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kte



I don't know...why?
シンタローが帰還したという一報が入ったそのとき、本部に残っていた一族の人間は俺しかいなかった。

シンタローが総帥に就任してからまだ日は浅い。
前総帥の伯父は引継ぎのために世界中を飛び回っているし、双子の叔父もそうだ。
あの島から帰ってきて以来、俺は高松の元で色々なことを学習するようになったが、その高松は現在もう一人の従兄弟とともに国外の学会へと赴いていた。
帰還の知らせを受け取る親族は俺しかいなかったとはいえ、正直腹立たしい。
学習漬けの毎日が彼らの不在でつかの間の休息を得られたのだ。
高松から課題は出されていたもののいつもより量は少なく、すぐに済ませることが出来た。
だからこそ伯父から譲られた父のアルバムをゆっくり見ようと考えていたのだ。
今日ならば、誰の目も気にせず部屋に篭れる。皆がいれば、午後のお茶だのなんだのと呼びつけられるのだ。
この機会を満喫しようと考えていたのに、タイミングを打ち砕くように内線電話が鳴り響いて、俺は気分を害していた。


「……別にあの男が帰って来た事はどうでもいいんだが」
迎えに行く気はないぞ、と言うと電話の向こうの団員が勿論ですとも、と阿るような返事をした。

「出て行ったヤツが帰るのは当然だろう。くだらんことをいちいち報告してくるな」
常日頃から俺とアイツが反目しあっているのは一般団員まで知れ渡っている。
伯父やグンマにならばまだしも俺にわざわざ報告してどうするというのだ。気が利いた人間ならば報告など見合わせるだろう。
ちっ、と舌打ちすると電話の向こうで慌てて申し訳ありませんと言う返事が返ってくる。

「……もういい、切るぞ」
緊急の用件以外は連絡するな、と言いつけて俺は受話器を置いた。



シンタローが遠征した国はジャングルに覆われた亜熱帯の国らしい。
暑いのに半袖着れないんだぜ、と蚊を媒介した風土病やジャングルに仕掛けられた罠の存在をグンマに言っていたのを聞いた。
これまでのシンタローを通した経験と書物での知識でしか測ることは出来ないが、きっと彼が懐かしむ島と同じで濃い大気と灼熱の大地を持っているだろう。
たいして、このガンマ団本部はもう秋が終わりへと向かっている。今日などは肌寒い風が時折窓へと枯れた葉を運んできた。
時差だけでなく寒暖の差が疲労をもっと濃いものにしてしまうだろう。

(非常に不本意だが、仕方がない。俺しかいないのだからな。俺しか!)

バスタブに栓を落として俺は蛇口をひねった。熱めの湯が、バスタブを叩いて飛沫を上げていく。
湯が溜まると、俺は出しておいたアルバムを仕舞って私室を後にした。



*



本部棟から住居スペースへと通じるエレベーターには一族以外の人間はこちらが招かない限り乗ることが出来ない。
したがって、一族の人間が使用するとき以外ランプが点灯することはないのだ。
本部棟の表示にオレンジ色の光が灯ると、数十秒の後にドアが開く。
帰ってきたシンタローは出迎える人間が誰もいないとばかり思っていたのだろう。俺の姿を認めて、ぽかんと口を開けたまま突っ立っている。

「……降りないのか」
声をかけると、
「……あ、ああ」
とどもったようにシンタローは返事をした。

「……えっと、親父とグンマはいないんだったよな?」
恐る恐るシンタローは俺に聞いてきた。
何を聞いているんだ。彼らの予定はおまえも聞いていただろう
そんな表情でシンタローを見ると、彼は慌てて誤魔化すようになんでもないと手を振った。


「……風呂の用意は出来ているぞ」
飛空艦の仲でシャワーを浴びたのだろうけれど、どことなくシンタローは薄汚れているように見えた。
赤い総帥服でなく、見慣れぬ野戦服の所為かもしれない。
狐につままれたような表情をシンタローは浮かべたが、俺は構わず自室へと向かった。
後から慌てたようについてくるシンタローの足音が廊下に響いたけれども、騒々しいと咎める人物はいない。
内心、俺はいらねえよと拒絶されると思っていたのだが、それが杞憂に終わってほっとしていた。
気まぐれとも言っていい行動だがいけ好かない相手とはいえ拒否されるのはやはり腹立たしい。




