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* n o v e l *





PAPUWA~First…××?~




きっかけは本当に些細な事で。


「だ~から、何だってオメーはいちいち俺に突っ掛かってくンだよッ」

「別に突っ掛かった事なんてありまへんわ。あんた、自意識過剰なんと違います?」


真正面に立って相手を睨みつける黒髪の少年と。
嫌みったらしく毒を吐いてそっぽを向く、片目を長い前髪で覆った少年。
傍から見ればどうでもいいような事で小競り合いを繰り返す二人は、今日もまた、些細な事で言い合いになっていた。

「なぁトットリぃ。今日はあの二人、何で喧嘩してるんだべ?」
「う~ん……あの根暗、シンタローがさっきの組み手の演習の時、教官に褒められたんが気に入らないみたいだっちゃ。『たかだか演習で褒められたんが、そんなに嬉しおますか?いい気なもんどすなぁ~』とか何とか下らん挑発してたっちゃよ」
「あ~、そういやぁアラシヤマのヤツ、組み手の相手が見つからねーで結局最後、教官にシンタローと組まされてたべなー。シンタロー嫌がってたが」
「逆恨みの八つ当たりだっちゃ。あのだらずが」

でもわざわざそんな挑発を買うシンタローもシンタローだ。
ギャラリーに徹しているクラスメイト達は、呆れ半分、面白半分でこの士官学校No.1とNo.2のやり取りを見守っていた。

「~~ッ誰が自意識過剰だよ!そりゃオメーの事なンじゃねーの?このどすえヤロー」
「京都を馬鹿にしなや!……わてはなぁ、シンタロー。あんたみたいに人に囲まれてヘラヘラしとるヤツが一番嫌いなんどす。カンに障ってしゃーないわ」
「俺だってオメーみてぇな根暗だいっ嫌いだよ!……ほんッッッと性格ワリーよなオメー。だから友達できねーンだよ」
「きッ……禁句言いはりましたなシンタローーーッッッ!!骨まで燃やしてやりますえこの坊ちゃんが!!」
「ンな……ッテメーこそ禁句言いやがったなこの引きこもりー!!全力でぶっ潰す……ッ!!」

どうやら互いに触れてはいけないところに触れてしまったらしく、一気に沸点に達する。
シンタローはアラシヤマの胸倉をガッと掴んで引き寄せ、至近距離で睨み付けた。
アラシヤマも険しい表情で負けじと睨み返す。
一触即発のビリビリとした空気が流れるが、生憎止める者は一人もいない。
下手に手を出すと自分が痛い目にあうだけだとその場にいる誰もが知っていたし、血気盛んな少年しかいないという環境の為か、むしろ全員が「もっとやれ~!」と無責任にはやし立てた。
中にはどちらが勝つか賭けている者までいる。


「今日はどっちだと思う~?」
「そりゃシンタローだろ。アイツに敵うヤツなんていねーって」
「でもアラシヤマも毎回いいとこまで行くからな~……よしッ、俺アラシヤマが奇跡起こす方に賭ける!」
「オッケーオッケー!で、もし負けたら何出す?」
「俺様秘蔵のエロビ!」
「中身は?」
「美人女教師27歳の誘惑」
「おっしゃー!商談成立!!」
「あ、じゃあ俺はシンタローが勝つ方ね。『17歳今が旬!幼馴染カヲリちゃん』を出す!」
「おおッ、お前らマニアだな」



「………………」
「………………」



……何ともしょっぱい会話がやたらハイテンションで交わされている。
それに気付いてシンタローとアラシヤマの間に、一瞬にして白けた空気が漂った。

「……アイツら後でシメてやる」

本気の喧嘩を見世物にされて面白くなかったのだろう、シンタローはアラシヤマと顔をつき合わせたままチッ、と舌打ちしてふて腐れたような表情を浮かべた。

「…………」

一方のアラシヤマもすっかり毒気を抜かれ、「あほらし……」と思ってふぅ、と息を吐いた。が。

「――――」

ふと気付く。
近い。
何がって、シンタローとの距離が。


焦点が合わせづらく、僅かにシンタローの顔がぼやけてしまう程に近い、その距離。
先刻までバチバチと火花でも飛ばしそうな勢いで此方を睨みつけていた眼は、今は拗ねたような色を乗せて心持ち、伏せられている。
吐息がかかる程の距離で微かに開けられた口元は「ッたく……仕方ねぇなー」とぼやくように小さな呟きをこぼしており。
その度に、微かに起こる空気の振動にさえ、アラシヤマは心臓が跳ねるのを感じた。


(ちッ、ちかッ……近すぎやおまへんかこれーーーッッッ!!?)


身動き一つできないまま、心の中で絶叫・動揺・大パニック。
普段人との接触が極端に少ないアラシヤマは、こうした状況に対する耐性が全くと言っていい程無かった。


突然ガチガチに固まったアラシヤマに気付いたのか、「……ン?」とシンタローが不思議そうに目を上げた。
当然の事ながらバッチリと視線が合い、アラシヤマの恐慌は更に深まる。
こんなに近くに他人の体温を感じるのも、こんなにじっと見つめられるのも、ましてやいきなりペタッと額を触られたりするのも今までに無い経験で。

「――――ッ!!?」
「あ、別に熱があるワケじゃねーのか」
「な、な、ななな……っ」

胸倉を掴んでいた筈の手がするりと外されて、アラシヤマの額に当てられている。
ごくごく自然な動作で行なわれたそれに、アラシヤマは何のリアクションも返せずただ口をパクパクさせて真っ赤になった。
何をされているのか全く理解できない。
体温が急激に上昇して発火寸前である。

「オメー、さっきから何興奮してンだよ。顔あけーから熱でもあンのかと思ったら、違うみてーだし。何か妙に体温上がって…………あッ、オメーもしかしてホモ?」
「んなッッ!?」
「俺にときめいちゃってンのもしかして~?」
「なっ、なななに阿呆な事言うてますのん!?あるわけ無いでっしゃろそないな事っ!!」

慌てて否定し「わてはホモ違います!!!」とブンブンと物凄い勢いで首を左右に振るアラシヤマ。
無論、シンタローとしては軽く冗談を言っただけのつもりだったのだが、そんなに過剰な反応をされるとついついS心が疼いてしまう。
いたずらっ子というよりもイジメっ子という呼び名がしっくり来る、いかにも意地悪そうな笑みをニヤリと口元に貼り付け、「へぇぇぇぇ~?そうなんだ、フーーーン」と猫がネズミをいたぶる時のような声を出す。
アラシヤマはぞぞっと総毛だった。
マズイ、対応を間違えた、とそれだけが分かった。

「あ……」

何とかコノ場を取り繕うと声をかけようとしたアラシヤマだったが、その一瞬前にシンタローはパッと彼から離れ、どうしたんだ?と様子を窺っていた仲間達に聞こえるように、ハッキリとした大きな声で言った。

「うっわマジかよホモだったのかよアラシヤマ~!いやァ~意外だったな~~」と。

――なんて事言いますのんこの人!?

