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 遥か地平線まで見渡せる赤土の大地。いつもならば空はどこまでも高く澄み渡り、濃く青く、まるで地球の果てまで続いているような気がする、国。
 だが、今日に限って。天上を見上げれば、その一部が、うっすらと白みがかった水色となっていた。
 たとえ軍用のベレーであっても、被っていなければ二時間ほどで熱射病を起こせそうな日差しが、平生よりも生ぬるい。
 ―――こういう色の空って、なんとなく日本を思い出すな。
 そう、シンタローが思って、何気なく顔を上げた瞬間。
 ぽつり、と一滴の雨粒が、その右瞼の上に落ちてきた。

「ンだぁ?―――雨か?まさか」

 気のせいだろう、と打ち消すよりも早く、土の多く露出したまばらな草原の上に、いくつもの円形の染みができ始める。最初数えられるほどだったそれは、ほんの三分も経たぬ間に、間断なく落ちてくる大粒の雨へと変わった。
 この辺りはサバナ気候。更に今は乾季だ。年間の降水記録で見れば、この時期、この地域の降水量は、とにかく少ない。ほとんどゼロに近いくらいである。

「チッ……先一週間は、降る予定なかっただろーが」

 降りしきる雨を片腕で凌ぎつつ、ぐるりと周囲を見る。

「雨宿りっつっても、この辺にゃ高い木もなーんもねぇしなぁ……」

 辺りを見回してみても、そのために調度よい場所は見つからなかった。都市部からジープで三時間。そこから更に一時間半以上歩いてきた現在地は、雰囲気としてはほとんど岩石の多い砂漠に近い。しぶとそうに根を張り大地に低く伏せている草木はいくつかあれど、寛容に枝葉を広げる木は、どこにもない。
 と、そんなことを確認しつつ首をめぐらせていたシンタローに、傍らの男が、まるではにかんだ乙女のような声をかけてきた。

「あ、あのあの、し、シンタローはんっ!」

 段々と強くなる雨の中、シンタローは億劫そうに視線だけをそちらに向ける。
 そこにはほとんど予想通りの姿、猫背気味、上目遣いに自分を見つめながら、呼気を荒くしている鬱陶しい前髪の男の姿があった。

「わて、その、か、カサ、用意してあるんどすけど……」
 
 言いながら、アラシヤマはどこからともなく一本の傘を取り出す。
 色は紺。サラリーマン必携というような、これでもかというほど絵に描いたような、ごくシンプルな―――しかし、戦場用とも思えない―――折りたたみ傘である。


 まるで予期していなかった代物の登場に、シンタローの目が思わず丸くなった。















『 あの夏の 』















 雨は強くなる一方で、もう少し経てば防水加工の戦闘服すら水気を浸透させてきそうな気配だ。
 おずおずと、しかししっかりとそれをシンタローに見せつけるように、アラシヤマは傘を両手でかたく握り締めている。

「カサぁ?!ここでか?」

 せめて、サバイバル用の雨ガッパならともかく、折り畳み傘とは。
 常識的に考えて、とても戦場に持ってくるようなものではない。

「この辺り、たまーにどすけど、急に強い雨が降ってくることがありますんや。小一時間くらいでやみますけどな」
「フーン……珍しいナ。ま、別に。そのくらいなら、すぐ乾くからいーけど」
「そ、そないな殺生な…やのうて、いや、その、あえて釈迦に説法させてもらいますけどな。戦場での雨は予想以上に体力奪うんどすえ!ナメたらあきまへん!!せ、せやけど、一本しかありまへんさかい、わてと相合ガ……」
「じゃあ、ソレ寄越せ」

 言って、シンタローは問答無用でアラシヤマの手から小型の傘を奪い取った。そして一人悠々と傘をさし、その下で無事を得る。
 アラシヤマは、あああと涙をこぼしながら、未練がましくシンタローに片手を差し伸べている。
 シンタローが傘をさしたのとほぼ時を同じくして、雨は一層その強さを増してきた。足元までは覆いきれないとはいえ、とりあえず上半身には無事を保っているシンタローとは対照的に、アラシヤマはすっかり全身濡れネズミだ。

「フフ……、ええんどす、ええんどすえ……。少しでもあんさんのお役に立てたんどしたら、わてはそれで……」

 それでも、雨の滴か涙かよくわからないほどにぐしゃぐしゃになっている片面を手の甲でぐい、と拭いつつ、男はそっと遠くに視線を向けた。
 そんな仕草をさしたる罪悪感も感じないままに眺めつつ、シンタローは傘の下から問いかける。

