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2
 次の日、少し早く目が覚めたキンタローだったが寝覚めは最悪だった。
 昨日は普段よりも早めに休んだつもりだったのだが、目が覚めても体が怠く頭もすっきりしない。眠りが浅かったのかもしれない。
 原因は部屋に戻ってからも悪い方へ引きずられた思考のせいだと思われた。
 それでもベッドから降りると早々に身支度を整える。シャワーを浴びて体を完全に覚醒させると、いつも通りにスーツをしっかり着込み、足早に総帥室へ向かった。
『少しでもシンタローの役に立ちたい…』
 今のキンタローにとっては、それが己の存在意義の一つであった。
 まだ積み上げられてきたものが何もない者にとって、一つのものに対する思いの比重は他の者よりも遙かに大きい。立ち止まれば、自分の居場所など他の誰かが簡単に奪っていくような気がしてならないのだ。己が納得いくまでとことん突き詰めないと気が済まない。不安で堪らなくなる。
 焦らずにゆっくりとと言われても、キンタローには足を止めている暇などなかった。己を確立するには圧倒的に時間が足りないのだ。
 そう思いながらマイナスな思考を振り切るように勢い良く総帥室へ入ると、
「お!おはよー、早ェなキンタロー」
というシンタローの明るい声に出迎えられた。
 その場で激しく項垂れそうになったキンタローである。よろけてもたれ掛かった壁に、思わず喋りかけそうになる。
『何故だ…何故なんだッ』
 今さっき己を奮い立たせたばかりだというのに、次の瞬間鉄槌が勢い良く頭にぶつかった。ゴーンと重い音が響く。
 何故、昨晩自分より遅く休んだはずのシンタローがもう既にここにいるのだろうか。
 普段通りの時間ならともかく、キンタローはいつもより早い時間にここへ来ている。一般団員は別としても、一般職員が始業するにはまだ悠に時間があるのだ。
 更に、シンタローは今ここに来たというわけではないらしく、既に読み終えてサインがしてある書類がいくつか目に付く。この男は一体何時からここにいるのだろうかと疑問に思わない者はいないであろう。
「……………」
 結局、あまりの衝撃に挨拶を返すことも出来ず、昨晩と同様に固まりながらシンタローを凝視するキンタローなのであった。
 恐い顔で見つめられたシンタローもまた、昨日と同様の台詞を口にする。
「何だよ、どうかしたのかよ?」
「……………お前は昨日きちんと休んだのか?」
「ん?あぁ、ちゃんと戻って寝たゾ。まだちっと眠ィけど、何か目が覚めちまったからさ。朝飯もしっかり食ってきたし、バッチリ元気!」
 非常に明るい声と笑顔で返事をされて、キンタローは何とも言えない微妙な気持ちになった。シンタローよりも早く休んだキンタローは、疲れがとれたとは思えないような怠さが残っている。
 短い休息でも、元気ならそれにこしたことはないのだが…。
「いや、それならいい…」
 キンタローは静かな声でそう言うと、総帥室に入ってきたときの勢いは何処へいったのか、とぼとぼと歩いてシンタローのデスクに近寄った。どんよりとした空気が補佐官を包んでいる。
 落ち込んでいるのが一目でよく判った。
「キンタロー…何しょんぼりしてんだよ?」
 机の上で無造作に積み重ねられていた書類に手を伸ばしながら、シンタローに問われたキンタローは、暗い目を向けた。一瞬の間をあけ、覇気のない声で答える。
「…俺は普通だ」
「……………」
 それが普通ではアラシヤマと十分対が張れる。
 シンタローはそんな突っ込みを入れそうになったが、何とか踏みとどまり爆弾を落とさずに済んだ。
 そんな突っ込みを入れようものなら、どこかに埋まってしまいそうなほどジメジメと暗いのだ。キンタローがそんな根暗な男になってしまってはシンタローが困る。それどころか青の一族をはじめ、ガンマ団全体が困るのだ。このような状態では、いつか人形片手に喋り出すかもしれないなどと思わず考えてしまう。いや、キンタローの場合は、人形相手ではなく少し高度に人体模型かもしれない。