「せ、せやからホモやないって何べんも言うてるやろシンタロー!あんさんわてに恨みでもあるんどすか!?」
「いやいや恨みなんてそんな。あるワケないだろアラシヤマくん?キミがホモだとしてもボクは気にしないよ」
「嘘やー!めっちゃ気にしてますわッッ」
「気にしない気にしない」
「そないな軽い言葉誰が信じるかッ!ちゅーか気にせん人はわざわざそないなデカイ声で高らかにホモ呼ばわりせんでっしゃろ!!」
「やだね~被害妄想の根暗ホモ引きこもりどすえヤローかよ。肩書き多すぎ、つーか苗字長すぎ」
「語呂わるッ!いやいや、肩書きでも苗字でも無いわ!あんたが勝手に言うてるだけどすぅ~ッ!」

面白がって散々からかいまくるシンタローと、動揺のあまりほとんど否定し切れていないアラシヤマ。
そんな二人のやり取りを見て、周りを囲んでいたギャラリー達はいつの間にか教室の端っこへと波が引くようにざざーっと後退していた。

「……マジ?ホモ!?」
「アラシヤマ、ホモ?」


――どうやらかなり本気にされてしまったようだ。
これでまた、アラシヤマとクラスメイト達との間に、一層深い溝ができたようである。


「ああッ!?わてのお友達候補が!?」
「よかったな~アラシヤマ。これでオメーますます有名人だぜ?」

きっと明日には、学校中に噂が広まっている事だろう。

「おっ、おのれシンタロー……ッッ!!!」

ますますお友達が遠のいた……!
先刻までドキドキしてしまっていた事も忘れて、アラシヤマは改めてシンタローへの恨みを深めた。

そんなアラシヤマを見てシンタローはフフンと鼻をならし、可笑しそうに笑った。





その日、一人でとぼとぼと寮へ戻る途中で。
アラシヤマは自分の額にそっと触れてみた。

「――――」

シンタローの掌の体温が、よみがえる。
熱い。そっと包み込むように触れられた場所。
それと同時に初めて間近で見たシンタローの黒目がちな瞳をも思い出して、アラシヤマの胸はまたとくり、と鳴った。
ガキ大将そのままな笑顔を、頭の中で無意識に反駁する。
ムカつく、が、それ以上に何だかそわそわして。
相当ひどい事をされた筈なのだが、思い浮かぶのは最後に見た笑顔だ。
あんな風に笑顔を向けられたのは、初めての事かもしれない。

思って、また胸がざわめく。

――生まれたばかりのこの感情に、まだ名前をつけられなくて。
それ程まだ、幼くて。


「……なんやろ?これ」


とアラシヤマは一人、首を傾げた。
ほのかに上昇した体温は、そう悪いものではなかった。






――後日、久しぶりの休日にこれまた久しぶりにマーカーと会ったアラシヤマは、苦しそうに胸を押さえて不整脈を起こしかけながら息も絶え絶えに師に訴えた。

「お師匠はん……実はわて、最近おかしいんどす。士官学校にシンタローいうヤツがおりますんや、コイツはマジック総帥の息子なんどすがそりゃあもう嫌なヤツでしてなぁ!士官学校でNo.1とか言われていい気になってますんや。いつも周りに子分みたいに人を仰山引き連れとって、わての邪魔ばかりするしホンマ嫌なヤツなんどす!……なのにわて、最近気ぃ付いたらそいつの事ばっか目で追うとるんどす。目が合うと心臓がドキドキバクバクして止まりそうになって、息もできまへん。落ち着かない気分になるんが嫌で避けたくてたまりまへんが、顔見らんと今度は声が気になるんどすぅ~。どこにおってもヤツの声だけは聞こえてくるんどすえ!とにかくもう全神経使こうてシンタローの一挙手一投足を追うとるんどすが、シンタローは鈍くてなかなかわての事気ぃ付きまへんでなぁ~、すぐ他のヤツとどっか行きよるんどす!それがまた腹立ちまして、何としてでもわての方を向かせたいっちゅーかわてだけを見るようにさせたいっちゅーか届けわてのバーニング野望!?

……ねぇ師匠。これってどういう感情なんでっしゃろか?」


「……………………」





ある意味ピュアな、ピュアすぎる質問を投げ掛けられてマーカーは眉間に深いシワを刻み込んで目を閉じた。
この馬鹿な弟子に対する答えの候補が幾つか脳裏に浮かぶ。
その中の一つ、「気色悪い」の一言と共にアラシヤマを一瞬で燃やし尽くして全て無かった事にする、という選択肢が非常に魅力的でそそられるものを感じたが、マーカーはあえてそれを選ばなかった。
目を開けて、真正面からアラシヤマを見据える。
地を這うような声で答えてやった。


「……アラシヤマ。それは向上心だ、ライバル心だ、対抗意識だ。お前はシンタロー様を好敵手として捉えているのだ」

「へ?」


――好・敵・手――


それは何だか妙にときめく言葉だった。
ほけ、と馬鹿面をさらしている弟子に、マーカーは洗脳するようにもう一度言った。

「いいか、お前達は好敵手だ。技を磨き、己を律し、シンタロー様に勝てアラシヤマ。その時こそ、お前はようやく認められるだろう」

「……そうかっ、シンタローはわてのライバルなんどすなぁ!分かりましたえ師匠!!必ずシンタローを倒して、わてという輝かしい存在をあの阿呆の頭ん中にしっっっっかりと刻み込んでやりますえ~~~ッ!!」


打倒シンタロー!我が永遠のライバル!!

燦然と輝くその言葉を頭に刻み込み、アラシヤマは目をキラキラさせて握った拳を高く突き上げた。
やれやれ、とマーカーは溜息を一つ吐き、

「道を踏み外すなよ、馬鹿弟子が」

と(幾分投げやりではあったが)心温まる忠告をしてやった。



――アラシヤマ、15歳の冬の事。
この約10年後、アラシヤマはきっっっっちりと道を踏み外し。
シンタローの頭には悪い意味で、彼の存在は深く深く刻み込まれる事になるのであった。






END









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ass
* n o v e l *





PAPUWA~酒は飲んでも…?~
1/2




「ちょっと抜けるわ、俺。オメーらテキトーにやっといて」
「ん?どしたべシンタロー。なんかあっただか?」
「いや、少し酔っちまったみてぇだから、風に当たってくる」

赤い顔をしたミヤギが、上機嫌で「そっか~、はよ戻って来いよシンタロー!」と笑い、杯を持った手を軽く上げた。
それにおう、と答えてシンタローは多少ふらつきながらも、盛り上がっているその場を後にした。



――任務を終えて、団員達の間には心地好い疲労と達成感、充足感めいたものが広がっていた。
今回の任務は遠征期間が長かった上に、シンタローと伊達衆を加えていても困難極まる内容であった。
それ故に相手組織の降伏――Mission completeの報せが届いた時、団員達は沸き返った。
そんな彼らを自身も満足気に眺めながら、シンタローはふと、

(そういや、最近酒飲んでねーな~。確か帰還予定時刻にはまだ間があったはずだし……)


「――ヨシ、久しぶりにハメ外させてやっか!」

ニッと笑い、シンタローは団員達に「オメーら今から酒盛りすっぞーーッ!!街に降りっからついて来い!!」と宣言したのであった――



それがおよそ4時間前の事である。
シンタローはほてった頬を軽く叩きながら、盛り上がっている酒場から少しずつ遠ざかっていく。
ひんやりとした夜の空気を肺いっぱいに吸い込むと、自然と頬が緩んだ。
厳しい任務だったが、仲間に死傷者が出る事は無くこうして皆で馬鹿騒ぎに興じる事ができる。
あと数時間もすればこの国を出て、また次の仕事をこなしていかなければならない訳だが……一人も欠ける事無く、また次の地へ進めるのだという事が、ただ素直に嬉しかった。

いつの間にか鼻歌を歌っていた自分に気付き、シンタローは僅かに苦笑した。
酒のせいもあるのだろうが、どうも今夜の自分は浮かれすぎている。
同じく浮かれまくっているであろう仲間達と騒ぐのも悪くはないが――その前に、少しは頭を冷やそうと人気の無い方へ足を向ける。
べろんべろんに酔って、飛行艇の上で二日酔いにダウンする総帥というのはやはり誰も見たくはないだろう。
それ以前に、「そんな姿さらしてたまっかよ!」という彼自身の意地もある。
士官生時代からの付き合いになる、伊達衆の面々が揃っているのだから尚更だ。
後でからかわれるのも嫌だし、酔っ払った彼らに「士官生の時のシンタローはこんなんで」云々と若かりし頃の赤っ恥武勇伝を目の前で語られるのも、勘弁願いたかった。