「てか、テメー、こーゆーコトあるって知ってたんなら、なんで前もって教えとかねーんだヨ」
「そら……、一生に何度あるかもわからんような、あんさんとの相合傘のチャンス、逃すわけにはいかへんでっしゃろ」

 アラシヤマの髪はすでにシャワーを浴びたようになっている。さすがにここまで来ると普段のポリシーも保ちきれなくなるのか、顔の右半分に張り付いている前髪を片手で絞っていた。それは続く豪雨の中ではほとんど無意味な行為ではあったが。
 シンタローに向かって言葉を続けるアラシヤマの口元は、笑みを象っている。濡れてすっかりみすぼらしく成り果てている外見との相乗効果で、その顔は常よりも更に不気味だった。
 
「フフ…ウフフ……v心友との相合傘は、わての見果てぬバーニング野望の一つどすさかいなぁ……」
「……こんなだだっ広い草原の真っ只中で、デカい図体した男二人相合傘って。どんなコントだ」
「コントやありまへんで。ロマンスどす」
「……」

 心底真面目な声音で返されるその言葉を、シンタローは黙殺した。
 雨でぬかるんだ地面は、すっかり歩行には向かないものとなっている。一歩進めるたびに足が沈み込み、そこから抜け出そうとすれば、靴の裏に重い泥土がくっついてくる。
 アラシヤマの言葉を信じるのであれば、小一時間でやむという雨。
 それならば、焦って歩みを進めることもない。この先にある小さなオアシスでの待ち合わせはどうせ夜であるし、今までの行程をかなりの速度で進めてきたため、予定には若干の余裕がある。
 とりあえず、ぬかるみのある土の部分は避けて、近くにあるやや丈の高い草むらに腰を下ろした。暑気の中を歩き通しできたのだから、このくらいの休憩はあってもいいだろう。
 アラシヤマもまた、その隣に座ってくる。肩が密着しそうになるのが、この熱気と湿気の中で非常に鬱陶しかったが、さすがにそこは黙って許してやった。点在しているこうした場所は、どこも半径一メートルから二メートル弱と、極めて貧相なのだ。
 それでも相合傘になるのだけは嫌で、シンタローは自分ひとりが中心に入るように傘をさし続ける。
 アラシヤマの頭上には雨のみならず、シンタローの持つ傘の骨の先から滴り落ちる水がぼたぼたと落ちていた。体だけは頑丈なヤツだから、まあ大丈夫だろう、とシンタローは思う。いざとなれば発火して一気に乾かすという手もあるのだし。





***





 雨が降り始めてから三十分が経過した。雨脚は、まだ弱まる気配がない。
 見渡す限り広がるサバナには、けぶった大気が満ちている。その中で、男二人は何を話すということもなく、ただ、草の上に腰を下ろして、雨のやむのを待っていた。
 さすがに退屈ではあったが、世間話を始めるような気分ではなかったため、シンタローは特に何も話さずにいた。いつもなら、これだけ至近距離にいればうるさいを通り越してウザいほど話しかけてくる男も、今はやけに静かにしている。
 シンタローはそっと視線を流して、隣に座る男の様子をうかがってみた。
 ぐっしょりと濡れそぼってはいるものの、変わらぬ、いつもの表情だ。ただ、その目だけが、どこか遠くを見ているかのように、若干茫洋として見える。
 しばらくそうして横目で見ていたものの、男の視線はそのまま変化がない。傘の下で軽く髪をかき上げながら、

「オイ」

 あくまで顔は向けず、シンタローは男に声をかけた。

「あ、なんでっしゃろ」

 ふと我に返ったかのように、アラシヤマがシンタローのほうに首をまわして答える。

「……ぼさっとしててテメーが死ぬのは勝手、てかむしろ歓迎だが、そっち側の警戒サボったらぶっ殺すぞ」
「へ。そないな風に見えましたか」
「眼魔砲食らわそうかと思うくらいには、な」

 ほとんど安全と思われる地域であっても、敵地の中であることには変わりない。ましてや、これだけ見通しのいい場所だ。土色の広がる中にぽつんと浮かぶ紺色のカサなど、絶好の標的になり得る。視界に銃口でも光れば、すぐさま動ける体制を作っておくことは、当然のことだった。
 シンタローの問いかけに、アラシヤマはすぐさま返事をした。反応自体は機敏だ。それでもまだ、どことなく常とは違うように見えるその様子に、シンタローは目を眇める。眉間に刻んだ皺が深くなる。
 そんなシンタローの表情に、アラシヤマは半ば苦笑しながら、言った。

