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kk
 空には清々しい青が広がり、暖かな陽光が燦々と降り注ぐ中、本館から赤い軍服を身に纏った男が一人出てきた。
 ガンマ団総帥シンタローである。彼は悠然とした足取りで研究開発課が存在する研究棟へ向かいながら、心地よい風に吹かれると表情を若干緩めた。
 研究棟は本館から右手に位置する。そこで様々な部門の研究開発が行われているのだ。いくつかの棟に分かれ、一つが研究開発課本部となり、更に大まかに分けると、軍事関係で銃器類など小物を開発してる部門、軍艦など大型の者を開発している部門、そしてバイオ関係を研究している部門がある。この生体関係を研究している部門の棟は、ガンマ団内でも皆が恐れ成して近寄らないという魔の巣窟であった。今シンタローが向かっているのも、この一番近寄りたくないところである。
 何故、皆がこの棟に近寄りたがらないのかといえば、ここには高松の研究室があるからだ。
 それだけで、避けたくなるには十分な理由となる。
 その問題人物となっている高松は、その名を出しただけで皆盛大に避けて通る。避けたところで用があれば向こうから近寄ってくるのだから意味がないのだが、それでも姿を見たら全速力で逃げたい人物ワーストワンを誇る人物だ。
 高松の用といえば、人体実験と相場が決まっていて、迷惑なことこの上ない。
 この日シンタローは、高松から提出された書類で二、三点確認したいことがあって彼の研究室へ向かっていた。
 高松を本館にある総帥室へ呼びつけようかとも考えたのだが、この件はシンタローがガンマ団総帥として極秘に高松に頼んだ件なのだ。今は極秘でもいずれはシンタローの周囲に居る者達には知られてしまうことなのだが、現段階ではあまり内容を聞かれるのは好ましくない。更に言ってしまえば、本部で働いている善良な団員達を思うと到底呼び出そうという気持ちにはならない。時間に余裕があるわけではないが、この件は非常に重要なことであるから、珍しく本部から出てきた総帥である。
 擦れ違う団員から敬礼を受け、更に熱烈な羨望の眼差しを一身に浴びながら、シンタローは研究室へ向かった。
 余談であるが、団員が向ける羨望の眼差しに熱烈なという形容詞が付くのは、今シンタローの横に金髪碧眼の補佐官がいないからである。総帥の横に彼が居たら、とてもそんな視線を向けられない。そんな視線を向けようものなら、総帥が気づいて彼を諫めるまで、優秀な補佐官は秘石眼を光らせて鋭い眼光をそこら中に放ちまくる。その恐怖と言ったら、その目を直視してしまった者は皆、暫くの間恐怖心からその場から一歩たりとも動くことが出来なくなり、更に三日三晩悪夢にうなされるという噂がある程だ。
 研究棟からシンタローの姿が認められるくらいになった頃、高松の研究室には三人の人物が居た。一人は研究室の主。二人は金髪碧眼を持つ人物である。
 長い金色の髪をリボンで結び、甘いミルクティーを片手に話に興じていた人物が、口を開きながら窓の外に目をやり、そこに赤い衣を纏った人物を見つける。
「あれ?シンちゃんだ!」
 その台詞に、短く切りそろえられた金糸の髪を持つもう一人の人物が同じように窓の外に視線を向ける。
「シンちゃんがこっちに来るってことは……高松に用事かな?」
 グンマに愛くるしい瞳を向けられて昇天寸前になっている研究室の主は、鼻血を垂らしながら笑顔で応える。
「特に連絡は受けていませんが…あの方がこちらに来るということはそうかもしれませんね。せっかくの三人の時間が……全くもって邪魔ですね」
 高松の最後の台詞をあっさり無視したグンマは、もう一人の従兄弟がもうじきこの研究室に現れると言うことで喜々としながらもう一人分のお茶の用意を始める。
 キンタローは視線をそのまま、窓越しにシンタローの姿を見つめていたが、同じように外を見る研究員の群を他の研究棟の窓辺に見いだすと顔を蹙めた。それはグンマですら瞬時に気づくほど凄まじい豹変の仕方であった。シンタローの分のお茶の用意を終えると、キンタローの近くによって再び窓の外を見た。
