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Rehydration
午後の予定が何もなくてよかった、とシンタローは秘書に渡されていた書類の最後の一枚にサインをしながら思った。
頭が重くてなんとなくだるい。適当に片付けるとシンタローは椅子から立ち上がった。
立ち眩みこそしなかったものの、つきんと頭に痛みが走る。
部屋に帰って寝るか、と脱いであったジャケットを片手に総帥室を後にするとエレベーターを待つ間に「おい」と声がかかった。

「なんだ?キンタローか」
なんか用か、とシンタローは尋ねた。この時間、オフになるのは自分だけのはずだった。
グンマは外の学会に行っているし、父親も外出している。キンタローの予定は確か研究室で高松の監督の下、簡単な実験を行っているはずだった。

「高松がグンマに呼ばれて暇になった。手合わせしろ」
有無を言わさぬ口調のキンタローにシンタローは苦笑した。
本部に戻ったころはいちいちそんなことにムッときていたものだがもう慣れている。それにキンタローの方も徐々に打ち解けてくれていてかつてのような刺々しい殺気はなくなっていた。
手合わせを求められてシンタローはこの前コイツとやりあったのはいつだっけ?と考えた。
考えてみると継いだばかりの総帥の仕事が忙しくてキンタローの相手どころかジムにも足が遠のいていた。
何度か遠征にも赴いたがどれも総帥の初陣を飾るべくガンマ砲一発で片付くような簡単なもので、デスクワークばかりの体は鈍っているといってもよかった。

「何か用事があるのか?嫌ならいい」
黙っているシンタローにキンタローはそう声をかけた。
こいつ、最近人のこと気を遣い始めるようになったよな、と高松の教育の成果をシンタローは認める。
「いや。やる。今からだろ」
体を動かせば頭痛も取れるかもしれない。
知恵熱じゃねえけどストレスが溜まってたのかもな、とシンタローは頭に手をやった。
触れた髪がばさばさと動いてシンタローははっとした。

「なあ、紐かゴムねえと……」
髪が邪魔でやり辛いから部屋まで取りにいく、とシンタローが口にする前にキンタローはスーツのポケットをまさぐった。

「ちゃんと持ってきている」
用意がいいな、と思いながらシンタローは黒いゴムを受け取った。



フィットネスマシーンが置かれていないだだっ広いフロアでシンタローとキンタローは向かい合った。
左側の壁には鏡が貼られている。
武道の型やボクシングのフォームを確認するためだ。
フロアの壁にかけられている時計の針が12を指したらはじめようぜ、というシンタローの提案にキンタローも乗った。
レフリーがいないから仕方がない。この前手合わせしたときはグンマに頼んでいた。
だが、従兄弟はいないし、この時間、ジムを使っている団員もいなかったのでこの方法しかない。
かち、かち、と時計の針が動くのを横目で見ながらシンタローはぶるりと身を震わせた。
士官学校を卒業したての時でもないのに武者震いが止まらない。
コイツとやり合うのは楽しんだよな、と思いながらシンタローはぺろりと己の口唇を舐めた。

時計の針が12の1と2の間をまっすぐに差した。
「かかってこいよ、キンタロー」
上体をガードしながらそう言い放ったシンタローにキンタローは望むところだと言わんばかりにフロアの床を蹴り上げた。



何度か攻防を繰り返したもののなかなか隙が見えてこない。
キンタローを鏡に追い詰めながらも今一歩踏み出せなくてシンタローは舌打ちした。
前に出るどころか体はよっぽど鈍っているようでなんだかふらふらする。気を張って構えているもののこんな調子じゃ前線で足手まといになる。
どこでもいいから突破口を開こうと、シンタローはキンタローをじっくりと見た。ブロンドの少し上に裏返しに映った時計が見えた。
時計の短針は4に近いところを示している。20分足らずで息が上がるなんて情けねえ、シンタローはじりじりと歩を進めながらそう思った。
足払いしてみるか。避けられてもきちんとガードしていれば次の攻撃は防げる。
痺れを切らして攻めるのは失策に繋がることが多いが隙が見つからない以上どうにもならない。このままだと自分のボロが出そうでシンタローは腰をすっと落とした。いきなり動いたシンタローにキンタローが首を傾げる。
このまま間合いを詰めればうまくいくとシンタローは足を伸ばした。伸ばしたけれども。

フロアの照明がなぜか真正面に見えたのを最後に意識を失った。



*



冷たくて気持ちがいい。
一番最初に思ったのはそれだった。
けれど、それが一体何なのか考える前に冷たさが取り除かれなにかが額に触れた。

(……誰かの手?誰のだ?)

