シンタローは、コンビニ袋を手にぶら下げ、足音も荒く廊下を歩いていた。
(ったく、何でアイツ、冷蔵庫に何も入れてねーんだよ?それに、2年前のコーヒーなんて置いとくなっつーの!とっくに賞味期限切れてんのに、『まだ飲めるはずやから、捨てんといておくれやす~』って信じらんねぇ!!)
イライラしながら歩いていたが、(あっ、俺用の茶を買い忘れた。ちょっと遠回りだけど、仕方ねぇ・・・)と休息室の方に足を向けた。
入り口からみた様子では、どうやら室内には誰もいないようであった。自動販売機でペットボトルのお茶を購入し、帰ろうとすると、ふと、誰かが奥の方のベンチに寝転がっているのが見えた。
(あれって、キンタローじゃねーか?)
シンタローがそちらに足を向け、
「オマエ、こんなとこで何やってんだよ?」
上からのぞきこむと、キンタローは少し目を開け、
「グンマが『僕もお手伝いするヨ~v』と言って実験中のプログラムをいじったら、大変な事になってしまった。一区切りついたので今は休憩中だ。俺は3日間寝ていない」
と、眠そうに答えた。
「それは・・・、ご愁傷様だな。ほどほどに頑張れヨ」
シンタローは立ち去ろうとしたが、不意に片手をキンタローに掴まれた。
「このベンチは硬い。あと5分だけ寝られるのだが、お前の膝を貸してくれ」
「・・・似たり寄ったりだと思うゾ」
呆れたようにそう答えると、
「いいから」
と、キンタローはもう一度シンタローの手を引っ張り、座らせた。
キンタローは気持ちよく眠っているようである。シンタローはその間手持ち無沙汰であったので、膝の上のキンタローを起こさないように、そっとキンタローの髪の毛を数本手にとり眺めてみた。
(―――親父の髪の色とソックリだナ)
自分の黒い髪になんとはなしに目を移すと、その時、キンタローの腕時計のアラームが鳴った。
「5分経ったゾ?」
「まだ眠い」
不満そうながらも、キンタローは渋々起き上がった。
「これから俺は研究室に戻るが、暇だったらお前も来ないか?グンマもいるぞ?」
「あー、悪ィ。ほんっとーに一応、なんだけど、先約があるんだわ」
「そうか、わかった」
キンタローが頷いたので、シンタローはベンチから立ち上がり、
「じゃーナ!」
と言ってその場を後にした。
ドンドンと扉を敲くと、ガチャリ、と内側からドアが開き、
「シンタローはーん!おかえりやす~~vvvあんさんに言われたように、棚の中の賞味期限切れのお茶とか探し出して全部捨てときましたえ~!いや、今でもわて、あれは立派に非常食になると思うんやけど・・・」
アラシヤマが顔を出した。
「テメェ、まだ言うか?」
「そんなことよりも、早う借りてきたビデオ観まへん?」
「ああ」
シンタローは、アラシヤマに続いて部屋に入った。
「―――なんや、これぐらいのアクションやったら、わてらでもできそうな気がしますナ・・・」
「テメェ、一々しらけさせるようなこと言ってんじゃねーヨ!いいから、集中して見ろッツ!!」
2人はビデオを観ていたが、シンタローが真剣に観ていたのに対し、アラシヤマはビデオに飽きてきた、というか集中できていないようである。
「なんか、オマエ、さっきよりも近くに寄ってきてねーか・・・?」
ふと、シンタローがそう言うと、
「き、気のせいどすえっ?それよりも、シンタローはん、一つお願いがあるんどすが・・・」
「何だヨ?」
いつもよりも比較的機嫌が良さそうとみたからか、アラシヤマはシンタローの両手をとり、
「わ、わてにも、膝枕しておくれやす~~~vvv」
と、何やらモジモジしながら言った。
「ハァ?何言ってやがんだ?」
シンタローは、握られていた手を思わず振り払った。
「なっ、何でキンタローはよくって、わてはだめなんどすかぁ??」
「だって、オマエ、あかの他人だし。そもそも、何でそんなこと知ってんだよ!?やっぱりストーカーかテメェ!?」
「・・・あんさんが、中々帰ってきはらへんから、心配になって途中まで迎えに行ったんどすが、恋人同士みたいにええ雰囲気で声をかけそびれてしまいましたわ。まぁ、あかの他人やさかい、わてには関係あらしまへんわな」
「・・・」
シンタローが無言で立ち上がり、アラシヤマに背を向けて部屋を出ていこうとすると、床に座っていたアラシヤマに腕を強く引かれた。バランスを崩したシンタローはアラシヤマの上に倒れこんだが、アラシヤマはそのままシンタローを抱えると立ち上がり、シンタローをベッドの上に放り投げた。
シンタローはすぐに身を起こしてアラシヤマを睨みつけたが、アラシヤマは冷たい目つきでシンタローを見下ろし、
「別に、膝枕やのうて他のことでも、わては全然かまいまへんえ?」
と言った。
(あれは、わてのせいやない。シンタローはんが悪いんや・・・)
そうぼんやりと考えながら、アラシヤマは休息室の煙草の自販機に背を預け、座り込んでいた。
手の中には、たった今買ったばかりの煙草がある。
「なんで、こないなことになってしもうたんやろか・・・」
アラシヤマは溜め息を吐いた。
しばらくすると廊下の方角から靴音が聞こえ、誰かやってきたようである。しかし、アラシヤマは立ち上がる気もしなかったのでそのままの状態でいると、煙草の隣の飲料の自販機でガコンと音がし、誰かが飲み物を買ったらしい。
「貴様、こんな所で何をしている?」
上から声が落ちてきたので、アラシヤマは面倒そうに上を向いた。
「見たらわかるやろ?別に何もしてまへんわ。そういうあんさんこそ、何でこんな所におるんどすか?」
声を掛けたキンタローは、少し考えた挙句、
「さっき、廊下でシンタローを見かけた。・・・俺なら、シンタローを傷つけるような真似はしない」
と短く言った。
「いきなり何どすの?あんさんには関係ないやろ。えろう余計なお世話どす」
アラシヤマはそう言って立ち上がると、休息室を後にした。キンタローがまだ何か言いたげにこちらを見ていることには気がついていたが、あえて、無視した。
アラシヤマが自室に戻ると、案の定、誰もいなかった。
彼を部屋から叩き出した張本人は、やはり戻っては来なかったようである。
期待したつもりは無かったが、それでもどこか少し期待していたのか、いつもよりも部屋が余計にガランとして見えた。
アラシヤマは、寝乱れてクシャクシャになったシーツが敷かれたままのベッドの端に腰掛け、テレビをつけると箱から煙草を一本取り出した。
煙草をくゆらせてみたが、むせたので火を消し、煙草を咥えたままベッドに寝転がった。
TVの画面は見えなかったが、ふと、聞こえてきた台詞が耳に衝く。
『君が幸せならいいんだ』
(いかにも、キンタロー辺りが言いそうどすな!ムカつきますわ・・・)
アラシヤマがシンタローに対して自室から叩き出されるような行為をしたそもそもの原因に考えが及び、思わずフィルターを噛み潰した。
「けど、わてはそんな台詞は言えやしまへん。―――無理や分かってても、シンタローはん、わては、あんさんをわてだけのものにしときたいと思いますえ?」
そう呟くと、テレビを消し、備え付けの電話に手を伸ばした。
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