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しゃっくりの止め方
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「――――っく!」
「え?」
突然、室内に響いた謎の音に、リキッドは振り向いた。
音のした方では、昼食準備の途中だったのか、シンタローが包丁を置いて口元を抑えている。
「――――っく」
気分でも悪いのかと近づくと、またあの音。
「……シンタローさん?」
「何だ、っく、よ?」
やはり……。
音の正体は彼の喉だ。
引きつったような音が繰り返すたび、肩が上下する。
「水、飲みます?」
「…………」
その状態で言葉を喋るのが面倒なのか、シンタローは、小さな子供のように黙って頷いた。
コップに水を注ぎながらそれを見て、可愛いと思ってしまうあたり、リキッドの目にはかなりのフィルターがかかっている。
(こういうの何て言うんだっけ……『恋は盲目』?)
あっているような、間違っているような……。
「――――っく」
「大丈夫っスか?」
軽く背中を摩りながら、コップを渡す。
少し掠れた声で返事があったような気がしたが、喉からの音にかき消された。
いつまでも声を出せないのはごめんだ、と彼は渡した水を、鼻をつまんで一気に飲み干す。
……が。
「――――っく」
止まっていない。
今回、この方法は効かなかったようだ。
「えーと、あ。味噌の原料……」
「大豆。――――っく」
……もともと彼が言ってくれた方法なのだから、当たり前なのだけれど。
考えるまもなく、即座に答えられてしまっては、意味はない。
「止まんないっすね……。どうしましょうか……?」
「ああ? 放っときゃ、っく、いいだろ?」
シンタローは、何故か真剣な面持ちで考え込むリキッドを無視し、再び包丁を手にして、中断していた料理をはじめようとするが……。
「だめっスよ!」
リキッドに即座にその手を掴まれ、結局何も出来ないまま、また包丁を置くはめになった。
邪魔されたことに苛立ちを覚えつつ、ため息をつく。
「ぁんだよ?」
「だって、しゃっくりが100回続くと死んじゃうんっすよ?!」
――――ぶち。
何か切れた。
「馬鹿かお前は?!」
そんなものを信じてるのか! と言わんばかりにシンタローの拳がリキッドの頭に炸裂した。
「な、何するんっすか!!」
目の前に星をちらつかせながら口を尖らせる。
心配したのに(いつものことだが)理不尽だ! と。
「横隔膜の痙攣ごときで死んでたまるか!」
「そうなんっすか?!」
「知らねぇのか、よ! ……っく! かはっ、ごほっ……!」
しゃっくりをする間もなく、怒鳴り続けたために噎せたのか、涙目になって咳こむ。
「シ、シンタローさん?!」
「ったく……っく」
これだけ咳こんでも、喉がおさまることはない。
「……とりあえず、聞ける人には止め方聞いてみません?」
これ以上方法を思いつかないリキッドは、「ちょっと待ってて下さいね」と言い残し、止めるまもなく外に出て行った。
「……別にいいって、っく、言ってんのに」
何も聞いて回るようなことじゃないだろう。
確かに少々面倒ではあるが、彼の言うように死ぬというわけじゃない。
「まぁ、いいか。――――っく」
放っておいてもそのうち止まるのだし。
今はこの作りかけの昼食をどうにかしなくてはと、今度こそ邪魔される事なく、料理を再開した。
十分としない内に、リキッドは戻ってきた。
よほど急いだのか、大きく肩で息をしながら。
まさかまだ、くだらない迷信を信じているのかと、シンタローは訝しげな視線を向けたが、リキッドは気付いていない。
以下は彼の聞きこみ成果である。
証言1:侍。
「しゃっくりの止め方? んなもん息止めてりゃいいんじゃねぇか?」
証言2:炎使い。
「へぇ……砂糖水やらお湯を飲ませはるとええて言いますなぁ」
証言3:ナマモノニ匹。
「そりゃ、驚かせるにこしたことないわよー!」
「そうねぇ、驚いた時の顔っていうのもイイワー!」
「……何で、どんどん、っく、アテにならねぇヤツの意見に、っく、なってくんだ?」
頭を抱えたくなる。
内容はともかく、聞く人間(一部人外)くらい選んで欲しい。
「とりあえず、試してみます?」
「息止めんのも、っく、水飲むのもやったろ……」
驚かすにしたって、そうと知っている人間をどう驚かせるというのか。
「他には……ピーナッツバターを上唇に塗って、舌先でそれを少しずつ舐める。……とか、『レモン』と三回唱える。……とか、片手を上げながら、水を飲む。……とかですけど」
「っく……、絶対やらねぇ……」
胡散臭すぎる。
実行して止まらなかったら、ただの笑いものではないか。
そもそも、一体誰にそんな怪しい方法を聞いたのか。
「……あ。じゃあいっそ全部一度にやってみますか?」
「はぁ?」
これは名案、と言わんばかりの顔で古典的にも手を打ったリキッドに、シンタローは呆れ顔で返す。
一体何を言い出すのだこの男は。
ピーナッツバターを上唇に塗って、『レモン』と三回唱えた後に、片手を上げながら息を止め、砂糖水を飲んで驚け。
とでも言うのか。
アホらしい。
「お前なぁ……」
言いかけて顔を上げたシンタローの目に映ったのは、相手の目の青だけ。
それくらい、近くにあった顔。
突然のその行動に、反応が遅れた。
「っ?!」
相手のそれにより、塞がれた口。
そこから流れ込んできた甘い何かに、眉を寄せる。
――――ゴクン。
その正体がわかったのは、解放されてから。
どうやら砂糖水だったらしい。
拭った手から、甘い匂いがした。
「止まりました?」
「…………」
確かに驚かされた。
息も止まっていたし、砂糖水も飲んだ……ということになるのだろう。
事実、先程まであんなにうるさかった喉は、今はとても落ち着いている。
全部一度に……こういうことだったらしい。
しかし……。
「シンタローさん?」
少々顔を赤くしつつも、全く悪びれることなく聞いてくるリキッドに、固まっていたシンタローはわなわなと震え出し…
「っ~!! 何すんだこの馬鹿ヤンキーっ!!」
眼魔砲を炸裂させたことは、言うまでもない。
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