黒髪のシンタローと「分れ」て、新たな名を付けられ、あの島で死闘を繰り広げ、そうして今は、かつて自分の半身であった男の補佐という立場にいる。
あの島で持っていた怒りや憎しみ、悔しさや愉悦、そうした感情のほかにも、初めて知る感覚は数え切れないほどあって。グンマや高松のけしてそうとは感じさせない気遣いや、シンタローとの幾度もの衝突を繰り返しつつ、多くのものを学んだ。
基礎的な知識はシンタローの中にいるときから身に付けてはいたけれど、それらは全て薄い皮膜を通したような感覚で。初めて生身の体で実感する様々な事象に戸惑うことも多かったが、ようやく自分はこの「居場所」に安んじていられるようになったと思う。
だが、それでもまだ理解するには難いこともいくつかはある。それが自分という特異な生い立ちを持つ人間だからなのか、それとも一般的なことなのか、それすらもキンタローにはわからない。だがとにかく、しばしば奇声と共に総帥室に飛び込んできては意味不明のことを立て続けにまくしたて、挙句最後は必ずシンタローの眼魔砲によって香ばしい匂いをたてる羽目に陥っている男の行動も、その疑問のかなり上位を占めるものだった。
『Reason』
団内の中庭、珍しく一人で行動していたときにばったりと男と出くわしてしまったキンタローは、そんな事を瞬間的に思い出していた。
男は中庭のベンチに腰掛け、何かのレポートらしき紙の束を眺めている。空は綺麗な冬晴れだが、まだ日光浴をするには寒すぎる。周囲に人影はない。
気付けばキンタローは男のそばまで歩み寄っていた。深い意味はない。あえて言うならば、それは男に対する純粋な好奇心からだ。
男が自分に対して、時に明らかな敵意をむけてくることは知っている。今に見てなはれ、だの、シンタローはんの一番の親友はわてどすからな、など、理解は困難だがとにかく皮肉めいたことを言われたことも、一度や二度ではない(そのたびに大概横にいるシンタローに眼魔砲を浴びせられていたが)。
それでも、そうした行動すらキンタローにとっては不思議の一つで。二人きりの今なら、多少その謎の手がかりが掴めるかと思ったのだ。
「あんさん、デカい図体でそこに立たれるとこっちが日陰になります。どいてくれなはれ」
近づいたキンタローに書類から顔も上げずに男は言った。
キンタローはややムッとしながらも、それでも素直に一歩横によける。
「何をしているんだ、こんなところで」
「見てわかりまへんの?書類の確認どす。今開発課から受け取ってきたばっかどすけど、チェックだけどしたらわざわざ部署まで戻ることもあらへんさかい」
ぱらぱらと紙をめくりながら、人を小馬鹿にしたような口調で言う。
「あんさんこそ、珍しゅう一人でヒマそうどすな」
アラシヤマは相変わらず書面から顔も上げない。なんとなく大の男二人が並んで腰掛けるにはこのベンチは狭そうだと思い、キンタローは隣には座らずに立ったまま黒髪を見下ろすようにして話す。
「シンタローがコタローの様子を見に行っている。アイツもたまには二人きりで話したいこともあるだろうと思ってな」
席を外した、とキンタローは答えた。
へぇ、そらお優しいことで、とアラシヤマは皮肉げに言う。やはりその態度は、どう見てもあからさまな敵意が剥き出しだ。
「―――いつも、思っていたんだが」
「なんどす?」
「お前は何故、そう俺にばかりつっかかるんだ?」
あまりにストレートなその問いかけに、アラシヤマは思わず噴き出しそうになった。だが、キンタローとしては冗談などというつもりは皆目ない。極めて真面目な話だ。
「あの島で俺がしたことを恨みに思っているのなら、それは仕方がない。だが、他の人間はそうした態度は取らないし、お前もどうもそうした理由で俺を疎んじているというわけではなさそうだ」
キンタローにとっては、心から不思議で仕方がないのだ。この男が元から人付き合いの良くないことは知っている。だがそれでも、自分に対してのソレはあまりにもあからさまだと思う。
アラシヤマはようやく書面から顔を上げて、どこかぐったりしたような表情で言う。
「あんさんは……ホンマ、なんちゅうか……わての方が阿呆みたいに思えてきてまうわ」
そうして、がしがしと鬱陶しく顔を覆う前髪を掻いた。
「理由なんて、そんなんあんさんがいつもシンタローはんの傍におれるからに決まっとるやないの」
「……本当に、それだけなのか?」
「そうどす。しかも、それで当然てカオしてはる。ま、確かに当たり前のことなんどすけどな。あんお人の心友のわてとしては、そんでも心中穏やかやいられへん、ちゅうことどすわ」
あーなんでこないなことまで説明せなあかんのやこのやや子は、と頭を抱え込みながらアラシヤマは唸る。
それでも、キンタローはまだわからないという顔をしてアラシヤマに質問を続ける。
「しかし、お前だってしょっちゅうシンタローにまとわりついてくるだろう。……凝りもせずに」
仕事として、そして多少面映いが家族として自分がシンタローのそばについていることは何ら不自然ではない。それよりも男の奇矯な行動のほうがキンタローには不可解だ。
近づけば嫌な顔をされ、何を口にしようと聞き流され、挙句の果てには軽傷では済まない眼魔砲だ。団員たちの口にも、その振る舞いはストーカーじみているとの噂となり、それはこの男にとって名誉なことではないだろうに。
だが、そんな事を考えていたキンタローの顔を、アラシヤマはほんの少しの間、じっと真正面から見据え。
そして、ぼそりと呟くように言った。
「あんさんとわてとじゃ、立場が違う。―――わてはシンタローはんのそばにいるために、ただできることをしとるだけどす」
