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目覚めよと呼ぶ声が聞こえ
キンタローと俺が二人揃って遠征に行くのはめずらしくはない。
アイツ一人に任せるときもあるが、難しいヤマだと二人で片付けに行くことが多かった。
ごくたまに、俺が他の幹部と赴くこともあったが、たいていそれはキンタローが研究で手が離せないときくらいだった。
また、そうでないときはこっちが断っても、「シンタローと一緒に行くのは俺だ」と他の団員を連れて行くことを嫌がった。

今回も俺一人で充分だと何度も断ったというのにくっついてきている。
治安が悪いのはどこも同じだ、と言っても聞く耳は持たず、「手が空いてるからいいだろう」と押し切られてしまった。

そして、それは今もそうだ。
宿営地に残っていろ、といくら言っても取り合わずキンタローは俺とともにジープに乗り込んでいる。
この国には、国土に縦横無尽に地下水路が張り巡らされている。
カレーズと呼ばれるそれは、単に水源の確保というだけではなくゲリラ達が潜伏する洞窟の役目も果している。
殲滅したはずのとある組織の生き残りが立てこもっているらしい。
噂に過ぎないかもしれないが確認は必要だ。
何かあったときのためにおまえは残っていろと、キンタローに命令したが彼は俺を押し切った。
仕方なく、あらかたの団員を復旧作業や支援活動へと回し、最後のアジトと言うべき村へ俺とキンタローはと少数の部下とともに向かった。



ジープから砂煙のたつ地面へと降りる。
カレーズの入り口に近づくに連れ、少しひんやりとした空気を感じた。
洞窟の中は静まり返っている。
時折、蝙蝠が羽ばたいたが人間の気配はしない。
水滴が天上から垂れる音と俺たちの靴音だけが響いている。
けれども奥へと進むうちに硝煙のにおいがかすかに鼻についた。
自決でもしたのだろうか。
不審に思いさらに奥へと進もうとすると強い力で突き飛ばされる。

「キンタロー!?」

傍らにいた従兄弟が力いっぱいに押しのけたため、俺の体は吹っ飛ぶ。
酷い硝煙に包まれた爆音とばらばらと岩盤が崩れる音がした。
耳の奥は、きーんと気に障る音が鳴っている。

耳が痛い。鼻にはツンとした刺激臭が届いている。
呻き声や叫び声、俺の無事を確認する部下の声が聞こえた。大丈夫だ、と掠れた声を上げる。

そう、俺は大丈夫だ。
けれども。
俺を突き飛ばしたアイツはどうなったんだ。

アイツは…。キンタローは。


キンタロー、と従兄弟の名を呼び土煙で見えなくなっている辺りを探ろうと立ち上がろうとする。
けれども、名を呼ぶ前にもうもうと立つ土埃に咽た。
煙で閉ざされ、周りが見えない。


どこにいるんだ、キンタロー。頼むから無事でいてくれ。





***





神に祈るような気持ちで復旧作業を行い始めてから数時間が経つ。
時間が経つにつれて、苛立つ気持ちがどんどん大きくなる。
焦りは禁物だ。
市街地から召集した団員の手前もあって、取り乱すことは許されない。
団員だけじゃない。
この騒ぎで少し離れた村からも野次馬が訪れている。そして、それを装った敵国のスパイらしきものも。
  
本当は率先してスコップを持って崩れた岩盤を堀り、風穴を開けたいのだ。
けれども、そんなことは許されない。
おそらく火薬はすべて引火しただろうが、万が一の場合を考えて総帥自らが救助に乗り出すのは憚られた。
部下達が発掘作業を進めていくのを折りたたみ式の椅子に腰掛けてじっと待っていることしか出来ない。
彼らが汗水を流し、命をかけて作業しているのを見ていることしかできないのだ。

かすかな呼吸しかしていない部下や服毒したと見られるレジスタンスたちの体が掘り出された。
一人一人、あるいはすでに一体と数えるものになってしまった彼らを顔と写真とを照合していく。
けれどもいくら待ってもキンタローはいなかった。



日が沈む。
今日はもう捜索は中止だ。時間が経つごとに生存の可能性は少なくなる。
けれども、キンタローのために部下を酷使することは出来ない。
「総帥、まだ博士が…」と言い募るものもいた。
だが、「いい。今日はもう休め」と命じる。
部下達は釈然としない顔をしていた。
本当は自分だけでも居残って探したい。
しかし、それは許されないのだ。
総帥という枠組みに縛られて何も出来ない自分がただもどかしかった。



***



復旧と捜索に明け暮れる部下を現場に残し、俺は現地の有力者との渉外に当たっていた。
あの場では何も出来ない。
心配であっても自分の指で土を掘り起こし、アイツを探すことは出来ないのだ。
たとえ、アイツを見つけても手当ては俺の役目じゃない。それは医者に任せることだ。
それに、まだみつかっていない部下はキンタローの他にもいる。
あの場にいて俺が誰よりもキンタローのことを考えていたら部下達はどう思うだろう。
従兄弟だから仕方がない、と思われるのはまだいい。
だが、総帥が一個人にかかずりあうのはよくない、団員はすべて平等じゃなかったのかと不満が起こったらどうしようか。
ただでさえ、団の方針も変わり、フラストレーションがたまっているのだ。
そんな気持ちを伝播させたくはなかった。

何もかもが嫌になっていた。
足手まといでいるのは嫌だった。キンタローがいないと何も出来ないと弱みを見せたくもなかった。

アイツが傍にいない、キンタローの生死が分からない事態にとてつもなく不安を感じている。
取り乱して泣きたかった。
俺の所為だと責めたかった。

でも、そんなことは許されない。俺はガンマ団の総帥だから。
敵地であっても、いや敵地だからこそ毅然としていなければいけない。
こんなことで隙を見せるわけにいかない。キンタローは弱みではない。

