あたり一面、火の海、だった。
ややもすると、味方にも被害が及ばないとも限らない。
「アラシヤマ上官ッツ!規定では敵味方に関わらず、誰も殺すなと総帥がおっしゃられていましたが・・・!?」
熱風が吹きつける中、焦ったように補佐官が彼に注進したが、
「五月蝿うおます」
その言葉は、低く、一刀両断に切り捨てられた。
「この方が、効率がいい。お前も燃やされたくなければ、ゴタゴタ言うな」
信じられないような面持ちで、彼は炎の照り返しが赤く映るアラシヤマの顔を見たが、慌てて踵を返し、陣営まで駆け戻っていった。
アラシヤマは、その場に立って眼前に広がる火を眺めていた。
シンタローは無言で、バサリ、と机上に報告書の束を投げ出した。
「味方に一人も被害は出てまへんし、状況が好転しつつありますが?」
目の前の男には反省の念が全く見られない、自然、シンタローの声に苛立ちが混じった。
「規定に背いたら、どうなるのかわかってんのか?」
「わかってます。今の任務が終わったら激戦区行きでっしゃろ?望むところどす」
俯いてはいたが、声音に悲壮感は見当たらず、どうやら口角が上がっている。その様子を、シンタローは注意深く観察していた。
「―――やめた」
「えっ?」
「オマエは、今の任務から外す。1ヶ月間懲罰房で反省してこい」
初めて、男の様子に動揺がはしった。
「何でどすかッツ!?シンタローはんッ!!わてがおらん間、部隊の指揮を執れるもんが誰もおりまへんやん!?」
「うるせぇッ!この作戦は、ミヤギに指揮を執らせる!!」
「―――それは、本気で言ってはるんどすか?わて以外には無理や思いますけど」
「決定だ。明日、迎えをやるから、部屋に戻れ」
シンタローは書類を読み始めたが、アラシヤマはまだその場に立ったままでいた。
時計に目をやると、結構な時間が経っていたので、シンタローは溜め息を吐いて渋々口を開いた。
「何だ?テメー、しつこいな。何か言いたいことがあんなら、10秒だけ聞いてやるから言ってみろ。そしたらすぐに帰れヨ!」
「―――シンタローはん。抱かせて」
シンタローは、目を見開いた。
薄暗い室内で、男が長い黒髪の青年を組み敷いていた。
「失望、しはりました?」
陰鬱な目で、彼は青年を見下ろしていた。
「・・・もともと、てめぇに何も望んでなんかいねーよ」
青年は、強い目つきで男を睨みつけた。
「嘘吐きどすな。でもわて、あんさんが好きどす」
貪るように、アラシヤマは体を進めた。
「どんなに汚そうとしても、あんさんは綺麗なまんまや。たまに、憎たらしゅうなりますえ?」
そう言って、彼は苦痛に顔を顰めるシンタローの髪を優しく撫でた。
「キスは、すんな」
シンタローは、近づいてきたアラシヤマの顔を手で押しのけた。
アラシヤマは、その手を取り、手の甲に口づけ、
「ああ、わて地獄行きは確実どすけど、できることなら、あんさんと同じとこに行きたいわ」
戯れのように言って、笑った。
「そしたら、あんさんのここが手に入るかもしれへんやろ?時間はたっぷりありますしナ」
しっとりと汗ばんだ肌を辿り、シンタローの心臓のある箇所の上に手を当てた。
「ったく、死んでまでオマエと一緒なんてゾッとしねぇ・・・」
シンタローは溜め息を吐いたが、思い出したように、
「暑苦しい。さっさと退きやがれ」
と言ってアラシヤマの肩を押した。
「そないに殺生な~・・・。だって、わて、まだまだ大丈夫どすし」
彼がアラシヤマを睨むと、アラシヤマは渋々といった様子で、ズルリ、と自身をシンタローの内から引き抜いた。
シンタローはその感触に顔をしかめた。
「シャワー、浴びはります?」
「後にする」
シーツを手繰り寄せ、それに包まったシンタローは目を閉じた。少しすると、浴室の方から水音が聞こえてきた。
しばらくしてアラシヤマが戻ってきたが、シンタローは目を開けなかった。
「寝てはるんどすか?」
返事は、なかった。
規則正しい呼吸の音がかすかに聞こえた。
「―――あんさんが祈ることなら、わては茨の海でも歩いていきます」
アラシヤマはそう決意するように呟き、影は一瞬、1つに重なった。
今度は、口付けは拒まれることはなかった。
PR