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15.参りました。    53*28


 


 


 


 


 


 「で、まだ飲んでる、と」


 「うん。まだ飲んでるんだよ」


眠そうな目を擦りつつグンマは言って、それから大きな欠伸をひとつした。


シンタローが帰ってくるのを寝ずに待っていたという言葉通り、ヒヨコ柄のパジャマを着た彼は左手に眠気覚ましのコーヒーを、右手で既に眠ってしまったキンタローの頭を撫でつつそれでもきちんと状況を説明した。


大きな図体で、しかも普段はグンマより頼りがいのある自分をアピールする彼が、よもや従兄弟の膝枕で無防備に眠っているなどと言うことが団員たちに知れたら…面白いから今度ばらしてやろうかと思いつつ、心遣いを労いグンマに部屋に戻るように伝える。


 


父親の奇行はいつものことで、またなにか始めやがった、で片付けることにしている。一々付き合っていては神経が持たないし、また大抵はシンタローの気を引きたいがためにしていることで、反応すればそれは彼を喜ばせるだけのことだということは早々に学習していた。


だからなにをしていても、結局半分は巻き込まれてしまったとしても無視することにしているのだが、それが重なるとこのような事態に陥ることも分かっていた。


このような事態。


キンタローを引きずって、リビングから出ていくグンマを見送ると溜息を吐き、それから彼の部屋へと向かう。


マジックの部屋へ。


手間ばかりかかるバカだけど、放っておく訳にはいかないから。


口元が、少し微笑んでいることは気付かない振りで。


 


 


 


今日はファンクラブの講演会だとかで外出していたマジックは、八時を過ぎて帰宅したときは既に酔っていたという。


酒に強いはずの彼が酔うこと自体珍しいのだが、それは年に一、二度あることだった。


シンタローが構ってくれないことが続くと、拗ねてしつこく文句を言ってくるうちはいいのだがそれを越えると今日のようにやけ酒に走るらしい。ザルを越えて枠の分際で酔うほど飲むとは、一体どれほどの酒量を消費しているのやら。体も心配だがその代金を考えると貧血が起きるとシンタローがぼやくのも、守銭奴魂だけから来るものではなかった。


若い頃とは違うのだ。


もっと自分の体のことを考えて欲しい。


意識があるようならキッチリ言い聞かせなければならない幾つかの小言を口の中で呟きつつ、マジックの部屋のドアをノックした。


 


当然のように返事はなく、仕方なく入室した部屋の中には甘い酒の香りが充満している。


テーブルにはウィスキー、ブランデー、ウォッカ、テキーラと、アルコール度数の高い酒瓶ばかりが並んでいて、しかもその殆どが空になっていた。


一応、なにかをつまむという意識は残っていたのか、白い皿にはチーズやクラッカーが載っている。囓りかけのチーズがだらしない。テーブルに散ったクラッカーの欠片が情けない。


ソファーに蹲って眠る、小さく丸めた大きな体が、愛おしい。


 


 「こら、寝るならちゃんとベッドに行け」


肩に手を当て揺すってみても、相手は微かな寝息を立てるだけで起きる気配はない。幾度か繰り返し、それでも反応がないのを確かめてからシンタローは寝室に向かうと薄手の毛布を手に彼の元に戻り、そっと体をくるんでやった。


それから自分は浴室に向かい、着ていたものを脱ぐと手早くシャワーを浴びた。


この部屋で入浴するのはいつものことだから、着替えや身の回りの品は一通り揃っている。一日の仕事で疲れた体を休めるには、出来れば湯を張った浴槽に浸かりたいところだが今日は諦めるしかない。あの酔っぱらいをベッドに寝かしつけるまで、自分にも安眠は訪れないのだ。


濃紺のパジャマを着て、お揃いの、彼のそれも取り出す。


洗面器に湯を溜め、タオルを浸すとパジャマと一緒にマジックの元へと運んだ。


酔っぱらいは未だ熟睡中で、いたずらに頬を突いてみたが反応はなかった。


温まったタオルを絞り、顔や首を拭いてやる。こんな状態になっても襟元を崩してもいないシャツのボタンを外し、胸元まで拭いてやると小さな抵抗が返ってきた。


むーとか、んーとか言いながら身を捩る。


子供のような仕草がおかしくて、高い鼻を抓み揺すってやった。それでも起きないから今度は耳元を擽ってやる。


そうして何度かタオルを濯ぎ、上半身を清めてやると漸く薄目を開けてこちらを見る彼と目が合った。


けれど分かっている。目が合っただけなのだ。


その証拠に、マジックにとってかなりおいしい状況であるにも関わらず反応は皆無で、それどころか“鬱陶しいことをされている”と思っているのがありあり分かる不機嫌そうな顔をしているのだ。シンタローは笑いを堪えるのに必死になる。