「キンちゃん、どうし……わぁ~、シンちゃん大人気だねぇ」
 グンマも他の棟にいる研究員達の姿をその目に認めた。これはシンタロー自身も気づいているんじゃないかと思うくらいの研究員達がそれぞれの部屋の研究室の窓に張り付いている。
 キンタローが不機嫌になる理由が判ったグンマは、天使のような笑みを浮かべると、
「直ぐにこの棟に入るから大丈夫だよ、キンちゃん!行き先が生体研究のところだって判れば、絶対に誰も後を追ってこないから!」
そう、はっきり言い切った。
 何故、この棟に誰も近寄ろうとしないのか、この天使のように愛くるしい姿で無邪気に毒舌な従兄弟は、その理由を解っているのか甚だ疑問であるが、キンタローはグンマの台詞に頷いた。
 目の前のやり取りに、もちろん高松は涙と鼻血が滝となって流れている。それに加えて年長者らしく穏やかな笑みは崩すまいとしている様が非常に不気味である。
 キンタローはグンマの台詞で窓の外から視線を外したが、同じ人物からの「あれ?」の台詞に再び視線を外にやる。シンタローに近づく一つの影が目に留まった。
「あれは、おとーさまだよね?」
 グンマは小首を傾げながら疑問を口にする。
 前総帥であるマジックが何故この様なところにいるのか。
 シンタローの姿をここで見ることですら珍しいのに、既に引退した者が一体何の用事があるのだろうか。
 尤もな疑問で、それを如実に表したように先程よりもギャラリーが増えている。
 グンマが口にした疑問には高松が答えた。
「お二人がいらっしゃる前に、ここにいらっしゃったんですよ」
「え?おとーさまが?ここに?」
 高松の返答に、キンタローもグンマも嫌な予感が頭を過ぎる。
「高松…一体何の用があって叔父上はここに?」
 キンタローがいつものように静かな声で問いかけると、高松は優しげな笑みを浮かべながら、それに反比例するくらい危険な台詞を口にした。
「マジック様の要望で、以前に薬の調合を頼まれていましてね。先程それを取りにいらっしゃったんですよ」
 キンタローとグンマの顔が引きつり、同時に何て事をしてくれたんだ、と思ったのは言うまでもない。
 マジックがわざわざ高松に調合を頼むような薬の種類は簡単に想像がつき、誰に対して何の目的で使用するかも明確だ。そんな二人の心中を察してか、高松は更に台詞を続ける。
「昔のように体が利かなくなってきたよ、年には勝てないねぇ、と仰りながら栄養剤を頼まれたんですよ。市販薬よりは、きちんとその方に合わせたものの方が効果が高いだろうから、ということで」
「栄養剤?」
 高松の台詞にグンマは胸を撫で下ろしたが、キンタローはそうもいかない。この手の台詞で誤魔化されていたのは、シンタローと別固体に別れてから間もない頃だけである。今はシンタローと共に行動をすることが多いため、被害に遭う従兄弟の姿を間近で見ているのだ。
「高松…栄養剤を、ではなく、栄養剤も、だろう」
「あはは」
 あはは、ではない。高松は楽しそうに笑っているが、笑い声が答えと言うことはキンタローの台詞が肯定であるということになる。
「栄養剤はここで飲んでいかれて、私が一ヶ月ほど前に開発に成功した自信作『ミラクルトリッキーⅢ』という媚薬は喜々としながらもっていかれましたよ」
 このガンマ団において、そんなものを自信満々に開発して一体何をする気なのだろうか、というような疑問は、この男に対して抱くだけ無駄である。更にⅢということはⅠとⅡがあるわけだが、その辺りの疑問は無理矢理頭の端へ追いやって、キンタローは盛大に頭を抱えた。
 この場で栄養剤を飲んでいくということは、マジックがやる気満々である証拠だ。高松が調合した栄養剤であれば、効果抜群で即効性もあるであろう。それを服用し、以前のように動くような体に戻して、更にそんな媚薬を手に入れて、誰に何をする気かなどは考えたくもない───が、頭には容易に浮かぶ。
 マジックが対象としている人物が簡単にそんなものを飲まされるとは思わないが、危険には変わりない。