酒は飲んでものまれるな。
先人の有り難い言葉を噛み締めて、シンタローは夜道を進む。
団員達と飲んでいたのはどちらかといえば街外れの酒場である。シンタローは暫くぶらぶらと歩いてから、街の明かりが随分遠いところにあるのに気付いた。
いつの間にかかなりの距離を来てしまったようだ。辺りは暗く、酒場の喧騒もここには届かない。
シンタローは道を外れて、大きな木の下に腰を下ろした。
手を地面に着くと、柔らかな草の感触。
シンタローは木にもたれて空を見上げた。
緩やかな高揚と、それとは相反する穏やかな波。
目を閉じれば心地好い睡魔が襲ってきた。









「……シンタローはん知りまへんか?」
「ああ~?スンタロぉ~?」
「そうどす、姿が見えまへんけど……あんさんさっきまで、あのお人の近くの席、陣取ってたでっしゃろ?」

図々しい、と言わんばかりの不機嫌な眼差しを向けるアラシヤマに、ミヤギよりもその隣にいるトットリの方が過敏に反応した。

「なに言いがかり付けとるんだっちゃアラシヤマ。お前、自分がシンタローの隣に座らせてもらえんで妬いとるだけだわいや!」
「わてはあんさんらと違うて、遠慮深いだけどす!……そもそもあんさんには聞いてまへんわ、どうせ知らへんのやろ?酔いどれ忍者はん」
「一人ぼっちの酒で酔いもできんかったヤツに、偉そうな口きかれたくないだっちゃ!」
「……あんさんホンマに腹立ちますなぁ~」
「お前ほどじゃないわな」

互いに忌々しそうに睨み合う。
――事実、酒場に着くなり張り切ってシンタローの隣を取ろうとしたアラシヤマは、当のシンタローの手によって危うく三途の川を渡らされるところだった。
仕方なく店の隅っこでちびちびと暗く酒を飲むアラシヤマの近くには、完全なブラックホールができていた。

「まぁまぁトットリぃ~、別に怒る事でもねぇべ~?」

既に完全にできあがっているミヤギが、少々呂律の回らぬ様子で上機嫌に割って入った。

「ミヤギくん……」
「スンタローならなァ~、風さ当たり行くってさっき店出て行ったところだべ~?ちょぉっくら酔ったんだと!」
「外に?……迂闊どしたわ、ずっとシンタローはんから目ぇ離さへんようにしてたんに!わての一瞬の隙をついて出て行かはるとは……流石はシンタローはんどすなぁ!」

店の隅っこから執拗にシンタローを凝視し続けていたアラシヤマだが(シンタローは徹底して気付かないフリを続けていた)、ガンマ団員達でぎゅうぎゅうに賑わっている店内では、人影に隠れてシンタローを見失ってしまう事も多い。
視線が外れた隙に、外へ出て行ってしまったのだろう。
シンタローをロストしたアラシヤマが店内をうろつく頃には、もういなくなった後だ。

「まったく……それにしても、そういう事は早く言いなはれ!
シンタローはんッ、今すぐわても行きますえ~ッ!!」

店を飛び出していくアラシヤマを見送って、ミヤギとトットリは「……シンタローも気の毒になぁ~」と全く同じ事を思った。







店を出たものの、シンタローがどこへ向かったのかは分からない。
きょろきょろと辺りを見回したが、少なくとも視界に入る距離にはいないようだ。
シンタローならどこへ行くだろう……普通風に当たるだけと言えば、そう離れた場所へは行かないだろうが。

「……いや、案外遠くへ行ってはるかもしれまへんなぁ。しかも人の多い賑やかな場所よりは……むしろ――」

アラシヤマは暫し思案し――街の明かりに背を向けて、歩き出した。



暗い道を黙々と歩いて、漸くよく知った気配を感じ取り、アラシヤマはそちらに向かって歩調を速めた。
本当に見つけられるとは運がいい、いややはり自分達は心友という絆で結ばれているのだ、とシンタローが聞いたら鳥肌を立てそうな事を考える。

木の下に誰かが座っているのが見て取れた。
昼ならばよく目立つ、長い艶やかな黒髪も夜の闇の中では静かに溶け込んでしまっている。

「……見つけましたえ、シンタローはん」

はやる心を抑えて――だがそれでも弾んでしまう声はどうしようもない――シンタローの前に回りこんだアラシヤマだったが。
シンタローの閉じられた目を見るや否や、慌てて地に膝をつき、顔を覗き込んだ。

「シンタローはんッ?どっか具合でも悪いんどすか!?」

声をかけながら脈を診ようと手を取ると、シンタローが小さく唸って身じろぎをした。
眉間にしわを寄せ、数度瞬きをしてゆっくりと焦点を合わせる。
暫くぼんやりとしていたようだが、目の前にいるのが誰だか分かると眉間のしわが更に深くなった。

「シンタローはん、大丈夫どすかッ?」「うる…せー……寝てただけだ…っつーの……」

シンタローは低い声で不機嫌そうにそう言った。
だがアラシヤマは、シンタローが寝ていただけと分かり安堵して肩の力を抜いた。

「……そら騒ぎもしますわ。こないなとこで寝るやなんて、何かあったらどうしますのん!しかも酒飲んだ後でっしゃろ?急性アルコール中毒でも起こしたんかと思いましたわ」
「あんぐらいの酒で、この俺がどーにかなるワケねーだろ」

大きく欠伸をし、シンタローは手の甲でごしごしと乱暴に目を擦った。
アラシヤマは少し迷ってから、シンタローの隣に腰を下ろした。
シンタローは一瞬嫌そうな顔をして「……げっ」と呟いたが、動くのが億劫なのか、避けようとはしなかった。
調子に乗って更に距離を詰めようとしたアラシヤマだが、無言でシンタローが手を上げるのを見て、慌てて「すんまへん調子乗りましたッ!」とぶんぶん首を振ってそれ以上近づかないとアピールした。
シンタローは少し呆れたような顔をしてアラシヤマを眺め、やれやれ、と溜息をつくと眼魔砲を撃とうとしていた手を下ろした。

「……ホンマ、こないなところで何してはったん?眠いんやったら飛行艇に戻るとか、酒場の上の部屋で仮眠取るとか色々あったんやないどすか?」
「俺が飛行艇に戻りゃあ宴会はお開きになっちまうし、寝に行っても場の空気が白けンだろ。……べっつに付き合う必要はねーのに、どいつもこいつも俺に気ィ遣いやがるかンな」

木の幹にトン、と頭をつけて、シンタローはフッと短く息を吐き出した。
だがその言葉にアラシヤマの表情が一瞬翳ったのを見て取って、シンタローは「あ~……」と少しバツが悪そうに頭をかいた。

「オメーまで余計な気ィ回すなって、気持ちワリーな。……俺は平気だから」
「シンタローはん……」
「総帥を継ぐって決めた時から、腹はくくってる。周りの態度が変わっちまうのも、しゃーねーだろ。今更あーだこーだ言うほどガキじゃねーよ」
「……そうどすか」
「あァ」

アラシヤマはそれ以上踏み込もうとはしなかった。
辛くないか、と訊ねるのは、シンタローを侮辱する事になる。
辛くないはずがない、重くないはずがない。
だがそれを口にはしたくないと言外に告げた彼の想いを、尊重したかった。

シンタローは「それに」、と先程よりもやや軽い口調で続けた。

「いい加減ヤローばっかの酒盛りにも飽き飽きしてたからな~。酔い覚ます為に外に出たら、いつの間にかこんなトコに来ちまってたンだよ」

まだ酔いが残っているのか、シンタローはいつもよりも砕けた様子で「気ィついたら寝てた」とあっけらかんと言って笑った。
その久しぶりに見る、まだ幼さを残した笑顔にアラシヤマもまた肩の力が抜けるのを感じた。
シンタローの言葉一つ、表情一つが、こんなにも影響力を持っている。彼の周りの、全ての人間に。


「素敵どすぅ~シンタローはんッ!」

思わず乙女チックに両手を頬に当てて「流石わての心友!!」とはしゃぐと、シンタローは「はァ!?……何言ってンのおまえ」と盛大に眉をひそめて思いっきり引いた顔をした。