 何処ぞのマッドか───。
 これでは完全に変態の仲間入りだと思って、頭の中に浮かんだアラシヤマや高松に想像上でも眼魔砲を放ち、嫌な思考と共に吹き飛ばした。『そんなの俺は認めねぇーッ』と勝手に想像しておきながら、頭の中で怒声を飛ばす。
 触れてほしくないのなら仕方ない、と思い直して、シンタローは別の話題を振る。
「そーいや、お前、昨日俺に何か言いたそうにしてたじゃねーか…何かあんなら言えよ?遠慮するよーな仲じゃねーんだからサ」
 そう言っていつも通りの笑顔を向けたのだが、その台詞で正に埋まってしまいそうになったキンタローにシンタローの顔は引きつった。このままでは人体模型一直線だ。
「あーッいい、いい、いーから!!言いたくねーなら無理に聞かねーから!!」
 シンタローは今の台詞のどこが悪かったのか全く判らない。判らないが地雷を踏んだらしいことは判ったので、この件についても触れることを諦めた。今日は調子が悪いのかもしれない。そう思うことにする。
 あらためてキンタローの顔を見てみれば、疲労が色濃く表れていた。
 ここのところ深夜遅くまで付き合わせているから、無理をさせすぎたのかもしれない。
 性格上、何事も細かく丁寧に取り組むキンタローだ。自分よりもこの半身の方が遙かに要領がいいから、何事も飄々とこなしているように見えるのだが、実際の所は判らない。今まで全然気付かなかったが、大分負荷がかかっているのかもしれない。
 シンタローは目に付いた顔色の悪さが心配になった。何かあってからでは遅いのだ。いつもシンタローのことを気遣ってくれる半身のことで、自分が気付けないのは嫌だった。
「キンタロー…お前、何か顔色悪ィけど…大丈夫か?具合悪ィなら…」
 心から相手を思っての台詞だったが、話の途中で完全にめり込んでしまった半身にシンタローは慌てた。
 今日は朝から地雷踏み大会のようだ。言うこと全てが禁句のようである。さすがのシンタローも三度目となっては机に突っ伏してしまった。
『あーっもうっ!!何なら喋っていいんだよッ!!』
 シンタローが言う台詞は地雷とイコールのような状態となっている。何処に埋まっているか判らないものを立て続けに三回も踏めば十分であろう。爆撃よろしく口を開くたびにキンタローの俯き加減が酷くなっていくので、シンタローは一旦会話を諦めた。
『そんな日もあるよな…』
 背負っていた暗い影が斜線からベタになったように見えたが、何も口にしないキンタローを尊重してこれ以上話を振らず、シンタローは再び読みかけの書類に視線を戻した。

 黙ったまま仕事を黙々とこなしていた二人だが、昼前に研究室から内線が入り、キンタローは一旦総帥室を出た。シンタローも人と会う約束があったので、その数十分後に出ていく。
 こうやってお互いに別行動をとるのはいつものことなのだが、シンタローはキンタローの様子を思うと離れるのが少し心配であった。しかし、仕事は仕事でこなさなければならない。今日の夜は少し早めに切り上げて突っ込んだ話でもしに行くかと考えて、一旦この件は思考から外した。
 総帥室から出ていったキンタローは足早に研究室へ向かう。実験中に何かトラブルが発生したらしい。
『こんなときに限って…』
 得てして、タイミングというのはそんなものであったりする。何かしようとしているときに、別の何かが邪魔をするというのは、残念ながら珍しいことではないのだ。
 それを如何に早く片付けて本来の業務へ戻るかが、その者の能力によるところだったりするわけだが───総帥補佐官を務めるキンタローは能力が低いわけではない。むしろ他に対を張れる者がいないくらい非常に高い。
 従って、この件も早々に片付けて総帥室へ戻ろうと思っていたのだが、そう思い通りに行かないという日もまた珍しいものではないのであった。