「ここ、前にも来たことあるんどすわ」
「…ふーん」
「まだ十代の頃でしたかなぁ。せやから」

 懐かしい、ゆうような甘やかな感情とはちゃいますけど。ただ、ちょいと思い出すことはありますなぁ、とアラシヤマは呟いた。





***





 それは、アラシヤマにとって団員として二度目の遠征だった。
 以前から士官候補生として実地訓練は行っていたし、応募制の任務があれば、興味の持てるものであれば大抵は参加してきた。
 幼い時より師に連れられて既に何度も行ったことのあった戦場は、今更特に感慨の沸くようなものではなく。

 茫漠とした、暑い地での任務だった。作戦は予定を超えて長期化した。殲滅活動は、敵方ゲリラの潜伏と小規模に繰り返される抵抗により難航し、任地についてからの期間はすでに一ト月を数えていた。
 その間、雨と呼べるようなものはまったく降らず、水分と食料の補給が難事だった。
 その時の指揮官がさほど無能だったとは思わない。ただ、さほど有能でもなかっただけだ。そうアラシヤマさえもが思うほど、それは厄介な任務だった。
 


 結局、決着は、ある一つの村落を消滅させることで、つけられた。
 低い岩山を背におった地に、白い漆喰塗りの、素朴な家がならぶ、ごく小さな村。
 時間がかかったのは、そこに敵方ゲリラの首謀者らを追い込むのに、手間取ったからだ。それが完遂された以上、後に残っているのは極めて単純な作業だけだった。

 三日かけて行ったひそかな探索の後、アラシヤマの属する小隊は、その村に侵攻した。それまでの幾度にもわたる戦闘によって失われていた敵勢力の兵士たちの数は、もはや全体の過半を超えており、彼らに抵抗する力は、もうほとんど残っていなかった。指揮の通りに団員たちはそれぞれの担当する建物へと潜入し、ゲリラ活動の指導者たちの息の根を、確実に止めた。
 各家々からの悲鳴がほとんどやんだ頃、指揮官は、一軒の家屋から出てきたアラシヤマに、指先だけで指示をした。アラシヤマが、村全体を見渡せる入り口の辺りに移動する。時を同じくして、他の団員たちもまた、同じ場所に引き上げてきた。

 その村に以前から住んでいた少数の民間人は、まだ残っていただろう。
 それでも、アラシヤマにためらいはなかった。
 炎が、アラシヤマの指先から全身へと、ゆるりとうつっていく。乾いた大気は、アラシヤマの能力を活かすのにこれ以上はないという好条件だった。

 建物自体は燃えにくい材質だ。だがその中には様々な有機物が収められている。炎はじきに村全体を呑みこみ、村は、その言葉通りに灰燼と化した。大型の火器などほとんど使わずに、銃と僅かな手榴弾のみを装備した小部隊と、ほんの少しの工作。そして、一人の炎使いの手によって。
 何十年、否、何百年の間、そこにあったのであろう真白の家々は黒い煤に染められ、いくつかは倒壊した。
 生き残った生物は、おそらく何一ついなかった。


 任務は完了し、指揮官が撤収のコールを出す。
 アラシヤマもまた、特に深い感慨もなく、その場を去ろうとした。その時、ぽつり、と一粒の雨が、アラシヤマの頬を濡らした。

 空気はすっかり乾燥していたと思う。それでも、上空にはごくわずかな湿気があったのだろうか。それとも、乾季から雨季へと変化するその瞬間に、偶然にも立ち会ったのか。
 アラシヤマの炎により上昇したらしき大気は、上空で冷やされ雲粒となり、それはほとんど熱帯のスコールに近い雨となって降り注いだ。

 雨は、煤けた石畳の上に、燃え尽き重なり合う灰の上に。そして、アラシヤマの上に、淡々と落ちてくる。
 アラシヤマは思わず、両掌を上に向けて、その中に雨を受け止めた。雨は、冷たくはなかった。ただひたすらに、強い、痛みを感じるほどの雨だった。
 戦闘服に染み込んだ返り血が、雨水に混ざり足元から流れ出す。目の前に積み上げた灰の山が、融けるように崩れていく。

