笑うウィルス
「夢の国を馬鹿にした、天罰です」
したり顔で、馬鹿ヤンキーは頷いた。
「これは絶対、メッキー・マッスルの呪いです」
好き勝手に言いたいこと言ってやがる家政夫を、普段なら一秒だって生かしておくもんじゃねえ。それなのに、今日このときに限って、それができないでいるっていうのは──
「はい、シンタローさん、あ~んってしてください。あ~んって」
兎の形に剥いた林檎を、ヤンキーが嬉しそうに俺の口元に押し付けてくる。火照った唇に林檎の冷ややかな感触が心地よかったが、馬鹿の手からそれを食う気にはとてもなれなかった。俺は林檎から逃れるように首を振ると、無理をして身体を横向きに変えた。背を向けられたヤンキーが、不満そうな声を上げる。
「シンタローさん、駄目ですよ。少しでもなんか食べとかないと。せめて水くらい──」
メッキーのコップに入れてあげますから、と言うヤンキーに、俺は絶対にこいつの手からは水も飲むまいと心に決めた。
そもそもの始まりは──馬鹿ヤンキーに言わせると──俺が例の、ヤンキーが心酔しきっている鼠の国について、文句をつけたことがきっかけ、らしい。俺が鼠の国を侮辱したから、すぐさまその翌日に、こうして天罰覿面という形で風邪をひいたのだ、とヤンキーは主張して譲らない。
だがそれは、俺に言わせれば、冤罪もいいとこだった。
確かに俺は鼠の国に関して、なにか誤解されるようなことを言ったかもしれない。しかしそれは、結局はいい歳していつまでも鼠の国に夢中な馬鹿をけなすためのもので、決して鼠の国そのものに対する悪口ではなかった。それを言うなら、むしろ、憧れの鼠の国と取るに足りない自分とを同じものと見なしているこの馬鹿ヤンキーこそが、ずっと天罰に値するだろう。
風邪をひいたのだって、無能なヤンキーの後始末をしていて夕立にあったのが原因だ。夢の国に住む鼠のせいでは、決してない。そう考える俺の方が、よっぽどまともだしあの鼠のことを大事にしていると思う。
──しかし、そう主張しようにも、今の俺にはそれを論理立てて話す思考力もなく、肝心要の声すら出ない。
俺の世話を焼こうと、無駄にうろつくヤンキーの気配を背中で感じながら、俺は歯軋りしたい気分だった。そんな暇があるならさっさと掃除洗濯をしやがれと言いたい。普段なら怒鳴ったり拳の一つや二つ、あるいは《眼魔砲》であっさり片付くはずのことが、声も出せず起き上がれもしない今の俺には一切することができない。それどころか、ヤンキーの好きなように看病(らしきもの)をされている始末だ。この現状に目の前が暗くなるのを覚えたが、ここで気を失ったら、それこそ馬鹿ヤンキーになにをされるかわかったもんじゃない。目が覚めたら鼠グッズに囲まれていたなんてのは死んでも嫌なので、俺は気力を振り絞って意識を保ち続けた。俺の気など知らず、ヤンキーは鼻歌交じりに(もちろん曲は鼠の歌だ)台所でなにかやらかしている。
だが、俺の懸念をよそに、一仕事終えたらしい家政夫は、やがてパプワハウスを出て行った。
俺の風邪が判明してすぐ、パプワとチャッピーはイトウの家へと避難したから、今、この家には、俺以外誰もいない。家政夫も、真面目に仕事をしているならば、しばらくは帰ってこないだろう。
もう安静にしていても大丈夫だろうかと、俺は無理してこじ開けていた目蓋を閉じた。
時折鳥の鳴き声がしたり、風が梢を揺らす音が聞こえるばかりで、家の中も外も静寂に包まれている。イトウのとこにはパプワがいるし、相棒がいないせいか、今日はタンノもやってくる気配はない。
これで褌侍が来なけりゃ万々歳だと思いながら、パプワハウスに稀に訪れる平穏なときを享受すべく、俺は眠りへと落ちていった。
なにかが額に触れる気配に、俺はふと目を開けた。
「……あ、すいません。起こしちゃいました?」
