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「―――HAPPY BIRTHDAY!おめでとうございます、シンタロー総帥、キンタロー博士!!」




 薄いシャンパングラスが合わさるリィン、という音が、日の落ちたガンマ団本部の中庭に響き渡る。
 五月二十四日。
 ガンマ団の二大トップと言われる二人の誕生パーティーの始まりに、出席を許された上級幹部以上の団員たちがそろって歓声を上げた。そこには当然の如く、青の一族や伊達衆の顔もある。
 中央塔に近い場所には、紅のクロスが掛かったテーブルが、中庭を横断するほどに伸びている。並べられているのは、世界の一流コックの手による料理だ。
 中庭のところどころには小さな白のテーブルが置いてあり、そこには赤白の最高級ワインとシャンパン、きりりと冷やした日本酒などが用意されていた。


 シンタロー、キンタローの順にスピーチを終え、親族と参加者を代表してマジックが行った祝辞が終わると、後は歓談に入った。
 それも時が経過するにつれ、段々と無礼講の様を呈してくる。
 だがパーティーの開始から三時間以上が経って、主役の一人であるキンタローは、ふとした違和感に気付いた。
 その瞬間、気付かなければよかった、と後悔はしたが、気付いてしまったのだから仕方がない。放っておくのも気分が悪く、ふう、と一つため息をついて、歩き出す。














 
『 The heart Asks Pleasure First 』















 違和感の元凶は、ガンマ団中庭の隅の隅、鬱蒼と茂る林の入り口で、一人場違いな(というにもパーティーの中央からはあまりに離れているので目立たなかったが)どんよりと重い空気を背負い、ちびちびとワインを舐めていた。
 近づくだけで負のオーラを感じるようなそこに、キンタローはあえて一歩を踏み出す。

「アラシヤマ」

 闇の中にもよく通るバリトンで話しかければ、男は少し顔を上げる。いつもより幅が狭いように思える髪の隙間から、上目遣いにキンタローを見上げた。

「……なんどす。ああ、あんさんもおめでとさんどすな」
「俺のことはいい。それよりお前は今日、シンタローに祝いも何も言っていないな。一体何を企んでいる」
「……」

 普段のアラシヤマの行動からすれば至極まっとうなキンタローの疑問にも、アラシヤマは答えない。
 ただ、自嘲のような相手への侮蔑のような薄い笑みを口元に浮かべ、ふい、と視線を逸らした。
 そんな男の態度が気に食うわけもなく、キンタローは片手を腰に当て、もう一度言う。

「いいか、お前がシンタローに何も言いに行かない、というのはだな……」
「……シンタローはんへのプレゼント、どす」
「なに?」

 常よりも大分低い声で、ぼそぼそと独言のように吐かれたその言葉に、キンタローは怪訝な顔をする。
 アラシヤマがやや遠くに視線を向けながら、またちびりとワインを舐めた。

「『シンタローはん、そろそろお誕生日どすな……欲しいモン、なんかあります?』ゆうたら『俺の半径三十メートル立ち入り禁止』言われましたんや……。泣き付いてなんとか『当日は』いうことになりましたけどな……」
「……そうか」
「去年は金目のモノなら、って言わはったから特注で純金製高さ五十センチメートルの舞妓人形あげましたんに……その場で融かされて、ソッコー換金されましたからな……。……なにがあかんかったんやろ……」
「……」

 とりあえずセンスが、ということは間違いない。そう心中で答えつつ、キンタローはひたすらに陰気を発散する男にため息を一つつく。
 足元の草むらには何本かのワインボトルが置いてあった。キンタローが栓のあいている一本から、手酌で、自分の空いたグラスに見事なボルドーを注ぎつつ男を見ると、男は目を細めて演台の方向、パーティーの中心部分を眺めている。

「―――今日は、同期やらサービス様やらに囲まれて、久しぶりにええ顔で笑ってはりますわ、シンタローはん」
「そう、だな」
「あんさん、シンタローはんの中に居たときの記憶て、はっきりしてますのん?」
「しているとも言えるし、していないとも言える。事実の記憶としてはあるが、実感は無いな」
「そうどすか」