 そうこうしている内に、外が騒がしくなる。新総帥と元総帥の激しい戦闘が始まったのだ。この二人の場合、両者とも容赦ない攻撃に転じる。この二人の間で防御に回ったら負けだと決まっているから、双方決して防御には回らないのだ。攻撃あるのみの二人がやりあう親子喧嘩は周囲への迷惑も被害も大きい。
 グンマは窓越しにシンタローとマジックのやり取りを見ていたが、耐えきれずに窓を開ける。すると、とても息子に向けるようなものとは思えない台詞の数々がマジックから放たれ、普段よりも怒気が数割増で含まれたシンタローが発する罵詈雑言が飛び込んできた。
 キンタローは大切な半身が大事に至る前に然るべき処置をとるべきだと判断して高松の研究室から出ていこうとしたが、この研究室の主からやんわりと阻止される。いつもキンタローとグンマに向ける柔らかな笑みを浮かべながら、入り口付近へ移動する。
「キンタロー様、そんなお慌てにならなくても大丈夫ですよ」
「大丈夫なわけがあるか。お前が作った薬なら、効果は抜群だろう」
「お褒めに与って光栄です」
 今のは褒めたことになるのだろうかとキンタローは思ったが、キンタローの台詞を耳にしても高松が鼻血を垂れ流さない。そんなときは、何か良からぬことを考えていると相場が決まっているのだ。
 隙がない己の後見人をどうやってかわそうかとキンタローは思案する。思考を巡らせるに連れて端正な顔が蹙められていく。
「そんな顔をなさらずとも、大丈夫ですよ。所構わず男を求め出すような薬ではありませんから」
 高松の台詞にキンタローは表情そのままに首を傾げた。
「まぁ、マジック様はそのような即効性の薬だと思っていらっしゃるでしょうけど」
「では、どんな薬なんだ?」
「媚薬ですから性的欲求に働きかけることには変わりありませんが、この薬はその者の本能に働きかけるんですよ」
「具体的にいうと?」
 キンタローの台詞に高松は実に楽しそうな笑みを浮かべながら、
「そうですねぇ。男の本能ですから『やられる』よりは『やりたい』になると思います。実験データでは九割がそうなっておりました。勿論体は高ぶってきますから…マジック様相手だと最終的にはどうなりますかねぇ」
などと宣った。
 眩暈がしたキンタローである。
 快感に体が高ぶりつつも本能に従って攻撃的な相手を、同じく己の本能に従って攻撃的に蹂躙する。
「───…叔父上が好みそうな…」
 思わずキンタローの口からそんな台詞が洩れた。
「さすがキンタロー様。身内の好みをよく知っていらっしゃる」
 そこは褒めるところではないだろう、と突っ込みを入れたかったが、外の騒ぎがどんどん大きくなる。
「あぁ!シンちゃんっ!」
 耳に入るグンマの台詞に一刻の猶予もないと判断したキンタローは、高松を見やり、そこに意地の悪い笑みを確認すると溜息一つついてグンマを呼ぶ。
「グンマ、ちょっと来てくれ」
「何?キンちゃんっ!今それどころじゃないよ!シンちゃんがっあぁっ!!」
 グンマの台詞はどんどん不穏なものになっていく。キンタローはもう一度、グンマを呼び、グンマがそれに応じると一言爆弾を放った。
「グンマ。お前の力で高松を引き留めてくれ」
「えぇ!?」
 この驚嘆は、グンマと高松の両者から上げられる。
「僕、全然力ないよ?その僕が高松を引き留めるの?ここに?」
「あぁ、そうだ。俺は一刻も早くシンタローを助けに行かなければならない。だが、それを高松が邪魔をするんだ。俺の代わりにお前がシンタローを助けに行ってくれと言っても、あの叔父上を止める方が無理だろう。だが、高松が相手ならお前は簡単に引き留めることが出来る」
「僕に力があってもシンちゃんを助ける役は譲る気なんてないくせにぃ~」
「…ばれていたか」
 グンマはキンタローの台詞を少し考えたが、直ぐに頷いた。
「───解ったよ、キンちゃん。僕はそれで『洋服が汚れる』だけだからいいけど、シンちゃんは本人が汚されそうだもんね、早く助けてあげなくちゃ」
 グンマの台詞後半に益々青くなったキンタローだが、グンマはそれには気づかずに、高松に向き直る。
 高松は計画の全てを目の前で聞いていたが、それから逃げる手段を瞬時に浮かばなかった。結局、エンジェルスマイルを浮かべたグンマに「大好き」という台詞と共に抱きつかれて、盛大に鼻血を噴き出して昇天する。