 一方、シンタローは本部から車を飛ばして、そこから西南に位置する街『ウィンディア』へ来ていた。
 ガンマ団本部から十五キロメートルほど離れたところにあるこの街は、交通の便から様々な人が出入りする。大きなステーションは複数の鉄道が交わり、毎日各地から多くの人が訪れるのだ。いわゆる上流階級と呼ばれる人が集まるようなホテルやクラブ、遊技場もあれば、その日暮らしの男達が昼間から飲んだくれているような店まで混在している街である。
 これから会う人物はシンタローの昔からの友人であった。と言っても士官学生時代の友人ではない。何処で知り合ったかと言えば、親子喧嘩をして家出をしている最中にとある街で知り合ったのだ。当時の無茶仲間である。
 こんな昼間からこの友人に何の用があるのかと言えば、彼は情報屋を生業としている。勿論、公に出来ないような情報を扱うのが専門の人間である。
 頼んでいた資料が出来上がったと言うことで、それを受け取りに来たのだ。通信で送ってもらえば一瞬で済むのだが、色々と都合があるらしい。
 裏街道を行くのが生業の友人だが、この総帥の商業柄なのか人柄なのかこの性格の所為なのか、シンタローにはこの手の知人友人が結構多い。勿論、きちんと人を選んで付き合うからどの友人もその道のプロなのだが、必要不必要は別として、この場合の『プロ』というのは一般的に褒められたものでないことは確かだった。
 シンタローは車を駅前の巨大立体駐車場の陰に隠れて見えなくなっているような駐車場に止めると、一旦大通りに出る。そこを5分ばかり歩くと、右手にある細い路地へと入っていった。
 この街の特徴として、シンタローのような人間が歩いていても目立たないというのがある。シンタロー自身、偉丈夫であるにも関わらず、昼間でも存在感を消して行動が出来る特殊な人間なのだが、それ以前に様々な人種が混在するこの街では余り目立たないのだ。
 赤い総帥服で大通りを闊歩していれば話は別だが、私服でいればただの大きな若者としか見られない。ガンマ団総帥の顔を知っている者がいたとしても「他人の空似かな」で済んでしまうような街がウィンディアなのである。
 シンタローのような総帥にとっては非常に有り難い街で、その部下達を嘆かせる街でもあったた。
 細い路地に入って少し歩くと、所々ペンキが剥げている看板が斜めにずれて落ちかけている店がある。外から見た印象は潰れかけているような店なのだが、その横にある地下への階段をシンタローは下りていった。そして降りた先にある扉を開けると、一転して賑わっている声が聞こえてきた。
 昼間から大酒を食らい、新しい客が来ても誰も気に留めない。見るからに屈強そうな男達が、各々自分達のテーブルで騒いでいる。もう少し警戒を払っても良いような感じがするが、全く払っていないわけではないのだ。こんな騒ぎの中でも物騒な気配には敏感に気付く。それ以外には興味がないのだ。自分に害がなければ関わらない。ここはそんな男達が集合している店であった。
 シンタローは店の奧にあるカウンターに腰を掛ける。流石に昼間から飲むわけにもいかないので、何か食べるかとメニューを眺めた。この店はどの料理も非常に豪快な量が出てくるのだが、それだけでなく味も良い。シンタローは結構気に入っていて、過去に何回か足を運んでいる。勿論キンタローと来たこともある。
 どうするかな、なんて呑気に選んでいると、隣りに一人の男が座った。癖のある赤茶色の髪をした中肉中背の男だ。身につけている衣服は随分と草臥れている。長く伸びた前髪の隙間から焦げ茶色の瞳がのぞいていて、シンタローの姿を映していた。シンタローは気配で友人が来たことが分かった。
「悪ィ、シンタロー…待ったか?」
「いんや、今来たとこ」
 シンタローは『本日のスペシャルランチ』というのを二人前頼むと、ようやく友人へ顔向けた。
「飯食ってねぇーよな?」
「おごり?」
 そんな友人の返答にシンタローは笑みが洩れた。
「あぁ、おごってやる。有り難く思えヨ、ジョニー」
