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kk







02:ワケありボーダレス








「どうしたよ、お前一人で」


ぼんやりと立ち尽くし、見つめていた緑の群生から意識を引き剥がされる。
気づかぬ間に接近されていたのか、随分と至近距離から声をかけられた。

だいぶ傾いた日に、それでも温室の内部は日当たりの良さから相当明るく
目をやった黒髪の姿も木々の作り出す薄闇に溶けることなく佇んでいる。


「一人だとまずいのか?」


ゆるりと向き直し返した声に硬さが篭る。
目の前の男がそれに気づかないわけもなく、「違う違う」と首を振って否定された。


「そーゆーんじゃねぇけど、お前いっつもグンマかドクターといるだろ?」


今は傍らに付き添うその姿が見えないから、と。
あの島から戻ってきてからここ一ヶ月半というもの
一時でも目を離しておけないと云いたげにそれは確かに日常風景の一部であった。


「・・・研究が詰めに入ったらしい」
「んで、暇でも持て余したのか?」
「・・・・かもしれない」


言葉少なに答えれば、シンタローは縛っていた髪がほつれるのも構わず
頭をがりがりと掻きながらぶちぶちと文句にも似た独り言を呟きだす。


「お前は」
「書類読むスペース探しがてらの散歩だ」


脇に抱えていた黒いブリーフケースを軽く振って見せられた。
おそらく総帥業を継ぐには必要な団内の実情データなどの書類なんだろう。
嵩がある分だけ、振った手元が重たい音を立てている。


「・・・結構すげぇだろ、此処」


自慢げな顔でにっと笑い、ケースを放り出す勢いで木々を披露するように腕を広げる。
傍らにある巨木に凭れるように手を着き、感じる温かみの感触にさらに緩む表情。


「そうだな」
「よく来るのか?」
「いや、初めてきた。・・・・・・お前の中にいた時のことを抜かしてはな」


僅かに顰められた顔を無視して、天井に顔を向けた。
生い茂る濃い緑に硝子越しの夕暮れの赤を照り返し、冴え渡る原色のコントラストが視界に入る。
夕闇が近いことを示すその赤さは、いっそ禍々しいくらいだ。





「・・・・・もう夕暮れか」





その光景にぽつり、と落とすような声が傍らから聞こえた。
寂しげな余韻が翳りのようにそこに含まれている。

脳裏を過ぎるのは、海に溶けるように沈んでいくあの島の夕暮れ。
自分の記憶にはない、目の前の男の感情を多分に交えた美しい色合い。

それを思い出しているのだと容易に分かってしまった自分に内心舌打ちした。


「なぁ、最近どうなんだ?」


感じていた寂寥を誤魔化すように、新たな話題を振られる。
それでも振り切れない寂しさの一端が覗く表情に苛立ちが起こる。
どうしてお前は、こうも分かりやすく俺に隙を見せるのかと。


「・・・・グンマが悲しいような顔をした」
「なんでまた」
「俺が”これはきれいなのか”と聞いたら・・・そんな顔をした」


指し示すのは、咲き乱れる花々。
赤、白、青、紫、橙、緑。温室で育てられたそれらは秋の最中になんとも鮮やかな色で、目を奪う。
訝しげにこちらを見やるシンタローの顔は複雑だ。


「きれいなのか、って」
「そのままだ。これはきれいと思っていいのかと」
「ワケわかんねぇよ、それじゃ」
「・・・・・・色形が鮮やかだとは思うが、きれいには足りない気がしてならない」


この物足りなさがお前なら分かるだろう?
お前だからこそ、分かる筈だ。


「あの島ではあらゆる物が美しかった。・・・これと同じ花であっても違ったんだ」


熱帯の極彩色に劣らぬ花も此処にはあった。
けれど、それすらも霞んで見えるという現実。
何が、そうさせているのかなど分かり易すぎるほどに分かっている。


「島から帰ってきてから、ずっとそうだ」


険のある視線をくれてやれば、僅かに怯んだ様子でたじろぐ。
理由に気づくのは容易い。なぜならそれは全て身体が記憶していた感情だから。
何もかも憶えある感情だから、互いに否が応でも分かってしまう。


