唇
なにかの折に、オッサンがプラスチックの小さな容器を投げてよこした。それを危なげなく受け取って、訝しげな表情をする俺に、「使え」と素気なく言う。いかにも医務室で配られそうな入れ物を開けてみると、中身はワセリンだった。
「お前、唇ガッサガサ」
オッサンは顔をしかめながら言う。──要するに、最近のキスの具合が気に食わなかったらしい。俺自身、多少気にしてはいたものの、面と向かって言われると、かえってむかっ腹が立った。
「嫌なら触らなけりゃいいだろ」
口答えする俺に、オッサンは肩をすくめる。
「いいから持ってろ。そして使え。乾燥気にしたり、しゃべるたびに血まみれになるよかよっぽどマシだろ。それに──」
オッサンは、なんだか気に障る、含みのある笑みを浮かべた。
「他にも、使い道はあるしな」
首を傾げる俺には答えず、オッサンは「捨てるなよ」と念を押すと、さっさと部屋を出て行ってしまった。
──後日、その『使い道』とやらを身をもって知った俺が、高松に頼み込んでまともなリップクリームを貰い受けたのは、言うまでもない。
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(07.04.02.)
なにかの折に、オッサンがプラスチックの小さな容器を投げてよこした。それを危なげなく受け取って、訝しげな表情をする俺に、「使え」と素気なく言う。いかにも医務室で配られそうな入れ物を開けてみると、中身はワセリンだった。
「お前、唇ガッサガサ」
オッサンは顔をしかめながら言う。──要するに、最近のキスの具合が気に食わなかったらしい。俺自身、多少気にしてはいたものの、面と向かって言われると、かえってむかっ腹が立った。
「嫌なら触らなけりゃいいだろ」
口答えする俺に、オッサンは肩をすくめる。
「いいから持ってろ。そして使え。乾燥気にしたり、しゃべるたびに血まみれになるよかよっぽどマシだろ。それに──」
オッサンは、なんだか気に障る、含みのある笑みを浮かべた。
「他にも、使い道はあるしな」
首を傾げる俺には答えず、オッサンは「捨てるなよ」と念を押すと、さっさと部屋を出て行ってしまった。
──後日、その『使い道』とやらを身をもって知った俺が、高松に頼み込んでまともなリップクリームを貰い受けたのは、言うまでもない。
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(07.04.02.)
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