 シンタローにジョニーと呼ばれた男は「久々にまともな飯が食える」と歓喜の声を上げ、それから忘れぬうちにと一枚のディスクを渡した。
「これに全部まとめておいたよ」
「お、サンキュー。随分早かったな。もっと時間がかかると思ってたんだけど…」
「悪かったな。今仕事がねーんだよ」
 そう悪態をつくと、もう一枚ディスクを渡す。
「これは?」
「キンタローに渡してくれってアーサーのヤローから頼まれた」
「アーサーから?武器屋がキンタローに何の用事だ?」
「俺が知るわけねーだろ。何かのリストが入ってるっつってたけどな…」
 武器屋のアーサーと言えば、やはり裏街道で有名な人物である。金さえ払えば老若男女人種問わずどんな武器でも売ってくれるという、地獄の沙汰も金次第がモットーな男だ。だが、その種類と知識が豊富なことから一部で絶大な人気を誇る。あの国の特殊部隊ではその会社の製品をこういった理由から実戦配備されているというような台詞がすらすらと出てくる。多分、武器について語らせたらノンストップで一日中話してくれるだろう。ジョニーと同様に、昔の無茶仲間で、シンタローとも親しい仲であった。
 シンタローが二枚のディスクをしまうと、タイミング良く料理が運ばれてくる。本日のランチは肉料理がメインのようで、香ばしい匂いが食欲を刺激する。
 メインの用事は既に済んでいるので、二人は食事にありつきながら、近況を交えて雑談を楽しんだ。
 昼間から豪快な男達が集まるような店のため、かなりボリュームがあるランチだったが、二人は早々に食事を平らげ、挨拶を交わすと店を出て別れた。
 シンタローはそのまま直ぐに本部へ戻ろうと表通りへ出た。
 だが、来た道を戻る途中に人だかりと女の悲鳴、子どもの泣き声が聞こえてきて足を止める。何事かと思って騒ぎの方へ視線を向けると、人相の悪い大柄の男が、小さな子どもを片手でつまみ上げていた。その前に泣き崩れながらも何か言葉を口にしている女性が見える。シンタローはただの痴情のもつれかなと思いこの場を立ち去ろうとしたが、男がつまみ上げている子どもの顔面が血にまみれているのを見て向かう先を変えた。
 騒ぎへ近づくに連れ、野次馬からの台詞で事の次第が見えてくる。
 女性はしつこくつきまとう男から逃げていたようだが、本日ここで運悪くはち合わせてしまったようだ。男は昼間から酒を浴びるように飲み、日常茶飯事暴力を振るうような人間で、女性は身の危険を感じてこの男から離れた。
 だが、自分と一緒にならないのは子どもが居る所為だと勝手に思い込んだ男は、その女性と一緒にいた、まだ小さな子どもを殴りつけたらしい。
 どうしようもない人間はどこにでもいるものだと思いながら、シンタローは騒ぎの中心へと足を進める。
 この男は今も酒を飲んだ後なのか、赤い顔をしており、足元も若干ふらついている。激情も相成って、男は周りが一切見えていないようであった。掴みあげている子どもを宙で再び振り回す。子どもは殴られた痛みの衝撃と今現在の恐怖から声を失っている。
『本当に酷ェヤツだな…』
 そうこうしている内に、男は下卑た笑いを浮かべると子どもを投げ飛ばした。
 小さな体は壁に激突した。周りの見物人はそう思って悲鳴をあげそうになったのだが、実際は一人の男がしっかりと受け止めていた。驚き固まっている子どもの頭を優しく撫でながら、そっと地面に下ろす。
「もう、大丈夫だよ」
 シンタローは優しげな笑みを浮かべながらそう言った。
 子どもは呆然としながらシンタローの顔を眺めていたが、しばらくして意識が現実に戻ってきたのか漸く大声で泣き出した。男の前で泣き崩れていた女性が、直ぐに駆け寄ってきて泣きながら子どもを抱き締めた。子どもの無事に安堵し、シンタローに涙を流しながら礼を言う。
 それに笑顔で応じると、次にシンタローは子どもを投げ飛ばした男に視線をやる。
