昔々、あるところに、アラシヤマという根暗で友達が皆無の男がおりました。ちなみに、彼の職業は暗殺者で、趣味は編み物、特技は罠作りです。
彼は、町の外れにある“一度迷い込んだら二度と生きては戻ってこれない”という言い伝えのある迷路のような遺跡にかなり前から住んでいましたが、町には全く姿を現しませんでした。町の人たちは、遺跡を気味悪がって、誰も近づかなかったので、アラシヤマが遺跡に住んでいることさえ知りませんでした。
しかし、裏社会の一部の筋には、アラシヤマがその遺跡に住んでいることは有名でした。アラシヤマはこれまで暗殺関連で色々と恨みをかっていたので、懸賞金が掛けられており、彼を退治しようとする“腕に覚えあり”な物騒な連中が遺跡に度々チャレンジしましたが、遺跡には罠が張り巡らされており、アラシヤマが居るところまで辿り着けない場合がほとんどでした。
「ったく、何で俺が、依頼とはいえこんなとこに馬鹿なガキ共を探しに来なきゃなんねェんだ?」
シンタローは、町からかなり遠い場所にある遺跡の前に立っていたが、見るからに陰気な遺跡を見て溜息を吐いた。シンタローが遺跡の入り口を眺めると、そこには、“友達大歓迎!”、“ようこそおこしやすv”という看板が立っていた。
「ここに住んでる奴って、確か、暗殺者だったよナ?何だコレ・・・」
シンタローはその看板を見て、ますますやる気を失くした。
しかし、シンタローの所属する探偵社が受けた依頼であり、彼がこの件の担当であったので、仕方なく遺跡の中に足を踏み入れた。
「あぁー、今日も退屈どすなぁ・・・。誰もお客はんが来まへんし、暗殺の依頼もありまへんしナ。暇やから、罠でも考えまひょか」
本やら何やら得体の知れない材料やらに溢れた遺跡の一室で、アラシヤマは椅子に座り、机に紙を広げ何やら図面のようなものを書いていたが、ふと、顔を上げ、
「あっ、どうやら、お客はんのようどすな」
と言った。
アラシヤマは、数多くあるモニターの前に移動した。
シンタローは、薄暗い遺跡のなかを進んでいたが、矢がいきなり壁から飛んできたり、ブービートラップがいたるところに仕掛けられてあった。罠は、元々遺跡にあった罠に加え、新たに仕掛けられたものがたくさんあった。
シンタローは、罠が仕掛けられているらしいところに、森で拾ってきた木の枝を投げてみると、パンジー熊罠が仕掛けられてあり、木の枝は長く鋭い鉄の釘が何本も打ち付けられてある板に挟まれ、粉々になった。もし、足などが挟まれたとしたら大怪我をするところであった。
(何だよここは?最新式の罠があるかと思えば、古典的な罠もあるし。見たことがねぇやつもあるな。とにかく、コレを作ったヤツは、性格が悪いことだけは間違いねぇ!)
シンタローはそう思ったが、とにかく罠を避けながら、進んでいった。
アラシヤマは、ずっとシンタローの様子をモニターで観ていたが、
「中々やりますなぁ・・・。こんなところまで来れたお客はんは初めてどすえ~」
と感心したように言った。心なしか、彼は嬉しそうであった。
シンタローは、かなり遺跡の奥まで来たが、そこには如何にも業とらしいドアがあった。シンタローはドアを胡散臭げに見たが、後ろの壁をコンコンと叩くと、少し考え、いきなりドアを蹴破った。
「お客はんのご到着どすな!」
アラシヤマがそう言ったその数秒後、扉がバンッツと蹴破られ、
「3日前に、3人の馬鹿ガキ共がここに来ただろ?そいつらをどうした?」
と、銃を構えたシンタローが入ってきた。
アラシヤマは、シンタローを見て、
「またイナゴやバッタかと思ったら、今度は蝶々はんどすな。嬉しおす~vvv」
と、ニヤニヤしながら言った。
「何ふざけたこと言ってやがんだ?さっさと答えろッツ!」
と、シンタローがやや切れ気味に言い、銃を構えたまま一歩前に踏み出すと、突然、床が網に変わってシンタローを絡めとり、天井の方に引き上げられたので宙吊りとなった。
「あんさん、詰めが甘うおますえ?それにしてもラッキーどすな。ここのは、ネットだけどしたわ」
何とかネットを外そうともがいていたシンタローであったが、暴れれば暴れる程、どういう仕組みになっているのかますます網が絡まってしまう。彼は、アラシヤマを睨みつけ、
「今すぐ、これを外せ。それで、馬鹿共は!?」
アラシヤマは彼の近くまで来ると、床に落ちていた銃を拾い上げ、弾を抜いた。そして、シンタローを見て、少し考えた末、口を開き、
「あぁ、あの連中どすか。五月蝿いから地下牢に放り込んでありますわ。―――ところで、あんさんの名前は?名前を教えてくれたら、連中を返しあげてもよろしおますえ?わての名前はアラシヤマどす」
と言った。
彼は、躊躇したが、どうやら探し人達が生きているようであったので、短く、
「―――シンタロー」
と名乗った。
「ほな、シンタローはん、今からネットの綱を切りますえ~」
アラシヤマがそう言うと、天井から吊り下げる役目を担っていたロープのようなものが突然発火し、ロープが焦げ、焼き切れた。
