(――目が痛え)
正確には、眼球ではなく目の奥に疼痛を感じた。
前日からずっと座ったまま書類と首っ引き状態で、日付がかわってからもかなりな時間が経過しており、シンタローは思わずため息が出そうであった。
もしため息をついたとしても、それに対して何か言葉をかけるものは現在ここには誰もいない。すでに、秘書達については強引に帰らせていた。
静かな部屋の中、メールの受信を知らせる音声が響いた。シンタローはパソコンに向かい、送られてきた戦況報告書を読みはじめたが、立ち上がると先ほどまで目を通していた書類をつかんで廃棄処分の書類箱にすてた。
ドサリ、と体を投げ出すように椅子に座り、背もたれに身を預けてシンタローは目を閉じた。
どれほどの間そうしていたのかさだかではなかったが、突然ドアが開く音が聞こえ、
「失礼致します。総帥」
声がした。
シンタローが目を開けると、デスクの前には大荷物を背負った男が立っていた。
「し、シンタローはん、今からわてと一緒にきてくれはりまへん?」
「夜逃げか?」
アラシヤマの格好をいちべつし、目を眇めてそう問うと、
「ちゃいますって!もしかしてオーバーワークで寝ぼけてはるんどすか?……ああ、もう時間があまりあらしまへんっ!」
腕時計を確認したアラシヤマは、ずかずかとシンタローの座る椅子へと近づき、
「失礼しますえ!」
と、めずらしく強引にシンタローの腕をとると、ひっぱって立ち上がらせた。
「おい、手ぇ放せ!」
廊下をしばらく歩いた頃、我にかえったシンタローが語気強くそういうと、前を歩くアラシヤマは立ち止まり、
「手、放しても一緒に来てくれはります?」
疑い深そうに振り返った。シンタローは手を振り払おうとしたが、アラシヤマはどうあっても放そうとする様子はない。
(眼魔砲決定、だな)
いつもと違った種類のしつこさに腹を立てたシンタローが決意したとき、アラシヤマは手を放し、
「――今から、屋上へ行きたいんどす。お願いどすから、あんさんも来ておくんなはれ」
ぼそぼそと聞き取りにくい声でそう言った。
「うっわ、寒っみー!」
普段立ち入り禁止となっており閉ざされていた屋上のドアから一歩外へ出た瞬間、シンタローは顔をしかめた。後ろから続いて出てきたアラシヤマは、
「間に合いましたえー!」
と、群青色の一面に白い星が散らばる夜明け前の空を見上げた。
「シンタローはん、こっちどすえー!こっち!!」
嬉しそうなアラシヤマの後からついて歩きながら
「何が?超寒いんだけど?」
不機嫌そうに言葉少なく答えるシンタローの方へアラシヤマは向き直り、
「ちょっと待っておくんなはれ」
と、背負ったザックの中から取り出した毛布を手渡した。シンタローが体に毛布をはおりながら
「テメーにしては、まぁまぁ気が利く方なんじゃねーの?」
と言うと、
「ししししシンタローはんッ!あの、毛布はひ・と・つvどすえ?これって何か気ぃつかはりません??」
薄明かりの中、アラシヤマは小首をかしげ何やら期待しているもようである。
「別に。じゃ、これ返すから俺戻るわ」
「……待っておくんなはれー!こんな数秒だけやったら、せっかくのシンタローはんのぬくもりがチャージされてまへんやん!って問題はそこやのうて、わてが計画してたんは、“二人で一緒に毛布にくるまって日の出をながめる濃密☆バーニング・ラブv心友プラン”どすえー!」
「眼魔砲」
屋上が一瞬青白く輝き、すぐに光はおさまった。
「あのー、シンタローはん。いくらわてでも、ここの高さから落とされたら助からんような気がするんどすが……?」
襟首を掴まれ、ずるずると屋上のふちへと引きずられていく途中に目を覚ましたらしいアラシヤマがおそるおそるそう問うと、舌打ちをしたシンタローはいきなり手を放した。支えを失った彼はそのまま仰向けに倒れた。
「わて、もしかして、ほんのついさっきまで死の瀬戸際におりました?いや、そんなことよりも、まだお日さん顔だしてまへんやろな!?」
慌てて起き上がったアラシヤマは、まだ日が昇っていないことを確認すると肩で息をついた。空は群青からスミレ色に変化し、空の星も数えられるほどになっている。
「毛布、もう一枚予備を持ってきてるんどす。せやから、シンタローはんも日の出を一緒に拝んでいかはりまへんか?」
「半径50メートル以内には近寄らなかったら、まぁ考えてやってもいいけど」
「それって、一緒にとはいえへんように思うんやけど気のせいでっしゃろか?」
「気のせいなんじゃねーの?」
「……せめて、1メートルにまけておくれやす~」
アラシヤマは情けなさそうな顔つきをして毛布を取りに行った。
シンタローとアラシヤマは1メートルほどの間隔をあけて座っていた。アラシヤマがポットに温かいほうじ茶を入れて持ってきていたので、どうやらシンタローが譲歩したらしい。
ほうじ茶をすすりながら、東の方角を見ていると少しずつ空の色が薄いピンク色から黄みのまさったオレンジへと変化してきた。そして、太陽が上縁を地平線にのぞかせた瞬間、空の色が一瞬輝くような朱色となった。
(なんかこいつの炎の色みてーだナ)
シンタローが目を瞬かせると、アラシヤマが、
「シンタローはん、何か願っといたら叶うかもしれまへんえ?」
と言った。
(別に、そんなの信じる気にはなれねーけど……)
そう考えつつ、シンタローは目を閉じた。
しばらく経って目を開け、アラシヤマの方を見ると彼も目を閉じていた。
「てめーにも、願いごとなんてあんのか?」
と、シンタローは目を開けたアラシヤマに声をかけた。
「ぎょうさんありますえ~!でも、とりあえずは今ここであんさんとの距離が1mから1cmぐらいに縮まらへんかなぁというんが望みどす。本音をいいますと0cmが理想なんどすが」
「そりゃ、ぜってーかないっこねーナ!」
「あんさんが協力してくれさえすれば、簡単なことなはずなんやけど……」
小声でアラシヤマはブツブツ言っていたが、それを無視したシンタローは伸びをして朝の大気をすいこんだ。
いつの間にか、太陽の位置は高くなり青空が広がっていた。
あけましておめでとうございます。年賀SSなど書いてはみましたが、
どうも、年明けからいろいろまことにすみません…(汗)
フリーですので、もしお入用なお方はご自由にお持ちくださいまし~。
今年もよろしくお願いいたしますvvv
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