「安らかに眠ってくれ」
 キンタローは無情にもそんな台詞を吐き捨てて、研究室を飛び出していった。

 昇天した高松と共に研究室に残されたグンマは、偶然視線を向けた簡易テーブルの上にある瓶に気付く。
「…あれ?」
 その瓶を手にとってみると、高松の手書きで『栄養剤・マジック様』と書かれた白いラベルが目に入った。
「何で栄養剤がここに?おとーさま、飲んだんじゃなかったっけ?」
 グンマはキョロキョロと室内を見回して端にあったゴミ箱を見つける。中を覗き込むと、空になった瓶が一つ目に付く。その瓶に貼られている白いラベルには、先程と同様に高松の手書きで『MTⅢ』と書かれていた。
「MT……あ、Miracle Trickyか!」
 己の閃きにポンと手を叩いたグンマだが、次に乾いた笑いを浮かべながら窓に目をやった。
「キンちゃん…頑張れ」


「親父ッ!!一体何考えてんだよ!一回死んできやがれっ!!」
 シンタローはそう怒鳴り声を上げながら、執拗に迫りくるマジックを躱しつつ攻撃を仕掛けていた。マジックはシンタローの攻撃を欲望の力で全て防ぎ、隙をみては接触を試みようとしている。
「シンちゃん!そんなに照れなくてもいいんだよ!たまには素直にならなくちゃネ」
「俺はいつも自分に正直だっ!!」
「シンちゃんってば大胆っ」
「何処に思考を飛ばしてやがるッ」
 会話は噛み合わない上、攻撃がヒットしても何故か決定的なダメージは与えられないので、シンタローは苛々してくる。仕事でここまで来たのに、何故目的を果たす前に、父親と取っ組み合わなければならないのだろうか甚だ疑問であった。
 先程からマジックとのやりとりが繰り広げられているここは、研究棟の全てからよく見える広場である。白衣を纏ったギャラリーの群れに、ここでも一族の恥を晒すのかと思うと、シンタローは頭が痛くなってくる。
 更に、本日のマジックはとにかくしつこい。いつもならそろそろ諦める頃のはずなのだが、一向に諦める気配は見られない。それどころか、眼がギラギラと輝きを増しているように見える。シンタローにとって不穏な輝きにしか見えない眼光は、明らかに押さえきれない欲望を露わにしているのだ。
『一体何なんだよ、親父のヤツはッ!!様子がおかしいぞ?!』
 執拗に迫り来るマジックに疑問を感じるシンタローである。
「シンちゃん!!パパと一緒に背徳行為に興じようよ!」
 シンタローに向かって伸びてきたマジックの手は、拳を握り獲物を殴りつけるわけではなく、その体を撫で回そうと不審な動きをしている。
「興じるかッ!大体からアンタの頭は道徳観念が抜け落ちてるだろッ!今更これ以上何に背く気だ!!」
 シンタローはその腕を掴むと、マジックを盛大に投げ飛ばす。
「酷いなシンちゃんっ!ちゃんと知識としてはパパの頭に入ってるよ」
 シンタローに投げ飛ばされたその体は激しく壁に叩きつけられるはずだったのだが、マジックは手前で体勢を整えて壁を足場に再びシンタローに飛びかかる。正に抱きつき攻撃と言わんばかりの拘束をシンタローは何とか振り切った。
「ふざけんな!知識としてだけ入ってたって意味ねぇだろーがッ!!」
 この父親に眼魔砲を盛大に放ちたいシンタローであるが、この研究開発が行われているところでそんなものを打ち放ったら、被害も損害も莫大なものになる。ブチ切れそうになる理性を何とか保ちながら、必死の思いで肉弾戦を続けているシンタローだ。
 しかし、隙を見つけてマジックを殴りつけようと拳を突き出せば、その手を取って体を引き寄せようとする。ならば蹴り飛ばしてやろうと壁すら破壊する勢いで足を繰り出せば、その足を取ってそのままもつれこまんといった勢いだ。
 仕方なく間合いを取って鋭い眼で父親を睨み付けるシンタローだが、獲物が放つ眼光にすら欲情しているマジックには何の意味も為さない。欲望は増す一方で、さすがのシンタローも身の危険を感じずにはいられない。
「さぁ、シンちゃん。大人しくパパの言うことを聞こうね」
 そう言って笑みを浮かべる前総帥は野獣そのものである。その台詞に引きつった表情のシンタローは、再び攻撃を仕掛けた。しかし、マジックはその攻撃を神業のような素早い動きで躱すと、待ちこがれた獲物を漸く腕の中に捉えた。
