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6
 シンタローが用意した食事を目の前にしながら、キンタローは全然違うことに気を取られていた。
 食事を運んできたシンタローは、それをキンタローに渡すと近くにある椅子にでも座るかと思われた。
 だが、実際はまたベッドの端に座ってキンタローの傍にいる。食べるのに邪魔にならないようにと考えたのか、肩と肩が微かにぶつかるか否かの適度な距離を保っているのだが、それでもはっきり言って近い。普段は、お互いが歩み寄ってこの距離になるのだが、キンタローが動けない今は、シンタローがキンタローの分も近づいて傍にいるのだ。
『これでは現金なヤツと言われても仕方がないな…』
 その距離が嬉しくて、シンタローにばかり気を取られているキンタローである。
「食わねーの?」
 シンタローにそう言われるまで、半身のことを気にしていたのであった。
 出されたものは先程の病人食と変わらずお粥である。キンタローは、取り分けられた器から少しすくって大人しく口に運んだ。見た目はただのお粥なのだが、口にすると微かに梅の風味が香る。それに一瞬目を瞠ると、シンタローが横で微笑した。
 他には消化が良いものといって、煮魚などを出された。シンタローの「ゆっくり食えよ」という言葉に頷いて、キンタローはゆっくり箸をすすめていった。
 大人しく食事をするキンタローを上々と思いながら見ていたシンタローだが、少し多めに作ったものをキンタローが全部平らげてしまうと、流石に驚く。
「お前、食欲ねぇとか言ってなかったっけ?」
 シンタローの台詞にキンタローは首を傾げると、
「どうやらお腹が空いていたようだ」
と一言呟いた。その台詞にシンタローは苦笑する。
「自分の腹具合くらいちゃんと判れヨ」
「……確かにそうだな」
 それ以上は咎めず、シンタローは空になった器を早々に片付けると、再びキンタローの元へ戻ってきた。シンタローが再びベッドに腰を掛けるのを待って、話しかけるよりも先にキンタローの手が伸びる。
 体勢からして抱き締めにくいだろうに、キンタローはシンタローを緩い力で拘束した。
「何だよ、どうした?」
「…補給だ」
「何の?」
「体の分は今やった。これは心の分だ」
 真面目な口調でそう言ってくるキンタローがおかしくて、シンタローは思わず笑ってしまう。
 普段なら、最終的には許してくれるものの、照れ隠しに結構文句を言ってきたりするシンタローなのだ。しかしこの時は大人しくされるがままになっていた。
「そりゃ大切だな。しっかり補給しとけヨ」
 そう言って、回された手にそっと自分の手を重ねてくる。
『ダメだ…可愛い』
 この物騒なガンマ団新総帥を捕まえて、可愛いと思ってしまう補佐官はかなりの強者であろう。
 筋骨逞しいこの総帥は、どんなに贔屓目に見ても簡単に腕に収まる程小さな体はしていない。それでも抱き締めると、シンタローが持ち得る暖かな空気に触れられてキンタローは心が穏やかになるのだ。
 シンタローはお互いがもう少し居心地が良いように体勢を変えると、甘い空気が漂うの中、おもむろに一枚のディスクをキンタローに渡した。
「悪ィ、すっかり渡しそびれてた」
「何だ?コレは」
 ディスクを受け取ったキンタローは、それが何なのか見当が付かない。
「ジョニーがアーサーからって。何かのリストとか言ってたけど…」
 シンタローの台詞に、キンタローは思い出したかのように頷いた。情報屋からそれを渡されるとは思っていなかったのだろう。シンタローは何のリストか気にならなかったわけではないが、キンタローのことだから必要があれば話してくるだろうと思い、特に聞いたりはしなかった。
 そのディスクは頭から外して口を開いた。
「昨日さ、部屋に戻ってからウィンディアの街警トップから昼間の事件で連絡があったんだけどさ…」
「…大人しく休んだんじゃなかったのか?」
「まず食らいつくところはそこなのかよ。ちゃんと休んだって」
 真っ先に少しずれた突っ込みを入れてきたキンタローにシンタローは呆れた顔をした。自分のことは完全に後回しなのだが、シンタローのことになるとそうではないようである。
「…ならいい。それで、何か判ったのか?」
 キンタローが顔を近づけて問いかけると、吐息がくすぐったかったのかシンタローは軽く目を瞑った。
