならどうしようと俺は考えた。
だが、疚しくないとはいうものの俺の、いいか、俺のだ、シンタローに必要以上に近づくなんて許せない。

眉間に皺を寄せてシンタローの肩に手を置いたコージを睨みつける。その手をどけろ、と念じるとシンタローが笑いながらコージの胸板を叩いた。

……おもしろくない。

げらげらと笑いあっている二人を囲みながら他のヤツラも話題に入ろうと近づいていく。
波打ち際でバナナボートと戯れていたグンマもいつの間にか陸に上がってきて、「シンちゃ~ん」と濡れた体のままシンタローに抱きついた。
冷てえよ、とシンタローが笑い転げながらグンマの体もろとも砂の上に縺れ込んだ。

子犬の取っ組み合いのようなふざけ合いがおこる。

くすぐったいよ~、と口を尖らせて文句を言うグンマの様子が手に取るように想像がつく。
記憶に残る、従兄弟たちの子どものときのような情景だ。
砂の上でくすぐりあったり、軽く蹴りを入れてシンタローとグンマは長い髪が砂にまみれるのも厭わずにじゃれあい続ける。


仲良くふざけあって楽しそうに笑い声を立てる彼らはとても微笑ましい。


けれども、屈託のない二人の笑顔とそれに便乗して他のヤツラもちょっかいを出し始めるにつれ、俺は鬱々とした気持ちになった。
こんなことなら、はじめから意地を張らずにシンタローと一緒にいればよかった……。

ざざざ、と打ち寄せる波の音とはしゃぐ声が今は恨めしい。





***





ふー、っと鼻先に息がかかるのを感じた。
頬に何かが触れてくすぐったさに身を捩り、薄目を開けると濃く陰を落とした砂が目に映る。
誰か傍にいるのか、と気配の方向へと重い瞼を開けて視線をさまよわせると見知った顔が笑った。


「おはよう、キンタロー。おまえ、ずいぶんよく寝てたんだな」
すっげえ日に焼けてる、とシンタローが笑いながら俺を見た。
上体を起こすと皮膚がひりりと痛む。
どのくらい俺は寝てたんだろうか。

身を起こし、シンタローの手からミネラルウォーターのボトルを受け取る。
一口流し込むと喉は渇きを癒そうとさらに水を求めた。
ごくっ、ごくっ、と一気にボトルの半分を開けるとシンタローが「もっと飲むか?」と俺に聞いた。

「いや。もういい」

ボトルの蓋を閉めて辺りを見回せば、日も翳り始めている。
海の音以外に聞こえるものは何もない。
ガンマ団のプライベートビーチ、ということもあって地元の人間も見られない。
あれだけ騒いでいた他の団員もグンマも見当たらなくて、俺はシンタローと二人きりという事実にどぎまぎした。


「他のヤツラはどうしたんだ?」

気になって尋ねるとシンタローはあっさりと「帰った」と一言言った。

「疲れたから帰ろうって話になったんだけどさ。おまえ探しにきたら寝ちまってるし……。他のヤツラは帰して俺はここで休んでたんだよ」
グンマのヤツは僕もいるって喚いていたけど、とシンタローは付け加えながらパラソルをたたむ。
俺も起き上がり、ビーチサンダルを履いた。
タオルで汗を拭い、バッグからシャツを取り出す。
ハイビスカス柄のアロハシャツはここに来てから購入したものだ。
今はいったい何時だろう、とパラソルを片付けるシンタローを見ながら思い、何の気なしに左腕を上げる。
時間を確認しようと手首に目を向けたが、腕時計はそこになかった。

「……?」

つけたままにしてあったはずなのにどうしてないんだろうか。
それとも時計をつけていたと思っていたのは思い違いで、部屋に置き忘れたんだろうか。いや、そんなはずはない。