 不覚にもがっちりと抱き込まれたシンタローは絶体絶命である。
『こんなにギャラリーがいる中でッ!!いや違うっ!!それ以前の問題だろッ!!』
 半泣き状態のシンタローに、マジックは熱を込めた視線を向け、その唇に触れようと顔を近づけた。
 その時───。
「眼魔砲ッ」
 マジックめがけて、青い光を放つ強大なエネルギー波が放たれた。それはシンタローには当たらず、見事にマジックだけにヒットした。そのおかげで寸前の所で難を逃れた新総帥である。
 眼魔砲が放たれた方角を見やって、シンタローは驚きの声を上げる。
「キンタロー?!」
 優秀な補佐官の登場によって難を逃れたシンタローは、安堵してキンタローの傍に近寄る。
「助かった。サンキュッ」
 そう言って、その肩に手を置こうとして、非常に危険極まりない気配にシンタローはまたもや顔を引きつらせる。
「叔父上…殺してやる…」
『ヤベッ!切れてるッ!!』
 いつもの紳士の姿はどこにいったのやら。シンタローに殺意をぶつけていた頃よりも遙かに物騒だと思われる様な気配を一身に纏っている。その眼は殺意をぎらつかせ、一直線にマジックを捉えていた。
 これは一難去って又一難というのだろうか。キンタローの手に又もや青い光が集束するのを目に留めると、シンタローは慌ててその手を取る。
「止めろ!キンタロー!ここで眼魔砲を放ったら被害がでかくなるだろ!」
 シンタローの台詞など耳に入らない様子で、完全に猛獣と化した紳士は獲物を狩る気満々である。一般団員などこの気配で殺されてしまいそうな程強烈な殺気がキンタローから放たれた。
「キンタローッ聞いてんのか?!」
 再び聞こえたシンタローに台詞に、キンタローは鋭い眼を獲物から逸らさずに唸り声で返事をする。
「…あんなもの…お前にとって百害あって一利も無いだろう…ここで殺っておくべきだ…」
 シンタローもその意見には全面的に賛成であるが、実行するのは別の場所にしてほしい。何が何でもこの研究開発が行われている場所では止めてほしい。
『今日は厄日かよ?!』
 マジックに向かって、今正に一歩踏み出さんばかりの状態である黄金の獣は、完全に理性が飛んでしまっている。理性が飛んだキンタローにこんなところで臨戦態勢に入られてしまっては、研究棟全てが崩壊してしまう。
 ぶち切れるのは自分の役目で、それを諫めるのがキンタローの役目だろうがと思いながら、シンタローは心の中で舌打ちをした。
 とにかくキンタローの視界から狩るべき獲物としているマジックの姿を消さなくてはと思ったシンタローは、その腕を掴むと一番近くにある魔の巣窟の入口へ引きずり込んだ。ここに入ってしまえば不用意に近づく人は絶対にいないので、余計な刺激も与えられないはずである。
 視覚からマジックの姿が消えれば冷静になるかと思ったシンタローであったが、そんな効果は望めず、キンタローの体は外を向いている。その身に纏う物騒な気配は全く収まらず、更にこともあろうかこの位置から眼魔砲を放とうと再び光が手に集束する。
 慌てたシンタローは「キンタローッ」とその名を呼ぶが意識は完全に外にある。至近距離にシンタローが居るにも関わらず、己の半身を全く認識していないのは一目瞭然だ。
「あぁっもうっ!!」
 シンタローは苛立たしげに声を上げると、キンタローの頭に手を伸ばし、自分の方に無理矢理向かせる。
 そして視線は絡み合わぬまま目を閉じ、強引に唇を重ねた。
 暫くそうしていると、漸くキンタローの意識がシンタローに向き始める。集束した光を霧散させると、その腕をシンタローに回して抱き締めた。
 己の身を拘束する腕の力が強くなってくると、シンタローは重なり合った唇を離して目を開ける。キンタローの青い眼が間近で覗いているのが判った。荒々しさは若干残るものの、意識は完全にシンタローの方へ向いたようである。青い双眸はしっかりとシンタローを映している。
「…ったく、こんな恥ずかしいマネさせんなよ…ここに来たら眼魔砲を放つなって散々俺に言い聞かせたのはお前だろうが」
「…すまない」