「お前、近いって。で、えーっとな。やっぱ、単に偶然発生した強盗事件って訳じゃなかったみたいだ」
「強盗事件………そうだ、シンタロー。お前は昨日ウィンディアにはジョニーに会いに行ったはずだ。何をやってそんな事件に巻き込まれたんだ?」
「あれ?話してなかったっけ?」
 マジックとキンタローのど派手な登場で、シンタローはガンマ団本部へ戻る途中は一言も口をきかなかったし、戻ってからは一方的な説教を食らわせた。その後皆で揃ってとった夕食は、グンマも交えて一瞬昼間の事件の話題が出たものの、直ぐにあちこち話が転じて全然関係のないものになってしまった。今日は一日一人で寝ていたキンタローは、事の成り行きをきちんと聞いていないのだ。
 知らなかったのかと思ったシンタローは昨日起こった一連の流れを説明した。はじめは大人しく話を聞いていたキンタローであったが、話の最後には深い溜息をついていた。
「…シンタロー、お前はどうしてそういう無茶ばかりをするんだ…」
「無茶なんかしてねぇって」
「銃で武装した集団に素手で立ち向かうことは無茶以外の何でもない」
「民間人の安全を守ることの方が大切だろ?もしあの場からコソコソ逃げて、万が一俺があそこに居たなんてばれちまったら、それこそいい笑い者じゃねぇか。ガンマ団の新しい総帥は弱虫だって」
 尤もらしい台詞を並べたシンタローだが、抱き締めてくるキンタローの表情は嶮しい。納得いっていないのは明かであった。この台詞で納得しろという方が無理である。シンタローも他に言いようがないので、強引に話を進めた。
「で、話を戻すぞ。誰が何のために仕組んだのかは判んねぇけど、一種のテロなのかもしれねぇって」
「テロ?」
「あぁ、その線が一番強いって話だ」
 ウィンディアのみたいに本部からさほど離れていない街で不穏な動きがあれば、シンタローやキンタローが知らないはずはない。だが、そんな報告は一切受けていないのが現実だ。キンタローはその話を聞いて首を傾げる。
「何が目的だ?」
「それも判んねぇって」
「なら一概にテロとは言い切れないな」
「まぁ、その線が一番強いだろうってだけで、はっきり断言はしてなかったけどな」
 結局の所、テロかもしれないと言ってはみたものの、詳細は何も判っていないということなのだ。不審な点ばかりの事件であったが、どうやら昨日今日で解明できるほど簡単なものではないようだ。この分では近々、どこからか正式に『依頼』がくるかもしれない。
 昨日の事件について話をしていた二人だが、ふと沈黙が出来た。会話が途切れると、二人を包む甘い空気が一層際立つ。そもそも会話の内容がこんな甘い空気を纏いながらするような内容ではないのだから際立つなんてものではない。
 これではシンタローが気恥ずかしがって、キンタローの腕からそそくさと逃げ出してしまう。
 そう思ったキンタローだったが、シンタローはじっと大人しく抱かれたままでいた。キンタローはそれに嬉しくなって、そっと添える程度に重ねられていたシンタローの手を取って指を絡めた。その際に、腕にある傷が目に付いた。昨日の事件で弾を掠めた際に出来た傷だ。
「シンタロー…傷はもう大丈夫なのか?」
 キンタローに指摘されて、シンタローは腕を見た。昨日の内に血は止まったというのに、新しい傷痕は妙に赤い。これではキンタローのみならず、他人の目を引くであろう。
「あぁ、別に問題ねーよ」
 大した傷だとは微塵も思っていないシンタローは軽い返事をする。
 だが、キンタローは自分でしっかりと確かめないと気が済まなかったようで、おもむろに腕を掴んで引っ張ると傷口を凝視する。しかし抱き締めている体勢では見辛かったようで、拘束していた体をあっさり離した。もう一度しっかり見せろと態度で示してくる。突然強気になったキンタローに、シンタローは苦笑しながら腕を差し出した。
 シンタローにとって大した傷ではないことを知っていても、やはり傷痕を見ると痛々しく思う。
 暫くその傷を見ていたキンタローは、腕に顔を近づけると、唇で傷に触れた。微かに走った痛みよりも、キンタローの行動に驚いたシンタローの体がビクリと動く。腕を戻し損ねたシンタローは、そのままキンタローに傷口を舐められた。状況がいまいち飲み込めないまま固まったままでいると、行動がどんどんエスカレートしていき、キンタローが腕を甘噛みしたところで、我に返って頭を叩いた。
「やっぱり俺が昨日言ったとおり、お前は興奮してんじゃねーか!!」
