キンタローが廊下を歩いていると、少し先からボソボソと低く争うような声が聞こえてきた。
「今は、そんな気分じゃねーんだヨ!」
「なっ、何でどすかぁ!?さっきまでええ雰囲気やったのに・・・!」
「ここは廊下だゾ!?場所を考えろッツ!!!」
「えっ?ほな、場所さえ変えたらOKなんどすか??やっぱり、あんさん可愛ゆうおますナvでも、ここは人目につかへんから大丈夫や思いますけど。」
その直後、バキッ、と何かを殴る鈍い音が聞こえ、
「信じらんねぇ!!」
顔を赤くして怒っているようなシンタローが向こうからドスドスと歩いてきた。そして、そのまま自分の横を通り過ぎようとしたので、
「シンタロー」
キンタローが呼びかけると、はっと気づいたようにシンタローは顔を上げ、
「ああ、キンタロー。いたのか?」
と、驚いたように言った。
キンタローは、「ちょっといいか?」とシンタローを誘い、2人は屋上に上がった。
天気はよかったがその日は少し風があり、立っているシンタローの長い髪を乱した。
「ここに来んのも久しぶりだナ」
そう言ってシンタローは伸びをするとその場に寝転んだ。キンタローは、少々所在無さげに立っていたが、結局、シンタローの横に座った。
「何だヨ?話って?」
シンタローが目を閉じたままそう話を切り出すと、キンタローはすぐには答えず、屋上の縁へと続くコンクリート製の床を見つめていた。そして、重い口を開き、
「さっきは、いわゆる“お取り込み中”だったのか?」
とキンタローはつとめて感情を抑制した声でそう聞いた。
「なっ、“お取り込み中”ッ!?」
思わずガバリと飛び起きると、シンタローは信じられないような思いでマジマジとキンタローの顔を見つめた。
「お前から、そんな言葉を聞くなんて思わなかったゼ・・・。一体誰が教えやがったんだ!?頭痛ぇ」
「俺を、ガキ扱いするな」
キンタローは、少し不貞腐れた様子であった。しばらく沈黙の末、
「シンタロー、お前はアラシヤマのことが好きなのか?」
そう、問うと、
「絶対に好きじゃねェッツ!」
と、シンタローの返事は即答であった。それを聞いたキンタローの顔がこころなしか明るくなった。
「じゃあ、もし俺がお前を好きだといったら?」
「そりゃ、俺もお前のことが好きだし、嬉しいけど。従兄弟だしナ」
その言葉を聞いたキンタローの表情は一転して曇り、いきなり隣にいるシンタローを抱き寄せた。
「違う。こういう意味でだ」
そう低く言うと、顎を捉え、キスをした。
シンタローは一瞬目を見開き、思わずキンタローを突き放した。腕は、最初から縛めるつもりなどなかったようで、簡単に解けた。
シンタローは自分の行為に呆然としており、
「悪ぃ・・・」
と力なく呟くと、ペタンとその場に座り込んでいた。
シンタローに歩み寄ったキンタローは、彼の手をとって立ちあがらせると、
「今のは、忘れてくれ」
と言葉を絞り出すように言った。そして、シンタローを抱きしめた。
「シンタロー。お前を一番理解しているのは、この俺だ」
「・・・ああ」
シンタローもキンタローの背を抱き返すと、キンタローは一瞬強くシンタローを抱擁し、思いを断ち切るように身を離した。
「さて、戻るか」
何事もなかったかのような顔でキンタローはそう言い、ドアのほうへと歩き出したが、シンタローは後に続かず、
「―――すまねぇ」
と一言だけ言った。
「お前らしくもない。俺は、いつものわがままで俺様なお前の方がいいぞ」
とキンタローが真顔で言うと、
「なんだそりゃ?お前、一体俺のことどう思ってやがんだヨ!?」
なんとなく納得がゆかなさそうな様子のシンタローであったが、溜め息をつくと、ドアを開けて待つキンタローの方へと向かった。
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