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xc




 元よりその男に近づこうとする団員などほとんどいないのだが、その日、その顔を目にした団員たちはいつも以上に露骨に―――否、あくまで本人たちとしてはさり気なく―――視線をそらして、軽く会釈だけをしながら横を通り過ぎていった。
 そんな他人の態度には気付いていたが、あえて隠すようなものでもない。そう思って、バインダーを抱えつつ常の無愛想な表情で歩いていた男は、急に廊下中に響き渡るかのような大声で呼び止められ、自分のそれまでの考えを後悔した。そうだ、団内にはこういった人間もいたのだった。やはり多少なりとも隠しておくべきだった、と。















『あすも また』















「アラシヤマ!?どがぁしたそんカオはぁ!」

 ひたすら目立たぬよう早足でその場をやり過ごそうとしていた団員たちすら、思わず振り向くその大声。
 発したのは、日本人とはとても思えないようないかつい大男だった。制服の肩に軍用コートを羽織った黒い短髪のその男は、目を大きくしたままアラシヤマのそばにずかずかと歩み寄ると、表に出ている左頬を凝視した。

「……別に、大したことやおへん。女子でもあるまいし、そない騒ぎたてんといてや、コージはん」

 アラシヤマはうんざりといった様子で自分を眺めてくる大きな眼から、ふい、と顔をそらす。

「おんし、最近は内勤続きじゃろが」
「気にせんといておくれやす。ほんのちょっと、『新総帥』とぶつこうただけどすから」
「ふーむ」

 淡々とそう言うアラシヤマの前で腕組みをして、コージは、珍しいのお、と慨嘆のような声を出す。

「何がどす?わてとあんお人のケンカなんていつものことどっしゃろ」
「いや……」

 言いながら、コージは存外真面目な眼をして、アラシヤマの左頬を指差す。そこには殴られた痕のような赤みがくっきりと残っていた。一部は既に痣になりかけているのか、青紫に変色しているところもある。

「焦げちょらん。いつもじゃったら、眼魔砲で一発じゃろが」

 コージのその台詞に、こういう時ばっかり察しがいいゆうのも嫌なもんどすな、と思いつつ、アラシヤマはコージから顔を背けたまま、自嘲のような表情をしながら目を細める。

「―――そんだけ、腹立ったってことやないどすか?」 

 できることならすぐにでもその場を立ち去りたい気分だったが、この巨躯に邪魔されているとそれもままならない。とりあえず無駄に衆目を集めることだけは避けたいと、アラシヤマは通路の脇に寄る。
 コージは本人が意識してそうしているわけではないのだろうが、アラシヤマの退路を断つように壁に肘をつけながら、いまだ不可解という顔をしてアラシヤマを見ている。

「しかし……、殴りつけるっちゅうのは、穏やかじゃないのぉ」
「禁句言うたんはわてどすさかい、仕方ありまへんわ」

 まぁ、わざとどすけどな、と言いつつ、逃れられないと観念したアラシヤマはぽつり、ぽつりと事の経緯を話し始めた。




***




 朝一番に総帥室を訪れたときから、アラシヤマにはその話し合いが決して何事もなく終わるようなものでないことはわかっていた。
 昨晩遅くまで幾度もシュミレートを繰り返し、それでも覆すことの出来なかった結論。それを記載した書類を持って、アラシヤマは一つの報告をしに上がったのだった。
 
 それはとある小さな途上国の、政府を転覆させるという計画で。人道的にもかなり問題があるとされるその国を変革させることは、新しいガンマ団の理念にも則ったものだった。ほとんど決定事項として、アラシヤマの元に届けられたその計画書。だが、その計画に対してアラシヤマの下した判断はシンタローとは全く意を異にしたものだった。
 彼は、その書類をシンタローの前の机に置くと、きっぱりと言い切った。時期尚早だ、と。
 それを受けたシンタローが思わず気色ばむ。

「―――理由は」
「見返りが、足りまへんわ」

 剣呑なその視線を身に受けながらも、アラシヤマは飄然とした態度を崩さない。
 
「見返りなんざ、後からどうとでも帳尻合わせられんだろーが。今、こんなとこで議論してる間にも、あの国じゃ何百って子供たちが」

 シンタローの言いたいことは理解しているつもりだ。ただでさえ子供には甘いこの新総帥が、依頼を受けてその国を視察し、現状を目のあたりにして一刻も早くなんとかしなければと焦る気持ちも、憶測は出来る。
 だが、今の体制では、ただ敵を潰してそれでおしまいという話にはならないのだ。現政府を崩したところで、その後の新政府の樹立、弱者への人道的支援、新たな国家体制を確立させるところまで手助けできるという確信がなければ、団の介入は事態を更に悪化させる可能性もある。
 勿論シンタローにもそれはわかっているだろう。確かに、団の資本力をもってすれば、先々まで見越してそれを行うのも不可能な話ではない。だが、元の依頼主である民間組織からは、それに見合うだけの報酬はまず見込めなかった。将来投資としても、不確定要素が多すぎる。
 そして、そうした依頼は、この一件を片付ければすむと言う類のものではないのだ。
 新体制に移行してまだ間もなく、新総帥のどんな僅かな失策にもつけ込もうとしている不穏分子がどこに潜んでいるかもわからない団で、それだけのリスクを背負い込むだけの余裕はない。それがアラシヤマの譲れない主張だった。
 しかし、それらのロジックを聞いて尚、今動かなくては遅いのだ、とシンタローは言い張る。それをしなくては、何のための新体制だ、と。
 気付けば売り言葉に買い言葉。互いに譲歩できない主張に、アラシヤマが終にそれを口にした。


