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指先にキス

 今思えば、自分でも馬鹿みたいだって赤面するしかないんだけど、俺はずっと、初キスってものにすごくあこがれていた。
 あこがれと言えば、初恋もその範疇には入っていたのだけれど、馬鹿だから、もっと具体的なキスの方ばかりを夢見てたんだ。
 ところが……その初キスを求めるべき俺の青春は、拉致された特戦部隊での無茶な生活にそのほとんどが費やされた。パプワ島で赤の番人として生活し始めてからは、それまでに比べてある程度の平穏こそ手に入ったものの、初キスなど──むしろ初恋すら、望むべくもなかった。島には、俺と主のパプワ以外に、人間など存在しなかったし、これからも存在するはずがなかったから。
 そのはずだったのだが……かつて、旧パプワ島を壊滅寸前にまで追い込んだコタローが突然現れて以来、人を寄せ付けないはずのこの島には、様々な人間がやって来るようになってしまった。ガンマ団の刺客の方々然り、心戦組の面々然り、一度は手を切ったはずの特戦部隊の皆様方然り。
 そうして──俺はシンタローさんに出会った。
 感情ってもんは不思議なものだ、と俺はシンタローさんに会ったことで思い知った。自分のものであるはずなのに、ちっとも思い通りになりゃしない。シンタローさんのことだって、最初は本当に苦手だと思っていたんだ。出会いも出会いだったし、きっと相性だって悪かった。シンタローさんの方でも、決して俺を良くは思っていなかっただろう。間にパプワがいなければ、きっと俺たちは早々に別れて二度と顔を合わせない生活を送ったはずだ。──パプワがいなければ、俺たち二人は、お互い好き合うまで傍にい続けるなんてことは、決して。
 その点では、俺はもしかしてパプワに感謝すべきなのかもしれない。俺の甘酸っぱい夢には絶望的なこの場所で、男で年上でしかもガンマ団総帥とはいえ、初恋の相手ができたのだから。
 しかし、だからといって、その恋が実るかどうかは、また別問題だ。いくら絶望的な状況下にあっても、その険しい道則には変わりがなかった。むしろ、より険しさを増したと言ってもいい。普通の男女の間でさえ、単純に考えて恋の成功する確率は四分の一。実際はもっと様々な状況が絡み合って、ずっと低い確率になるのだろう。まして、絶海の孤島にいい歳した人間が二人だけ、という状況だけで恋が成立するなら、それこそ運命だとでも言うしかない。
 俺は初めての恋に夢中で、それを成就させることに躍起になっていて、その現状のことなんてさっぱり考えもしなかったけれど、後でシンタローさんと両思いになるという、夢みたいな奇跡が起こったとき、ふとそのことに思い当たって、妙に厳粛な気持ちになったものだった。
 ──これはきっと、運命だったのだろう、と。
 だから俺は、この恋を大切にしよう、と思った。俺をこの恋へと導いた運命が、この先どこへ俺を連れて行くのかはわからないけれど、俺は俺の気持ちと、シンタローさんのことを絶対に絶対に大切にしよう、と。
 けれど、そう思ったとたん、俺はシンタローさんになにもできなくなった。恋が成就するまで、毎日なんやかやとつきまとっては口説いていたというのに、両思いになったら、あれもしよう、これもしよう、といろいろ思い描いていたというのに、それは実に滑稽な状況だった。
 そのくせ、俺はキスに対するあこがれをいつまでも捨てきれなくて、両思いになる前以上に、悶々とそのことを考え続けていた。目を閉じる瞬間はいつがいいのか真剣に考えたり、唇はどれくらいの間合わせているものなのだろうと悩んだり、檸檬をかじっては、これからシンタローさんとするかもしれないキスを夢想したり、それよりもむしろ苺の方がふさわしいかもしれないと、毎日おやつに苺を出したりした。──それこそ馬鹿みたいに。
 実際、そのころの俺は自分で思っていた以上におかしかったのだろう。思い返してみれば、パプワとチャッピーはあからさまに不審そうな目で俺を見ていたし、シンタローさんさえもが、時折俺のことを心配そうに窺っていた。
 だから、なのだろう。両思いになって、少ししたころ、シンタローさんは俺に言った。
「……なあ、リキッド。……もしあのことを後悔しているんなら……なかったことにしても、いいんだぜ?」
 それは、なにかの折に、なにげなく告げられた言葉だった。それこそ、食事の後片付けや掃除洗濯の合間の、世間話のついでみたいに。