その一言は、キンタローにとって、完成など見込めないと思っていたパズルの、足りないピースだった。
どうしても解けなかったそれが、頭の中で次々と組みあがっていくのを感じる。
そして、ああそうか、と思った。
総帥であるシンタローのそばにいるには、この男にはそれ以外の手がなかったのだと。
シンタローのほうから近づくわけにはいかなかっただろう。
彼はすでに「総帥」で、一個の感情で個人に向き合うべき人間ではないからだ。
今は伊達衆と呼ばれるあの四人が、総帥にとって特別な存在であることを、知らない団員はいない。
ただでさえ妬み嫉みの類には事欠かないが、そういった中傷がなされるとき、寵愛を受けているとされる人間以上に憎まれるのはシンタローだった。たとえそれが当人への順当な評価であっても、贔屓と取られることも多い。
シンタロー自身はアホらしいと公言してはばからないが、それでも団内の立場というものはある。絶対的な畏怖を持って団内を完璧に統治していたカリスマ総帥の、あまりにも急な代替わり。その影響は計り知れず、ほとんど創設時に近い混乱の状態は、どこに反対派が潜むかわからないだけ、統率に関しては当時よりもなお悪いと聞く。
だから。
彼は、シンタローを追い回すようになったのだ。シンタローからいかに無碍に、邪険に扱われようと、執拗に。
時に過剰なまでの愛情表現を持って、友情という言葉に固執し、ストーカーまがいの行為をして。
そして、彼がシンタローのそばにいることは「やむをえない」ことであり、シンタローが「嫌々ながら」彼の対応をしている、という構図を作った。
実に見事ではないか。
彼を特別扱いしているなどという噂はたつはずがなく、むしろ総帥はあくまで被害者で。
そうして欠片(かけら)も傷つかないまま、シンタローは彼をずっとそばに置いておけている。
「キンタロー?なに人の顔ぼけっと眺めてはるんや」
ふと気づくと目の前にいる鬱陶しい黒髪の男が、眉を顰めて怪訝そうな顔でこちらを見ていた。どうやら自分でも知らぬ間に相手の顔を凝視していたらしい。
それ以上見とれとると見料とりますえ、と呆れたように言うアラシヤマに、キンタローは思わず問いかけた。
「お前は、つらくないのか?・・・・・・アイツのそばにいることが」
シンタローは絶対に認めはしないだろうが、この環境はある意味では彼にとってのベストだと思う。性格に多少難在りとはいえ団内でも指折りの有能な幹部を、自分の直属の手駒のように使うことができ、ボロきれのように酷使したところで、誰からも非難の声は上がらない。
そして、そうした彼の存在そのものが、新総帥に就任して以来常に神経を張り詰め続けているシンタローにとって、かなりの救いとなっていることは否めないはずだ。
だが、その関係性を作り上げたアラシヤマ自身は?
プライドの高い男だったはずだ。
少なくともシンタローの目を通して見てきた限りでは、士官学校以来、この男はずっとそうだったのに。
しかし、口をついて出た本心からの質問は、アラシヤマの淀みない発言に簡単に流された。
「は?なんでつらいことがありますのん?」
質問の意味がわからない、という風に片眉を上げてから、アラシヤマはうっとりと胸の前で両手を組む。
「わてとシンタロはんは心・友★どす。一秒でも一ナノメートルでも近うにいられれば、それがわての幸せどすえv」
「対人関係に、量子の単位を使うんじゃない・・・・・・」
先ほどの自分の思考すべてが考えすぎだったのかと思うくらいの自然さで、アラシヤマは言う。正直な感想として、男が男に向ける言葉としては、直球を通り越して薄気味が悪い。だからこそ、キンタローは苦笑するしかなかった。
そう、苦笑するしかない。自分がしたのは、しないでもがなの愚問だったと。
おそらくそれが、傍目から見ればどれほど自虐的な行為でも。
この男にとっては、当然の選択なのだから。
やがてアラシヤマはレポートの一枚目を一番上に戻し、陽光の当たるベンチから腰を上げた。
「言いたいことはそれだけどすか?ほなわてはもう失礼しますえ」
そう告げると、さっさと研究課の方向へと去っていく。
一人中庭に残ったキンタローは、やや冷たく感じる北の風を頬に受けながら、スーツのポケットに両手を入れてよく晴れた空を見上げる。
ようやく、疑問の一つの答えを、それが正解かどうかはともともかくとして、出せた気がした。
雲一つない薄水色の空を眺めつつ、ならば、付き合ってやろうとキンタローは思う。この芝居にも似た、だが巧妙に作り上げられた関係に。ほどほどに茶々を入れつつ、合わせてやろうではないか。
その構造がいつまで保てるものかはわからないが、それがシンタローにとって、そしてあの複雑なのか単純なのかよくわからない男にとって、最良の状態であるのなら。
強く冷たい風がキンタローのやや長めの金髪をなびかせる。
数羽の遠い鳥の影が、キンタローの眺めるその薄色の空を横切っていった。
了
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サイト開設の頃に書きかけ、あまりに根幹部分に関するところで妄想入りすぎていると思い、
一度没にして一部を拍手お礼に上げていたものです。
ですが、好きだと仰ってくださる方に背中を押していただき、完結させてみました。
あくまで一仮定としてのオハナシです。
地としてアラは変態だとも思いますし、素でキンタローと仲もよくないと思ってます。
でも管理人はこんな考え持ってるアラも萌かも、とちょこっと思ってたりもするのです…。
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