放っておいて。そう言い出しそうな唇にチュッと音を立てキスをしても、むずがるマジックは首を振りソファに埋もれようと身を捩る。


バカだ。


バカで、かわいい。


年に一、二度であっても、こんなサービスを受けているなどと知れば自分自身に嫉妬しかねないだろう。意識のあるときにしてくれと、泣いて喚いて強請るに違いない。


してやらないけど。


絶対に、そんなこと、気付かせないけれど。


愚図る彼を宥めながらパジャマに着替えさせていく。さすがに全身を拭いてやる訳にもいかないので、下は履き替えさせるだけに留めた。


ぐったりと力の抜けた体は重みを増し、シンタローですら抱えるのに苦労する。元より、悔しいかな自分よりも長身の体は持て余し気味なのだ。ましてやのし掛かられる重みに慣れた身には、出来れば運搬時のミステイクは招きたくない惨劇でもある。


こうなった彼の意識が戻ることはないと分かっていても、慎重に構えて損をすることはない。


両脇に腕を差し入れ抱え起こす。


背負うのが一番楽で確実だから、自分の体を下に差し込むようにしてマジックを背負った。よいしょ、と声には出さず気合いを入れて、くたくたに脱力しきった彼を落ちないように支えながら寝室へと歩いていく。こういうとき、部屋が広いのは考え物だ。


 


明かりは付けず、そのままベッドに彼を降ろす。


小さくむずがる声が聞こえたがやはり起きる気配はなく、手早く寝やすい体勢に直してやると布団を掛けた。


少し、考えて。


それから隣に、横になる。


自室に戻ってもいいのだが、こうなったときのマジックを放り出せるほど自分は薄情ではないし、なにより彼を愛しすぎている。


並んで横になると、酔っぱらいの頭の下に腕を差し入れ自分の胸元に引き寄せる。


抱き締めると、甘い香り。こちらまで酔いそうな強い酒の臭いは、彼のものでなければ眉を潜めるところだった。


どうして。


なぜ、彼だと許せるのか。


なにもかもを許せるのか。


愛せるのか。


抱き寄せた頭を抱え、髪に、指を差し入れる。撫でる。


いつも彼が自分にするように、こめかみや額に口付けながらずっと髪を撫でていると、どうしてだか涙が滲んできて慌てて指先で目元を擦った。


泣きたくなるほどの愛情。


泣きたくなるほどの幸せ。


そんなものがこの世にあると突き付けたのはマジックだし、教えてくれたのもマジックだ。


憎しみを感じたことがある。けれどそれは恨みではなかった。越えられないのは所業ではなく、彼の、自分に向ける感情だ。愛されすぎておかしくなる。いとしすぎて、苦しくなる。


なにもかもに背いているのに、それでもこの腕の中にいると安心する。


彼を愛している自分に安堵する。


二度と離れない。憎しみあわない。擦れ違いはしない。絶対に。


眠る彼の頭を抱き寄せ、そっと、幾度も髪を梳き、声には出さず囁いた。


 


おやすみ。


よい夢を。


 


幸せな夢を。


 


出来れば、その夢の中に自分がいるように。


笑い合っているように。


 


 


思いが、違わず通じているように。


 


おやすみ。


 


 


 


 


 


 