「なぜお前の感情に引き摺られなきゃならないんだ」


今もなお、肺をひき潰される様な痛みが鈍く胸を軋ませる。
まだ自分に慣れてくれぬ身体は、シンタローの名残ばかりを強く残す。


「俺には・・・・・・あの島にそこまでの思い入れはない筈なのに」


それなのに、いつまでも引き摺り続けている。
もう別の者なのだと、云い聞かせながら無視しようとも逃げ出せない。
そう思う自分という意識ですらも、かつての男の思考をなぞるように覚えているから
長年の感覚共有がそのまま、これからの俺に影を落とす。

知りたくないことまで、目を逸らしたいことまで分からされてしまう痛さを
どうして俺が味わわなくてはならないんだ。


「歩く傍らを、夜中に温かみを、小さな気配を探すんだ・・・・。俺のものじゃない、こんな感情は」


ふとした時に、傍らを覗き手を伸ばしかける。
空回りした視界と手に寂しさを滲ませていく、いつもいつもいつも。
五感すべてに、自分にはない習慣が染み付いて離れない。
この寂しさももどかしさも辛さも、全て目の前の黒髪の男のものなのに。


「俺に、こんな思いをさせるな・・・・っ!追いかけたいんならそうすればいいだろうっ!!」


分かっている。目の前の男が何処へ行こうとも、この感覚が消えないことは。
それでも問わずにはいられない。何故、そうまでして。





「お前が此処を見捨てさえすれば・・・・それでいい筈だっ!答えろっ!!」





此処に、全てを置いていくことは出来るはずなのに。
それなのに、自分が望んだ結果だと負け惜しみではなく云いきった。
それがあの幼子との残された約束であり、自分が帰るのは此処だとさえ云う男に安堵を憶えた者は多かった。

強いてきた束縛など振り切って、彼が此処から出て行くことを誰もが止められないが故に。
そう、止められるわけがないんだ。











何でもないように行なわれる父の所業を超えるために、どれほどの精神力と時間を要したか知っている。
超えらずともせめて追いつかなければ、父の息子に相応しくないと誰よりも自分が思っていたことも。
それを宥めるように溺愛する父に反発しつつも、抗えない無力さも。



何もかも許されてしまうような愛情ではなく、自分の差異を”普通に”認めて貰いたくて泣いていた子どもが無視されていたことをも。



黒い髪と目を誉めて貰いたかったのではない。
父の子どもであることだけに甘える幼児期ならばそれだけで良かったかもしれない。
けれど、明らかに異なる色相には触れるなと他を粛清するその有り様に追い詰められもしていた。
それこそ、マジックはシンタローが異相であることだけが救いのように云っていたから尚更に。

シンタローは、マジックとは違う「けれども」父に追いつこうと訓練を積んだ。
なのにマジックは、自分とは違う「から」自分を越せると予感していた。


本人の努力よりも資質重視というように、期待される部分が違うだけで
随分と傷ついていたことは多分俺以外に誰も知りようがない。

”特別扱い”も”異質排除”と同等の扱いでしかないことに、マジックもサービスも気づこうとしなかったから。



此処の全てが悪いとは云わない。
家族を愛していたことは分かっている。
けれども、愛していた家族の中でやはり自分だけが異質であった事実はどれほどの嘆きを招いただろう。
そうしたものを分かるが故に、此処にいるその感情が度し難かった。





ましてや、初めてだったのだろう。
他人からああも先入観なしに接せられるのが。
本気を出しても勝てない幼子に、張る意地などありはしなかった。
持っていた矜持もあの島では、意味がなかったのだ。