 台詞を聞けば反省しているように聞こえるが、物騒な気配が完全に消えたわけではないから、まだ何らかしらの怒りが残っているようである。
 だが、何はともあれひとまずは納まったものとして良いだろうと思ったシンタローは、抱き締めてくるキンタローの腕から逃れようと身を捩ったが、逆に拘束は強くなる。
「…キンタロー」
 眉を顰めてその名を呼んだシンタローは、次の台詞を言う前にその体を拘束してくる男によって再び唇を塞がれた。荒々しく口付けてくるキンタローは、まだ納まらない怒りを抱えているようで、クラリと眩暈がしたシンタローだ。
 先程のマジックの攻撃はセクハラとしか言えないようなものばかりであったから、恐らくそれに怒りを感じたのであろう。元凶はマジックであるからシンタローは悪くないはずなのだが、この黄金の獣が怒りをぶちまける前にその対象から離してしまったため、完全に消化することが出来ずにその感情を持て余しているのだ。
『こういう部分は子供っぽいよな…』
 そんなことを頭の片隅で考えながら、この場で抵抗することは諦めて、シンタローはキンタローを受け入れた。
 角度を変え何度も深く口付けられて、シンタローは己の足で立っていられないほど口腔を蹂躙された後、漸く解放してもらえたのだった。
 余りの息苦しさに体を揺らしながら空気を吸い込むシンタローをキンタローの腕がしっかりと抱いて支えている。少し間をおいて呼吸を整え、二人を包む濃密な空気をシンタローが振り払おうとした瞬間───。
「いやぁー…眼福ですねぇ」
 この男は、一体いつからそこにいたのであろうか。二人から数メートルしか離れていない位置にある壁にもたれ掛かりながら、高松が面白そうにこちらを見つめていた。
「ッ!!!!」
 シンタローは驚きのあまり、声にならない叫び声を上げると、自分の体を支えてくれていたキンタローを勢いよく突き飛ばした───つもりだったが、体に力が入っていないため、キンタローは突き飛ばされもしなかった上、腕もしっかりとシンタローを抱いたままである。
 シンタローの顔は羞恥で真っ赤に染まり、そんな様子を高松は意地の悪い笑みを浮かべながらじっと見ていた。このドクターのいつもと変わらぬ様子が余計に腹立たしい。
「ドクター…一体いつからそこに…」
 シンタローは唸るようにそう言ったが、真っ赤に染まった顔と羞恥のあまり半泣き状態で潤んだ目では迫力など微塵もない。更に言えば、キンタローの腕で抱かれるように体を支えられた状態では威厳も何もあったものではない。状況を誤魔化すことが出来ないのは言うまでもなかろう。
 従って、高松は目の前にいるガンマ団総帥を思う存分からかい放題である。こんな楽しい機会を逃すなんてもってのほかのようだ。
「シンタロー様、ずいぶん可愛い顔をしていらっしゃいますけど…なるほど、キンタロー様の前ではその様な立ち位置になるわけですね」
「どんな立ち位置だよッ!!」
「え?ですから…」
「あーっいいっ何も言うなッ!!で、キンタロー!!お前もいい加減離せッ!!」
 高松と話していると墓穴を掘ってしまうと思ったシンタローは、途端に矛先をキンタローに向けた。
 だが肝心なところで爆裂天然仕様な補佐官に矛先を向けるということは、自爆するということに等しい。
「何を言っている。今交わした口付けで腰砕けになったお前は俺の支えがないと立っていられないだろうが。いいか、シンタロー。お前は俺にしがみつか…」
「バカヤローッ!!繰り返すんじゃねーッ!!」
 例にもれることなく見事な自爆を果たしたシンタローは、己の学習能力の無さを呪うしかない。恥ずかしい事実を真顔で晒されて、穴をどこまでも掘り続けて埋まってしまいたい心境だ。横目に高松を見やると、更に興味をもった様子で、先程よりも楽しげに意地の悪い笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「そうですか。シンタロー様はキンタロー様に腰砕けにされて一人では立っていられない状態なんですね」
 わざわざ口に出して確認する必要などどこにもないのだが、高松はいつもの穏やかな口調でわざと聞こえるように繰り返す。研究棟にいる間はシンタローが自由に暴れられないのを知っていての仕打ちである。