「付き合ってらんね」

ケッと吐き捨てて立ち上がろうとしたシンタローだが――ふと考え直したように、上げかけた腰をストンとまた地面に下ろす。

「シンタローはん?どないしましたんや?」
「ん……今立ったら多分俺、足ふらついてる」
「はぁ~?どういうい――ッたぁ!?い、いきなり何しはりますのん!?」

予想外の言葉に首を傾げたアラシヤマの頭を意味も無く拳で叩き落し、シンタローは再度木の幹に背中を預けた。

「さっきまではそんなんでも無かったンだけどな~……何か思った以上に酒回ってるっつーか……また眠くなってきた」
「眠いて……ココで寝はるおつもりどすか!?あかんッ、風邪ひきますえー!」
「うっせーなァ、俺は眠いンだよ。今ココで寝たらぜってー気持ちイイ!」
「気持ちええとか気持ち悪いとかそんな問題ちゃいますやろ!」
「あ~うっせーうっせー」

耳を両手で押さえて「聞こえません」ポーズを取るシンタローにアラシヤマは尚もしつこく「寝たらあきまへんッ、寝たら危険どすえ~ッ!」と訴えかけていたが、イラついたシンタローに5回ほど殴られると、漸く静かになった。
諦めた顔をしてはぁ~と息をつくアラシヤマを前に、シンタローは軽く伸びをして大きな欠伸をした。
――そのリラックスした様子を見ていると、段々アラシヤマもまぁ仕方ないか、という気分になってきた。

「……まぁ今回は大目に見まひょ。任務も終わった事やし、無礼講どすな」
「何ブツブツ言ってンの?オメー」
「何でもありまへん。……シンタローはん、そう長居はさせられまへんえ?そろそろ帰るべきやと判断したら、わてが眠ってはるシンタローはんをおぶって帰りますわ」
「素直に起こせ。オメーにおぶわれるくらいなら這ってでも自分の力で帰る」
「それやとわての楽しみが……!」
「何を楽しむ気だテメーは!?」


思わず怒鳴ったシンタローだが、その拍子にぐらりと身体が傾いだ。
目の前の風景が一瞬ブレて、平衡感覚が失せる。

酒+眠気=運動能力低下。

そんな単純な図式が頭の中で回る。
地面に手をつこうとするが、イメージするように素早くは動かない。
アラシヤマを殴ったりして無駄な運動をしたのも良くなかったのかもしれない――などと呑気に考えていたシンタローの身体に、その当のアラシヤマが両手をするりと回した。
胸に抱き込むようにしてシンタローの身体を安定させ、顔を覗き込む。

「ホンマに酔うてはるんどすなぁ……そないに任務が完了して浮かれてはったんどすか?」
「……うっせ。俺だってたまにはハメ外してーンだよ」
「悪いとは言うてまへん。むしろもっとハメ外すべきでっしゃろ、あんさんは。……眉間のしわ、クセになりますえ?」
「……」

指摘されると余計に眉間に力が入った。
それに気付いたのだろう、アラシヤマは珍しく苦笑したが、「仕方ありまへんなぁ~困ったお人どす」と妙に嬉しそうに言いながらシンタローを腕の中に閉じ込めたままよしよしと頭を撫でた。

「…………今俺が絶好調の状態だったら、テメー成層圏の果てまで吹っ飛んでンぞ」
「せやったら、酒に感謝せなあきまへんな」

今この時ばかりは自分の有利を確信し、アラシヤマは飄々とした態度で言葉を返した。
ついつい口の端がニヤリと上がってしまう。
低く唸るように「テメー覚えてろよ……」と脅しをかけるシンタローであったが、まだ酩酊感が抜けないらしく、アラシヤマに寄りかかっている。

「もっちろん覚えときますえ!わてとシンタローはんの大切な思い出どすぅ~」
「やっぱ今すぐ忘れろ」
「嫌どす。こない大人しゅうしてはるシンタローはんやなんて、滅多に見られるもんやありまへんからな!……シンタローはんらしゅうありまへんが、これはこれでええもんどす。役得やわ、今夜のわて」

堪能させてもらいます、とニヤニヤ笑うアラシヤマの顎に頭突きをかましてやろうかと思ったシンタローだが――その後の惨事を思い浮かべて何とか自制した。
この状態でそんな事をすれば、まず間違いなく自分もかなりのダメージを食らってしまう。
復讐は体調が万全の時にすべきだろう。
こめかみに青筋を浮かべながらも抱き留められた体勢のまま大人しくしているシンタローに、アラシヤマは少し意外そうに目を瞬かせた。
少々浮かれすぎて口を滑らせたきらいのあるアラシヤマは、これは流石に殴られるかもしれない、と危惧していたのだろう。予想していた反応(鉄拳制裁)がこなかった事に、戸惑ったようだ。

「シンタローはん……?そないに眠いんどすか?」
「……。そーだよ、オメーのアホらしい話に付き合ってらんねーくれぇ眠いの俺は」

シンタローは不機嫌そうに、それでも返事を返してやった。
――確かに、らしくない。
自分ではそんなに酔っているつもりは無かったが、これは自覚している以上に浮かれていたのだろう。
傾けた杯の数は、そういえば覚えていない。
中途半端に寝たせいもあって、またうとうとと眠気が襲ってきていた。
触れ合った温もりが、悔しい事に心地好い。

気が付けば、また頭を撫でられていた。
もしかしたらアラシヤマも酔っていたのかもしれない。

「……オイ、それヤメロ」
「それ、って?何ですのん」
「頭撫でンなって言ってンだよ!犬猫じゃあるめぇし、馬鹿にされてっみたいでムカつく」
「そないなつもりはサラサラありまへんが……あえて言うなら、可愛がっておりましたえ?」
「余計ムカつく。つ~か、それは俺に『どうか眼魔砲で気の済むまでぶっ飛ばして下さい』ってオネガイしてンのか?」
「物騒な願い事どすなぁ~。まぁそれもシンタローはんとわてとの友情のスキンシップどすから、喜んで受けますえ!」

「…………」


ムカつく相手を喜ばせたくない。
シンタローはこのポジティブ根暗を失意のどん底に突き落とす方法を本気で模索した。
が、頭を撫でられ続けていては考えに集中できない。

「撫でンなっつーの!」
「シンタローはんの髪、手触りええどすなぁ~」
「聞けよ人の話ッ」
「そないに嫌どすか?頭撫でられるんは」

嫌に決まってンだろ、といつもなら即座に言い返してアラシヤマを殴るところだが。
酔いが回っているシンタローは不覚にもその言葉に少し考え込んでしまった。

「……頭撫でられンのは、あんまり好きじゃねー。…………でも、髪を梳かれるのは……そんなに嫌いじゃねーかも……」


「…………………………。あんさん、相当酔うてはりますやろ」


心の中で「何ですのんその愛らしい答えッ!!?」と絶叫しつつ思わず鼻血をふきそうになったアラシヤマには全く気付かず、シンタローは「ああ~?別に酔ってねーよ」と面倒臭そうに答えた。
アラシヤマの体温が一気に上がった事で、余計シンタローの眠さが増す。
ぽかぽかして気持ちいい……天然のカイロかコイツは、と思いながらシンタローはおもむろに身体を離した。

「あ……もう起きはるんどすか?」
「ンだよ、さっきまで寝るなって騒いでたくせに」

露骨に残念そうな顔をしたアラシヤマの頭を軽くどつき、シンタローは「オイ」と偉そうな態度で呼びかけた。
眠いせいか、いつもよりも俺様度がアップしている。

「へ、へぇ!何どすのシンタローはん」
「正座」
「は?」
「正座しろ」

ぽかんとするアラシヤマにシンタローはイライラした様子でもう一度呼びかけた。

「オイ、聞こえねーのかよ?正座しろっつってンだよ俺は」
「あ、ああ。正座どすな」

何が何だか分からないまま、アラシヤマは慌てて正座をした。
偉そうに腕を組んでいるシンタローの前で、緊張した面持ちで地面に正座するアラシヤマ。
屋外で向かい合う男二人――何ともシュールでマヌケな姿であったが、シンタローは全く何の説明もしないまま「よし」と頷いた。