だからいつまでも燻るように恋しがり、断続的な虚しさが消えない。
強がる裏側で、どうしようもなく求めている思いは誤魔化しようがない。

自分がこれほどまでに悩まされる痛痒に、平気な顔をして見せる男が信じられなかった。











ざぁ、と沈黙を遮るように霧状の水滴が降り注ぐ。
温室内のオートスプリンクラーの作動時刻なんだろう。

細かな水がしとどに髪を、頬を濡らしていく。
濡れそぼっていくシャツの感触に、気持ち悪さを感じつつも
互いにのそんな相手の姿を見据えたまま、動けずに。



「・・・・それでもさ、きれいなんだよ。これも」



静かに、葉にはじく水音に負けるような声量で声が返される。
顔に張り付いた髪を掻き揚げ、強い眼差しが露になる。


「それと同じで、お前から盗っちまった24年間も・・・・・・パプワたちと出会うまでの時間も、大事なんだ」


ゆっくりとこちらに近づき伸ばされた手が、髪を滴る雫を払う感触がした。
間近に迫った顔は僅かに苦笑いを交えつつも、眼差しは意思を固めたままで。


「どういう理由であれ、俺が俺として育ったのは此処なんだから」


根本的な出自が、青の長を倒すためという赤の秘石の思惑によるものだったと後から聞いていた。
知らぬ間に裏切りを重ねていたという恐ろしさ。その対象が何よりも自分に絶対的なものならば尚更で。
そしてそれすらも青のシナリオ上での絶望ならば、なんて悲劇だろうか。


「それに俺は、自分で居場所を決めたんだ」


悲劇的な出自を悔やみ過去を糾弾しても意味がないと、皆に前を向かせたのはこの男だ。
過去を踏みつけることなく本当の意味で、前を向くことを決した。
敢えて見過ごした方が楽に済むことを引き出して、諦めずに耐え抜く姿勢が。
そうした不条理を許さずに歩んでいく様がひどく人を惹きつけてしまうのだと、思わずにいられない。





「なぁ、キンタロー」


戸惑いがちに呼ぶ声。
降り注ぐ霧雨は既に止みかけていて、急に肌寒くなる。
ふるり、と反射的に震えた肩にシンタローの手が食い込む。
彼の緊張そのものを表すかのように、きつく。


「無理に俺と違うものになろうとすんな」


諌言するというよりも、助言する声音だった。
真っ直ぐ射抜く、灰色の目が真摯に訴える。


「実際ひとつだった時間は、お前のものでもあるんだ・・・・・どうしたって被っちまうんだよ、思うところは」


お前は理不尽だっつーかもだけど、と微苦笑いを加えた表情に思わず否定の言葉を上げ掛ける。
理不尽さは、確かにあった。けれど俺はそれを謝って欲しいわけじゃない。
俺はただ、お前がこんな思いをしてまで居残る理由が不可解でならなかっただけだ。

訴えるべき言葉を掛ける前に、それまで合わせていた目を外されて俯かれる。
未だ照らしていた夕陽の色ですら染まらぬ黒髪は、水を吸って重たくしな垂れていた。




「これからお前にとって大事なもんが出来たときに、きっと忘れちまうよ」




俯いたまま吐き出された言葉には、悲涼が微かに滲んでいた。
遠慮なく見せ付けられた自分の思いの残滓に刺激されたのかもしれない。
彼にとって忘れることなど出来ないであろうものを敢えて掘り起こしていたことに、今更気づく。
今更過ぎて、失態を悔やむことすら出来ない。



「悪ぃけど、それまで我慢してくれな」



上げられた顔は、僅かに強張りの解けない笑みを浮かべていた。
そんな顔をするな、と云ってやりたくなった。そうさせたのは自分であったのに。






あぁ、そうか。
この絶えない痛痒から逃れたかったのは事実だった。


けれど、叶うものがそれだけでは最早足りないのだと
願うものの中に、この男の安らかさすら含まなければ済まないのだと、ようやく理解した。
















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