「…………?」
「疑問符浮かべんなッ」
 シンタローに叩かれた頭をさすりながら、キンタローの青い双眸が無邪気な光を放っている。
『最悪…コイツ本当に自覚ねぇのかよ…』
 舐められた腕をさすりながらキンタローを睨んだシンタローだが、やはり迫力に欠ける。そんなシンタローをジッと見つめていたキンタローは己の行動を頭の中で反芻させた。
「興奮……そうか、そうだな。俺はお前の腕の傷に興奮したのか」
『肯定するコイツも最悪ッ!!』
 真面目な顔して言う肯定の台詞が嫌だと思いながら、シンタローは俯くと、変態、と一言呟いた。
 それでもこの半身は怒ってこの部屋から出ていくようなことはせずじっとしている。光り輝くように美しいがあらゆる意味で危険極まりない猛獣の傍にいるのだ。そんなシンタローにどことなく違和感を感じていたキンタローだったが次の瞬間その行動の意味を理解する。
 意味が分かった途端に、抑えきれない感情が溢れ出した。
 キンタローはもう一度半身を抱き締めようと手を伸ばした。腕を掴んで引き寄せたが、驚いたシンタローの体はキンタローの胸に納まる前に体勢を崩して足の上に転がった。キンタローの行動に振り回されてベッドの上にほとんど乗り上がってしまったシンタローは、寝転がったまま上目遣いにキンタローを睨む。
「イキナリ何すんだよ?」
「お前がそこまで心配していてくれたとは…全く気付かなかった」
 キンタローの台詞がシンタローの質問と噛み合っていない。一瞬疑問の表情を浮かべたシンタローだったが、だんだんその顔が赤くなっていく。キンタローの台詞が指し示すことに気付いたのだ。
 この部屋に来たときから、シンタローはずっとキンタローの手が届く範囲内にいた。手を伸ばしても逃げようとはしないで大人しくそこに収まった。それは倒れた半身を心から心配して、とにかく傍にいたかったからなのだ。
 真っ赤になった顔はこの場から今すぐにでも逃げ出したいというシンタローの気持ちをそのままストレートに表していた。更に、キンタローの台詞を肯定している。
 羞恥のあまり目の前の布団に顔を突っ伏してしまったシンタローを見て、キンタローの顔に微かな笑みが浮かんだ。
「シンタロー、俺は嬉しい」
 キンタローの素直な感想に、シンタローは顔を少し上げた。暫く羞恥に埋もれていたシンタローだが、微笑を浮かべる半身の顔は、ただの嬉しいではないのが明かである。『非常に』とか『凄く』と言った形容詞が確実についている。
 あまり表情を顕わにしないキンタローの嬉しそうな表情を目にして、シンタローは意を決して起き上がった。
 だが「あー」とか「うー」など唸り声を上げている。
 そんなシンタローを見つめながら、キンタローは『心が満たされる』というのを感じた。簡単には味わうことが出来ない感覚なのかもしれない。だが、シンタローの気遣いがしっかりとキンタローの心に響いた。
 ここでようやく、感覚が現実に戻ったような気がした。今更ながら疲労感に身を包まれ、ゆっくりだが確実に睡魔が襲ってきている。ここにきてやっと安心して気が抜けてきたのだ。
 キンタローはまだ唸り声を上げているシンタローの名前を呼んだ。
「シンタロー」
 半身の呼びかけに、シンタローは唸るのを止めて顔を向ける。
「疲れた」
 そう言ってじっと見つめてくるキンタローに、シンタローは一瞬驚いた顔をした後、微笑を洩らす。ベッドから一旦降りると最初部屋に来たときと同じ定位置に腰を掛けた。
「寝るまで傍に居てやるヨ」
 その台詞に、キンタローはしっかり寝床に戻り、シンタローに向かって手を伸ばす。リクエストに応えてシンタローはその手を握った。
『目が覚めたら、きっと俺は大丈夫だ…』
 シンタローが起きているのに、キンタローは自分が心地よい眠りにつくことが出来るとは思わなかった。今までは言えなかった「疲れた」と言う一言ことが、こんなに簡単に言えるとも思わなかった。
「もっと言えよ、そういうことは」
 意識が途切れる前に優しく響く声が聞こえる。
「お前もな…シンタロー…」
 夢現の状態でそう答えると、キンタローは心地よい眠りに身を任せ、意識を手放した。
 シンタローは、眠りに落ちたキンタローの目蓋に口付けを一つ落とすと、そっと部屋から出ていったのであった。

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