「悪夢見る事間違い無しっつーくらい思いっきり寝心地悪そうだけど、まァ他に代用できるモンもねーし……しゃーねーから我慢してやっか」
「あのぅ……シンタローはん。なんや色々とこき下ろされとるようどすが、わて、今から何されますのん?」

恐る恐る訊ねたアラシヤマに、シンタローはあっさりと答えた。

「枕の代用」




* n o v e l *





PAPUWA~酒は飲んでも…?~





アラシヤマは上機嫌でニコニコ(シンタローにはニタニタ笑っているように見えた)しつつ、自分の膝をポンポンと叩いた。


「さぁッ、おいでやすぅシンタローはん!!」

「思いっきり行く気が失せた」

「ああッ、またそないなイケズを!シャイどすなぁ~」


やっぱ止めとこうか、とも思ったが、ココから飛行艇なり酒場なりに戻るのも億劫だった。
普段なら絶対に有り得ない事だが、とにかく今は猛烈に眠い。
頭の回転が鈍りまくって正常な判断力が失われているのが自分でも分かる。
シンタローは「コイツはただの枕、コイツはただの枕」と繰り返し呟いた。

アラシヤマの膝にぼすっと頭を乗せると――シンタローはムッと眉を寄せた。

「……固い」
「……そりゃあ男どすからなぁ。オナゴのようにはいきまへんやろ」

チッと舌打ちし、それでも頭を下ろそうとはせず、シンタローはアラシヤマを見上げた。
見上げられた方のアラシヤマは落ち着かない様子で思わず身じろぎしたが、その途端「もぞもぞしてンじゃねーよ!余計寝心地が悪くなンだろ」とシンタローに叱られてしまい、「へぇっ、すんまへん!」と慌てて謝った。
シンタローはアラシヤマの顔をじっと見つめ、ハァ……と嘆息した。

「……オメー、顔は悪くねーンだよなぁ……何だっけ、京美人?あの露出狂のイタリアンがそう呼んでたよナ……」

意外な言葉にアラシヤマは「へッ!?」と素っ頓狂な声を上げた。
シンタローは構わず言葉を続ける。

「女だったら、結構美人だったのかもな、アラシヤマ」
「……あんさん、やっぱ酔うてはりますやろ」

シンタローは「酔ってねーよ」と主張を繰り返したが、アラシヤマは面白がるように軽く眉を上げた。

「そうどすなぁ……わてが女やったら、シンタローはんももうすこぉ~しはわてに優しゅうしてくれはりましたか?」
「あァ?……俺は基本的にはオンナに優しいけど……アラシヤマねぇ~……」

酔いと眠気のせいで思考が上手くまとまらないらしい、シンタローは「うーん……」と唸りながら考え込んでいる。
その様子をますます楽しそうに見つめながら、アラシヤマは問い掛けを少し変えてみた。

「わてが女でも、心友になってくれはりました?」
「今でも心友じゃねぇ」

そこだけは即答したシンタローにアラシヤマはぐさッと心に突き刺さるものを感じた。
つい恨みがましげな視線を送ると、シンタローは鬱陶しそうに顔をしかめる。
アラシヤマは「いけずやなぁ~……」と呟いて先程のシンタローのように嘆息して見せた。

「わて、ホンマに女やったらよかったかもしれまへんな。そしたら、もっとシンタローはんにくっ付いてても怒られへんのやろうし」

酔っていない時でも、膝枕をしてくれとねだってくれたかもしれない。自分が女だったら。
だがそんな風に考えるアラシヤマとは対照的に、シンタローは「……いや、やっぱねーわ。オンナのお前って」と呟いた。

「……?」
「オメーがオンナだったら余計うっとーしい、つーか怖すぎる。眼魔砲でぶっ飛ばすのもちょっとだけ気が引けちまうし。――やっぱオメーはオメーのままで十分だ。今のまんまでいい」


「シンタローはん……」


シンタローからしてみれば何気ない言葉だったのだろうが。
その一言に、アラシヤマは一瞬驚いたように目を見開き……ふっと、表情を和らげてシンタローの髪を撫でた。
シンタローは眠いのか、彼の手を振り解こうとはしなかった。

「おおきに、シンタローはん。わても男でよかった思いますわ」
「何でだよ?」
「男やから、シンタローはんの傍におれるっちゅー時も多いでっしゃろ?」
「……オメーってヤツは、ホントにキモイな」

うんざりとした声音で言い、半眼になって自分を睨みつけてくるシンタローにアラシヤマは声を殺してくっくっと喉を震わせた。

「笑ってンじゃねーよ根暗」
「えろうすんまへん。……そうや、逆やったらどうやろ?シンタローはんが女やったら」
「俺が~……?」

眠いんだけど、と目で訴えるが、アラシヤマはまだ言葉遊びを続けたいようだ。構わずに話を振ってくる。
シンタローは「こういう自分本位なとこがコイツの嫌われる所以だよナ……」と思いながらも、ついつい女の自分を想像してしまった。

「俺がオンナだったら間違いなくサイコーの美女だな」
「きっとプロポーションも抜群どすえ!」

心友大好きの男は即座に同意した。

「下心持った連中が寄って来るんが、容易に想像できますわ。……まぁわてのシンタローはんに言い寄ってくるような身の程知らずの阿呆共は、わてが一人残らず灰にしてやりますえ。安心しておくんなはれ、シンタローはん!」
「……ジョーダンに聞こえねーのがオメーの怖えぇとこだな」

もちろん冗談などではない。何を言っているのだ、ときょとんとするアラシヤマに頭痛を覚えて、シンタローは目を閉じた。

「シンタローはんシンタローはん」
「……今度は何だよ。寝かせろっつーの」
「シンタローはんが女やったら、わての事どう思うと思います?」

相も変わらず下らない質問をする。
薄目を開けてアラシヤマの顔を見やると、アラシヤマはどこかわくわくした面持ちで此方をじっと見つめている。
シンタローは小さく小さく嘆息した。
――ムカつく話だが、ほんとにコイツは顔は悪くはない(中身はサイアクだけど)。
自分がいささか面食いであるという自覚は多少なりとあるので、アラシヤマが異性だった場合、正直少しは傾くかもしれない、と思った。


だが中身がサイアクなので、やはりそれは有り得ないだろうと結論付けた。


「今思ってる事と、何も変わンねーよ」

「……そうどすか。実はわても、そうどす」

「……?」

「シンタローはんが男でも女でも、構いまへん。わてにとっては何よりも大切なお人どす」



「…………。うっせーよ。俺はねみぃんだから、黙って枕になっとけ」


ぶっきら棒に言って今度こそ目をしっかり閉じ、アラシヤマの膝に頭を乗せたまま顔を横に向ける。

――目を閉じる一瞬前、視界の真ん中で心底嬉しそうに笑った男の顔が、暫く網膜に焼き付いて離れそうになかった。







シンタローが眠ったのを確認してから、アラシヤマは彼の髪を梳いた。
さらりと指の間を通るその感触が、心地好くて目を細める。
普段眉間に寄っているシワが取れて、いつもよりも若い――いや、幼い印象の彼の貴重な寝顔を覗き込んで、アラシヤマは鼻歌でも歌いたい気分になった。
無論、シンタローを起こしてしまうので自重したが。

嬉しくて嬉しくて、緩んでしまう口元をどうしても引き締める事ができない。
例え酔っていたからだとしても、シンタローが無防備な姿を自分に見せてくれている事が嬉しかった。
信頼されているのだと自惚れてもいいのだろうか、と思いながら、シンタローの髪に指を絡ませてその滑らかな感触を楽しむ。
――眠りに落ちる前の、交わした会話も飛び上がる程嬉しかった。
どうしてこんなにも、自分が喜ぶような事ばかりを言ってくれるのだろうこの人は(トラウマになるくらいキッツイ言葉も日常的によくくれるが)。

