『これは何かの冗談なのだろうか…』
キンタローは朦朧とする意識の中溜息を吐いた。高い熱の所為で節々が痛み、体は鉛のように重く怠い。これは自分の体かと思うくらい自由が利かず、ベッドに横たわったまま、キンタローは動くことが出来なかった。
散々な思いをした昨日は、シンタロー、グンマ、マジックと四人揃って夜の食事を摂った。それは久しぶりに楽しい食事であった。マジックがシンタローに宣言した通り作ったカレーは美味しかったし、四人揃っての会話も騒がしいほど煩いものだったが、一家団欒を思わせるような温かい時間であった。
その後シンタローは早々に自室へ戻ったので、キンタローは少しだけ一人残って仕事をした。それでも割と早い時間に部屋へ戻ってきていたのだ。後は特に何をするわけでもなく大人しく休んだキンタローだったのだが、明け方、あまりの苦しさに目を覚ました。割れるような痛みが頭に走り、体が思うように動かない。呼吸も荒く、初めて味わう苦痛に何が起きたのか全く判らなかった。
『…結局…俺は…』
朦朧とした意識の断片に半身の姿が映る。
それは早朝にも関わらず、キンタローの異変を感じ取ったシンタローがいち早くここへ来た証拠であった。
二人の間に何の作用が働いているのか判らないが、目に見えない繋がりがある。別固体に別れた今でも、全てではないが、相手の様子を感じ取るように判ることが結構あるのだ。
意識がハッキリしないため、その後どうなったのか判らないが、今現在は高松に特効薬を打たれてベッドに横たわっている状態である。シンタローが来たということは、その後の面倒を全てみさせたということである。
気が滅入る現実であった。
キンタローは高松に、高熱の原因は一番が過労からくるものであると言われた。
『何故俺が先に倒れるんだ…』
あまりにも情けなくて心情的には泣きたい気持ちであったがそこはプライドでなんとか踏み留まる。
『役に立たない自分は価値がないのではないか?』
シンタローの役に立ちたいのに、迷惑ばかりかけている。キンタローはそう思えて仕方がなかった。
シンタローがそれを必ず否定するのは判っていても、この場合、実際に役立つか否かよりも自分が彼のために思うような行動をとれないのが辛いのだ。
高い熱が嫌な思考に拍車を掛けて苦しみを増長させる。
苦痛を我慢しながらキンタローは目を閉じた。
浮かぶのは愛しき半身の姿。
シンタローの残像を追い求めながら、キンタローの意識は落ちていった。
一方シンタローはいつも通り総帥室にいたものの高松からの嫌味混じりな説教を食らっていた。いや、混じりと言うより、嫌味な説教である。
いつもなら耳に痛い響きを放つ七変化をするような嫌味は微塵も聞かず、元凶である高松を室外へ放り出す。
だがしかし。今回はキンタローが関わっているだけに、嫌味と言えど意見を端っから無視することが出来なかった。
無視は出来ないのだが、元来短気な性格であるシンタローの我慢は既に限界であった。
今なら誰が火を点けても確実にこの総帥を爆発させることが出来る。昨日に引き続き眼魔砲が放たれるのは時間の問題のようであった。
『俺が悪ィのはわかっけど!!あーッもうッ』
高松はさっきから「誰の所為でキンタロー様があんなにも苦労をしているか解っているのですか?」と事細かに過去の実例を挙げて話していた。
「大体から、昨日のあれは何なんですか?」
「何って…だから人助けじゃねぇーか」
「ばっちりテレビに映ってましたけど…」
「それは…その…」
「総帥ともあろう者が何をなさっているんです?その様に中途半端な行動をなさるようでした、最初から何もしない方がいいですよ」
お説ごもっともであった。シンタロー個人で動くのなら、どこにも証拠を残さないようにしなくてはならない。中途半端に『ガンマ団』が出てきてしまうなら、最初からガンマ団総帥として名前を背負って行動をした方がいいのだ。
「あの様な傷ついた姿まで全世界に晒して…」
「あれは俺の血じゃねーぞ」
「関係ありませんよ。見る者にとってどう見えるかが一番重要なのですから」
「……………」
正論を述べられて口を噤んだシンタローだ。
実際に傷を負っていなくても、傷ついているように見えたらそれで終わりのような世界なのである。逆に、深手を負っていても平然としていれば負けにはならないのだ。上に立つ者はそうなくてはならない。それはシンタローも十分に理解している。だから、映像を撮られてしまったときに己の失態を思ったのだ。事件が予想外な発展をしたことが原因だったのだが、それは後の祭りでただの言い訳にしかならない。