起き抜けに家政夫の顔。いつもなら初っ端に嫌なものを見たと問答無用で殴るところだが、未だだるさの残る身体ではそれをする力もなく、まして気力も尽きかけているとあっては、家政夫の顔の一つや二つ、見たところでなんの感慨も沸くはずがない。
一眠りして少しは良くなるかと思いきや、病状は悪化の一途を辿っているようだ。
リキッドはそんな俺の様子に、あからさまに顔をしかめた。
「今、ちょっと触ってみたんですけど……熱、上がってるみたいですね。なにか冷やすもの、持ってきますんで……他に欲しいものとか、ありますか? あれからなにか、食べました?」
はかばかしい返事もしない俺を気遣わしそうに見ながら、リキッドは台所へと向かった。そしてしばらくの後、両手いっぱいに細々としたものを持ってきて枕元に並べた。
「シンタローさん、生姜湯とか玉子酒とかプリンとか、作ってみたんですけど……食べられます?」
俺の頭の下に水枕を押し込みながら、リキッドが言う。しかし俺はといえば、全身を蝕むこの苦痛から逃れることばかりを考えていて、とてもものを食べられるような状況じゃなかった。
「薬を飲むにしても……せめて水くらいは」
リキッドが水の入ったグラスを手に取る。食欲はなくとも、喉の乾きには耐えられず、俺は水を飲もうと弱々しくもがいた。リキッドがすかさず俺を助け起こして、唇にグラスをあてがう。喉の痛みのせいで、少しずつしか飲み込めなかったが、リキッドは辛抱強くそれにつきあっていた。空っぽの胃に薬を流し込むのは逆効果なので、俺はできるだけたくさんの水を飲み、リキッドにも勧められるまま生姜湯にも口をつけた。
「──熱ッ」
だが、生姜湯は思いのほか熱くて、俺は慌てて唇を離した。
「あッ、す、すみません!」
リキッドは慌てて俺の口元を拭う。布団の上にこぼれなかったのは、不幸中の幸いだった。
ひとしきり誤り倒したあと、リキッドはおもむろに、生姜湯の熱さを確認するように、それを口に含んだ。神妙な顔つきで温度を測り、やがて納得したらしく、軽くうなずく。
熱のせいで普段以上にぼんやりとそれを見つめていた俺は、リキッドの顔が静かに近づいてきたことに、不覚にも気づかないでいた。家政夫の顔がずいぶん近くに見えるなと思った次の瞬間には、なにか柔らかいものに唇をふさがれて、半開きのそこから、舌を刺す生姜特有の風味と、蜂蜜のさわやかな甘さを持つとろみのある液体が、少しずつ流れ込んできていた。咄嗟に息をつめる俺をなだめるように、リキッドの手が俺の背中をさする。それに誤魔化されたみたいに、俺はむせないように慎重に、それを喉の奥へと飲み込んだ。──あまりにも唐突に感じられたその行為に、吐き出すことすら思いつかなかった。
「……生姜、ちょっと入れすぎちゃいましたね」
辛くしちゃってごめんなさい、と悪びれもせず言うヤンキーの表情がいやに満足げなのは、俺の気のせいじゃないはずだ。
……このことは、きっちり覚えておいて後で殴る、と俺は記憶に刻み込んだ。
だが、それはそれとして、どうしてもこの場で決着をつけなければおさまらない苛立ちも、当然俺にはあった。このままあの家政夫の行為を受け入れてしまえば、俺が寝込んでいる間中、奴の好き勝手にされてしまうのだという不快感も。
それに風邪だから、余計に嗜虐心が勝ったのかもしれない──少なくとも、まともな思考回路をしていなかったことだけは確かだ。
「……おい」
かすれた声で呼ぶと、嬉々として「もっと飲みますか?」と言った馬鹿を目にしたとたん、俺の心は決まった。
リキッドの首になんとか手を伸ばすと、元々ごく近くにあったその顔を、好都合とばかりに引き寄せる。咄嗟のことにリキッドが唖然としている間に、俺は乱暴にその唇をふさいだ。
そもそもが苛立ちからの行為で、別にキスを堪能するつもりもなかった俺は、適当にリキッドの口内をかき回すと、さっさと唇を離した。たいしたことないキスなのに、軽く息切れしているあたり、なんだか非常に不本意だ。