 男は嶮しい顔をしてシンタローを睨んでいた。非常に恐ろしい形相は、突然わいて出た男を忌々しく思っているのがよく判る。今まさに飛びかからんといった剣幕で、鋭い視線を投げつけていた。
 子どもは無事に救出されたわけだし、ここでシンタローも己の立場をわきまえて、早々に立ち去るように努めるのが懸命な判断だ。だがしかし、小さな子どもに暴力を振るったことが腹に据えかねて、ついつい相手を挑発してしまう。
 シンタローは冷ややかな視線を相手に向けた。頭に血が上っている男は、それだけで猛烈な勢いで突進してくる。その動きは意外なほど素早く、一般人だったらまず避けることは出来なかっただろう。そういった自負も男にはあったのか、口元には余裕めいた笑みが浮かんでいた。
 だが、シンタローはあらゆる意味で一般人ではない。
 悠然と躱すと、一撃でその男を昏倒させたのだった。
『あー…スッキリした』
 自分事のように腹を立てていたシンタローは、拳一撃で気持ちを落ち着かせて、後はこの街の警察に任せることにする。周りからは歓喜の声援が聞こえたが、曖昧な笑みで誤魔化すと再び表通りへ出た。
 一件落着と思ったシンタローだが、ここからは運が悪かったのだろう。
 直ぐに駐車場へ向かうつもりだったのだが、表通りは表通りで事件が起きていたのである。
 シンタローが今までいた路地の真正面にある貴金属店に強盗が入り、高価な品物を奪ってまさに今出てきたところへ、今度ははち合わせてしまったのだ。
 これがまた最悪のグループ犯で、綿密でないにしろ予め逃走経路などある程度計画を立てておけばいいものを、全くそれを考えていなかったようだ。行き当たりばったりの無計画で、もたもたしている間に周囲の人間が騒ぎ出してしまい、それに慌ててその場近くにいた人間を逃走用の人質に取ろうとした。
 グループの内の一人は拳銃を片手に近場にいた人間、シンタローに手を出したのだ。
 いきなりそんな状況に出くわしたシンタローはいまいち状況がよく判らなかったのだが、危害を加える者には条件反射で動いてしまう。相手の手を捻りあげ武器を奪って投げ飛ばした。
「イキナリ何だっての?」
 投げ飛ばされた男は壁に激突して気絶した。シンタローは訳が判らずきょとんとしている。
 だが、気絶した男の仲間はそんな場合ではない。イキナリ何だ、は彼等も言いたかった。
 突然現れた長身の男を攻撃対象と見なして、一斉にシンタローへ銃口を向けて引き金を引く。
 シンタローはこれもまた素早い動きで躱すと、街中で飛び道具を使われるのは迷惑千万と、強盗犯全員をあっさり素手で倒した。素人と玄人では話にならない。素人が無闇に撃つ拳銃は弾がどこへ飛ぶか判らず非常に危険なのだが、動き自体が荒くてシンタローのような男だと簡単に躱しながら相手に近づくことが出来てしまう。ましてやこの様に間抜けな強盗犯となっては、動作自体が止まっているように感じられた。後は隙を見て手套一撃で充分であった。
「危ねーだろーが。街中でバンバンやったら…」
 それ以上に危険な男が呑気な感想を洩らす。それから周囲を見回したが、流れ弾に当たって負傷した者はいないようであった。
 シンタローのような目立つ男でも目立たないのがこの街なのだが、さすがにこうなってくると一躍ヒーロー扱いで、周囲の者の視線が集まってくる。事件が早急に解決されるのは街の人間にとって有り難いことなのだが、シンタローにとってこの展開は非常に有り難くない。余計な注目を浴びることが後々の面倒事に繋がるのは重々承知である。
『ヤベー…調子ぶっこいちまったかな?』
 心の中で反省をしたシンタローだが、悪いことは続く日もあるのだ。
 曖昧な笑みで周囲に応じながら誤魔化そうとしていた矢先に、今度は先程強盗が入った貴金属店の斜向かいにある宝石店で強盗事件が発生したのである。
 何故同じ日にこんな近くで強盗事件が二件も発生するんだ、とシンタローも含め街にいた人々は盛大に突っ込みを入れたかった。だが、実際はそれどころではない。こちらの方が遙かに凶悪で、白昼堂々サブマシンガンを街中でぶっ放す次第だ。これには流石に負傷者が出ている。