「昨日の件以外にもたくさんありますよね、シンタロー様」
「他に何があるってんだよ」
「自覚がないんですか?ではお話ししましょうか。まず、あなたは遠征に行けば無謀な行動をとるようですし…」
「や、無謀じゃねぇって!!ちゃんと勝算有りとして考えてから行動してるって!!」
「敵の本拠地へ総帥が一人で乗り込むことの何処が無謀ではないんですか?」
「う…」
「更に、それ以外で何処かへ赴けば、危険をかえりみずにフラフラと単独行動をなさっているようですし…」
「そ…それはただの散歩だって!!色んな文化に触れるのはいいことだろ!!日常が血生臭いんだからそういった気分転換も必要だと考えてだな…」
「でも、いつも乱闘沙汰が起きてますよね?」
「そ…そりゃ攻撃を食らえば反撃すんだろ…」
「やっぱり狙われているんじゃないですか」
「…………」
シンタローは返す言葉が見つからず、再び口を噤んだ。そもそも高松に口で勝とうとすること自体が無謀なのだ。
改めて指摘されるまでもなく、シンタローは他人への迷惑を全く省みずに行動することがよくある。というか他人のことをあまり考えない。迷惑をかけているとは微塵も思っていないからだ。
他人への気遣いとは別もので、基本が潔いほど自分本位な姿勢であるから行動もその通りになるのだ。結果が良ければ全て良しだろと思っていたシンタローだが、自分の身勝手な行動でキンタローが倒れたというのならばそこは改めなくてはいけないかと流石に考える。
「本部にいる間は不規則すぎる生活をおくっていらっしゃいますよね?」
「あーッ!!もう判ったって!!俺が悪いんだろッ!!判ったよッ!!」
まだまだ続きそうな高松の言葉をシンタローは苛立たしげに打ち切る。そんな総帥を呆れた目つきで見つめながら、高松は更に言葉を続けた。
「自分が不利になると声を荒立てて妨害するのはよろしくないですよ。全く小さい男ですねぇー…腹を括って大人しく反省された方が身のためでしょうに」
シンタローにここまで遠慮なくはっきり意見を言える人物はそうはいない。痛いところを突かれたシンタローは口をへの字に曲げて高松を睨み付けた。
「全く…総帥が何ていう顔をしてらっしゃるんですか…」
「うるせーなっ」
「キンタロー様が真似されたらどうするんです?」
「アイツがするかよ、俺の真似なんか」
「……でも不規則な生活はあなたの影響だと思いますけれど…」
高松のこの台詞に、シンタローの肩がピクリと動く。
「俺の影響?」
そんなシンタローの様子を見て、高松は、呆れながら気付いていなかったのかというような表情を浮かべた。
「そうですよ。何を今更。キンタロー様の一番近くにいらっしゃるあなたじゃないですか…他に誰から影響を受けるんです?」
「部下の研究員とか…」
「そこまで頭の悪い男でしたか?シンタロー様は」
高松の台詞にシンタローは出かかった言葉を飲み込んだ。キンタローが一般職員の影響を受けるような男ではないのを重々承知だからだ。元々の性格に頑固なところもあるし、あまり周りの意見を聞かないところもある。勿論、シンタローが周囲の意見を聞かないのとは種類が違う。単に彼と同じくらい頭の回転が速い部下がいないから、歯車が合わないのだ。キンタローを言いくるめられるほど頭の回転が速い者は、残念ながら一般団員や職員を合わせても見つからないだろう。キンタローは必要があれば相手にあわせたりもするから社会においては問題ないのだが、それを本人の日常生活にまでするかといえばしない。それこそ気疲れを起こしてしまう。
だが、そこでシンタローは首を傾げた。
「でも、俺は元気だけど?」
シンタローの台詞に、高松はジャンの姿が浮かんだ。
「青の一族の方がデリケートなのでは?」
さんざん実験の被験者にしてきた懐かしき竹馬の友は、赤い秘石の番人だった。
「誰を頭の中に思い浮かべてんだよ、コノヤロー。俺はデリケートだぞ」
その台詞に、もの凄い胡散濃さそうな視線を高松から投げつけられたシンタローであった。
「それだけ傍若無人に行動をなさっていて、誰がデリケートなんですか。誰がどう見ても鋼の神経の持ち主でしょう。それに比べてキンタロー様は……あぁ、お労しい」
