六芒星の中心にGのアルファベットが印象的なガンマ団の旗がいくつもひるがえるなか、出迎えの団員達に混じってアラシヤマはぼんやりと飛空艦の方向を眺めていた。
飛空艦のタラップから、紅い色に身を包んだ人物が降りてくる。
(アレ?金色やなくて……黒?ああ、総帥はシンタローはんに交代したんや)
それだけの答えをはじきだすのに、昨日までの戦闘状況の読取りに順応していた頭脳では数秒かかった。日常は、ひどく遠いものになっていたようである。
(紅い総帥服に黒い髪。よう映えますなぁ……)
アラシヤマは瞬きもせず、団内へと歩んでいく新総帥の後姿をみていた。
「……キモイんだよオマエ。コソコソしてねぇで出てくんならとっとと出て来いッツ!」
大またに、床を蹴る靴音がきこえ、それにつられアラシヤマの動悸も早くなった。
(絶対、見つからへんはずやったのに!3秒、2秒、1秒、ああもうあかん。心臓が破裂しそうや。逃げるしかおまへん)
ダッシュで紅い色のわきをすり抜けようとしたが、伸びてきた手に襟首をつかまれた。観念したアラシヤマはおそるおそる振り向いた。
「―――えーと、えらいおっとろしい顔どすナ。新総帥」
一瞬、虚をつかれたような顔をしたシンタローは、すぐにアラシヤマをつき放した。
「テメェ、ここ数日、もの陰からさんざん人のことジロジロみてストーキングしてやがったうえ、まともに顔を合わせて最初に言うことがそれか?」
「わぁ、ますます険しいお顔になってはりますえー!」
「眼魔……」
「え、ちょっと待っておくんなはれ、これには続きが」
アラシヤマはあわてて言葉を補おうとしたが、シンタローの掌の中の光球は大きさと明るさを増すばかりである。
「砲ッツ!!」
シンタローはアラシヤマの状態を確認することも無く、その場を去っていった。
瓦礫の山からひとかけらコンクリート片が転がり落ち、そのまま数十センチ先の床の上で止まった。ついでその山が一気に崩れ、白く舞い上がる粉塵の中から頭の先からずっと灰色っぽくなった人影がゆっくりと身を起こした。
「イタタ……。頭は、うん、大丈夫どすな。でも全身打撲は確実やわ」
ぶつぶつとそうぼやきながら瓦礫の中から抜け出し、立ち上がると服に付着したほこりをはらった。
(――ああ、そういうことなんや)
何が腑におちたものか、アラシヤマの顔にゆるゆると笑みがひろがった。
「シンタローはん、かいらしおす」
(ああ、もうコーヒー切れだったのか。ついてねぇナ)
シンタローはデカンタを取り出し、紙製フィルタごとコーヒー殻をゴミ入れに棄てた。
給水し、ふたたびドリッパーに挽いたコーヒー豆をセットし終え、執務室へ戻ろうとすると、
「シンタローはーんッ!おかえりなさいっvどすえー!」
と、突然何者かがシンタローに飛びついた。せまい場所で不意のことであったので、シンタローはうまく受身をとれず、背中を後ろにあった冷蔵庫にぶつけ、ずるずると座り込んだ。
「痛ってえ……」
と唸りながら目をあけると、眼前にはしまりのない笑顔のアラシヤマがいた。
「テメー、何しやがんだ!?もう一回眼魔法くらうかコラ?」
(何でコイツがここに!?ティラミスかチョコレートロマンスが入れたのか?……どっちにせよ、あいつら2人とも今月は減給決定、だな)
「し、シンタローはんッツ!わてには全てお・見・通・し☆どすvあんさんにさみしい思いをさせてすみまへん。このままやとわて、心友失格どすー!」
「いや、はなっから心友じゃねえけど。つーか、離れろ!うぜぇ」
「またまた、そんなに照れはらんでも大丈夫どすえ?かげからこっそり視るのも奥ゆかしくてひかえめなわてとしてはけっこう好きなんどすけど。でもこれからは正面から堂々と行きますさかいに!安心しておくんなはれッツ!」
(何で俺、給湯室の床に座って根暗な野郎に抱きしめられてんだ……?何かの呪いか?それとも、今年って厄年だっけか?)