「……し、シンタローさん!?」
その唐突な行為に、なにを考えたものか真っ赤になって慌てふためくリキッドを、俺はできるだけ厳しく睨みつけた。
「……リキッド」
「え!? あ、は、はい!」
「お前はこの風邪が鼠の祟りだって言ったよな……?」
「え、ええと……は、はい」
「だったら、鼠好きのお前がこの風邪を引き受けるってのが、本来の筋じゃねえのか?……なあ?」
「え……ええ!? そ、それは──?」
どもるヤンキーに、俺は問答無用とばかりに再び口づける。
「大好きな鼠の国の風邪だ。まさか文句はねえだろ?」
さっさとうつってくたばっちまえ、と繰り返し口づける俺に、リキッドは嬉しいような困ったような、複雑な表情をして、されるがままになっていた。
その後、俺はまた熱が上がって意識を失ってしまったらしい。──そのへんのことはよく覚えていないのだが、翌朝にはすっかり直ったところをみると、風邪はきっちりと家政夫にうつったらしかった。
──そう、今現在、家政夫は風邪でパプワハウスの隅に転がされている。
パプワたちに、もうしばらくイトウの家にやっかいになるよう伝えないとだな、と俺はため息をついた。隅っこから「蜜柑食べたい」だの「花梨シロップ飲みたい」だの呪文のような声が聞こえたが、全部無視した。
大好きな鼠の国の風邪なんだ。しばらくそのままでいたって、少しも苦ではないだろう。
そうして直ったならきっちり《眼魔砲》をお見舞いしてやるから、せいぜい楽しみにしているといい。
しばらくすると、諦めたのか寝たのか、隅っこの芋虫はおとなしくなった。俺は久しぶりの自由で平穏な時間を満喫すべく、パプワハウスの扉を開けた。
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(06.12.26.)
「夢の国を馬鹿にした、天罰です」
したり顔で、馬鹿ヤンキーは頷いた。
「これは絶対、メッキー・マッスルの呪いです」
好き勝手に言いたいこと言ってやがる家政夫を、普段なら一秒だって生かしておくもんじゃねえ。それなのに、今日このときに限って、それができないでいるっていうのは──
「はい、シンタローさん、あ~んってしてください。あ~んって」
兎の形に剥いた林檎を、ヤンキーが嬉しそうに俺の口元に押し付けてくる。火照った唇に林檎の冷ややかな感触が心地よかったが、馬鹿の手からそれを食う気にはとてもなれなかった。俺は林檎から逃れるように首を振ると、無理をして身体を横向きに変えた。背を向けられたヤンキーが、不満そうな声を上げる。
「シンタローさん、駄目ですよ。少しでもなんか食べとかないと。せめて水くらい──」
メッキーのコップに入れてあげますから、と言うヤンキーに、俺は絶対にこいつの手からは水も飲むまいと心に決めた。
そもそもの始まりは──馬鹿ヤンキーに言わせると──俺が例の、ヤンキーが心酔しきっている鼠の国について、文句をつけたことがきっかけ、らしい。俺が鼠の国を侮辱したから、すぐさまその翌日に、こうして天罰覿面という形で風邪をひいたのだ、とヤンキーは主張して譲らない。
だがそれは、俺に言わせれば、冤罪もいいとこだった。
確かに俺は鼠の国に関して、なにか誤解されるようなことを言ったかもしれない。しかしそれは、結局はいい歳していつまでも鼠の国に夢中な馬鹿をけなすためのもので、決して鼠の国そのものに対する悪口ではなかった。それを言うなら、むしろ、憧れの鼠の国と取るに足りない自分とを同じものと見なしているこの馬鹿ヤンキーこそが、ずっと天罰に値するだろう。
風邪をひいたのだって、無能なヤンキーの後始末をしていて夕立にあったのが原因だ。夢の国に住む鼠のせいでは、決してない。そう考える俺の方が、よっぽどまともだしあの鼠のことを大事にしていると思う。