 「シンちゃ―――んっ!!」


 「ぐえっ」


本当に死ぬかも、という力で抱き締められ、シンタローは咄嗟に握りしめた拳で本気の一撃を食らわせる。


ガツッ、という音が響き、恐らく彼でなければそれなりの怪我を負ったであろう反撃をしたところで漸く息を吐くことが出来た。


 「いたいよぉ」


 「痛いようにやったんだ」


 「頭を殴ったら、パパ、バカになっちゃうかもよ」


 「既になってるだろうが」


 「そんなことないよ、パパはこれでも結構頭がいいんだよ。かけ算の七の段だってちゃんと言えるんだから」


 「グンマレベルの知識階層をひけらかすな」


 「おや、あの子はあれで得意分野に関してはエキスパートだけどねぇ」


そんなこと言われなくても分かっている。ただ、その方向がひん曲がっているのではどうしようもないという事実も含めて。


 「夕べは確かソファで寝ちゃったと思っていたのに、気がついたらシンちゃんと寝てるじゃない。しかもパパ、ちゃんと着替えているし。お前が世話をしてくれたんだろう?」


 「…文句言ったら、自分でちんたらやってたぜ」


 「うそ。パパ、そんな甲斐性はないよ」


 「不甲斐なさを自慢するな」


 「だって本当のことだもの」


ベッドに正座して、真面目な顔で言い募る。バカで、かわいい。


 「寝惚けてワーワーうるさいから、一緒に寝てやるって言ったら着替えてベッドに入ったんだよ。そのくらい覚えておけ」


 「そんなことしてないってば」


 「した」


 「してない」


 「し、た。あーもういいから、起きたならシャワー浴びてこい。酒臭い」


 「え、本当?それは大変だ、シンちゃんも一緒に浴びなきゃ」


 「なんで」


 「だって、一緒に寝てたんだから移っちゃってるよきっと」


 「…自分の部屋で入る」


 「えー、いいじゃない。一緒に入ろう?ね?」


大きな図体で、首を傾げて。


一欠片だって可愛くないのに、愛しく感じるのが面映ゆい。


 「風呂ならともかく、シャワーを一緒に浴びるのなんか狭苦しいだけだろ」


 「あー、シンちゃんたらさりげなくエッチ」


 「…死にたいのか」


 「遠慮しておくよ」


あっさり聞き分け、マジックはベッドを降りると浴室へと去っていった。


上機嫌なのは目覚めと同時にシンタローの顔を見たからだろう。いつものことながらその現金さには呆れるしかない。


それでも、シンタローも悪くない寝覚めに口元が弛むのだから彼のことばかりとやかく言う資格などないのだけれど。


まあ、そこは、ともかく。考えないように。


呟きながら寝室を出て、浴室のドアを叩き退室を伝えてから自室に戻る。家を出るにはまだ早いので、シャワーを浴びて朝食を作ろう。夜更かしをさせたグンマと、ひとり暢気に眠っていたキンタローの分も。


足取りが軽いのは幸せだから。


今日は、とても、気分のいい朝。


 


家族で食事をして、身の回りのことを少し話して出勤時刻を迎える。


着替えを済ませたところでマジックがやってきたので、今夜は早く帰ると伝えてやった。喜ぶ顔はまるで立場が逆転したような、子供の頃の自分を見ているような懐かしい気持ちになるけれど、寂しい思いをさせていたと自覚させられる瞬間でもあるからそれはあまり喜ばしい表情ではない。


近付いてきて、抱き締められる。大人しくしていると、彼は小さく笑った。


 「パパ、いい夢を見たよ」


 「へえ」


 「とてもいい夢」


 「どんな」


 「シンちゃんが出てきた」


 「俺が?」


 「うん」


 「出てきて、なにしてた?」


 「んー…出てきたの。それだけ」


 「それだけかよ」


 「うん。よく覚えてないんだ。でもシンちゃんが出てきただけで幸せだからね」


 「安いやつ」


 「安くないよ。シンちゃんは私にとって、世界中のどんな宝より高価だから」


 「あっそ」


 「うん」


いつまでそうしている訳にもいかず、マジックの腕を軽く叩くと抱擁が解かれ、瞼にキスがひとつ、贈られた。


 「待ってるからね」


 「飲むなよ」


 「待ってる。ちゃんと」


嬉しそうに笑う彼の頬にキスを返し、それから部屋を出ていった。


マジックは、その場に残り手を振っていた。


 


ドアが閉まると、降っていた手を下ろしマジックは軽く目を伏せる。


 「ごめんね、シンちゃん」


謝ることは二つ。


 


ひとつは、高価な酒の殆どを飲まずに流しに捨てたこと。


そしてもうひとつは。


 


 「だって、寂しかったんだよ」


 


年に一度か、二度だから。


だから許して。


いとしい、ひと。


 


 


 


今日は早く帰ってくれる。


自分を愛してくれる大切な者のために、温かな食卓を整えよう。


 


幸せは、やっぱり、自分で作るもの。


 


 


 


 


 


 


END


 


 


 


 


 


                

                                  参りました、は、作者の心境でした


                                    いくらなんでも、甘すぎるだろう、これ…


 



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