「今のあんさんにできることとできんことの見極めすらつかへんのどすか?ガンマ団総帥て肩書きつけて、父親とおんなじ紅い服着て、それであんさん自身が強ぅなったとでも思うてはるん?」


 はん、と冷笑しながら言ったアラシヤマのその言葉に、シンタローの体は考えるより先に動いていた。
 ガツッという重い音が、二人きりの室内に響く。
 なんとか一瞬先に歯を食いしばっていたため、地に倒れるような無様な真似はしないですんだ。だが。

 机越しとはいえ、遠慮のない力で殴りつけられたその痛みより、そうされた後の、怒りと困惑があいまったようなシンタローの顔を見たときのほうが、余程ショックは大きかった。

(―――ああ、そんなに)

 シンタローは机の上に両腕をついたまま、まるで必死に何かに抵抗する幼児のような表情でアラシヤマを睨みつけている。

(―――泣きそうな顔を、させたいわけじゃないのに)

 言い過ぎた、という後悔がないわけではなかった。だが、アラシヤマは自分の意見を変えることはできない。

「……失礼、させてもらいますわ」

 言いつつ、儀礼的にアラシヤマは頭を下げる。シンタローから返事はない。
 室内に重い沈黙を残し、アラシヤマは総帥室を退出した。




***




 アラシヤマがほとんど感情を表さず話したその経緯を、コージはむぅ、と、顔を顰めて腕組みをしたまま聞いている。すべてを話し終えたアラシヤマは、中空を見据えながら、呟くともなく言った。

「わてや―――あかんのかもしれへんのどすなぁ……」

 彼の力になりたいというのは本当。僅かでもその支えになれればと願った思いは、けして嘘ではない。
 だけど、あまりに違いすぎる。そして、きっと互いの考え方はきっと、これからもずっと交わらない。

 だが、そんなことをぼんやりと思っていたアラシヤマは、唐突にその背中を大きく分厚い手のひらで思いきり叩かれた。

「なあーに、ゆうとるんじゃ!!」

 頬の痣を忘れさせるほど、ひりひりと痛む背中。アラシヤマは目を丸くしてコージを見上げる。そこには、常にはほとんど見たことがない真剣な面持ちのコージの顔があった。

「ヌシらしゅうもない。大体おんしとシンタローはついこの前までずっと反目しおうとった仲じゃろが。一度同じ死線潜り抜けたくらいでなんもかも分かり合える思うちょったら、そりゃ考えが甘いちゅうもんじゃ」

 まるでわからずやの小学生に説教をするようにアラシヤマに顔を突きつけ、傷があるほうの片目を眇めながら、コージは言う。

「そんでも、シンタローに対してだけはいっつも真っ直ぐ向かってこうとしとったのが、ヌシのええところじゃろうが」
 
 おんしからそこを取ったら何も残らんぞ、と付け加えながら、アラシヤマの目の前でコージは続ける。
 アラシヤマは常日頃軽口しか叩き合うことのない「同僚」の、極めて真剣な表情に戸惑いながら、ただ呆然とそれを聞いている。

「見えるもん、辿る道は違ぉても、同じ志を持つことは出来る。何度ぶつかりおうて、傷だらけになってもそれでもそばにおれる人間。―――それを、親友っちゅうんじゃろう?」

 久しぶりにこれほど近い距離で、この短髪の男の瞳を見た。普段は極めて単純で大雑把な体力馬鹿としか思えないのに、その瞳の色の深さは、一体なんだと言うのだろう。

「まぁ、ヌシやシンタローは存外抱え込むタチじゃけんのう」
「あんさんは……悩み少なそうで、ええどすな」
「これで色々と考えることも多いんじゃぞ。そんでも大体いつもワシの心は甲子園の夏空のように晴れ渡っちょる」

 胸を張りながらコージは言う。その考えることの内容をぜひ知りたいものだと思いながら、アラシヤマはため息をついた。どうせ今日の食堂の日替わり定食の内容とかそのくらいに違いない。
 この男は、一の問題に対して、一の悩みしか持たないという至極単純で、潔い理念を無意識のうちに持っている。そして、悩む前にできることをまず行い、それでも残ったものは仕方ないと抱えたままにしておく包容力も。
 そんな男の考え方を、少しだけ羨ましいとアラシヤマは思った。だがそんな目前の男の思いなど全く気にせず、コージは言う。