 俺は一瞬家事の手を止めて、呆然としてシンタローさんのことを見つめた。
「……どうして……どうして、そんなこと……」
「それは、お前が──」
 言いかけて、シンタローさんは、自嘲気味に笑った。
「いや……お前のせいじゃない。俺のわがままなんだよ」
 今のままだと、お前のこと信じられなくなりそうで、そんなことを考える自分も嫌で、この島での辛い思い出なんか欲しくなくて、だから、とシンタローさんは言う。
「あのときのことは……そうだな。都合のいい、綺麗な夢だったとでも思えば──」
「駄目です!!」
 俺は叫んで、シンタローさんを乱暴に抱きしめた。普段なら、こんなふうにおとなしく腕の中におさまってくれる人じゃないのに、シンタローさんは俺にされるがままになっていて、そのことがひどくせつなかった。
「駄目です。……そんな嘘、ついちゃ駄目です。それに──」
 俺のこの気持ちを、なかったことになんか、しないでください──
「シンタローさんに……シンタローさんに、そんなこと言われたら、俺は──」
 言いながら、シンタローさんを傷つけた、と俺はそのことばかりを考えていた。
 シンタローさんのことを大事にしたいと思っていた。でもどうしていいかわからなくて、逆にシンタローさんを傷つけてしまった。俺は、結局自分の気持ちが一番大事だったんじゃないだろうか。自分が傷つきたくなくて、自分のことしか考えてなかったから、結局こんなことになってしまったんじゃないだろうか──
「……ごめんなさい、シンタローさん」
 不安にさせてしまって、大切にできなくて、ごめんなさい。
 想いが通じたその先に、どうすればいいかわからなくなった、と泣きそうになりながら言うと、シンタローさんは、俺の背をゆっくりと撫でてくれた。
「……馬鹿だな、お前はよ」
 まあ、俺も大概馬鹿だけどよ、とシンタローさんは苦笑する。
「そういうのは、難しく考えるもんじゃねえだろう。少なくともお前の場合はな。それで上手くいってたんだ。だからそのままでいろよ。俺は嫌なら、ちゃんとそう言うんだからな」
「……言う前に、殴られそうなんですけど」
「おお、わかってんなら、もう十分だ。馬鹿なお前には、一番手っ取り早い方法だろ?」
 そう言って悪戯っぽく笑うシンタローさんの顔が、ひどく近くにあることに、ふいに俺は気づいた。
 こんなに顔を近づけたことは、未だかつてなかった──両思いになったときはもちろん、口説いている最中でさえ。
 シンタローさんも、そのことに気づいたみたいだった。シンタローさんの眼と俺の眼が合って、唐突に、辺りが一瞬、静寂に包まれたような感覚に陥った。それどころか、シンタローさん以外の全てが、俺の視界から消えた。
 シンタローさんの顔が、少しずつ近づいてくる。──いや、近づいているのは、近づけているのは、むしろ俺の方なのかもしれない。それともその両方か。
 目を閉じるのと唇が重なるのは、たぶん同時だったと思う。
 シンタローさんとキスをする、という認識は、不思議と頭の中から抜け落ちていた。なんの気負いもなく、まるで本能に導かれるように、俺はシンタローさんと唇を重ねた。
 時間にして、それは何秒もなかったと思う。だがそれは、永遠にひどく近いところにある一瞬のように感じられた。
 シンタローさんとのキスは、その前のやりとりのせいでか、少し塩辛い涙の味がした。
 そして、その他にもう一つ──
「……林檎の味がする……」
「あ?……ああ、さっきデザートに林檎食べたからな」
 そのせいじゃねえの、とあっさり言うと、シンタローさんは頬に添えられていた俺の手を取って、その指先に口づけた。
「お前の手からも、林檎の匂いがするな」
 指先にシンタローさんの吐息を感じて、おれは軽い眩暈を覚えた。その俺の惑乱を見越したみたいに、シンタローさんはもう一度俺に駄目押しのキスをする。林檎の残り香を追い求めるように、俺はシンタローさんの唇に吸いついた。
 ──きっと、これから先、林檎を食べるたび、眼にするたびに、俺はこのときのシンタローさんとのキスを思い出すことだろう。それはシンタローさんとの甘い呪縛の記憶の、記念すべき最初の一つとなった。


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(06.12.20.)
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