「ホンマに、嬉しおす。わてはあんさんの傍におれて……幸せどすえ」

恭しく捧げ持つような仕草で持ち上げた一房の髪に、そっと口付ける。
もしも今、シンタローが起きていたら即座に眼魔砲の洗礼をアラシヤマに浴びせていたのだろうが……彼はまだ、眠りの底にいる。
子どものように安心しきった寝顔で。


アラシヤマはシンタローの頭を優しく撫でながら、この時間がずっと続けばいいと願った。


――夜が明けるまでの、短い時間。
大切な人が、この手の届く場所にいる――











――と、思ったが。
実際はもっと短かった。

それから30分もしない内にシンタロー捜索隊(伊達衆含むガンマ団員達)に二人は発見され、とんでもない惨劇が繰り広げられる事となったのであった。



酒は飲んでものまれるな




~END~

as
* n o v e l *





PAPUWA~ハピネス~





ひとぉぉつ…
ふたぁぁつ……
みぃぃっつ………

声には出さず、心の内だけでゆっくりとカウントする。
数を重ねる毎に、ごうごうと荒れていた心は凪いだ海のように静かになっていった。
戦いの場で高揚していた自分を抑え付け、冷静になれと指令を下す。

「シンタローはん。準備はようおますか?」
「誰に聞いてんだタァコ。いつでも行けるに決まってんだろ」

顔は前に向けたまま確認の意味を持って訊ねれば、返事は迷い無く返ってくる。
ちらりと視線を横に向けると、彼は口を真一文字に結んで前を見据えていた。
真剣な表情だ。だがそこには、無駄な気負いは一切存在しない。
怯む様子など微塵も見せず、ただただ己がやるべき事を真っ直ぐに、見詰めている。

(なんや、ワクワクしてはるようにも見えますなぁ)

ガキ大将がそのまま成長したかのような男。そんな形容詞が実によく似合う。
組織のトップが戦場の――それも第一線に立つなど、本当は有り得ない事だ。
だがシンタローは、躊躇無くその身を危険に投じる。部下を……いや、仲間を守る為に。
こうして後続部隊から切り離されてしまい、自分とシンタロー二人だけになってしまったという危機的状況にありながらも、彼は不敵に笑ってみせる。

「ここンとこ、書類と睨めっこしてばっかで退屈してたからな。今日は久々に暴れさせてもらいましょうかねェ~」

ぺろり、と舌なめずりするように唇を舐めるその仕草に、アラシヤマは苦笑いを浮かべた。

「そうどすなぁ、まぁ今の状況ならそう簡単には敵さんも降伏せんどっしゃろ。自分らが有利やと阿呆な勘違いしてはるようどすからな」

とことん無能な奴だ、と敵方の司令官を冷たく嘲って前方を見やる。
目標とする場所は、そう遠くない所にある筈だ。部下達と離れてしまったのは計算外であったが、こうなったらこうなったで、その状況を利用する。
後続部隊に陽動の役目を負ってもらい、その間に自分達が敵の本拠地へ侵入して今回の最大の狙いである重要機密の書かれた文書を奪取すれば良いのだ。
今回の遠征は少数精鋭で構成されており、兵士の数だけで言えば明らかに此方が不利だ。
しかし純粋な「力」という視点で言えば、決して引けは取らない。
それがいまだに分かっておらず慢心しているようでは、自分達の勝利は確定したも同然だろう。
トップが無能だとその下の者達がいっそ哀れだ。

「この分じゃ、楽勝だな。……早々に降伏されちまってもつまんねーけど、終わったゲームをだらだらやんのもウゼェな」

もっと根性出せ、と無体な事を呟くシンタローをアラシヤマはやれやれと呆れ混じりに見た。

「難儀なお人どすなー。そないに退屈してはりましたん?」
「オメーも知ってんだろ、書類整理がどんだけ大変かって事は」
「確かに。戦場出て、敵殺して回る方がよっぽど楽どすな」

戦場で交わすにはあまりに呑気過ぎる口調で、ぼやくように言う。
その内容はブラックジョークにも似ていたが、ジョークでない事は互いに分かっている。
シンタローはじろりとアラシヤマを睨み付けた。

「分かってんだろうけど一応言っとく。殺すのはナシだかんな?」
「へぇへぇ、了解どす。もうわてらは暗殺者やないし、シンタローはんとの約束破りたありまへんから。……殺しまへんし殺されまへん」

一瞬だけ、真剣な眼をして。アラシヤマはシンタローを見つめ返した。

殺さないし、殺されない。
シンタローは戦地に赴く部下達に、この誓いを守れと告げた。厳守せよと告げてから、命じた。
絶対に――死ぬなと。

無理な注文だと自分でも分かっていた。絶対などありえない。
ましてやそこが戦場であるのなら、尚更に。
分かっていても、シンタローは一人一人のガンマ団員達の顔をしっかりと記憶に残すように見つめて、ハッキリと言った。
必ず帰ってこいよ、と。
そうして、ガキ大将のように笑って見せるのだ。
その信頼に満ちた眼差しと笑顔、言葉に、皆もまた応える。
しかしアラシヤマだけは、滅多にそれを貰えない。
シンタローがアラシヤマの方を見てくれる事は、ごくごく稀だ。
それを残念に思い、時には恨めしくも思うが……それだけ信用されているのだろう、と彼は思う事にしている。
それに、わざわざ言葉にするまでもなく、アラシヤマはシンタローが何を望んでいるのか、理解しているつもりだ。
だから彼は笑う。

「殺しまへんし、殺されまへん。必ず一緒に戻る約束どすからな」
「……何で俺がオメーと戻んなきゃなんねーんだよ。一人で埋もれてろ」

向けられた笑顔に居心地が悪そうに眉を寄せ、シンタローは結局、フン、と鼻をならしてアラシヤマから顔を背けた。
そんなシンタローを見て、ますますアラシヤマは笑みを深める。
気色悪い、と殴られたが、それさえも嬉しかった。
肩の力を抜いて拳を緩く握り、会話をやめると二人は唇を結んでスッと眼を閉じる。

ひとつ。ふたつ。みっつ。よっつ……。
声には出さず心の内で静かにカウントして。
申し合わせたように、二人は同時に地を蹴った。
ががががが、と先刻までいた場所を銃弾が抉っていく。
硝煙の匂いが立ち込めて、「ああ、ここは戦場なんどすなぁ」と今更な事をアラシヤマは思った。
ここに在る事が、嬉しい。ここに今、一人でない事が単純に嬉しい。

「シンタローはん!二時の方向や、あんじょう気張りや!!」
「ケッ、んな事言われるまでもねーんだよ根暗ぁ!オメーこそ手ぇ抜いたらぶっ殺す!!」

打てば響くように返ってくる言葉。
心地好ささえ感じながら戦場を駆ける。駆ける。駆ける。
敵が戦闘不能になるように殺さない程度に痛めつけ、あるいは戦意喪失を狙って圧倒的なまでの力を見せ付け。
硝煙漂う戦場で、大切な人の存在をすぐ傍に感じている。








「終わり、ましたなぁシンタローはん」
「……」
「終わってみれば……まぁまぁ骨のある依頼どしたな。敵方の司令官、意外と根性出してはりましたわ」
「……」
「運動不足、解消できはりました?」
「……うっせーよ。ばか」

漆黒の長い髪を風になびかせて、シンタローはじっと前を見据えている。
戦いの後の興奮状態は、やがて虚脱感へと変わる。
何かを見つめているようで、その実、彼が見つめているものはここには無いのだろう。
アラシヤマはシンタローと背中合わせに座ったまま、自身もまた前を見つめた。
密着した背中から伝わる体温は、火傷しそうな程に熱く感じた。
それが自分のものなのか、彼のものなのか、それすらも分からない程に温度は溶け合い、解け、またゆっくりと溶けていく。