 自分で訊いておきながら、アラシヤマはさして興味も無いように素っ気無い返事を返す。
 それから目を細めたまま、ぼそり、と低い声で呟いた。

「あの島でのシンタローはん、思い出しますわ。もしくはもっとずっと昔の、十代の頃の」

 特にキンタローに向かって語りかけるというわけでもなく。ただ淡々とアラシヤマは言葉をつむぐ。

「新総帥にならはってから、あないな笑顔、ほんま少のうなってまいましたからなぁ……。去年の誕生パーティーも、あんさんはむずがるわ、シンタローはんは前線から戻れへんわでえらいことになって」

 ようやっと、ここまでは来れた、ちゅうことどすな、とアラシヤマは言う。
 キンタローの脳裏に、昨年の誕生パーティーの時の、お世辞にもいいとは言えない記憶が蘇る。シンタローがその時どうしていたのかさえ、ロクに覚えていない。それほどに、当時の自分はまだ、己の立ち居地を確立できていなかったのだ。
 ただ一つ、これだけは確かなことがある。

「昨年、招待されていなかったのに、よくそんな見てきたように言えるな。お前は」
「ま、誘われたとしてもあの頃のわてどしたら、パーティーは忙しゅうて都合つかへんかったでっしゃろけどな」
「だが誘われなかっただろう」
「されたとしても、言っとりますやろ!それにシンタローはんにはきちんと会いに行……」
「会いに?」
「な、なな、なんでもあらしまへんわ」

 容赦のないツッコミにアラシヤマは眉をひそめ、キンタローを睨みつける。
 だがそれに対してキンタローは特に反応もせず、当人としては嫌味を言ったつもりですらないようだった。いたってマイペースにワインをあおっている。
 アラシヤマが徐々に視線を緩め、やがて諦めたように息を付く。

「ま、せやけど、今、あんお人のああいう笑顔見てると……なんちゅうか、ほっとしますわ。最近またピリピリしてはることが多いから、余計そう思いますな」

 そう言いながら、もう一度明るい方―――シンタローの方を見るアラシヤマの目は、一瞬、キンタローが驚くほど穏やかな光を宿していて。
 その表情に意表を突かれやや動揺したキンタローの口から、今度は意図した皮肉がついて出る。
 
「お前の存在がなければ、いつもの棘々しさも、もう少し薄れるんじゃないのか」
「何べんもゆうてますけどなぁ。あれはシンタローはん流の照れ方なんどすえ」

 そのポジティブさだけは評価したい、とキンタローは心底から思う。あとはその方向性さえ正しければ言うことはないのだが。
 だが、そんなことを思っていたキンタローから顔を背けたまま、アラシヤマは続けた。

「―――それに、たとえあれが本心でも、わてがあんお人のそばで働いて生きていくゆうのには変わりはあらへん」

 それは強がりでもなんでもなく、この屈折の過ぎた男には信じがたいほどの、愚直なまでの声。

「この先シンタローはんが三十になって四十になって、五十になって、還暦迎えはって……。自分の一番好きな人のそないな歴史、近くで見てくことができるんどすえ。こないに幸せなこと、ありますかいな」

 ほとんど陶然に近い声で、男は言う。キンタローからその表情は見えない。
 黒い襟足が、木々を渡る風になびいた。男の髪の長さは、もうほとんどあの島に居たころと変わらない。


「……シンタローは、かなりのところ嫌がるだろうがな。災難なことだ」
「いちいち癇に障る言い方しますなあ。せやけどあんさんかて、おんなじどっしゃろ」
「同じ?」

 アラシヤマが振り向きざまに言ったその言葉を、キンタローは思わず聞き返す。
 そないなこともわからんのどすか?という軽侮の表情を露わにして、アラシヤマは、ハン、と口元を歪めた。

「わてはシンタローはんさえ祝えれば後はどうでもええどすけどな。せやけど、今年も来年も、再来年も。あんさん、あの傍迷惑で小うるさそうな親戚一同やら変態ドクターやらに、この先ずっと祝われ続けるんでっせ?
 わてからすれば、それかて十分災難みたいに見えますけどな」

 アラシヤマのひたすらに人を小馬鹿にしたその声に、だがキンタローは僅か、目を丸くする。
 二人の周囲をとりまくのは確かな、けれども不完全な闇。そこに、夜の空気を通じて、明かりの灯る方向から歓声が薄く聴こえてきた。

