散歩から帰ってきたパプワとチャッピーがパプワハウスに戻ると、
「ちょっと、ほんのちょっとだけッツ!言葉をいいまちがえただけどすのに……」
しっかりと閉ざされた入り口の傍で体育座りをしてぶつぶつ独り言を呟いている男がいた。
アラシヤマであったが、パプワとチャッピーが戸口に近づくと1人と1匹に気づいた様子でようやく目を上げ、
「ああ、パプワはん、チャッピーはん、おかえりやす~…」
と、陰気な調子でぼそぼそとあいさつした。
「ただいま」
「わう!」
家の中に入るとシンタローが洗い物をしていた。
「ただいま、シンタロー。客だぞ!」
「――客って、外にいる根暗のことか?あんなの客なんかじゃねぇ。放っておきなさい!」
振り向きもせず、シンタローは皿を洗う手を止めない。
いつのまにやら、窓口からそっと中の様子をうかがっていたアラシヤマは、みるからに肩を落としたようである。
パプワはとことこ、と入り口に戻り、ほどなくして冷や汗をたくさん流している男を連れてきた。
「パプワ、何でそんな変態野郎を家に入れんだヨ?」
「客だからだ」
じろり、とシンタローがパプワとアラシヤマをにらむと、アラシヤマはあわてて逃げようとしたが子どもがズボンの布地をつかんだので立ち止まった。
「あのー、パプワはん。離しておくれやす。わて、やっぱり今日は帰りますさかい」
相手はスーパーちみっこではあるものの、子どもの手を邪険に振り払うことにためらいがあるらしく、アラシヤマは困ったようにそう言った。
「そういや、何しにきたんだアラシヤマ?」
子どもが手を離し、男を見上げると、
「ああああのっ、わてはっ、海へ行きまへんかってシンタローはんを誘いにきたんどす!さっきのは、バカンスの間違いどすえー!」
アラシヤマは恥ずかしげにチラチラとシンタローの方を何度も見ながら、照れた様子である。シンタローはそんな男の様子にさらに苛立ったようであり、片掌にエネルギーをあつめ、光球を形成しはじめた。
「眼魔…」
「じゃあ、そのバカンスとやらに行ってこい」
「「えっ?」」
驚いた2対の視線が子どもに集まった。
「つまり、シンタローとアラシヤマが一緒に遊びに行くということだろう?ぼくはかまわんゾ」
「ほんまどすか~!?」
「何でだヨ!?さっきからお前ら、なんであの野郎の肩を持つんだ?」
大喜びしているアラシヤマとは対照的に、シンタローの表情は苦りきったままである。
パプワとチャッピーは顔を見合わせ、
「アラシヤマはお帰りってぼくらにいったけど、シンタローはいわなかったからナ」
「わう!わうっ!」
そう言った。シンタローは一瞬言葉につまったが、
「そんなこと、……でもねぇか?」
と、肩を落としてため息をついた。
「わぁーったよ、俺の負けだ。ったく、とんだ罰ゲームだぜ!」
「ただし、皿を全部洗い終わってからだからナ!」
「はーい、はいはい」
「シ、シンタローはんッ!早う終わるように、わてにも手つだわせて」
おたまが正確にとんできて、アラシヤマの額にヒットした。
「うるせぇ。テメーは外に出てろ!!」
額をさすりながらそれでも嬉しそうに外へと出て行くアラシヤマと、険しい表情で洗い物に戻るシンタローを見て、
「大人同士の友達づきあいはいろいろめんどうだよナ、チャッピー」
「バウッ!」
不思議そうに呟いた子どもに同感するように、犬は大きくうなづいた。
「ったく!クソいまいましいったらありゃしねぇッツ!!」
「シンタローはーんっ!待っておくれやすぅ~vvv」
白い砂と砂利が混じった道を大またに歩いていくシンタローの背を、アラシヤマは嬉しげに追いかけていた。
(なんてったって、シンタローはんはわてのことが好きどすから!わてにはバッチリわかってます!お花占いは間違いおまへんえ~vvv)
いきなり、シンタローは立ち止まり、
「あのなぁッ!」
と振り返り、アラシヤマを睨みつけた。
「えっ、なんどすかぁvvv」
「言っとくが、コレは罰ゲームなんだからナ!海へ着いたら俺はすぐに引き返すぞ!」
「ええ~、わてはシンタローはんと一緒に波打ち際を走りながら水を掛け合って心友同士のコミュニケーションを深めたり、砂のお城をつくったりして色々遊ぼうかと思うてましたのに……」