食事に呼びにこられたことはあるが、自室へとシンタローを招き入れたことはなかった。
遠慮がちに入ってきたシンタローを湯気の立つバスルームへと押し込め、タオルとバスローブとを用意する。
洗濯方法の分からない野戦服は脱衣籠に突っ込んだままにしておいた。
シャワーの水音が止み、しばらくするとドアが軋んだ音を立てた。
「キンタロー!なあ、これ借りていいのかよ?」
「ああ。タオルは洗濯機に入れておけ」
呼び声に肯定すると、シンタローは分かったと返事を叫んだ。
バスローブをまとって現れたシンタローの頬は赤みが差していた。目の下に薄くクマがあるものの顔色はよい。
「風呂借りたぜ。悪かったな」
「べつに」
そう言うとシンタローはふっとため息を吐く。

「それを飲んだら寝ろ。ベッドは貸しておいてやる」
座れ、とソファを勧めるとシンタローは俺の顔を凝視した。
「飲まないのか?喉が渇いているだろう」
シンタローはソファに腰掛けると、ぬるめに淹れた緑茶を恐る恐る口にした。

「不味いのか?」
シンタローの態度に眉を顰めると彼は慌てた。
「いやッ、美味いけど!!」
「そうか」
ならいい、と視線を逸らすとシンタローはほっとしたように息を吐いた。



「ええと……ごちそうさま」
「そこに置いておけ。俺が片づける」
空のカップを持って立とうとするシンタローを制する。彼の好きにさせてもよかったが、あまりバスローブ1枚の姿でうろうろとされたくなかった。
「いや……でもな」
「いいから、とっとと寝ろ」
寝室はこっちだと、顎をしゃくるとシンタローは困ったような顔をした。

「疲れているんだろう。弱ったおまえに興味はない。とっとと体力を回復させろ」
「疲れて……って、今回の遠征はあいつらが頑張ってくれたから俺はそんなに」
疲れていない、と言うシンタローを鼻で笑うと彼はむっとした。

「あいつら、というのはいつもの4人か。どうせ、おまえを見かねて気を使ったんだろう」
想像するのは容易い。当初はシンタローの命を狙ったというのに、島での生活を通してやつらはシンタローの友人へと変わっていった。
いくら気の置けない仲間とはいえ5人でジャングルへ行って何が楽しいんだと思う。
仕事とプライベートを切り離さないシンタローと彼らに俺はどうしてだか苛立ちを感じていた。
モヤモヤとした気分のまま、難儀なことだ、と呟くとシンタローは口を開く。

「たしかに俺のことを考えてくれて行動してくれたんだけどなッ!」
おまえにそういわれる筋合いはない、とシンタローは俺を怒鳴りつけてから、しまったという表情を浮かべた。
カップに込められた力加減から俺の顔色を窺う様子が見て取れる。

「あの4人もあれだけの実力を兼ね備えていながらおまえのお守りとは……少しは人の使い方を覚えたらどうだ」
気にせず俺はシンタローにそう言った。
お守り、と揶揄したときシンタローは再び眉を寄せたが、続く俺の言葉に動揺した態度を見せる。
ぎくりとしたように体を強張らせ、黒い目の奥を頼りなげに揺らめかせる彼に俺はうすく笑った。

「あの4人は一個隊くらい率いられるだろう。その方が勢力を分散できて効率的なはずだ」
「それは……」

考えたことがないわけはなかったのだろう。
島から帰ってきて前線へと復帰してからも、総帥を継いでからもずっとシンタローは彼らとチームを組んできた。
シンタローや一族の人間には劣るとはいえ、平の団員より秀でた能力を持った男たちだ。
ところどころで5人で行動していくことに実感はしていたのだろう。

「あいつらは俺の方針を分かってくれてるし……信用できるんだ」
俺から視線を逸らしてシンタローは言う。彼の言葉はもっともだ。
あの島で一緒に過ごし戦友となった彼らが信頼できるのは当然だ。けれども。