 戦場で、己の行ったことを間違っていたとも、殺めた相手を哀れとも思わない。そこに、後悔や悔悟といった情は、かけらもなかった―――ただ。

 雨は、自分の上にも降るのだということすら。

 忘れていた、と、赤土の上を流れる薄紅色の水脈を眺めながら、ぼんやりと思った。





***





 小さな草むらの上に座り込んで、二人はしばらくの間無言だった。ざぁぁ、と強く降る雨の音だけが、周囲に響いている。
 不意に、シンタローがさしていた傘を、己の頭上からはずした。

「カサ、もういーや」
「へ?まだ、だいぶ降っとりますえ」
「小一時間でやむんだろ」
「はぁ。多分、どすけど……それでもまだ十分くらいは」
「暑いし、汗かいてんし。ちょっとくらい水浴びてー気分になった」

 言いながらシンタローはカサを畳むと、それを足元に置いた。そして、自身は立ち上がって、ベレー帽を脱ぐ。んー、と顔をあお向けながら、軽いのびをした。
 雨が、シンタローの長い黒髪の上に降り注ぐ。同時に、雲の切れ間から零れる陽光が、その髪を艶めかせた。
 雨水が髪を伝い、頬と首筋に流れていく。その横顔を、アラシヤマはじっと眺めていた。 
 シンタローが、ん?という表情で、片眉をあげてアラシヤマを見下ろした。

「オマエ、ささねーのかよ。せっかく返してやろうってのに」
「ハハ。今から、どすか?」

 あくまで俺様の口調でそう言うシンタローに、アラシヤマは苦い笑いで返す。

「大丈夫どす。わて、雨自体は、そう嫌いやあらへんのどすわ……」

 言いながら、ゆっくりと空を見上げた。地平線近くの空は、深く澄んだ青空。太陽の光も、もう大分戻ってきている。そんな中での驟雨は、どことなく不思議で、心地よい。

「あんさんの、そない色っぽい姿も拝めますしナv」
「今ココで、何も見えない状態にしてやろうか?」

 頬の横で両手を組んでしなを作るアラシヤマに、シンタローは笑顔のまま右手の上に光球を浮かべる。褒めとりますのにぃ~、とハンカチを噛み締め涙を流すアラシヤマに、オメーが言うとキモさしか感じねぇ、とシンタローは平坦な声で返した。
 雨を作り出す積乱雲は、もうほとんどが後方に流れ去りつつある。
 空が、明るい。僅かに残る雲の一面にも光が当たり、それはまるで中世の絵画のようなコントラストだった。

「そろそろ、やみそうな気配どすえ」
「ああ。―――行くか」

 合流地点まではあと三キロ弱。ニ、と口元に不敵な笑みを浮かべつつ、シンタローは足元のカサを、無造作にアラシヤマに投げつける。
 それをぱしり、と受け取りつつ、ともに全身濡れたままのアラシヤマもまた、立ち上がった。

「シンタローはん」
「ぁん?」

 顔に張り付く髪と、びしょ濡れの戦闘服の裾をしぼりつつ、アラシヤマはシンタローに向かって、笑う。

「次の機会には、今度こそ相合傘しとくれやす。大きめの可愛いらしいカサ、買うときますさかい」
「その分、給料から前もって引いとくぜ。どうせ使わねーんだから」

 シンタローはくるりと踵を返して、ぽたぽたと落ちる水滴もそのままに、先を歩き出した。足元はぬかるみ、まだ歩きづらいことこの上ない。だが日差しが本格的に戻ってくればそれもすぐに、もとの乾燥した大地となるだろう。
 アラシヤマがゆっくりとその後を追う。二人分の軍靴の足跡が、広い草原の上に点々と跡を残す。
 赤黄土の上に一陣の風が吹く。そのときアラシヤマはほんの少し顔をあげ、一瞬だけ、薄く目を閉じた。




































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久々更新は、アラシン雨モノでした。題名は小野茂樹氏の短歌よりいただきました。
霧雨の京都探訪話とか、アラがなんとなく耳に残った英語の歌(『雨に濡れても』)口ずさむとか、
雨で繋ぐ三話くらいのオムニバスにしようとか色々考えていたのですが、結局こんな感じに。

この小説は、先日素敵絵をリクエストさせていただいた3UI圏外のニイナ様に献上いたします。
リクの内容は「アラシヤマがびしょ濡れになっていれば…」で、
いただいたメール等々も、参考にさせていただきました。
御礼と申し上げるのも僭越ですが、受け取っていただけましたら嬉しいですv






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