『…一体、本当に何なんだよ今日は!!』
 厄日で済ませるには全然足りない程の恥ずかしい出来事の連続に『何でいつも俺ばっかり…』と、シンタローは思わずにはいられない。ただ高松に確認を取りたいことがあって本館から出てきただけなのだ。それなのに、マジックには襲われるし、キンタローに助けられたかと思えば、研究棟が全壊させられるような危機に陥り、それを半ば強引に治めれば、今現在自分を含めて繰り広げられている拷問のような羞恥プレイが待っていた。全てにおいて何かがオカシイだろ、とシンタローが思うのも無理がない。
 この様な不毛なやりとりは、さっさと終わらせるに限る。相手をしていたらどんどん都合が悪い方向へ流されていくものだ。
 そう解っているはずなのだが、シンタローの性格上、場を治めるためでもこのまま引き下がることが出来ない。何でも良いから、一つ、してやったりと思いたい。
 完全に当初の目的から外れているのだが、シンタローとしては自分の気が済むのだから別にいいだろといったところのようである。
 さて。『コレ』は惚れた弱みか、半身として『何か』の作用が加わっているのか。原因は不明だが、シンタローはキンタローが与える快楽に弱い。それは本人の否応関係なく、強烈な何かの作用があるかのように、快楽に流され力が抜けていくのだ。それを味わうたびに、男としてどーよ俺、と凹むこと多々あるのだが、これもまた前述の通りなのであろう。嫌だと思えないシンタローはキンタローの行為を甘んじて受け入れてしまうのだ。
 先程はキンタローの支えなしでは立っていられないという情けない状態にあったシンタローだが、少し間が空いたので力が入らない状態は脱したように感じる。全快でない分は「体は正直」といったところだろうが、そこは気合いと根性だ。そう考えて、シンタローはキンタローの腕から強引に逃れた。もちろん『強引に』というのは、キンタローの腕に込められた力は半端ないほど強かったからだ。その逞しい腕の拘束からシンタローを離す気が全くないようで、簡単には逃れられなかったのである。
 無駄な気力をかなり使ったシンタローは不本意ながら若干よろけつつ、キンタローから完全に離れると高松を見やる。黒曜石の様に綺麗で真っ黒な眼が据わっているように見えるのは気のせいではなかろう。そうしてニヤリと、高松が引きつるような笑みを浮かべた。
『ちっとは地獄を味わいやがれッ』
 高松は飛び火を免れようと後ずさったが、シンタローの行動のほうが早かった。
「ドクター、何か体に力が入らなくて大変なんだよ。医者だろ?何とかしやがれッ」
 とても力が抜けているようには思えないほど凄味が利いた台詞を放つと、シンタローは高松をはがいじめにする。
 その様子は見ようと思えば、抱きついているように見えなくもない。そんなものをキンタローに見られたら大変である。
「ちょっ…シンタロー様ッあんたの行動、洒落になりませんよっ」
 高松は抗議の台詞を吐き出す。
「ふざけんなッ!!散々人で遊びやがったくせにっ!!キンタローに誤解されてちっとはいじめられろッ」
 シンタローはそんな台詞をお返ししたが、はっきりいってそれは色んなところが間違っている。
「何言ってるんですかッ誤解されるのは私じゃなくてあんたでしょうがッ!!」
 高松の意見が正しい。
 シンタローの企みは明確なvのだが、どう考えても方法が悪い。高松に抱きついている様子はジャレついているようにも見えるため、誰が見ても誤解されるのはシンタローの方である。
 それでもシンタローは高松から離れずに、二人は騒がしく喚きながら飛び火では済まない業火の付け合いを繰り返す。だが、動物の本能で不穏な空気を感じ取り、二人は思わず同時にキンタローを見た。
 そこには、再び物騒な猛獣に豹変した黄金の獣が、今まさに眼魔砲を放とうといわんばかりに構えていた。シンタローと高松は、また見事なまで同時に青くなる。
 そんな二人を見て唸り声をあげそうなキンタローだ。
「眼魔…」
「うわっちょっと待てッ!!キンタローッ!!」
 慌てて高松から離れたシンタローは獰猛な獣を止めようと一目散に飛び付く。
