アラシヤマは、眠りから覚醒したとも覚醒していないともいえないあやふやな状態であり、起きるのが面倒であったので目を閉じていたが、外は既に陽が昇っているらしく、目を閉じていても目蓋の裏側に明るさが感じられた。
目覚まし時計にセットしておいた時刻ではなかったが、何時までも眠っているというわけにはいかないので、渋々起き上がると足元に揃えてあった軍靴を手に取り逆さにし、簡易寝台の縁に数回軽く叩き付けた。すると、中からは白っぽい砂埃が零れ落ちた。
彼はうんざりした様子で床に落ちた砂埃を見たが、軍靴を履き、机の上に置いてあったファイルを手に取ると部屋の入り口から出た。
戦況は、既に数ヶ月膠着状態を迎えていた。これまで諜報活動が重要な位置を占めており情報戦が主であったので、特に派手で激しい戦闘は無く、彼の役割は集められた情報を分析し、戦略を立てることであった。
アラシヤマは埃っぽい廊下を歩きながら、
(あぁー、早うガンマ団に帰りとうおます。わて、こんな仕事よりも実際に戦う方が好きどすわ。まぁ、今回は仕方ありまへんけど・・・)
作戦本部が置かれている部屋へと向かう途中、やはり砂埃で汚れている窓から外の風景が見えたが、若い兵士たちがサッカーや野球をして遊んでおり、非常に楽しそうであった。戦闘が始まらないと出番の無い彼らは、暇をもてあましていた。
それを見たアラシヤマは、
(こんな砂埃しかない所で朝っぱらから元気で楽しそうどすなぁ。―――ムカつきますわ。わては、ずっとシンタローはんに会えへんから最近苛々しとりますのに。・・・もう、そろそろ集められる情報も限界どすし、一気に片をつけてもええ頃どすな!)
アラシヤマは、持っていたファイルを開き、パラパラと見直しながら、廊下の奥へと消えていった。
シンタローは、自室のベッドで眠っていたが、ちょうど夢から覚めかけている頃合であった。
「うーん・・・。パプワ、チャッピー!飯はまだだッツ!!」
そう大きくはなかったが、シンタローは自分の声で目が覚めたようであった。
「あれッ、俺・・・?」
彼はベッドの上に身を起こすと、それでも未だ夢の名残を探すように辺りを見渡したが、彼が期待した状況ではないと知り、溜息を吐いた。
「だよな。PAPUWAハウスの布団が、こんなに寝心地いいわけねェし・・・」
そう言いながら、シンタローはベッドから降り、窓の方に歩いていった。しかし、窓はブラインド式であり、光は入るが開け放つことが出来ない構造になっていたので外の景色は見えなかった。
シンタローは溜息を吐き、それでもブラインドを最大限にずらすと、隙間からは蒼い空の色が少し見えた。
彼は窓を閉めると、壁に架かっている赤い総帥服を見た。
シンタローは、歩いて行き、服をハンガーから外すと着替え始めた。
それまでの諜報活動が功を奏してか、決着はあっけないほど簡単に付いた。相手方からガンマ団に寝返る者が続出し、人心の掌握はほぼ出来ていたので圧倒的に有利であった。
戦闘はほぼ形式的なもので済み、明日、ガンマ団に帰還することが決まった。若い兵士達は、やっと帰れるとのことで、大喜びであった。
(やっと、この埃っぽい土地ともお別れどすな。嬉しおす)
アラシヤマは未だ夜が空ける前に目が覚め、暗い部屋でそのままベッドの上に寝転がっていたが、ふと思い立ち、建物の外に出てみる事にした。
制服を着たまま寝ていたので、靴を履くとすぐに支度が出来た。
建物の正面側では、撤退のための準備作業が続けられており、慌しい雰囲気であったので、裏口の方から外に出た。
土壌は本来白っぽい乾燥した土であったが、朝露が降りたのか湿っていた。周囲には何も無かったが、少し離れた場所に木立が見えたので、アラシヤマは其処まで行ってみることにした。
(確か、航空写真にも写ってましたな。ここら辺に生える木はセイヨウハコヤナギぐらいでっしゃろか)
近くまで行ってみると、やはりセイヨウハコヤナギであったが、中には思いもかけず広葉樹が1本混じっていた。その地域には分布しておらず、自然に生えるはずはないので、誰かが植えたものかもしれない。気温がこれまでよりも暖かかったせいか、濃い樹脂の香がした。木の根元には団栗が落ちていたが、芽吹く事はないように思われた。
アラシヤマは、何となく足元にあった団栗を拾うと、ポケットに入れた。
「ほな、帰るとしますか」
太陽が地平線から姿を現し、灰白色の土壌を照らし始めた。風が吹き、木の葉や枝がザワザワと音を立てた。
ガンマ団に帰還すると直ぐ、アラシヤマはシンタローに報告を行うため、総帥室を訪れた。
事務的な報告を一通り済ませると、
「シンタローはん、お久しぶりどす」
と、アラシヤマは声を掛けた。
「わてが居らん間、寂しくありまへんでした?」
「いや、全っ然。」
「またまた、シンタローはんったら、照れ屋さんどすなぁvvv」
アラシヤマは眼魔砲を撃たれるかと反射的に身構えたが、案に反して、シンタローは、溜息を吐いたのみであった。そして、そのまま書類を読み始めた。
「―――あんさん、籠の中の鳥みたいどすな。シンタローはんらしゅうありまへんえ?」
アラシヤマは少し何か考えると、ポケットから団栗を掴みだし、デスクの上に置いた。
「シンタローはん、お土産どす」
「何だよ、コレ?」
「砂漠に、ポプラに混じって一本だけしぶとう生えとった樫の木の団栗どす。わて、珍しく感心したんどすえ。・・・芽が出るかどうかわかりまへんが、ガンマ団の敷地内の何処かに植えてもよろしゅうおますか?」
「ああ。別にいいゼ」
そう言って、再び書類に目を落としたシンタローの腕をアラシヤマは引っ張り、
「あんさんも、来ておくれやす」
と有無を言わせない口調で言った。
「何で俺が。忙しいし」
「いや、これはシンタローはんへのお土産どすから。それに、ちょっとぐらい休んでも誰も文句は言いまへんやろ。あんさん、総帥どすし」
シンタローはまだ乗り気ではなさそうだったので、アラシヤマは、
「一緒に行ってくれまへんと、今ここでキスしますえ?」
と言った。
「じゃあ、行く」
「えっ?何でやけにそんなにあっさり言うんどすかッツ!?シ、シンタローはーん・・・」
アラシヤマは、少々落ち込んでいるようであった。
シンタローはそれを無視して先に部屋を出た。そして、アラシヤマは慌てて後を追いかけた。
誰かに見つかると説明が面倒なので、2人は人気の無い林まで来た。
アラシヤマは日当たりの良い場所を選び、コンバットナイフで土を掘って団栗を埋めた。
シンタローは、それを見るでもなく、少し離れた場所に座っていた。
団栗を埋め終えたアラシヤマが、シンタローの傍に来ると隣に座り、
「あぁ、空を見てましたんか」
しばらく2人は何も話さなかったが、アラシヤマは、
「―――シンタローはん、目に見える範囲は限られてますけど、空は、何処へでも繋がってますえ」
と言った。
シンタローは、アラシヤマを見ると、
「ああ」
と応じた。
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