遠い目をして現実から逃避していたシンタローであったが、
「やっぱり、至近距離のシンタローはんはええもんどすvわて、何か思い違いをしてたみたいやわ」
能天気な顔をして幸せそうに自分を見ているアラシヤマを見ると、シンタローの内にはあらためて怒りがわいてきた。アラシヤマに少し違和感を感じたが、目があうと、
(ああ、そうか)
と、思った。
「――オマエさぁ、やっぱ、その髪型しっくりこねぇナ」
シンタローがそう言うと、アラシヤマは思いがけない言葉をきいておどろいたようであった。
「えっ、そうどすかぁ!?わて、最近自分では慣れはじめてたんどすが」
「まだ、前のがマシ」
「しっ、シンタローはんがそう言わはるんやったら、伸ばしますけど……」
少し長めの前髪を指先でをつまんで、アラシヤマは難しい顔をしていた。
「髪が伸びたら伸びたでうっとーしいけど、しばらくテメーのツラなんざ見たくもねぇナ」
シンタローはアラシヤマの肩を片手で押しのけ、
「ま、これ幸いってとこか」
と、小声でつぶやいた。無意識だったらしく、ほとんど声にはならなかったがアラシヤマには聞き取れたらしい。
(また遠征へ行かはるつもりなんか?今、苦戦してるのは……、F国の内乱制圧しかおまへんな。総帥が動かずとも解決がのぞめる事態へこのお人がのりだすことに、マジック様が賛意を示すとも思えまへんけど。わても、シンタローはんに無茶されたら心臓にわるうおます)
アラシヤマは肩を押しのけているシンタローの手をとり、そっと外した。
「わかりました。わて、明日からF国へ行ってきますさかい、大船に乗ったつもりで待ってておくんなはれッツ!数ヵ月後には前髪も伸びてますやろ」
「はぁ?何でいきなり話がそうなるんだよ!?」
「せやかて、あんさんF国へ行かはるつもりやったんやろ?でも、マジック様から止められているはずどす。だから、わてが行きます」
シンタローは図星をさされたらしく、渋い顔をした。
「オマエ、この前遠征から還ってきたばかりだろ?」
「あんさんがおらへんのに休みをたくさんもろても仕方おまへんし、有効利用なんどすv指揮官は、2人もいりまへん。わて一人で充分どすえ」
シンタローは嬉しそうなアラシヤマから目をそらし、
「テメー、馬鹿か?」
と、ちぎり捨てるように言葉を繋いだ。
「へ?なんでどすの?シンタローはんに必要やて思われたらうれしゅうおますえ?それだけのことどす」
アラシヤマは、そっぽを向いているシンタローから目をそらさず、
「絶対、 還ってきますさかいに」
気負いもなく、ただ明確な事実を告げるような口調でそう告げた。
不意に口調が変わり、
「これは、新総帥やなくてシンタローはんとの個人的な約束ということにしといておくんなはれ」
冗談のようにいって立ち上がった。
そのまま素直に帰るかとシンタローは思ったが、何故だかアラシヤマはドアの前でもじもじしていた。何度もシンタローの方に視線を送るので、
「用がねーなら、さっさと帰れ。いつまでもそこに立ちふさがってるとすんげー邪魔だ」
と、シンタローが声をかけると、
「ああああのっ、シンタローはん!もしわてが戻ってきたら、一つだけお願いがあるんどすケド……v」
アラシヤマは壁に指で“の”の字を書いている。
「……何だ」
(どうせ、ロクなことじゃねーよナ。どんな無理難題をいいやがんだ?)
と、シンタローは身構えた。
「――おかえり、って言うてくれはります?」
「おかえり?」
あまりにもアラシヤマの要求が意外だったのか、シンタローは怪訝そうに聞き返した。
「わて、心友にそう言うて迎えてもらうのが夢なんどす」
「――まぁ、いいけど。ただし、死体にゃ言わねーぞ?言ってもどうせ聞こえねーし」
「そこんとこはまかしておくんなはれvほな、行ってきますさかいに」
数秒後、アラシヤマの気配が完全に消えると、シンタローはシンクにもたれ息を吐いた。
「アイツ、とんでもねぇ馬鹿だナ」
ふと、ほろ苦い香りがあたりにただよっていることに気づき、シンタローが目線をあげると、コーヒーメーカーのランプがオレンジ色を点し保温を知らせていた。
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