額に手が当てられている。シンタローは何でそんなことをするのか、と思った。
こんなことをされたのは士官学校に入る前以来だ。コタローも生まれていない。
それでも額に触れていた手がふっと離れるとなんだか体が熱を持っていることに気づいた。
人の手すらも何もしないよりは冷たく感じるらしい。
冷たさを求めて薄目を開けるとぼんやりと金色と青が飛び込んできた。

金色が従兄弟の髪の毛で、青が彼の目の色だということが理解できたのは額同士がくっついてしばらく経ってからだった。

「……きんたろ?」
ぼやっとした頭で呟くとキンタローはほっとしたように息を吐いた。
呼気が触れ合うほどに近づいていた距離も解消される。俺はどこに寝てるんだ、とシンタローは天井を見た。
自分の部屋と同じ壁紙だけれどもどことなく違和感がある。
起き上がって確かめようと身を捩るとキンタローは慌てて止めた。

「起きるな」
疲労から来る風邪だそうだ、とキンタローは淡々と告げた。
それから「体調が悪いのなら俺の誘いなど断れ」と付け加える。

「いきなり倒れたから驚いた。病気で倒れる人間は初めて見た」
当身を食らって気絶する人間と大して変わらないんだな、と真顔で言うキンタローにシンタローは笑った。
「はは。そりゃ、なあ」
倒れるには変わりねえんだし、と続けようとしてシンタローは声の異変に気づく。
喉がいがらっぽい。さっきまではそんなことなかったのに。
それになんだか滑舌が悪い気がする。

「……やはり風邪のときは声も変だな」
キンタローも同じことを思ったようで興味深そうな顔をしていた。

「高松が戻ったらすぐに見てもらえ。ああ、それから」
風邪のときは温かい飲み物がいいんだろう、とキンタローは言った。

「待ってろ。何か用意する」
シンタローがいらないというよりも早くキンタローはベッドルームから出て行ってしまった。





*





がちゃり、とドアノブが回る音にキンタローは目を覚ました。
もぞもぞと起き上がろうとするキンタローに入ってきた人間は慌てて駆け寄る。

「あー、寝てろって。まだ熱下がってねえだろ」
入ってきた人間、従兄弟のシンタローの言葉にキンタローは大人しく従わずに上体を起こすと従兄弟の手を引いた。
無理やりに己の額に指を触れさせる。

「下がっているだろう。もう平気だ」
指で触れさせられていたシンタローはキンタローの言葉に「ンなわけねえだろ」と答えた。

「俺が濡れタオル取っ替えてやったばかりだからそう感じるんだよ」
ほら、と掛け布団に落ちたタオルを取り上げてシンタローは従兄弟の腿の辺りをぽんぽんと叩く。

「今起きて動いたらまた酷くするぞ」
大人しく布団に入ってろ、と宥めるように言われてキンタローはため息を吐いた。

「寝汗はかいたか?気持ち悪ぃんならパジャマ着替えさせてやるぜ」
「いいや」
ふるふると首を横に振ってみて、キンタローはこめかみに走る痛みに顔を顰めた。
薬を飲んで何時間も寝たはずなのに頭痛が取れていない。
大人しく従兄弟のいうことを聞くべきか、と諦めてキンタローは布団に手をかけた。

「じゃあ、とりあえず水分取るか?風邪のときはこまめに水分補給しねえとな」
言うなり、シンタローはにやっと笑った。

「ホットミルクなんかどうだ?ちゃんと蜂蜜入りで作ってやるぜ」
おまえが俺に作ってくれたときは牛乳温めただけだったもんなあ。初めて作ったからしょうがないけどな。
まあ、それでもいいんだけど甘い方が飲みやすいぜ。風邪のときは甘いホットミルクが一番だ。
にやにやと笑いながらシンタローはそんな言葉を続けていく。

「少し待ってろよな」

揶揄されてムッとしたキンタローが「いらん。もう少し寝る」と言い出す前にシンタローはかつて自分が寝込んだときのキンタローと同じようにとっとと部屋を退散した。本当は人肌以上に熱いただの牛乳が今まで床についた中で最高の看病だったのだけれども。

そんなこと照れくさくて一生言ってやらねえ、と思いながらシンタローは冷蔵庫を開けた。





  
初出:2006/09/13
いしたけいこ様に捧げます。

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