「シンタロー、ここ数日何をイライラしている?」
金色の髪をもった青年は紅茶のカップを手に取ると、対面に座っている同年代と思しき黒髪の青年に声をかけた。
「別に、イライラなんかしてねェよ」
黒髪の青年は、自分のカップをひっつかむと一動作で飲み干した。
「…アラシヤマのことか?」
「何で、俺があんな根暗のことを気にしなきゃなんねーんだ?」
低く、真意を探るように黒髪の青年は言葉を発し、金色の青年をねめつけた。
「あいつが団に帰還しているのにお前の周りをうろつかない、報告書も自分で持っていかず部下に持ってやらせる。いつもと違う状況だ」
黒髪の青年は不機嫌そうに目を眇めた。対する金色の青年は顔色一つかえず、
「気にしていないと言うなら、一切考えるな。アラシヤマのことなどしばらく放っておけ」
と黒髪の青年の顔を見つめ、言った。
黒髪の青年は真摯な表情を浮かべた彼の顔を見つめ返し、口を開こうとしたが結局は言葉を飲み込んだ。
ソファから立ち上がり、彼は自分のマグカップを片付けると、
「キンタロー。茶、ごちそうさん。そろそろ帰るわ」
去り際にそう言って出て行った。
金色の髪をした青年は、依然としてソファに座ったままであったが、
「考えないでくれ、と言うべきだったか…」
と、呟いた。
(一体何を勘違いしてんだ?キンタローのヤツ。どこをどう考えたらそう思えるのかがわかんねェ。俺はイラついてなんかいねーし、だいたいアラシヤマが姿を見せねーことなんかで不機嫌になるなんて、どう考えてもありえねぇっつーの!)
シンタローは怒りにまかせて廊下を大股に歩いていたが、どうも向かっている道が今まさに頭のすみに浮かんだ人物の部屋がある方角だと気づき、足を止めた。
(キンタローのいう通り、放っておきゃいいんだよな。…でも、どうもすっきりしねェ)
どうしてここ数日アラシヤマは自分を避けているのかということを考えてみても、シンタローには特に思い当たる節もみあたらず、釈然としなかった。
よくよく考えているうちに、アラシヤマが生意気にも自分を避けている、という事実に腹が立ってきた。
(―――何か、色々ムカつくよナ。顔を見せたら出会いがしらに眼魔法でもくらわしてやろう)
そう思うと、少し気分が軽くなった気がした。
「何ひきこもってやがんだ、この根暗。開けろ」
ノック、ではなく、シンタローがドアの下部を蹴飛ばすと、ドアを隔てた向こう側に部屋の主の気配が感じられたが、返事は返ってこなかった。
しばらくして、
「…わては今留守どすえ」
という声があきらめたような口調でインターホン越しに聞こえた。
「なめてんのか、テメェ?眼魔…」
「わかりました。今開けますさかい、眼魔法はやめておくれやす」
ドアが少しだけ開いた。
「まさか、あんさんが直接来るとは思いまへんでした。不覚どす」
と、隙間から顔を覗かせ、苦々しげにアラシヤマは言った。どうやら、シンタローを部屋に入れるつもりはないらしかった。
「…俺は、今誰にも会いたくない気分なんや。特にあんたはんには会いとうなかった。だから帰っておくれやす」
アラシヤマは視線を逸らせ、シンタローの顔を見ようとしない。
「ああ、そう」
シンタローが踵を返してその場を去ろうとすると、
「シンタローはん!」
切迫した調子で、後ろから声が呼び止めた。シンタローは、声が震えると嫌なので返事をしなかった。
「報告書、読みはりました?」
意外なことをアラシヤマが聞いた。
「読んだけど、それがどーしたんだ?」
「わて、あんさんとの約束を破ってしもうたんや。そこに、敵の死傷者が記載されていたと思うんやけど、あの2名はわてが殺したんどす。殺すのに一瞬の躊躇もおまへんでした」
少し、笑いを含んだアラシヤマの声は、常とは違い暗く翳っていた。
「でも、オマエ、窮地に陥っていたガンマ団の兵士を助けるために仕方なくやったことなんダロ?」