──しかし、そう主張しようにも、今の俺にはそれを論理立てて話す思考力もなく、肝心要の声すら出ない。
俺の世話を焼こうと、無駄にうろつくヤンキーの気配を背中で感じながら、俺は歯軋りしたい気分だった。そんな暇があるならさっさと掃除洗濯をしやがれと言いたい。普段なら怒鳴ったり拳の一つや二つ、あるいは《眼魔砲》であっさり片付くはずのことが、声も出せず起き上がれもしない今の俺には一切することができない。それどころか、ヤンキーの好きなように看病(らしきもの)をされている始末だ。この現状に目の前が暗くなるのを覚えたが、ここで気を失ったら、それこそ馬鹿ヤンキーになにをされるかわかったもんじゃない。目が覚めたら鼠グッズに囲まれていたなんてのは死んでも嫌なので、俺は気力を振り絞って意識を保ち続けた。俺の気など知らず、ヤンキーは鼻歌交じりに(もちろん曲は鼠の歌だ)台所でなにかやらかしている。
だが、俺の懸念をよそに、一仕事終えたらしい家政夫は、やがてパプワハウスを出て行った。
俺の風邪が判明してすぐ、パプワとチャッピーはイトウの家へと避難したから、今、この家には、俺以外誰もいない。家政夫も、真面目に仕事をしているならば、しばらくは帰ってこないだろう。
もう安静にしていても大丈夫だろうかと、俺は無理してこじ開けていた目蓋を閉じた。
時折鳥の鳴き声がしたり、風が梢を揺らす音が聞こえるばかりで、家の中も外も静寂に包まれている。イトウのとこにはパプワがいるし、相棒がいないせいか、今日はタンノもやってくる気配はない。
これで褌侍が来なけりゃ万々歳だと思いながら、パプワハウスに稀に訪れる平穏なときを享受すべく、俺は眠りへと落ちていった。
なにかが額に触れる気配に、俺はふと目を開けた。
「……あ、すいません。起こしちゃいました?」
起き抜けに家政夫の顔。いつもなら初っ端に嫌なものを見たと問答無用で殴るところだが、未だだるさの残る身体ではそれをする力もなく、まして気力も尽きかけているとあっては、家政夫の顔の一つや二つ、見たところでなんの感慨も沸くはずがない。
一眠りして少しは良くなるかと思いきや、病状は悪化の一途を辿っているようだ。
リキッドはそんな俺の様子に、あからさまに顔をしかめた。
「今、ちょっと触ってみたんですけど……熱、上がってるみたいですね。なにか冷やすもの、持ってきますんで……他に欲しいものとか、ありますか? あれからなにか、食べました?」
はかばかしい返事もしない俺を気遣わしそうに見ながら、リキッドは台所へと向かった。そしてしばらくの後、両手いっぱいに細々としたものを持ってきて枕元に並べた。
「シンタローさん、生姜湯とか玉子酒とかプリンとか、作ってみたんですけど……食べられます?」
俺の頭の下に水枕を押し込みながら、リキッドが言う。しかし俺はといえば、全身を蝕むこの苦痛から逃れることばかりを考えていて、とてもものを食べられるような状況じゃなかった。
「薬を飲むにしても……せめて水くらいは」
リキッドが水の入ったグラスを手に取る。食欲はなくとも、喉の乾きには耐えられず、俺は水を飲もうと弱々しくもがいた。リキッドがすかさず俺を助け起こして、唇にグラスをあてがう。喉の痛みのせいで、少しずつしか飲み込めなかったが、リキッドは辛抱強くそれにつきあっていた。空っぽの胃に薬を流し込むのは逆効果なので、俺はできるだけたくさんの水を飲み、リキッドにも勧められるまま生姜湯にも口をつけた。
「──熱ッ」
だが、生姜湯は思いのほか熱くて、俺は慌てて唇を離した。
「あッ、す、すみません!」
リキッドは慌てて俺の口元を拭う。布団の上にこぼれなかったのは、不幸中の幸いだった。
ひとしきり誤り倒したあと、リキッドはおもむろに、生姜湯の熱さを確認するように、それを口に含んだ。神妙な顔つきで温度を測り、やがて納得したらしく、軽くうなずく。