シンタローは、手や足が網に絡まっていたので上手く着地出来ないと思い、落ちる瞬間、思わず目を閉じたが、予想していたような衝撃が来なかったので目を開けると、アラシヤマに抱きとめられていた。
そのまま、アラシヤマが歩き出したので、シンタローは、
「オイ、降ろせヨ!?とっととネットを外せ!」
と言ったが、アラシヤマは立ち止まらず、
「降ろしてもようおますけど、ここは罠がたくさんありますから面倒どすえ~?こうするのが、一番の時間の節約どす。あっ、ネットは外したら、あんさん絶対暴れますやろ?わては今シンタローはんと戦いとうおまへんし、もうちょっと我慢しておくんなはれ」
「ヤダ。オマエ、キモイし」
「うわっ、あんさん、初対面の相手にそんなこと言いますの!?俺様酷ッツ!!・・・仕方ありまへんなぁ」
シンタローは相変わらずもがいていたので、アラシヤマは嘆息すると何処からか布を取り出し、シンタローの鼻と口に数秒押し当てた。すると、シンタローはグッタリとなった。
「クロロホルムどす。ちょっとの間眠っといておくんなはれ」
そう言うと、アラシヤマはシンタローを抱えたまま闇の中に姿を消した。
時刻は夜となったが、月の光のおかげで、辺りは非常に明るかった。
アラシヤマは、長い歳月が経っても崩れずにいた、遺跡の入り口付近の東屋のベンチの上にシンタローを寝かせ、無言で、網の繊維をナイフで切っていた。
「もうそろそろ、目が覚めてもええ頃なんどすが・・・」
シンタローの目蓋がピクリと動き、「ん・・・」と声を漏らしたので、覚醒が近い事が分かり、アラシヤマは安心した。
アラシヤマは、改めてシンタローの顔を眺めたが、伏せられた睫毛や、薄く半開きになった唇を見て、
(何やら、その辺の女よりも色っぽうおますなぁ・・・。どう見ても男なんどすけど)
と思い、
「ま、味見ぐらいやったら、ええですやろ!」
と言って口付けた。
しばらく2つの影は重なっていたが、アラシヤマは、シンタローの下唇を舐めると、名残惜しそうに離れ、
「・・・これは、極上品どすな。わて以外の誰にも渡したくなくなりましたわ。どうも、試さん方が良かった気もしますなぁ・・・」
溜息を吐いた。
しかし、アラシヤマは気持ちを切り替えると、
「シンタローはーん、起きておくんなはれ~!起きまへんと食べてしまいますえ~」
と軽い調子で言い、シンタローの頬をペチペチと軽く叩いた。
シンタローは、
「う~ん・・・」
と、言い、アラシヤマの手を鬱陶しそうに振り払うと、いきなりガバッと起き、
「煩せえッツ!!眼魔砲ッツ!!」
と、アラシヤマに向かって眼魔砲を撃った。そして、アラシヤマは、衝撃で吹き飛ばされた。
「い、痛うおます~。不意打ち攻撃はナシどすえ、シンタローはーん!」
と、彼は言ったが、シンタローは、全く聞いておらず、
「えっ、今何時だ!?オイッツ、馬鹿どもはッツ??」
シンタローは、アラシヤマの方まで歩みよると彼の胸倉を掴んでそう怒鳴った。
「あぁ。あんさんが寝ている間、連中を町の宿に置いてきましたわ。お金は払っておきましたさかい、今頃は宿で高鼾やないどすか?これは宿の名前どす」
と言い、シンタローにメモを渡した。
それを聞き、メモを受け取ったシンタローは、アラシヤマの服を離した。
「オマエ、暗殺者なんだろ?なんでそこまですんだヨ?」
とシンタローが呆れた様に言うと、アラシヤマは少し考え、
「・・・まぁ、一応、不法侵入の馬鹿といえども、肝試し程度の子どもですし。だから殺さずにおいたんどす。あと、子どもをわざわざ宿に届けたのは、あんさんが気に入ったからどすえ~vvvこれで一つ貸しが出来ましたナ!探偵はん」
アラシヤマがそう言ったのを聞いて、シンタローは、
「おまっ、いつの間に!?」
と、顔色を変えたが、
「そら、あんはんが寝てはる時に探偵社の証明書を見たに決まってますわ。シンタローはんの寝顔ほんまに可愛ゆうおましたえ~vvv」
「・・・ほんのちょっとだけ見直したと思ったけど、やめた。やっぱ取り消すわ」
「えっ!?何でどすか~??取り消さんといておくんなはれ~!!」
アラシヤマは焦ってそう言ったが、シンタローは立ち上がり、
「じゃあナ。もう二度と会わねェと思うけど」
と言うと、アラシヤマは、
「そんな遠慮せんと、また遊びに来てくれはったらええんどすえ??初めてできた友達どすし、シンタローはんやったらいつでも大歓迎どす!!」
「てめぇと友達になった覚えはねェし、ぜってー、来ねぇ!!」
「ほな、わてが遊びに行きますわvvv」
「来んなッツ!!」
シンタローは、振り返らずに遺跡を後にした。
アラシヤマは馬に乗ったシンタローの姿が遠ざかる様子を見送っていたが、ついにその姿が見えなくなると、遺跡の中へと姿を消した。
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