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ふたり
キーを打ち込み、扉が開くと廊下よりも冷えた空気が肌を刺した。

目を凝らすと、暗い貯蔵庫の片隅にだけ小さな電灯が灯っている。
わずかに射すそのひかりを一身に吸い込む髪の持ち主は私の甥のキンタローだった。



*



今日は、シンタローが総帥になってちょうど1周年の日にあたる。
在位10年ならばともかく、1年経ったくらいでは式典などはまだない。
それでも、公式なものはなくとも、家族の間ではお祝いしようということになっていた。
有能な秘書たちが手を尽くしてくれたこともあって仕事も休みになっている。

照れくさがり、皆がパーティの準備に追われるのを座っていられなくてシンタローは自分もやると言って聞かなかった。
そんなあの子を甥のキンタローは体よくあしらってサラダやらオードブルを作ってしまったが、ケーキはグンマが担当することになっている。
甘いものに目のない子だけれど、高松が溺愛していた所為か料理にはまごついていた。
おまけに発明家として閃いたことを実践しようとするのですでに生クリームがポップな色へと変化していた。
グンマは幼い頃からシンタローの押しに弱い子だけれど、ケーキの作り直しや手直しだけはがんとして了承しなかった。
これ以上2人の息子がケンカをしていては仕様がない。
「もう2人ともいい加減にしなさい。シンちゃんはパパの方を手伝って。今日のメインに火を入れるだけだけどね」
仕方なく私は仕込みの終わったチキンをオーブンで焼き、仕上げてもらうことをシンタローに頼んだ。
いいね、と言い聞かせるように言うとシンタローもケンカをしているのはバツが悪かったらしく素直に了承した。
グンマには、
「グンちゃん、ジャムが足りなかったんだろう。パパが取ってきてあげるからクリームを塗っちゃいなさい」
と言う。彼もまた、「はーい。お父様」と素直に返事をしてくれた。


貯蔵庫へ行く途中で温室に立ち寄った。
メインのソースに食用の花を散らしてみるのはどうだろうと、と思い立ったこともあるし、なにより何も飾らない部屋は寂しい。
時間があれば、砂糖漬けにしたり揚げたりと工夫も凝らせるが、今日のところは生で食べても美味しい花を探す。
ベルガモットやブルーマロウ、カモミールなど食用に適したものをいくつか選び、摘み取るとかなりの量になった。
ジャムを入れるために持ってきたバスケットへ放り込むと、それから私はうすいオレンジ色のミニ薔薇を選んだ。


温室を出ると花の香りを強く感じる。
貯蔵庫に持ち込むのはよくないかな、と一瞬思い、私は扉のすぐ横にバスケットを置くことにした。
ジャムの他に切らしていた蜂蜜もついでに持っていこうと考えながらキーを打ち込む。
打ち込んだ認証コードが確認されピッと小さな音を立てて、すぐに扉が開いた。

貯蔵庫はあいかわらず暗くしんと冷えている。
早く戻らないとまたあの子達がケンカになる、と思いながら歩みだすと部屋の隅から小さなひかりがと灯されているのが見えた。

(……キンタロー)

息子たちとは違う短い髪が首を傾げるたびにさらさらと揺れた。
甥がいる場所は目当てのジャムとハチミツの戸棚の近くだったから、掌に小さく眼魔砲のひかりを灯さずともよい。
キンタローをうすく照らすひかりを辿って近づくと靴音に反応して彼が振り向いた。

「……伯父貴?」
薄暗がりの中、目を細めた彼の目は青い。碧眼は一族の特徴であるとはいえ、私の青ともグンマの青とも少し違う。
それに目の色もそうだが、何より佇む雰囲気も容姿もこの子の父親によく似ていた。

「何か御用ですか?」
手を止めて、生真面目に伺い立てる甥に私は笑みをこぼした。
彼のとる態度は弟たちとも息子たちとも違う。こういうところでもルーザーに似ているのだな、と私は感じた。

「グンちゃんがジャムが必要だったからね。蜂蜜も切らしていたし」
シンタローもグンマも手が放せないから、私が来たんだよ、と続けると甥は、
「俺がここにいるのをシンタローに言っておけばよかったですね。そうすれば内線連絡で済みましたから」
とすまなそうな表情で口にした。