熱のせいで普段以上にぼんやりとそれを見つめていた俺は、リキッドの顔が静かに近づいてきたことに、不覚にも気づかないでいた。家政夫の顔がずいぶん近くに見えるなと思った次の瞬間には、なにか柔らかいものに唇をふさがれて、半開きのそこから、舌を刺す生姜特有の風味と、蜂蜜のさわやかな甘さを持つとろみのある液体が、少しずつ流れ込んできていた。咄嗟に息をつめる俺をなだめるように、リキッドの手が俺の背中をさする。それに誤魔化されたみたいに、俺はむせないように慎重に、それを喉の奥へと飲み込んだ。──あまりにも唐突に感じられたその行為に、吐き出すことすら思いつかなかった。
「……生姜、ちょっと入れすぎちゃいましたね」
辛くしちゃってごめんなさい、と悪びれもせず言うヤンキーの表情がいやに満足げなのは、俺の気のせいじゃないはずだ。
……このことは、きっちり覚えておいて後で殴る、と俺は記憶に刻み込んだ。
だが、それはそれとして、どうしてもこの場で決着をつけなければおさまらない苛立ちも、当然俺にはあった。このままあの家政夫の行為を受け入れてしまえば、俺が寝込んでいる間中、奴の好き勝手にされてしまうのだという不快感も。
それに風邪だから、余計に嗜虐心が勝ったのかもしれない──少なくとも、まともな思考回路をしていなかったことだけは確かだ。
「……おい」
かすれた声で呼ぶと、嬉々として「もっと飲みますか?」と言った馬鹿を目にしたとたん、俺の心は決まった。
リキッドの首になんとか手を伸ばすと、元々ごく近くにあったその顔を、好都合とばかりに引き寄せる。咄嗟のことにリキッドが唖然としている間に、俺は乱暴にその唇をふさいだ。
そもそもが苛立ちからの行為で、別にキスを堪能するつもりもなかった俺は、適当にリキッドの口内をかき回すと、さっさと唇を離した。たいしたことないキスなのに、軽く息切れしているあたり、なんだか非常に不本意だ。
「……し、シンタローさん!?」
その唐突な行為に、なにを考えたものか真っ赤になって慌てふためくリキッドを、俺はできるだけ厳しく睨みつけた。
「……リキッド」
「え!? あ、は、はい!」
「お前はこの風邪が鼠の祟りだって言ったよな……?」
「え、ええと……は、はい」
「だったら、鼠好きのお前がこの風邪を引き受けるってのが、本来の筋じゃねえのか?……なあ?」
「え……ええ!? そ、それは──?」
どもるヤンキーに、俺は問答無用とばかりに再び口づける。
「大好きな鼠の国の風邪だ。まさか文句はねえだろ?」
さっさとうつってくたばっちまえ、と繰り返し口づける俺に、リキッドは嬉しいような困ったような、複雑な表情をして、されるがままになっていた。
その後、俺はまた熱が上がって意識を失ってしまったらしい。──そのへんのことはよく覚えていないのだが、翌朝にはすっかり直ったところをみると、風邪はきっちりと家政夫にうつったらしかった。
──そう、今現在、家政夫は風邪でパプワハウスの隅に転がされている。
パプワたちに、もうしばらくイトウの家にやっかいになるよう伝えないとだな、と俺はため息をついた。隅っこから「蜜柑食べたい」だの「花梨シロップ飲みたい」だの呪文のような声が聞こえたが、全部無視した。
大好きな鼠の国の風邪なんだ。しばらくそのままでいたって、少しも苦ではないだろう。
そうして直ったならきっちり《眼魔砲》をお見舞いしてやるから、せいぜい楽しみにしているといい。
しばらくすると、諦めたのか寝たのか、隅っこの芋虫はおとなしくなった。俺は久しぶりの自由で平穏な時間を満喫すべく、パプワハウスの扉を開けた。
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(06.12.26.)
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