なにがあっても、俺は総帥として居続けなくてはならない。
不安で仕方がなくても、どうしようもない気持ちであっても俺は己の為すべきことをしなくければならない。



泣きたくなる気持ちを奮い立たせて仕事に打ち込む。
仕事をしている間は、キンタローのことを忘れることができた。
にこやかな営業スマイルで駆け引きを行うこともできた。

交渉が終わり、事故現場に戻るかを促されても俺はそうしなかった。
戻りたかったけれどもずっと書類に取り掛かっていた。

だって、あいつが戻ってきたときに仕事が山積みになっていたらかわいそうだろう。

その言葉は部下には言えなかったけれども、書類の中のキンタローの筆跡を見るたびに涙が零れそうになった。


無事でいてくれよ、キンタロー。





***





キンタローがみつかったのは次の日の夕暮れだった。
カレーズの中のいくつもに分かれている洞窟内を捜索していたときにみつかったのだと報告される。
爆発の際の衝撃で吹っ飛んだ時に、脆くなった土壁を破ったのだろう。
何人かそういった状態でみつかるケースがあったと言われた。

衝撃が脆い土壁に吸収されたことと天井から落ちる水が幾年もかけて水溜りを形成していたのがよかったらしい。
下が泥だったために洞窟内へと打ちつけられた際にクッションの代わりとなって体は保護されていた。
保護したときには意識がなかったがじきに目覚めるだろうと医師に告げられる。

礼もそこそこにキンタローの病室へと向かう。
逸る気持ちを抑えようとしても、駆け出す足は止まらない。
廊下ですれちがった看護婦に怒られてもそんなことはどうでもよかった。

キンタローが生きている。
今の俺にはそれだけが重要なことだった。





眠っているのかもしれない。
ドアを開ける前に医師が言っていたことを思い出し、そっとノブを回す。
後ろ手でドアを閉めると中央のベッドに横たわるキンタローの姿が見える。
そっと近づくと彼はまだ目を閉じていた。

小さな丸椅子に腰掛けてキンタローをじっと見る。
横たわり、眠ったままの彼の頬にはガーゼが当てられていた。
わずかに頬にかかる金色の髪はただでさえ血の気の通っていない顔色を青白く見せている。
鍛え上げられた上半身は喉の辺りまで包帯で巻かれ、両腕にはいくつものチューブが挿しこまれている。

そっとキンタローの手に触れると鼓動が伝わってきた。
それに熱い。

確かに生きている証拠に思わず安堵のため息が出る。

「キンタロー」
と手を握ったまま小さく呟く。
すると、彼は身じろいだ。

どこか痛むのか、苦しいのか。ナースコールを、と立ち上がろうとするとうっすらと彼が瞼を明けるのが見えた。

青い目が揺らぐ。ぼんやりと視界を彷徨わせている。
よかった。目覚めたんだな。よかった。

  
「キンタロー」
よかった、とか大丈夫かとかいう言葉は言わなくてはならないと思っているのに声にならない。
けれども名を呼ぶ声に彼の目はひかりを取り戻す。

「キンタロー」
もう一度呼びかけるとキンタローはゆっくりと微笑んだ。
口の端が切れて痛いのだろうに俺を安心させるように彼は笑みを浮かべる。

「シンタロー、無事…か…?」
「……馬鹿野郎」

俺はどこにも怪我をしていない。おまえが突き飛ばしてくれたから大丈夫だ。
自分の怪我を心配しろよ、馬鹿。

馬鹿だ、馬鹿。
ついてくるなって言っただろう、と何度も言ってもキンタローは笑みを消さない。

「ああ…でも、おまえ…すこし、痩せたな」
掠れた声を途切れ途切れにキンタローは呟くように言う。
笑みを消して、心配そうに俺を見る彼に胸が締め付けられる。

痩せてなんかいねえよ。
2日しかたってねえだろう。俺のことばっか心配してるなよ、馬鹿。  

「シンタロー」
「なんだよ」
「シン……」
もう一度俺の名前を呼ぼうとしたキンタローが不意に咳き込む。
けほけほと寝たまま、苦しげに急きこんだ彼にサイドテーブルにあった水差しから水を与える。
すっと喉を潤す水に次第に荒い呼吸が落ち着いた。



「寝ろよ、なあ。も、いいから」
しゃべるなと静止するとキンタローは再びうすい笑みを浮かべた。
動くこともままならないはずなのにチューブに繋がれている腕を懸命に伸ばし、俺の頬へと指をむける。
ふるふると震えながら伸ばされたが頬を掠る。
 
いつのまにか流れていた涙を拭うぎこちない仕草に、熱いものが胸に込み上げてくる。
熱く乾いた指先が涙を拭う。キンタローの指に涙が吸い込まれていく。


「シンタロー……泣くな」
制止しても口を開けるのをやめずにキンタローは俺の名を呼ぶ。
キンタローは困ったように涙を拭いながら笑う。

「おまえが呼ぶ声がずっと聞こえていた」
目を細めながら話すキンタローに熱い涙がどんどん溢れていく。止めたいのに目からはどんどん涙が溢れ落ちる。

「おまえの声が聞こえていた」
やさしく拭ってもどんどん溢れる涙を払いながらキンタローは言う。
俺の声が聞こえていた、と話す彼に溢れる涙と熱い想いが止まらない。


「しゃべるなよ……もう」
寝ろ、ゆっくり休めと涙で声にならない言葉を紡ぐとキンタローは笑った。

俺の頬を撫でて、それからようやく彼は静かに目を伏せた。





  
初出:2004/05/17
黒野犬彦様に捧げます。

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