 シンタローは保身のために行動が出来るような性格ではないので、目の前の事件を見て見ぬ振りして「後は地元警察に任せよう」とこの騒ぎに紛れて立ち去ることが出来ない。
『…ったく、どんなアタリ日だよ』
 心の中でそうごちると、諦めて目の前の出来事に意識を集中させた。
 シンタローのような黒髪長髪は、この街にごまんといる。偉丈夫だって珍しくはない。服装もこれといって特徴があるような格好しているわけでもないから何かあっても適当に誤魔化せるだろう。
 そう判断をすると、この非常識なガンマ団総帥は目の前の事件を解決すべく堂々と参戦したのであった。

 昼前に研究員から呼び出しを受けたキンタローは、早々に総帥室へ戻るつもりで研究室へ来た。本当なら既に総帥室で書類を片付けているはずなのだが、今現在はキンタローの意に反して何故か休憩室でコーヒーを飲んでいる。
『何故だ…何故なんだ…』
 呼び出された件は早急に解決させたのだが、研究室に現れたのが久々だった所為か、キンタローの部下や他の研究員からひっきりなしに助言を求められてなかなか解放してもらえなかったのだ。その流れのまま、今は小休憩という名の名目で研究棟内に設置された大型の休憩室に来て、ここでも議論を展開させていた。
『シンタローはジョニーに会うと言ってウィンディアへ行っているから、その間に書類を少しでも片付けてしまいたかったのだが…』
 律儀で真面目な性格をしているキンタローは、相手に助言を求められれば丁寧に対応する。かなり堅苦しいような言い回しなのだが、昼夜研究室にこもって己の研究テーマを突き詰めているような人間にはそれくらいが丁度良いようである。質問すれば大抵のことは答えが返ってくるので、キンタローはガンマ団の研究員達にとって非常に貴重な存在なのだ。もっとも、本人は全く気付いていないのだが。
 キンタローは研究員の話に耳を傾けながら、残りの仕事量と時間を計算して今日の業務の算段をつけた。
 そろそろ本当に総帥室へ戻らないと今日中に終わらせたい業務が終わらなくなってしまう。そろそろシンタローも戻ってきている頃だろうと思い、適当に席を立とうとしたところで、聞き慣れた声に呼び止められた。
「あれ?キンちゃんだ!ココにいるの珍しいね~」
「…グンマ」
 キンタローのもう一人の従兄弟が笑顔を浮かべながら近寄ってきた。
「キンちゃんも休憩?僕もなの。ホラ、これケーキ。ココの美味しいんだよー。キンちゃんも食べる?」
 ケーキに喜んでいるのか、ここでキンタローに会ったことに喜んでいるのか判断がつかないが、グンマの楽しそうな声が室内に響き渡った。
「いや、いい」
「そう?あれ、シンちゃんは?」
「外に出ている。多分そろそろ戻ってくる頃だと思うが…」
「ふーん…シンちゃんはこれ食べるかな?」
 今手にしているケーキが余程好きなのだろうか。グンマの返答を耳にしながらそんなことを考えたキンタローだ。この場にいる他の研究員達にも勧めている。
 満面の笑みを浮かべながらお茶の準備をしていたグンマだが、休憩室で適当に流れていた大型のテレビ画面に目をやると、突然動作が止まった。
「シンちゃん…」
 一言そう呟くと画面を凝視している。
「シンタローがどうした?」
 つられて画面に視線を向けたキンタローは、目に入ってきた映像で固まった。

 ウィンディアで銃撃戦。死傷者多数───。

 白い文字でテロップが流れ、負傷者の映像がランダムに映し出される。
 その中に、名前は出ていなかったが、白いTシャツを深紅に染めあちこちに傷を負った黒髪の従兄弟の姿があった。
 一瞬映し出された半身の傷ついた姿だけが脳裏に焼き付く。
 キンタローは全ての物音が遠くに聞こえ、目の前が一気に真っ暗になって何も見えなくなった───。

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