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思わず言ってしまいそうになって

 俺が子供なら泣いている。あるいは女でもあれば、あんたに縋って引き止めることもできるのかもしれない。あんたは冷たい男じゃないから、最後には行かねばならないのだとしても、泣く女子供をあっさり無下にすることはしないだろう。しばしとはいえ止まって、別離の傷を少しでも浅くするような言葉をかけてくれるのかもしれない。あるいは抱擁を──あるいは口づけの一つでも。……俺が無力な生き物であったなら。
 だが俺は女でも子供でもなく、まして無力で無能な生き物でもなかった。しかし例えそうでなくとも、シンタロー個人としてなら、あんたを引き止めることはできたのかもしれない。一時の激情とあんたのいないこれから先の長い時間を天秤にかければ……俺が少しでもそのことを思い出すことができたなら、そのときには。
 しかし俺はシンタロー個人である以前にガンマ団総帥で、あんたは特戦部隊隊長だった。団の方針・運営に係ることに、私情を差し挟むなどできるはずもない。まして、血の近い者ばかりが要職を占めるガンマ団にあっては、なおさらのこと。
 俺はガンマ団とその団員と世界の均衡とを担わねばならなかった。あんたは特戦部隊とその隊員の矜持を一身に引き受けねばならなかった。前総帥のやり方を根底から覆してしまった俺と、前総帥の下で長年活動してきたあんたとでは、上手くいかないだろうことはもうそもそもの始めから明らかだった。親父から俺に代替わりしたとき、ガンマ団を離れていった者は大勢いた。今更それにあんたが加わったのだとしても、俺にはもうどうすることもできない。
 ──ただ、どうせ離れていくのなら、俺の総帥就任時に出て行ってくれれば、まだよかったのに。
 それは俺の甘えだったのかもしれない。こうなることをあらかじめ予測していながら、あんたが自ら団を出て行かなかったことに、俺は内心安堵していた。変革期に前総帥の弟であり特戦部隊隊長でもあるあんたまでが団を離れるなどということがあれば、改革を推し進めることは一層困難になっただろう。だが、そんな政治的な理由ではなしに、俺はあんたが俺の傍にいてくれたことが嬉しかった。俺の目指しているものを、少しでも理解してくれたのだろうと思っていた。これまでもぶつかることは多々あった相手だから、これからも簡単にはいかないだろうが、それでもいつかはわかりあえる日が来るのだろうと、そんな期待すら抱いた。──俺自らが特戦部隊を切り捨てる方法もあるのだということを、俺は故意に無視していた。そうすることが最終的には、最も傷の少ない方法だったのだとしても。
 ……それらの錯覚や願望は、結局、無残としか言いようのない結末を招きよせてしまったのだけれど。
 俺の方が重いものを担っているのだなどと言い張るつもりはない。俺たちは、お互いに己の役割に忠実であろうとしただけなのだ。
 俺が総帥でなければ、と時折思う。真紅の総帥服を着ているときは、そんなことはもとより、あんたのことすらなるべく考えないようにしているけれども、自室に戻って私服に着替えた後、唐突に空虚な思いに囚われることがある。俺はガンマ団総帥であるがゆえに、こうしてあんたとの家族の絆まで断ち切らざるを得なかったのだと、呆然と思い至ってしまう瞬間が。
 ──例え俺が総帥でなかったとしても、きっとあんたのやり方は受け入れられなかっただろう。だが、ただの団員と特戦部隊隊長では、大きな対立に発展するはずもない。それに決別したところで、切れるのは組織上の関係だけで、家族としての絆は──多少は疎遠になるかもしれないが──こうまで完璧に断ち切られることには、ならなかったはずだ。
 しかし今や俺はガンマ団の総帥で、その俺が特戦部隊を切り捨てたというのなら、そこにはもはや家族の情もなにもありはしない。特戦部隊がガンマ団に復帰することは、もう二度とない。ガンマ団本部兼自宅であり、俺の居場所でもあるここにあんたが帰ってくることも、もう二度と。
 ……ここのところ、窓の外を眺める時間が増えている。こないだうっかり仕事中にそれをして、未だ人の感情の機微には疎い従弟に、職務怠慢だと叱られた。もう一人の能天気だが鋭いところのある従兄は、時折もの問いたげな目で俺のことを見つめてくる。だが、おそらくいよいよというところになるまで、この従兄はなにも言ってはこないだろう。一方の俺も、いつまでもそんな自堕落を自分に許すつもりはなかった。
 特戦部隊の不在など、なにも今に始まったことではない。あんたの所在が掴めないのもいつものことだ。どうせどこぞで突拍子もないときにくたばるのだろうとも思っていた。それと同じことだ。以前となにも変わってはいない。──ほとんどなにも。
 珍しく仕事が早く終わったこの日も、俺は自室で窓にもたれ、ぼんやりと夕暮れの空を眺めていた。部屋に引きこもった俺を、意外にも家族はそっとしておいてくれる。気を遣われているのだろうかと思うと、少し苛立たしくもあった。そんなに俺は憔悴しているように見えるのだろうかと、不甲斐ない自分自身に対しても。
 ……だが実際、虚勢を張る気力すら、最近は覚束ないのが実情だ。