「なんにせよ早く行っちゃりぃ。仲直りのしやすさと、ケンカの後の時間は……ほれ、アレじゃ、アレするけんのぉ」
「……比例、どすか?」
「おぉ、それじゃそれ!比例するんじゃ」
「あんさん……比例ゆう言葉すら忘れるんはヒトとしてどうかと思いますえ……」

 アラシヤマが呆れたようにそう口にすると、コージは、お、やっといつもの調子が出てきたのう、と片眉を上げた。

「でも、まぁ、言うてはることは、正論、どすなぁ……」

 アラシヤマが小声で呟いたその言葉に、ほうじゃろうほうじゃろう、と、コージは一人満足したように頷く。そして、真面目な顔でアラシヤマの胸を太い人差し指で突き、

「まだ昼メシには早いじゃろ。行っちゃり。そんで何度でも殴りおうてくればええんじゃ。―――わかったか!」

 そう言って、ニッと破顔する。
 そのあまりにも真っ直ぐでおおらかな笑顔にアラシヤマは一瞬呆気に取られたような顔をし―――そして、苦笑しつつ肯いた。

「……おおきに」




***




 秘書に総帥の在室を確認し、失礼しますえ、と言ってノックもせずにアラシヤマは室内に足を踏み入れた。
 重厚な机に向かい片手で頭を掻きながら何かを考えていたらしいシンタローは、不躾な侵入者の姿を認めると、眉間の皺を一層深くした。一度ちらりと目線を寄越した後は、その存在を完全に無視して、すぐにまた机上へと意識を戻す。

「わての顔なんて見たない、ゆう感じどすな」

 苦笑しながらそう話しかけるアラシヤマに、シンタローは僅かの反応も見せなかった。耳に入っていないわけはない。これだけの広さの部屋だ。

「そん気持ちはわかりますわ。さっき言い過ぎたんは謝ります。ただ……これだけは、聞いておくれやす」

 小さくため息をつき、内心の緊張を必死で抑えながら、極力平静な声でアラシヤマは言う。

「わては自分が一度言うたこと、引っくり返すんはできへん。どう考えてもあの計画進めるんは、団にとってはデメリットや。―――せやけど、あんさんがどうしても進めたい言わはるなら、わてはそれに従います」

 その言いように、シンタローはさすがにキッと顔を上げ、そして―――何も言えなくなった。
 そんなことじゃない、そんな台詞が聞きたいわけじゃない、とシンタローは怒鳴りつけようとした。だが、そういったことなど全てわかっているかのように、アラシヤマは何か痛みを抱えたような顔をして、それらの言葉を口にしている。
 怒鳴りつけようとした言葉は飲み込んでしまい、だが普通の会話を返すことも出来ずに。シンタローはただ、机上の書類からは完全に顔を上げた。
 そして一本煙草に火をつけたかと思うと、くるりと椅子を九十度回転させ、アラシヤマに横顔だけを見せて煙を吐き出す。険しい表情で、まるで努めて平静を保とうとしているかのように。

「……わては今でも、どっちのほうがあんさんにとってええことやったんかわからへん」

 静かに室内に響くその声。
 口にしている言葉は、シンタローに言い聞かせているのか、それとも自らに問いかけているのか、アラシヤマ自身にもよくわからなかった。

「マジック様の作らはったほとんど完璧な団そっくりそのまま受け継いで、汚いモンなんてなんも見んと、ただそこで安穏と踏ん反りかえってたほうが余っ程ラクで幸せや」

 どこを見ているのかわからない視線、意識的に何の表情も浮かばせていないその横顔に向かって、ただアラシヤマは語りかける。

「あんさんの言うことはまだ、甘ったれの坊としかわてには思えへん。せやけど、あんさんは見たいてゆうたんや。どんな汚いモンでも痛いモンでも、見て、自分の手で変えるて決めたんどっしゃろ。ほな―――」

 シンタローにとって聞きたくもないだろうその台詞は、アラシヤマにとっても自身を傷つける諸刃の刃だ。
 だがそれを口にするアラシヤマの表情は、あくまで真摯で。自分に可能な限りの感情を込めて、言った。


「そないに急がんでも―――ゆっくりそうしたら、ええやないどすか」




 豪奢な椅子の背後にある窓からは温度を伴わない冬の強い日ざしが射し込んでくる。扉の方向に伸びるシンタローとアラシヤマの影が濃い。紫煙が一筋、ゆらりと天井の換気口に向かって上っていく。部屋には冷たい陽光と沈黙が満ちている。

 黄色い太陽の光をその横顔に受けながら、シンタローが、ゆっくりと口を開いた。



































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たまにはビターに。新体制発足後わりとすぐ、といった感じで。
書ききれませんが、コージは本当に男前だと思うんです。




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