高松のキンタロー贔屓は今に始まったことではない。シンタローは会話を諦めて考えた。
日常生活において、己とキンタローの違いは何であろうか。
基本はお互い共に行動をすることが多いのだから、そこまで違いがあるようには思えないのだ。キンタローが研究室へ行ったり来たりしたりもするが、一日の大半は一緒に仕事をしていることがほとんどである。これといって行動に違いを見つけられない。
ならば、体調を崩す原因とは何かという方向から考えてみるかとシンタローは思い直す。
心労は確かに原因になるとは思うが、今回の件がそれだとは思えない。シンタローの無茶に関しては、明らかに度を超えたことをやらかすと、キンタローははっきり意見を言ってくる。感情を隠そうともせず、非常に物騒な響きをもった恐ろしい唸り声で注意を促すのだ。野生の獣もびっくりの迫力である。
更に口が裂けても誰にも言えないのだが、シンタローは前に一度だけその注意に反抗して散々な目に遭ったことがあるのだ。
無理矢理ベッドへ引きずられ、一晩中凌辱を受けた。無理だと思っても解放してもらえず、意識が飛びそうになれば現実に叩き戻される。あの様な無茶をやらかすようなお前ならばまだまだ付き合えるだろう、と言ってのし掛かってくる半身に、シンタローはプライドを投げ捨て、泣いて懇願したのだ。快楽を心底苦痛だと思ったのはあの時が初めてであった。このまま腹上死させられるのではと本気で考えたほどだ。それ以来、キンタローが物騒な声で忠告を促してきたときだけは、一切逆らわないことにしているシンタローなのだ。
そんな男が、シンタローの行動で黙認している部分からくるストレスで倒れるとは到底思えなかった。絶対に違うと断言できる。もっとも、根拠は誰にも言えないのだが───。
「なぁ、高松。キンタローって研究者としての行動はどんななの?」
補佐官として自分を助けてくれるキンタローはよく判るのだが、研究者としてどの様なことをやっているのか、シンタローは考えてみればよく知らない。シンタローの専門分野ではないから口を挟もうとも思わなかったし、研究棟にはグンマがいるから大丈夫だろうと思っていた。
お労しいキンタロー様の姿にトリップしていた高松は、シンタローの「キンタローって研究者として」という台詞で現実へ戻ってきた。
「研究者としてですか?非常に研究熱心で優秀ですよ。飲み込みも早いし、新しいことによくお気づきになりますし、一教えれば十理解するような頭の回転の速さですから…」
永遠に続きそうなキンタロー様の素晴らしさという高松の台詞をシンタローは途中から聞くのを放棄した。半身をきちんと理解しているシンタローには「研究熱心で優秀」と言う言葉だけで充分である。
『じゃぁ、原因はアレかなぁー…』
思い当たる点が一つあった。シンタローも度を超えた無茶をたまにやらかしたりもするからよく判る。
新総帥としての焦りを感じたり、自分がやろうとしていることに対しての不安を強く感じるといても立ってもいられなくなる。何かに追われているような気がして不安に気をとられ、何かを成し遂げなければと駆り立てられて、危険を省みずに突っ込んでいってしまうのだ。
そんなときのストッパーがキンタローなのであった。
『っつーことは、アイツを止めなきゃなんねーのは俺じゃねーか…』
それに気付かず、半身を倒れさせてしまったことに酷く心が痛んだ。こうなる前に、自分がストッパーにならずしてどうするのだと思う。
恐らくキンタローも何かに焦りを感じていたのだろう。他の何事も目に入らないくらいその感情にとらわれ、それを振り切るように一心不乱に何かへ───キンタローの場合は仕事に没頭していたのだろう。結果、日常生活のことが疎かになり、生活リズムが崩れたのだ。昨日、一昨日と様子がおかしかったのは、そこからきているのかもしれない。バランスが崩れた結果、体に掛かった負荷の限界が近かったのだ。
『俺って最悪じゃねぇかよ…』
そんな時に昨日のような騒ぎである。自分でも失態が多かったと反省が多々ある事件だっただけに、キンタローが感じたものは並ならぬものだったのであろう。
誰も聞いていない高松の『キンタロー様が如何に素晴らしいか論』が響き渡る総帥室で、シンタローは額に手を当て俯くと、深い深い溜息をついたのであった。