不満そうなアラシヤマの言葉を無視し、シンタローが道を曲がると、今までの草いきれに満ちた森の風景とは一転し、眼下にはクリーム色の砂浜と珊瑚礁の海が広がっていた。明るい碧やブルー、濃い群青など多様な色を映す海は、以前のパプワ島と全く変わらない様子であり、シンタローは思わず立ちすくんだが、
「シンタローはん?」
いつの間にやら傍まで来ていたアラシヤマが不審そうに問う声で、我に返った。
「……やっぱ、気がかわった」
じっと片目でシンタローを見つめるアラシヤマはほんの一瞬だけなんともいいようのない表情をした。しかし、すぐに彼なりの笑顔になり、
「えっ、ほんまどすかぁ!?うれしおますー!ほなシンタローはん、砂のお城を作ったあとはお互い反対側からトンネルを掘っていって途中で“あっ、トンネル開通―!”って二人でやってみまへん??」
「何言ってんのオマエ?俺はそこの木の陰で昼寝すっから、全部テメー1人でやれば?」
「1人で、どすか……?無理どす」
なんだか非常にガッカリした様子のアラシヤマを無視し、シンタローは砂の上に大きく影を落とす樹下にさっさと寝転んだ。木の生えている場所は傾斜がついているので、仰向けに寝転んでも海が見えた。
先程、アラシヤマは
「プランDに変更どすえー!」
などと言ってシンタローの隣に寝転ぼうとしたが、眼魔砲で追い払うと落下した先でいじけて1人で砂の城を本当につくりはじめたので、そのまま放っておいた。いったんつくり始めると、アラシヤマは黙々と砂を形づくる作業に熱中している。
(あいつ、暑くねーのかな?まぁ、変態だしナ!)
そう結論付けると、シンタローはアラシヤマから視線を逸らした。
かるく目を閉じるといろいろ気がかりなことばかり浮かんでしまう思考をストップするため、ふたたび目を開け、ただただ明るい海をながめていたがシンタローはいつのまにやら眠りに落ちた。
どれだけ時間が経ったものか、小さく
「シンタローはん」
と遠慮がちに呼ぶ声がした。
「あ、起きはった?ついに、できましたえー!見ておくんなはれッツ」
シンタローはどうやら夢も見なかったらしい。うれしそうなアラシヤマの後をぼんやりとついていくと、2メートル四方の砂でできた建物のミニチュアがあった。器用にも、細部までよくできている。
「……城にはみえねーけど」
「さすがはシンタローはん!ええとこに気がつかはりましたわ…!」
「つーか、これって家?」
「そうなんどすッ!シンタローはんとわての、夢のスウィート・ホーム設計図どすえー!!」
「えいっ!」
グシャリ、とシンタローが足で砂製建物の一部を踏み潰すと、アラシヤマは固まっていた。
「……シンタローはんとわてのっ、愛の巣がー!!」
と、アラシヤマが叫んだので、
「うるせえっ!」
シンタローはアラシヤマを殴った。
「んな気色の悪ぃもんつくんなッ!それにどーせ、潮が満ちてきたら崩れるもんダロ!?だったら今踏み潰そうがどーしよーが同じじゃねーか!?」
「そういう問題やあらしまへんもんっ!」
などと言って崩れた箇所をいじましく直そうとしているアラシヤマを置いてシンタローは帰ろうとしたが、ふと、少し離れた波うち際に描かれていた地図らしき絵に目を留めた。地図は、波にさらわれ四分の一ほどが消えかかっていた。
「オマエ、これ…」
「あっ、シンタローはんっ!そっちは見んといておくれやす!!」
アラシヤマはシンタローの方へ駆け寄ると、すごい勢いで腕を引っ張った。少しよろけて驚いたように自分を見たシンタローの表情をみとめて、彼は自分のとった行動を後悔したような顔つきになった。
「パプワ島、か?」
と聞くと、アラシヤマはしばらく黙りこくっていたが、頷いた。
「別に隠す必要はねーだろ?3次元で計測できねーらしーけど、よく書けていると思うぜ?」
シンタローが不審げにそう訪ねると、アラシヤマは何か迷っているようであったが、口を開いた。
「……これって、斥候を想定して描いたんどす」
俯いて、顔をあげない。
「今度、パプワ島の地図を描いて見せてやったら、パプワ達も喜ぶんじゃねーの?」
「―――シンタローはんっ、でもわては!」
何か言いたそうなアラシヤマを浜辺にのこし、シンタローは帰路についた。
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