 窓の外の空は、見つめるうち、西の地平線に一刷毛の焔色を残し、ゆっくりと濃い群青色へと変化していった。辺りがすっかり暗くなって星が瞬き始めるまで、俺はそのままの姿勢で窓辺に佇んでいた。こんな気の抜けた様子を家族に見咎められるのが嫌で、俺は、「今だけだ」と言い訳がましく独り言ちながら、自室で繰り返し空を眺める。今日のように日のあるうちに帰れることは滅多にないから、たいていは彼誰時の薄紅を、そしてごく稀に黄昏時の茜色を。墨色の夜空ではなにも見えず、しかし真昼の青空はなにもかもが清澄にすぎて、どちらもなぜだか見るに耐えないものに思われた。
 ──本当に見たいものを、俺は見るわけにはいかない。
 俺は早くこの状況に慣れてしまわなければならない。俺の躊躇は、そのままガンマ団の動揺へとつながる。総帥自らが下した決断を後悔するなど、あってはならないことだ。
 だが、そんな俺を嘲笑うかのように、時折特戦部隊の近況が俺の元に届く。ガンマ団を離れた今、特戦部隊の驚異的な戦闘能力は当然見過ごしにできるものではなく、敵国の状況並に、その動きは逐一俺のところに報告されていた。──もっとも、よほどろくでもないことをしでかさない限り、ほとんどの報告は全て従弟に任せきりにしていたのだが。
 ただ、そのろくでもない情報は、俺が仕事に忙殺されているときや、遠征を終えて一息ついているときなど、あんたのことをすっかり忘れてしまっているときに限って、狙ったかのように告げられるのが常だった。そのたびに俺は苦虫を噛み潰したような顔をし、心中でそっと一喜一憂する。離脱した特殊部隊の動向とはいえ、それは本来なら総帥に報告するには些細すぎる内容のものだった。こんなわずらわしい報告はもう必要ないと、従弟に一任すればそれで十分事足りる程度の。なのに俺は、不意打ちのようにもたらされるその報告を、一度も拒むことはなかった。
 ──結局は、どんな形であっても、俺はあんたとつながっていたいのだろうか。いつかあんたが帰ってくるかもしれない可能性を、確保していたいのだろうか。
 甘い考えは持つだけ無駄だとわかっている。それに、この状況がお互いに良くないものであると、誰が言い切れるだろう。特戦部隊離脱直前に比べて、現状が悪いなどと、いったい誰が?
 ──良識を持つ者なら誰もが、これは避けられないものだったと言うだろう。遅かれ早かれ、特戦部隊は離脱することになっただろう、と。そしてそれは正しかったのだ、と。総帥としての俺の判断も同じようなものだった。──ひょっとしたら、特戦部隊隊長としてのあんたの考えも、似たようなものなのかもしれないな。
 ……だが、それなら、と俺は思う。それならばどうして、俺は特戦部隊の動向を、いちいち気にかけているのだろう。そしてどうしてあんたは、まるで俺の気を引くかのように、時折暴れてみせるのだろう。
 総帥の仕事は膨大にある。離脱した部隊の動きなど、それが特に警戒の必要なものでない限り、わざわざ確認するほどのこともない。──そしてあんたはと言えば、団を離れて好き勝手できるはずなのに、ガンマ団に楯突くような素振りを見せることは決してなかった。それを思えば、むしろ所属していたころの方がひどかったくらいだ。報告書に記された特戦部隊の所業は、あんたらにしてみれば暴れたなどとはとても言えないような、実にささやかないざこざばかりだった。
 俺がシンタロー個人としての自分より、総帥としての自分を優先させるのは当然だ。そしてそれはきっと特戦部隊隊長の肩書きを持つあんたも同じだったのだろう。だからこそ特戦部隊はガンマ団を離脱した。だが、未だ総帥という地位に縛られた俺と違い、あんたはもう自由だ。周囲には、部下というより、苦楽を共にした仲間のような奴らしかいない。多少の我儘も、今ならば許される。そう、今ならば──
 窓の外に眼をやりながら、俺はため息をついた。一瞬窓が曇り、瞬く間に晴れていく。俺は、ぼんやりと空を眺め、不意に視界の端をかすめる黒いものに慌てて正気にかえっては、それが鳥や木の葉、あるいはただの錯覚であったことに気づいて軽く落胆するということを、さっきから何度も繰り返していた。
 今ならば……いったい、なにができるというのだろう。
 ……俺は毎日、なにを待っているのだろう。
 俺はいつも、あんたになにかを期待しすぎてしまうのだろうか、と思う。俺はあんたになにを夢見ているのだろう。なぜ何度も決別していながら、また近づく術を模索してしまうのだろう。
 ──こんな社会的な状況に縛られた、絶望的な断絶の中でさえ、もう一度などと、どうして。
 だが、いくら懲りない俺たちでも、今回ばかりはどうにもならないだろう。いくら俺があんたを気にかけ、あんたが俺を意識したとしても、もうどうにも。
 俺がガンマ団総帥でなければよかった。もしくはあんたが特戦部隊隊長でなければ。どちらか一方の条件でも満たされていなければ、俺たちはここまで完璧に絆を断ち切られることなどなかったろうに。
 そしてシンタロー個人としての俺は、心密かにあんたに馬鹿な望みをかけている。あんたが公より私情を優先させてしまう瞬間がありはしないかと。特戦部隊よりガンマ団より、俺を選んでくれることがありはしないかと。
 ──しかしもし万が一そんな事態になった場合には、総帥としての俺も個人としての俺も、あんたを心から軽蔑することだろう。
 ……だが、最も愚かなのは、そのくせあんたに馬鹿な期待をしてしまう、俺自身であるのに違いない。


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(07.03.14.)
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