キンタローは朦朧とする意識の中溜息を吐いた。高い熱の所為で節々が痛み、体は鉛のように重く怠い。これは自分の体かと思うくらい自由が利かず、ベッドに横たわったまま、キンタローは動くことが出来なかった。
散々な思いをした昨日は、シンタロー、グンマ、マジックと四人揃って夜の食事を摂った。それは久しぶりに楽しい食事であった。マジックがシンタローに宣言した通り作ったカレーは美味しかったし、四人揃っての会話も騒がしいほど煩いものだったが、一家団欒を思わせるような温かい時間であった。
その後シンタローは早々に自室へ戻ったので、キンタローは少しだけ一人残って仕事をした。それでも割と早い時間に部屋へ戻ってきていたのだ。後は特に何をするわけでもなく大人しく休んだキンタローだったのだが、明け方、あまりの苦しさに目を覚ました。割れるような痛みが頭に走り、体が思うように動かない。呼吸も荒く、初めて味わう苦痛に何が起きたのか全く判らなかった。
『…結局…俺は…』
朦朧とした意識の断片に半身の姿が映る。
それは早朝にも関わらず、キンタローの異変を感じ取ったシンタローがいち早くここへ来た証拠であった。
二人の間に何の作用が働いているのか判らないが、目に見えない繋がりがある。別固体に別れた今でも、全てではないが、相手の様子を感じ取るように判ることが結構あるのだ。
意識がハッキリしないため、その後どうなったのか判らないが、今現在は高松に特効薬を打たれてベッドに横たわっている状態である。シンタローが来たということは、その後の面倒を全てみさせたということである。
気が滅入る現実であった。
キンタローは高松に、高熱の原因は一番が過労からくるものであると言われた。
『何故俺が先に倒れるんだ…』
あまりにも情けなくて心情的には泣きたい気持ちであったがそこはプライドでなんとか踏み留まる。
『役に立たない自分は価値がないのではないか?』
シンタローの役に立ちたいのに、迷惑ばかりかけている。キンタローはそう思えて仕方がなかった。
シンタローがそれを必ず否定するのは判っていても、この場合、実際に役立つか否かよりも自分が彼のために思うような行動をとれないのが辛いのだ。
高い熱が嫌な思考に拍車を掛けて苦しみを増長させる。
苦痛を我慢しながらキンタローは目を閉じた。
浮かぶのは愛しき半身の姿。
シンタローの残像を追い求めながら、キンタローの意識は落ちていった。
一方シンタローはいつも通り総帥室にいたものの高松からの嫌味混じりな説教を食らっていた。いや、混じりと言うより、嫌味な説教である。
いつもなら耳に痛い響きを放つ七変化をするような嫌味は微塵も聞かず、元凶である高松を室外へ放り出す。
だがしかし。今回はキンタローが関わっているだけに、嫌味と言えど意見を端っから無視することが出来なかった。
無視は出来ないのだが、元来短気な性格であるシンタローの我慢は既に限界であった。
今なら誰が火を点けても確実にこの総帥を爆発させることが出来る。昨日に引き続き眼魔砲が放たれるのは時間の問題のようであった。
『俺が悪ィのはわかっけど!!あーッもうッ』
高松はさっきから「誰の所為でキンタロー様があんなにも苦労をしているか解っているのですか?」と事細かに過去の実例を挙げて話していた。
「大体から、昨日のあれは何なんですか?」
「何って…だから人助けじゃねぇーか」
「ばっちりテレビに映ってましたけど…」
「それは…その…」
「総帥ともあろう者が何をなさっているんです?その様に中途半端な行動をなさるようでした、最初から何もしない方がいいですよ」
お説ごもっともであった。シンタロー個人で動くのなら、どこにも証拠を残さないようにしなくてはならない。中途半端に『ガンマ団』が出てきてしまうなら、最初からガンマ団総帥として名前を背負って行動をした方がいいのだ。
「あの様な傷ついた姿まで全世界に晒して…」
「あれは俺の血じゃねーぞ」
「関係ありませんよ。見る者にとってどう見えるかが一番重要なのですから」
「……………」
正論を述べられて口を噤んだシンタローだ。
実際に傷を負っていなくても、傷ついているように見えたらそれで終わりのような世界なのである。逆に、深手を負っていても平然としていれば負けにはならないのだ。上に立つ者はそうなくてはならない。それはシンタローも十分に理解している。だから、映像を撮られてしまったときに己の失態を思ったのだ。事件が予想外な発展をしたことが原因だったのだが、それは後の祭りでただの言い訳にしかならない。