「ああ、いいんだよ。気にしなくて。ほら、シンちゃんとグンちゃんがケンカになっていたからね」
逃げてきたんだ、と軽口を叩くとキンタローは笑った。


「そういえば、キンタロー。どうしてここへ来たんだい?」
戸棚からアプリコットとイチゴのジャムの壜を取り出して私は尋ねた。
何か足りないものでもあったかな、と彼の作ったオードブルを思い出しながら、戸棚を閉める。

「ワインを取りに来ただけです。アルコール類も俺の担当ですから」
蜂蜜を探しながら私は彼の返答を聞いた。

「見つかりませんか?」
「ああ、うん。この辺だと思っていたんだけどね」
「蜂蜜ですよね」
「ああ、あった!」

小さな小壜をジャムの上に重ねると甥が戸棚を閉めてくれる。

「ああ、ありがとう。キンタロー」
礼を言うと、いいえとすぐに返事が来る。

「用事はそれだけでしたよね?」
「うん」

床に置いたワインをキンタローは抱えて、歩みだした。
私も慌てて扉へと戻る。
2人とも手は塞がっているが私の方は片手でも足りる。
コードを打ち込み、扉を開けるとキンタローがすみませんと小さく言った。




「やっぱりここを出ると眩しいね」
「そうですね」

貯蔵庫に目が慣らされていた所為で眩しく感じる。
窓から差し込むひかりに眩みそうになりながらも、私は扉の横へと置き去りにしていたバスケットを手に取った。

「伯父貴、それは……?」
怪訝そうにキンタローがバスケットを覗き見る。
色とりどりの花がぞんざいに投げ込まれたバスケットに私は手を入れた。少し寄せて、花を傷めないようにジャムと蜂蜜とを入れる。

「部屋に飾る用と食べる用とだよ」
驚くかな、と私はうきうきしながら答えた。
前に何度か花を使った料理を作ったがキンタローには披露してなかったはずだ。それにもう何年も作っていないから、シンタローも驚くだろう。
食べられる花なんてめずらしいだろう?と聞こうとしたときバスケットを覗いていた甥が口を開く。

「この花ははじめてですね。こっちは……。この前、シンタローとこれを使った料理を食べました」
意外と青臭くないんですよね、と甥が私に言う。

「え、シンちゃんと?」
「ええ」

聞いてないよ。それっていつ?私が留守のとき?などと色々と思ったけれども甥は私の思いに気づくことなく、
「このワインもそのときシンタローが気に入ったものなんです」
とワインのボトルを掲げて見せた。

「そうなんだ。シンちゃん、これ気に入ったんだね」
甥が見せるボトルは渋い赤色が揺れている。

「でも、キンタロー。これ、グンちゃんは大丈夫かな?」
意地悪な質問かもしれない、と一瞬、脳裏を掠めた。
だが、もう一人の息子であるグンマは甘いお菓子が大好きだ。お酒も飲むけれども、これは少し渋過ぎる感がある。

「甘口のものもちゃんと用意してあります。それに、これはグリューワインにも向いていますから」
平気でしょう、とキンタローはあっさりと言った。

それならいいね、と相槌を打ちながら私はなんとなく疎外感を感じていた。




*




グンマの作ったケーキは色とは裏腹に美味しく、温めたワインとも食後の紅茶ともどちらともに合った。
分担して片付けた後、明日は何もないからとシンタローは果実酒の栓を開けた。
こういうものも用意していたのか、と甥を見ると彼はシンタローの行動が分かっていたのか新しくグラスを用意している。
甘い果実酒だけあって、グンマの杯も進む。
お開きにしようというときには2人ともかなり酔っている状態だった。


「転んだりすると危ないからね。パパが部屋まで送っていこうか」
ね、と覗き込むとシンタローは眠たげに目を擦った。

「だいじょーぶだよ。おとーさま。シンちゃんはキンちゃんが送ってくれるって」
けらけらとグンマが笑いながら私に言う。
「そうなの?シンちゃん」
3人で飲むときは甥がシンタローの面倒を見ているんだろうか、と私は思った。
たまには私も誘ってくれればいいのに、とも思ったがそれは今度頼んでみることにする。