さやさやと吹く風になびくシンタローの髪を、アラシヤマはそっと捉えた。
髪に指を絡ませて、唇を寄せる。
いつもなら即座に眼魔砲が飛んできそうなものだが、それすらも億劫な程に疲労困憊しているのか、はたまたよっぽど物思いに沈んでいるのか、彼は振り返りもしない。
アラシヤマは艶やかな髪に口付けて、また解放した。
さらりと流れる髪を、素直に綺麗だと思い、何だか可笑しくなった。
戦場で背中合わせに上司と座り込み、上司の髪にキスをして、綺麗だなぁと見惚れているなんて。
はたから見れば、きっと狂気の沙汰だろう。

「シンタローはん」
「……ンだよ」
「わてら、生き残りましたなぁ」
「当たり前だろ」

馬鹿じゃねーの、とでも続きそうな素っ気無い口調で返され、アラシヤマは小さく喉の奥で笑った。
それが振動となって伝わったのか、笑ってんじゃねーよ、という不機嫌そうな声と共に、背中にかかる重さが増した。
ぐいぐいと嫌がらせのように体重をかけられ、アラシヤマは苦しそうに、それでも笑う。

「重いどす、シンタローはん」
「そのまま潰れちまえ、人畜有害な根暗ストーカー」
「フ…フフフ……せやけど、これもシンタローはんの愛の重さや思えばむしろ幸せどすなぁ~」
「ゲッ、キモイ上にウゼェ!」

本気で嫌そうな声を上げシンタローは顔をしかめるが、身体を離そうとはしなかった。

「……珍しおすなぁ。そないに疲れはりましたのん?」
「疲れた……つーか、ねみぃ。最近ほとんど寝てなかったからな……」

その言葉に嘘は無いだろう。総帥になってからというもの、まさに寝食を忘れて彼はガンマ団をまとめあげる為に進み続けてきた。
その人知れぬ努力を思うと、アラシヤマは胸にこみ上げる感情をどうすればいいのか分からなくなる。
同情ではない。憧れとも少し違う。
もっと暖かく、もっと近しく、もっと御し難いものだった。

「少しなら、寝てても構いまへんえ。任務は完了しましたし、迎えのヘリが来るまでにはまだ時間がかかりますやろ」
「……んー……そっかぁ?」
「へぇ。心配せぇへんでも、わてがおりますわ。万が一、敵の残党がおったとしても何の問題もありまへんわ」
「まぁそうだろうけど……俺はむしろお前を警戒している」

眠そうな声でありながらも、ハッキリと冷たさを感じられる声でそう言われ、アラシヤマは思わず涙した。

「ひっ、酷いどす~シンタローはん!せいぜい寝顔を写真に撮るくらいどすえ?!」
「堂々と言われるとつい錯覚しそうになるが、それは盗撮ってもんだよな?このどすえヤロー」

あ~眠い!と後ろで目を擦る気配がし。

「んじゃ、俺寝るわ。何か妙な事しやがったらぶっ殺すからな」
「了解どす。……ゆっくりお眠りやす、シンタローはん」

ああ……、と短く答えて。シンタローはそのまま、眠りに落ちていった。


「…………」


規則正しい呼吸音。背中にかかる重みに、何故か深い安らぎを覚える。
アラシヤマはシンタローの手をそっと握ってみた。
暖かい手は、無意識にだろうがぎゅっと握り返してくる。
我知らず、口元にやわらかな微笑が浮かんだ。


背中合わせに手を繋いで、貴方を感じている。


それでいい、と思った。
シンタローが前を向いている時は、自分が後ろを向こう。
シンタローが後ろを向く時は、自分が前を向こう。
彼の為なら何でもできる自分を、アラシヤマは知っていた。
何の見返りもいらない。もちろん、くれると言うのなら迷わず貰うが。
本当に欲しいものはきっと、もうとうの昔に貰っている。



願わくは。
アラシヤマは空を仰ぎながら思った。



願わくは。
この体温を感じられるところで、最期の時を迎えたい。






口に出せば縁起でもない、とシンタローに怒られそうだが(それ以前に気色悪い!と眼魔砲でも撃たれそうだが)、それはきっとこの上ない幸せだろうと思って、アラシヤマは笑った。




END






as


 彼はいつも寂しそうな目で自分を眺める。
 ……その瞳に写っている自分はきっと不遜で傲慢で…なによりも尊大に高処に居座っているのだろう。
 彼の瞳は囁くから。
 自分では分不相応なのだと…………


 くだらない。
 価値を決めるのは彼ではなく自分。
 この魂が希求するかどうかだけなのに………


 不遜に堂々と。何者にも負けない絶対者のような暴力的な圧倒感。

 …………そうであってみせる。
 寂しさもなにもかも、エネルギーに変えて……お前の理想を具現し続けよう。

 その愚かな瞳が傍にさえ寄れないと嘆くことを止めるその日まで……決して屈することなくこの背を伸ばし続けよう。


 だから気づいて。
 一人は……自分だって寂しいのだから………………………………




風の生まれる瞬間


 また…いつもの視線。どこか億劫な仕草で男は己の首にまとわりつく漆黒の髪を掻きあげた。
 さらさらと風もない室内、それでも音を奏でるように絹のような光沢を沈めた髪は流れ落ちた。
 視界の先に晒される慣れたものにだけ見せる男の癖。
 過去の日、敵対してその命を狙っていた頃から時折零されていたその癖。
 顔を覆い隠すように長い髪はなにかを決意した時に晒される。
 ………まるで悩めるその魂を封じ、弛まぬ足をまっすぐに踏み締める為に儀式のように………………………
 自分達の長として君臨し、全てを決定するその権限をその両肩にのせた時から彼の髪は白き紐を手放した。

 もう縛ることもないと…いうことなのか。
 もう心安らかに笑むこともないと、いうことなのか……………

 縛ることのなくなった髪はそれでも伸ばされたまま。切ることのないそれは一体なにを意味するというのか………
 脳裏を掠めるのは美しい島。
 ……この身の奥、燻り続けた醜ささえ浄化してくれる空恐ろしいまでに絶対的な、全面的な肯定と愛を注ぐ島。
 彼がなによりも愛しみ、そこにあることを願って幾度となく涙を流したたったひとつの………………
 あの島で彼はいつだってその顔を晒していた。自身を否定したいというように隠し込む長い漆黒を後ろに束ね、やわらかく笑んで…………
 何もかもが優しかった。彼の性情がこの組織には組み込まれないことくらい知っていた。
 妬んで憎んで怨んで………なによりも深く憧れて。
 だから、きっと誰よりも自分が初めに気づいた。まるで酸欠の金魚のように息苦しそうに時折空を仰ぐ彼を。
 ここは違うのだと、全身が拒絶している瞬間。
 誰よりもなによりも才能に恵まれ、カリスマというべき魅力と胆力を備えて……けれどあまりにも彼は潔癖だったから。
 自分の腕に疑問と嫌悪を。……そして父に追いつくことのない特異能力を携えていない事への引け目と負い目を。
 …………………なにより深く刻んで彼はたったひとり空を見つめる。
 吐き出す息すら飲み込んで、世界でたったひとり。
 寂しいと泣くことのない強さがいっそ哀れなほどで…………………
 それでも自分の腕にそれを包む価値も、それを認められるだけの余裕すらも、なくて。
 男を包み癒したのはあまりに幼く小さな腕。
 なにもかもを認めまっすぐに受け止める、無条件の信頼と絶対的なまでの友愛。
 息が詰まるほどのその清らかさに視界が霞んだ。
 ………そんな男の姿は知らなかった。
 穏やかに優しく…誰かの世話を焼いて愛しく腕を伸ばして。
 奪うことでも壊すことでも切り刻むことでもなく、生み出す為の力に変換出来た彼。
 その全てを開花したのはまぎれもなくあの島で。
 否。………あの島を抱(いだ)き続けたちっぽけで幼くて、なにも知らないに決まっているあの……………………
 思い至った理由が切なくて、片目を前髪に溶かし込んだまま青年は静かに視線を床に落とした。
 知っていた癖になにも気づけなかった自分。……なにも知らない癖に気づいた子供。
 どうして、なんて考えることも愚かだ。
 自分が可愛かった。拒絶されることが怖くて逃げた。
 彼は強いから……。自分よりも強いのだから大丈夫だと決めつけて、自分の弱さに託つけて畏れた。
 彼の全てを憐れんで愛しんでおきながら、それを抱き締めることも肩代わることも怖かった。
 …………そんなものはいらないと突き付けられることが、怖かった。
 何も考えずにただ腕を伸ばしたなら拒む人ではないと、知っていた癖に……………………………………
 子供はなにも知らなかった。彼の性情も、息苦しさに泣いていたことも。
 それでもただ与えた。与えることを乞う勇気をもっていた。
 言葉が……でない。なにか囁きたくて赴いたのに、沈黙ばかりが流れてしまう。
 吐き出せる言葉が、あるのだろうか。
 …………一度は逃げた身で、彼に乞う資格があるのだろうか。
 噛み締めようとした唇は力なく塞がれるだけ。…………綻ぶことも忘れて、まして血すら滲まない。
 ………囁く為に塞がれて…息も出来ない。この胸の中重しのように沈んだ彼への思いはいっそ毒々しいほど醜く猛っていて……怖くなるから。