「あれ、別に相手を殺さへんでも助けられたんどすえ?ただ、久々に血が見てみたかったんどす。ほとほと自分自身に呆れましたわ」
シンタローが一歩ドアに近づくと、
「来ぃひんといておくれやす。…今のわては、あんさんに何をしてまうかわからへん」
低く、凶暴さを無理やり押し殺したような声がし、ドアの後ろで一歩後退る気配がした。
「…あんさんに傷ついてほしゅうないし、醜いわても見られとうはない。怖いんどす。でもわてはずるいから、本当はあんさんに一緒にいてもらいとうおます」
声は、だんだん弱々しく小さくなっていった。
「テメェ、俺様を誰だと思ってやがんだ?俺はオマエを好きでもねぇし、テメーごときのやることで傷なんざつかねぇ」
シンタローがキッパリとそういいきると、
「―――ああ、そうどした」
しばらくして、泣き笑いのような震えた声で返答が返ってきた。
シンタローが電気も何もつけていない暗い部屋の中に入ると、肩口を掴まれドアに押し付けられた。
(痛ってぇ…)
乱暴に押し付けられたさい打った頭がズキズキと痛むのにシンタローは顔をしかめたが、抗議しようと口を開くと、声を発する前に口を塞がれ、生温かい舌が滑り込んできた。
ぎこちなく舌を絡ませながらアラシヤマは性急に総帥服をはだけさせたが、触れた肌が震えていることに気づくと、キスを解き、
「すみまへん」
小さくわびた。そして、ひとつひとつボタンをはめ直した。
アラシヤマは、シンタローの手を取ってソファに座らせると、
「シンタローはん、やっぱり、帰った方が」
と、ためらっているような様子で言った。
「俺は、オマエのそういうところが嫌いだ」
そう言うとシンタローは、繋がれたままだった手を自分の方へと引いた。
自然、アラシヤマはシンタローを押し倒す格好となり固まっていたが、しばらくすると笑いだし、大切そうに、そっとキスをした。
ベッドの上で前戯もそこそこに、アラシヤマが身の内に入り込んでくると、シンタローは呻き声を噛み殺した。
背後からは、今自分がどんな表情をしているのか分からないだろうという点のみが救いであった。
アラシヤマは、シンタローの背が弓なりに反ったのを見て彼が苦痛に感じていることを知り、動きを止めた。
「シンタローはん、これ以上無理やったら、やめときますえ?」
シンタローの手を握っていた手とは反対の手で長い髪を撫で、アラシヤマは彼の背に口付けを落とした。身を引こうとすると、シンタローは少し振り返り、
「ヤメルナ」
と、掠れて声にはならなかったが、唇を動かした。
本人は全く意図したものではなかったであろうが、眼や、汗で髪が首筋に張り付く様子に、凄絶な色香があった。
アラシヤマは思わず息をのむとシンタローの腰を引き寄せ、ゆっくりと身を進めたが、全てが収まりきった頃にはシンタローは意識を失いかけていた。
「ありがとう、シンタローはん」
はっきりとは分からなかったが、自分の背に水滴が数粒、落ちてきた気がしたので、
「泣くな」
とシンタローは言った。
シンタローが目を覚ますと、こざっぱりとした服を身にまとっていた。どうやらアラシヤマが後始末をして着替えさせたらしい。
寝返りを打ち、向こうを向いたシンタローを後ろから抱き寄せ
「すみまへんでした」
と彼は言った。
「わては、やっぱり根っからの人殺しなんかもしれまへん。どうも、殺したらあかんということが、今も時々ようわからんようになります」
「…生まれつきの人殺しなんていねーよ。これからは、殺さねぇことに慣れろ」
「慣れるんどすか?」
「ああ」
「…無茶、言わはりますなァ」
「できる。つーか、やるんだ」
そう言うと、シンタローは目を閉じ、再び眠ってしまった。
「あんさんが言わはると、ほんまにできそうどすな」
アラシヤマは苦笑すると、シーツの中でシンタローの手を探り当て、しっかりと握った。
そして、いつしか彼も眠りに落ちた。
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