「昨日の件以外にもたくさんありますよね、シンタロー様」
「他に何があるってんだよ」
「自覚がないんですか?ではお話ししましょうか。まず、あなたは遠征に行けば無謀な行動をとるようですし…」
「や、無謀じゃねぇって!!ちゃんと勝算有りとして考えてから行動してるって!!」
「敵の本拠地へ総帥が一人で乗り込むことの何処が無謀ではないんですか?」
「う…」
「更に、それ以外で何処かへ赴けば、危険をかえりみずにフラフラと単独行動をなさっているようですし…」
「そ…それはただの散歩だって!!色んな文化に触れるのはいいことだろ!!日常が血生臭いんだからそういった気分転換も必要だと考えてだな…」
「でも、いつも乱闘沙汰が起きてますよね?」
「そ…そりゃ攻撃を食らえば反撃すんだろ…」
「やっぱり狙われているんじゃないですか」
「…………」
シンタローは返す言葉が見つからず、再び口を噤んだ。そもそも高松に口で勝とうとすること自体が無謀なのだ。
改めて指摘されるまでもなく、シンタローは他人への迷惑を全く省みずに行動することがよくある。というか他人のことをあまり考えない。迷惑をかけているとは微塵も思っていないからだ。
他人への気遣いとは別もので、基本が潔いほど自分本位な姿勢であるから行動もその通りになるのだ。結果が良ければ全て良しだろと思っていたシンタローだが、自分の身勝手な行動でキンタローが倒れたというのならばそこは改めなくてはいけないかと流石に考える。
「本部にいる間は不規則すぎる生活をおくっていらっしゃいますよね?」
「あーッ!!もう判ったって!!俺が悪いんだろッ!!判ったよッ!!」
まだまだ続きそうな高松の言葉をシンタローは苛立たしげに打ち切る。そんな総帥を呆れた目つきで見つめながら、高松は更に言葉を続けた。
「自分が不利になると声を荒立てて妨害するのはよろしくないですよ。全く小さい男ですねぇー…腹を括って大人しく反省された方が身のためでしょうに」
シンタローにここまで遠慮なくはっきり意見を言える人物はそうはいない。痛いところを突かれたシンタローは口をへの字に曲げて高松を睨み付けた。
「全く…総帥が何ていう顔をしてらっしゃるんですか…」
「うるせーなっ」
「キンタロー様が真似されたらどうするんです?」
「アイツがするかよ、俺の真似なんか」
「……でも不規則な生活はあなたの影響だと思いますけれど…」
高松のこの台詞に、シンタローの肩がピクリと動く。
「俺の影響?」
そんなシンタローの様子を見て、高松は、呆れながら気付いていなかったのかというような表情を浮かべた。
「そうですよ。何を今更。キンタロー様の一番近くにいらっしゃるあなたじゃないですか…他に誰から影響を受けるんです?」
「部下の研究員とか…」
「そこまで頭の悪い男でしたか?シンタロー様は」
高松の台詞にシンタローは出かかった言葉を飲み込んだ。キンタローが一般職員の影響を受けるような男ではないのを重々承知だからだ。元々の性格に頑固なところもあるし、あまり周りの意見を聞かないところもある。勿論、シンタローが周囲の意見を聞かないのとは種類が違う。単に彼と同じくらい頭の回転が速い部下がいないから、歯車が合わないのだ。キンタローを言いくるめられるほど頭の回転が速い者は、残念ながら一般団員や職員を合わせても見つからないだろう。キンタローは必要があれば相手にあわせたりもするから社会においては問題ないのだが、それを本人の日常生活にまでするかといえばしない。それこそ気疲れを起こしてしまう。
だが、そこでシンタローは首を傾げた。
「でも、俺は元気だけど?」
シンタローの台詞に、高松はジャンの姿が浮かんだ。
「青の一族の方がデリケートなのでは?」
さんざん実験の被験者にしてきた懐かしき竹馬の友は、赤い秘石の番人だった。
「誰を頭の中に思い浮かべてんだよ、コノヤロー。俺はデリケートだぞ」
その台詞に、もの凄い胡散濃さそうな視線を高松から投げつけられたシンタローであった。
「それだけ傍若無人に行動をなさっていて、誰がデリケートなんですか。誰がどう見ても鋼の神経の持ち主でしょう。それに比べてキンタロー様は……あぁ、お労しい」
高松のキンタロー贔屓は今に始まったことではない。シンタローは会話を諦めて考えた。