「……そうか……」

 アラシヤマを見ず、明かりの方に目を向けたまま、キンタローは独言のように呟く。
 そして、手の内のグラスの中身を、ぐっと一気に飲み干した。

「一人にも祝われない貴様よりは、随分と幸せかもしれないな」
「失敬どすえあんさん!言うてええことと悪いことがありますやろ」

 禁句が発されたことに、アラシヤマは瞬時にどす黒い妖気を身にまとう。そしてこの気に食わない男にワインでも引っ掛けてやろうかと忌々しく思った瞬間。
 その目論見は男の予想外の行動に、見事に邪魔された。



「―――感謝する」
「へぇ?」

 言いながら、キンタローの上体がぐらりと揺れる。片目を見開いた対面の男の肩に両手をかけると、その片方の手の甲に額をのせるようにしてキンタローはアラシヤマにもたれかかった。

「な、な、なにしはりますんや!わてはそないなケは―――て。もしかして、あんさんそない真っ白い顔して、酔うてはりますの?!」

 怒鳴りつけながら、アラシヤマは男にもたれかかられているという生理的嫌悪感に、思わず相手を蹴飛ばそうとした。思いきり顔をひきつらせながら金髪の男に目をやり、―――そして、その手が止まる。
 アラシヤマの肩に額を乗せたキンタローの口元は、なぜか笑いを象っていた。

「酔ってなどいない。いいか、もう一度言う、酔ってなど……」
「あかん……。酔っ払いの症状そのまんまどすわ」

 ぐったりとアラシヤマにもたれかかり、酒臭い息を吐く金髪の、団員いわく『お気遣いの紳士』。
 アラシヤマはどうすることもできずに、心の中で救難信号を発信しながら天を仰いだ。

 そのとき。

「あれぇ?話し声がすると思ったら、アラシヤマ?」

 がさがさ、と近くの草を踏み分ける音がして、登場したのは正に今見上げた天の助け。

「ええとこ来なはったぁーー!!グンマはん!このオコサマ、宜しく頼みますわ」
「へ……え?ええっ、主役なのに見当たらないと思ったらこんなトコでつぶれちゃってたの??キンちゃん」
「そうどす。ほな、後はよろしゅうに」

 言って、アラシヤマはさっさとキンタローをグンマに押し付ける。え?え?ちょっと?と困惑し、成人男性にしてもかなり上出来な体躯を誇る男をとっさに抱えさせられたグンマは、その場に尻餅をついた。
 アラシヤマはといえば、すでに十メートルほど離れたところを駆けている。

「アラシヤマはどうするのー?」
「十二時過ぎましたさかい、シンタローはんのとこどすーーーー!!」

 叫ぶその声は、助かった、という思いと彼の人の元へと行ける喜びで浮かれきっていた。









 キンタローを抱えたまま芝生の上に座り込んでしまったグンマは、そろそろと姿勢をずらして、キンタローを、頭が自分の膝の上に来るように横にした。
 傍目には酔っているようには到底見えない白皙を上から覗き込みながら、小声で話しかける。

「キンちゃん、大丈夫?お水持ってこようか?」
「……ああ。いいか、俺は決して酔ってなど……」
「だめかぁ。それにしても、アラシヤマが言ってた十二時って、なんのことだったんだろ」

 会話が成立しないことに諦めの息をつき、グンマは、んー、と視線を上げる。
 その時、膝の上から、寝言のような途切れ途切れの声が聞こえてきた。

「……プレゼント、だ、そうだ。十二時、までの」
「…あー……なるほど~……」

 それだけの単語からなんとなく事情を察したグンマは、ほんの少し眉尻を下げる。

「でも、ちゃんと最初から、今日…昨日だけって約束だったんだね」

 涼しい夜風が、綺麗に刈り取られた芝生の上を駆け抜ける。

「シンちゃんはやっぱり優しい―――ねぇ?キンちゃん」


 呟きつつ、膝の上に乗せたキンタローの金の髪をすくと、その持ち主は既に安らかな寝息をたてていた。
 中庭の照明はまだ消えそうにない。日付が変わっても、宴は当分の間続くようだ。



「ハッピーバースデイ、キンちゃん、と、シンちゃん。僕ら、四人でこれからどんどん幸せになるんだよ」


 囁くように唄うように、唇からこぼれた言葉は。遠方から聞こえる歓声と風の音に混ざって、溶けた。



































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シンタロー、キンタロー、はぴばすで2007。23→24の日付変更4時間前にネタが降りました。
出来はともかく愛情だけは…!!
一つでも多くの幸せが二人の上に降りますように、と、


題名は映画『ピアノ・レッスン』の有名なあの曲からいただきました。すごく好きです。

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