 傍にいたい。
 囁きたい。
 ………触れたい。

 けれどそれは許されない、から……………
 凍り付いた眼前のオブジェのような青年は部屋に訪れたままこの状態で。伏せた視線はいつまでも自分を写しはしない。
 微かな男の吐息が凍結した室内を溶かす。恐れるように落とされた青年の視線がはね、逃げてしまうだろう彼の気配を探すように顔をあげれば揺れた前髪の先に鎮座する男が現れる。
 息を飲む。
 ………それがどれだけおかしなことか判らないわけではないけれど。
 ずっと……彼はそこにいたのに。それでも突然現れたような気になったのは何故か。
 寄り添うようにゆったりと……笑んだその口元。いつものように叱咤する、乱暴な物言いをまっすぐに投げかける唇がやわらかく綻ぶ。
 それはあの島で見続けた彼の内なる華。……枯れることなく未だ残っていたのかと呆気にとられるように眺めていれば……不意にそれは萎むように切ない眉宇に隠されてしまう。
 消えて……しまう。
 そう思った瞬間の衝動をなんといえばいいのだろうか…………?
 身が引き去れるような感覚。
 喉が潰れたように息が出来ない。
 …………四肢が戦慄くように震えて……まるで天災を恐れる哀れな獣のように震えた躯が許しを乞うようにその熱を求める。
 亡くしたくなくて…必死になって伸びた腕。………捕らえることができるなんて考えず…ただそれを抱きとめたくて…癒したくて。
 哀しみの淵に沈もうとする真珠を掬いとりたくて……………
 弾かれると思った指先は微かに逃げた男の影を慕うように舞う長い漆黒を搦めとった。
 ―――――沈黙が、支配する。
 捕まえることなどできる筈のないその存在がこの指先に捕らえられている事実。息を飲めば………ほんの一瞬零されたそれ。

 華が染まるように。
 風が生まれるように。
 ……光が導かれるように。

 彼があまりにも優しく幸せそうに笑んだから。
 呆気にとられた指先から張りのある毛先がゆっくりと落ちる。
 ……………深く深く笑みが広がる。この身を蝕むように……沈めるように。
 けれどそれはあたたかくて……心地よくて。その全てを独占することが出来ないことくらい知っている青年は、戸惑うように眉を寄せる。
 ゆっくりと広げられた腕が、誘う。
 ……………青年の内に残る願いを許すように。
 与えられたなら与え返す…男の卑しくはないその優しさに涙が溢れそうになる。
 瞬きすら忘れた瞳の先の唇が静かに蠢く。

 ――――――紡いだ音にすら、動くことが出来ないけれど……………



aa

 キンタローが廊下を歩いていると、少し先からボソボソと低く争うような声が聞こえてきた。
 「今は、そんな気分じゃねーんだヨ!」
 「なっ、何でどすかぁ!?さっきまでええ雰囲気やったのに・・・!」
 「ここは廊下だゾ!?場所を考えろッツ!!!」
 「えっ?ほな、場所さえ変えたらOKなんどすか??やっぱり、あんさん可愛ゆうおますナvでも、ここは人目につかへんから大丈夫や思いますけど。」
 その直後、バキッ、と何かを殴る鈍い音が聞こえ、
 「信じらんねぇ!!」
 顔を赤くして怒っているようなシンタローが向こうからドスドスと歩いてきた。そして、そのまま自分の横を通り過ぎようとしたので、
 「シンタロー」
 キンタローが呼びかけると、はっと気づいたようにシンタローは顔を上げ、
 「ああ、キンタロー。いたのか?」
 と、驚いたように言った。


 キンタローは、「ちょっといいか?」とシンタローを誘い、2人は屋上に上がった。
 天気はよかったがその日は少し風があり、立っているシンタローの長い髪を乱した。
 「ここに来んのも久しぶりだナ」
 そう言ってシンタローは伸びをするとその場に寝転んだ。キンタローは、少々所在無さげに立っていたが、結局、シンタローの横に座った。
 「何だヨ?話って?」
 シンタローが目を閉じたままそう話を切り出すと、キンタローはすぐには答えず、屋上の縁へと続くコンクリート製の床を見つめていた。そして、重い口を開き、
 「さっきは、いわゆる“お取り込み中”だったのか?」
 とキンタローはつとめて感情を抑制した声でそう聞いた。
 「なっ、“お取り込み中”ッ!?」
 思わずガバリと飛び起きると、シンタローは信じられないような思いでマジマジとキンタローの顔を見つめた。
 「お前から、そんな言葉を聞くなんて思わなかったゼ・・・。一体誰が教えやがったんだ!?頭痛ぇ」
 「俺を、ガキ扱いするな」
 キンタローは、少し不貞腐れた様子であった。しばらく沈黙の末、
 「シンタロー、お前はアラシヤマのことが好きなのか?」
 そう、問うと、
 「絶対に好きじゃねェッツ!」
 と、シンタローの返事は即答であった。それを聞いたキンタローの顔がこころなしか明るくなった。
 「じゃあ、もし俺がお前を好きだといったら?」
 「そりゃ、俺もお前のことが好きだし、嬉しいけど。従兄弟だしナ」
 その言葉を聞いたキンタローの表情は一転して曇り、いきなり隣にいるシンタローを抱き寄せた。
 「違う。こういう意味でだ」
 そう低く言うと、顎を捉え、キスをした。
 シンタローは一瞬目を見開き、思わずキンタローを突き放した。腕は、最初から縛めるつもりなどなかったようで、簡単に解けた。
 シンタローは自分の行為に呆然としており、
 「悪ぃ・・・」
 と力なく呟くと、ペタンとその場に座り込んでいた。
 シンタローに歩み寄ったキンタローは、彼の手をとって立ちあがらせると、
 「今のは、忘れてくれ」
 と言葉を絞り出すように言った。そして、シンタローを抱きしめた。
 「シンタロー。お前を一番理解しているのは、この俺だ」
 「・・・ああ」
 シンタローもキンタローの背を抱き返すと、キンタローは一瞬強くシンタローを抱擁し、思いを断ち切るように身を離した。
 「さて、戻るか」
 何事もなかったかのような顔でキンタローはそう言い、ドアのほうへと歩き出したが、シンタローは後に続かず、
 「―――すまねぇ」
 と一言だけ言った。
 「お前らしくもない。俺は、いつものわがままで俺様なお前の方がいいぞ」
 とキンタローが真顔で言うと、
 「なんだそりゃ?お前、一体俺のことどう思ってやがんだヨ!?」
 なんとなく納得がゆかなさそうな様子のシンタローであったが、溜め息をつくと、ドアを開けて待つキンタローの方へと向かった。









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