 その猛烈な勢い余って二人は冷たい廊下のタイルの上に倒れこんだ。
「あっ悪ィ…じゃねぇ!!バカヤローッ!!研究棟では撃つなってさっきも言っただろうがッ!!」
 キンタローの上に乗り上げたままシンタローは怒鳴り声をあげた。対するキンタローの動きは鈍い。こんなに間近でまくしたてているシンタローの大きな声も聞こえていない様子である。倒れた拍子に頭でも打ったのかと不審に思って、金糸で彩られた頭に手を伸ばす。
「キンタロー?」
 声をかけると、間近にある青い眼がゆっくりとシンタローを捕えた。
 真っ赤なライトを光らせながら、けたたましいサイレンがシンタローの頭の中で鳴り響く。一気にレッドゾーンに墜ちたような心境だ。
『マズイ…』
 その身の危機を瞬時に感じ取ったシンタローだが、嫌なことに逃げ道がないことも悟ってしまう。心の中で思わず十字を切ったシンタローは、再び猛獣に捕食されたのだった。



 雲一つない晴れ渡った夜空には綺麗な三日月が弧を描いていた。先程少し開けた窓から時折心地よい風が吹き入れてくる。長い漆黒の髪の男はベッドの上で横たわりながらその風を気持ちよさそうに受け、短い金髪の男はその横で黒い髪へ楽しそうに指を絡ませている。
 シンタローはふと思いついたようにくるりと振り返り、キンタローに向き直った。キンタローは己の方を向いた愛しい半身に視線を合わせる。
「そーいや、前から言おうと思ってたっつーか聞こうと思ってたっつーか…」
「何だ?」
「んー…お前さぁー…」
 シンタローは真っ黒な瞳を数回瞬かせ、少し考える素振りを見せると、どう表現するのが良いのか迷いながら口を開いた。少し辛そうに見えるのは、先程キンタローに散々無茶をされたからである。
「何つーか…時々タガが外れんのは何で?」
「………?」
「だからさ!今日の夜もそうだったけど…まぁ2人の時は百歩譲って置いといてやってもいーや。他の時だよ。普段は平然としてんのに、時々さぁー…」
「時々……何だ?」
「あーっ!!だからッ!!えーっと…その…つまり…」
 キンタローは、自分から話題を振っておいて歯切れの悪いシンタローが一体何を言いたいのか全く判らなかった。
 少し待ってみたがシンタローは一向にその続きを口にしない。ここで止められても何を言おうとしたのか先が非常に気になる。キンタローは体勢を変え半身の体を組み敷くとその顔を覗き込んだ。
 暗がりでしっかりと確認は出来ないが、この表情は多分照れている。明るい部屋で見れば顔は赤いはずである。
「シンタロー?」
 半身の言動が意味不明に思えて、もう一度先を促すように名前を呼ぶ。
 シンタローは目を暫く泳がせていたが、少し恨めしそうな顔をしながらキンタローを睨むと漸く口を開いた。
「…だから、さ……お前、普段は冷静沈着で、パブリックじゃ絶対俺に触れてこなくて、その辺ちゃんと徹底してるように見えんだけど…時々、その辺の境がなくなったみてーに人目を考えずに手を伸ばしてくることがあんだけど!!あれは何で?っつー話だよッ」
 話だよッと吐き捨てられたキンタローだが、シンタローの台詞に小首を傾げた。
「そうだったか?」
「そーなんだよ!!」
「……例えば?」
 真上から至極真面目な表情で問いかけられてシンタローはキンタローを突き飛ばした。体が痛んで顔を歪めたが、それどころではない。
「自覚ねーのかよッ!!」
「……心当たりがないからそうだろうな」
 逡巡した後、悪びれもせず静かにそう言葉を言い放つ。シンタローが言ったことを全く理解していない様子である。
『クソー…これじゃぁ、俺が単に自意識過剰なだけみてーじゃねぇかッ』
 内心でそう吐き捨てて、例を挙げろと言わんばかりの視線を投げつけてくるキンタローにシンタローは再び掴みかかったが、体が全く言うことをきかないので当然のように押さえ込まれた。
 二人の間ではよくある痴話喧嘩のようなものだが、シンタローは数日後に、恥を忍んで実例を挙げ、もっとしっかり問い質しておけば良かったと思うような目に遭うのである。

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