ぐるぐると時計の在り処を考えていると、シンタローがパラソルの片づけを終え、俺の横に来た。
そして、そのまま俺の手を取る。

「部屋に帰る前にプール行こうぜ。体冷やしたほうがいいだろ」

ああ、と火照った肌の事を考えて頷く。歩み始めてから、繋いでいない従兄弟の手に俺の時計が嵌められていることに気づいた。

「シンタロー、それは」

俺のか、と尋ねるとシンタローは「やっぱ気づかれたか」と笑った。

「そのまんまだと日焼け痕がくっきり残るだろ?寝ているおまえからそーっと抜き取ってみたんだよ。
けっこうかちゃかちゃ音立てちまったのに気づかないからさ、部屋に帰るまで気づかねえのかもと思って嵌めてみたんだけど」

俺にはあんま似合わないな、とシンタローが俺の腕時計をしげしげと眺めながら言う。


「……全然気づかなかったぞ」

俺はよっぽど疲れていたんだな、と思ったよりも午睡を楽しんでしまったことにため息が出る。
まどろむ前にシンタローを囲んだヤツらに感じていた嫉妬心を夢寐に口にしてしまわなかっただろうか、とも思った。


「時計借りた後もおまえの髪の毛弄ってみたり、色々したんだけどな。
ちっともうんともすんとも言わねえし、眉毛を少し動かすだけでつまんねえの」

手を繋ぎ、海岸を歩きながらシンタローが茶化すように言う。
そうか、と返事をするとシンタローが俺の手をぐいっと引っ張った。


「――!」
砂に足を取られ、途端に俺はシンタローの胸元へと引き寄せられる。
思いのほか強かった力によろめいて、倒れこむとシンタローは砂の上に尻餅をついた。


「あのな、キンタロー」

くすり、と彼の体に乗り上げた格好の俺にシンタローは笑いながら俺の首にかじりつく。


「シンタロー!?」

いくらプライベートビーチだからとはいえ、これはまずいんじゃないかと思う。
泳ぐことをやめて近くを散策している団員でもいたら、と慌てて従兄弟を引き離そうとした。
けれども、シンタローは身じろぐ俺に笑いながら「誰も見てねえよ」と囁いてくる。


「今日のおまえなんかヘンだよな。いつもはうざったいくらい俺と一緒にいたがるのに離れているし。
こんくらいのことでうろたえるし。それに、あんなに無防備に寝てるなんておかしいぜ」

シンタローは俺の鼻を摘んで悪戯めいた笑みを浮かべた。


「おかしいけど……なんかそういうおまえも俺は好きだな」

鼻を摘んだ指をぴんっと弾くようにシンタローが離す。それから彼は俺に噛み付くようなキスをくれた。


「……なにしても起きなかったくせにキスしたら起きたし。なんか、おまえすっげえ可愛い」

シンタローは目に笑いを浮かべている。
どうやら今日一日俺が嫉妬でおかしくなっていたのはバレていたようだ。これが、惚れた弱みというやつなんだろうか……。


そんなことを考えながらも、俺はこれ以上シンタローにからかわれないように、深いキスを仕返す。
俺がかける体重でシンタローの指がざり、と砂を掴んで音を立てても、すぐ傍で波が打ち寄せてきても耳障りだとは思わなかった。


抱きしめ、口吻の最中にシンタローに「明日は一緒にいよう」と囁くと、彼は熱い息を吐きながら「バーカ」と言った。


「明日は、じゃなくて今からだろ?キンタロー」

おまえって頭いいくせに馬鹿で可愛い、となんだか分からないことを言ってシンタローが微笑む。
どういう意味なんだと思いながら、立ち上がり手を差し伸べるとシンタローは体についた砂を落とすこともなく手を預けてくれた。


「帰ろうぜ、日が暮れちまう」

そう言ってシンタローが俺の手をきゅっと握る。
繋ぎなおした手からはさらさらと砂が零れ落ちた。


すぐ傍では、波がやわらかな音を刻んでいる。





  
初出:2005/01/24
火陰様に捧げます。

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