「それは分かるがな。あいつらを重用するおまえの態度が一部で反感を生むのも事実だ」
「……ああ」
そうだな、と言ってシンタローはぎゅっと瞼を閉じた。
仲間と離れなければいけないことを考えて堪えるような表情を見せる彼になぜだか罪悪感が湧く。
当然のことを指摘しただけで俺は悪くないというのに、針を刺したようなわずかな痛みが心に走った。





「……この話は終わりにしよう。おまえは、疲れている」
沈黙の後、これ以上追求するのは憚られて俺は会話を打ち切った。
この男は因縁の相手だ。敵と言ってもいいほどの。
傷つけても俺が気にすることはないというのに、それでも彼の沈む表情は思いもかけず俺を戸惑わせた。
安堵していいのか、どうしていいのか分からない表情でシンタローは俺を見た。


「とりあえず寝ろ。……ああ、それから次の遠征からは俺も出る」
「おまえが?」
シンタローは不安げな表情を打ち消して怪訝そうな表情を浮かべた。

「ああ。久しぶりに体を動かしたい」
何か問題でもあるか、と尋ねるとシンタローは考え込み、
「いいけど、高松の許可は取っておけよ」
と笑う。今日はじめて笑顔を見せた彼に、心に刺さるトゲが和らいだ気がして、俺も笑った。





自室へと戻ると言ったシンタローに風邪を引く、と俺は無理やりベッドルームまで引きずった。
ここまで世話を焼く必要はない。むしろ帰還の報せを受けた当初のとおり、出迎える必要もなかった。
彼の帰還が早まったとはいえ、誰も俺がこういう行動をとるとは考えないだろう。
俺自身も家族が不在だから仕方ないとはいえ、実行までに至った自分が不思議だった。


先ほど飲ませた茶には念のため軽い睡眠導入剤が混入してある。高松が作ったそれは味がなく、しかも安全な薬だ。
いいって、とシンタローはベッドルームでも何度も拒否していたが、力ずくで布団を被せると大人しくなった。
積もっていた疲労もあるのだろう。
横になって体の力が抜け、次第に瞼がとろんとしてきた。

「そのまま寝てろ。夕飯には起こしてやる」
「夕飯っておまえが作るのかよ……?」
眠気のこもる声でシンタローは俺を見上げた。

「当たり前だろう。俺はわざわざおまえと2人で外食に行く気などないぞ」
何を言っていると見つめるとシンタローは嘆息した。

「おまえって……わかんねえ」
天井を見上げてシンタローはそう言った。見下ろす形の俺はそんなことを言うシンタローの方こそよく分からない。

「当然だろう。おまえと俺は同じ人間じゃない」
他人だ、と付け加えて部屋の照明を落とす。
微かに笑う気配の後、ベッドルームを後にしようとする俺にシンタローは声をかけた。


「馬ー鹿。他人じゃねえよ。従兄弟同士だろ」


「……そうだな」

ここに彼がいることは、俺が世話を焼いているのは不本意なことだったはずだ。
それなのに、どうしてだか最初から拒絶することが出来なかった。むしろ、いつも以上にシンタローを受け入れている。
タラップを降りる彼を迎えることはさすがに拒否したけれども。

従兄弟だという、シンタローの言葉を肯定してから俺は動揺した。
今まで認める気などなかったのに、常になく殺し合いでない言葉を交わしてからどうにも調子が狂っている。
ベッドのシンタローをじっと見つめると俺の答えに彼は微笑んだ。

(どうして、そんな顔で俺を見るんだ……!)

眼を逸らし、俺に微笑みかけるシンタローの姿を打ち消したくて、俺は照明を急いで落とした。
明るかった部屋からひかりが追いやられて、もたらされた微かな暗がりにシンタローの黒髪が溶け込む。
暗がりから見えるはずはないというのに、それでも浮かび上がる彼の笑顔の残像に惑わされながら、俺はそっとドアを閉じた。




従兄弟同士だろ、というやわらかな言葉の響きがなぜだか耳をついて離れなかった。





  
初出:2005/11/16


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