「じゃあ、キンタローにお願いするね」
くしゃり、と息子の髪を撫で付ける。
シンタローは酔ったときは素面と違って子どもの頃のように大人しい。

髪を撫でるのをやめて、甥に目配せすると彼はため息を吐いた。

「それじゃあ、失礼します。シンタロー」
甥はシンタローの腕を掴んで立たせてやった。
促されて、シンタローは
「ん。……親父、グンマ、おやすみー」
ふにゃふにゃとした口調で口にした。

「おやすみ、シンちゃん」

シンタローはぎゅっと甥の服を掴んだ。
シンちゃんは酔うと子どもっぽくなるのかな、と微笑ましい気持ちで見ていると甥がその手をそっと握る。
おや、と思ったけれども、次の瞬間、甥が
「足元に気をつけろ」
と言ったから、甥に尋ねるタイミングを逃してしまった。

また明日ね~、とふにゃふにゃとした口調でグンマが言うと、ドアがパタンと閉まった。



酔い覚ましに紅茶を淹れようか、と尋ねるとグンマは
「カフェ・オ・レの方がいいなあ」
と言った。

「カフェ・オ・レだね。少し待ちなさい」
コーヒーメーカーに粉と水とをセットする。その間にグンマはオレンジジュースを冷蔵庫から取って飲んでいた。





マーブル模様を描くカップをテーブルに置くとグンマははしゃいだように礼を口にした。
コーヒーメーカーから漂ってくる香気に部屋の中の酒気が追いやられていく。

カップに口をつけるグンマはコーヒーをセットする前よりも頬の赤みが落ち着いていた。
「シンちゃんにも飲ませてあげればよかったかな」
なんとなしに口にするとグンマが笑いながら、
「シンちゃん結構酔ってたよね」
と言った。
「グンちゃんもだよ」
まだ語尾が怪しい。目元もわずかながら赤い。

「僕はもう大丈夫だよ。お部屋にだって一人で帰れるからね」
威張ったように言うグンマがかわいらしくてつい私は笑ってしまった。

「信じてないでしょ、お父様」
「そうじゃないけどね。キンちゃんがいっていたとおり酔ってるときは足元があぶないだろう?それを飲んだらパパが送るよ」
ね、と宥めると頬を膨らませていたグンマがカップに口をつけながら
「キンちゃんはシンちゃんに過保護だもん」
と拗ねた口調で言った。

「過保護なの?」
「うん。お父様と同じくらいね」
見てらんないくらい、とグンマは肩を竦めた。

「今もたぶんキンちゃんが手取り足取りお世話してるよー」
シンちゃん酔ったときいつもそうだもんとグンマは言う。

「この前一緒に飲んだとき、パジャマだって着替えさせてもらってたし」
僕が酔っ払ったときは2人とも部屋に置いていくだけなのにさ、と息子は続けた。

「まあ、僕はシンちゃんみたいに羽目をはずさないだけだけど。どうしたの……お父様?」
「いや、なんでもないよ。シンちゃんは大分キンちゃんに迷惑かけてるようだと思ってね」
我侭に育てちゃったのかな、と軽い口調で言うとグンマは笑った。

「たしかに我侭だよね、シンちゃん。でも大丈夫だよ~。キンちゃん、シンちゃんのお世話するの大好きだから」
「……キンちゃんはシンちゃんと仲がいいんだね」
前は仲が悪かったのに、と思いながら口にするとグンマは大きく頷いた。

「うん。2人ともすっごく仲いいよー。仲良すぎて見ててたまに恥ずかしくなっちゃうくらい」
「……そうなんだ。ああ、グンちゃん。もう一杯淹れてあげようか?」
空のマグカップを認めて、私はおかわりを尋ねた。

「ううん。もういい。ありがと、お父様」
片付けるねー、と明るく言いながらグンマはカップを手にした。
飲みかけの私のものはそのままに、コーヒーメーカも一緒にシンクへと持っていく。

ありがとう、と声をかけながらも私はなんとも釈然としない気持ちで一杯だった。

同じ従兄弟同士でもあの子達2人はどうやら仲がよすぎるようだ。
双子のようなものだからなのか、と生い立ちを考えながらもなんとはなしに気が晴れない。

目を瞑れば、手を繋いだ甥と息子の映像が脳裏に浮かぶ。
彼らのバックで、すっごく仲いいよ、というグンマの言葉が反響していた。





  
初出:2005/10/17
泉麟様に捧げます。
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