日常生活において、己とキンタローの違いは何であろうか。
基本はお互い共に行動をすることが多いのだから、そこまで違いがあるようには思えないのだ。キンタローが研究室へ行ったり来たりしたりもするが、一日の大半は一緒に仕事をしていることがほとんどである。これといって行動に違いを見つけられない。
ならば、体調を崩す原因とは何かという方向から考えてみるかとシンタローは思い直す。
心労は確かに原因になるとは思うが、今回の件がそれだとは思えない。シンタローの無茶に関しては、明らかに度を超えたことをやらかすと、キンタローははっきり意見を言ってくる。感情を隠そうともせず、非常に物騒な響きをもった恐ろしい唸り声で注意を促すのだ。野生の獣もびっくりの迫力である。
更に口が裂けても誰にも言えないのだが、シンタローは前に一度だけその注意に反抗して散々な目に遭ったことがあるのだ。
無理矢理ベッドへ引きずられ、一晩中凌辱を受けた。無理だと思っても解放してもらえず、意識が飛びそうになれば現実に叩き戻される。あの様な無茶をやらかすようなお前ならばまだまだ付き合えるだろう、と言ってのし掛かってくる半身に、シンタローはプライドを投げ捨て、泣いて懇願したのだ。快楽を心底苦痛だと思ったのはあの時が初めてであった。このまま腹上死させられるのではと本気で考えたほどだ。それ以来、キンタローが物騒な声で忠告を促してきたときだけは、一切逆らわないことにしているシンタローなのだ。
そんな男が、シンタローの行動で黙認している部分からくるストレスで倒れるとは到底思えなかった。絶対に違うと断言できる。もっとも、根拠は誰にも言えないのだが───。
「なぁ、高松。キンタローって研究者としての行動はどんななの?」
補佐官として自分を助けてくれるキンタローはよく判るのだが、研究者としてどの様なことをやっているのか、シンタローは考えてみればよく知らない。シンタローの専門分野ではないから口を挟もうとも思わなかったし、研究棟にはグンマがいるから大丈夫だろうと思っていた。
お労しいキンタロー様の姿にトリップしていた高松は、シンタローの「キンタローって研究者として」という台詞で現実へ戻ってきた。
「研究者としてですか?非常に研究熱心で優秀ですよ。飲み込みも早いし、新しいことによくお気づきになりますし、一教えれば十理解するような頭の回転の速さですから…」
永遠に続きそうなキンタロー様の素晴らしさという高松の台詞をシンタローは途中から聞くのを放棄した。半身をきちんと理解しているシンタローには「研究熱心で優秀」と言う言葉だけで充分である。
『じゃぁ、原因はアレかなぁー…』
思い当たる点が一つあった。シンタローも度を超えた無茶をたまにやらかしたりもするからよく判る。
新総帥としての焦りを感じたり、自分がやろうとしていることに対しての不安を強く感じるといても立ってもいられなくなる。何かに追われているような気がして不安に気をとられ、何かを成し遂げなければと駆り立てられて、危険を省みずに突っ込んでいってしまうのだ。
そんなときのストッパーがキンタローなのであった。
『っつーことは、アイツを止めなきゃなんねーのは俺じゃねーか…』
それに気付かず、半身を倒れさせてしまったことに酷く心が痛んだ。こうなる前に、自分がストッパーにならずしてどうするのだと思う。
恐らくキンタローも何かに焦りを感じていたのだろう。他の何事も目に入らないくらいその感情にとらわれ、それを振り切るように一心不乱に何かへ───キンタローの場合は仕事に没頭していたのだろう。結果、日常生活のことが疎かになり、生活リズムが崩れたのだ。昨日、一昨日と様子がおかしかったのは、そこからきているのかもしれない。バランスが崩れた結果、体に掛かった負荷の限界が近かったのだ。
『俺って最悪じゃねぇかよ…』
そんな時に昨日のような騒ぎである。自分でも失態が多かったと反省が多々ある事件だっただけに、キンタローが感じたものは並ならぬものだったのであろう。
誰も聞いていない高松の『キンタロー様が如何に素晴らしいか論』が響き渡る総帥室で、シンタローは額に手を当て俯くと、深い深い溜息をついたのであった。
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