--------------------------------------------------------------------------------
隠せないもの
--------------------------------------------------------------------------------
神様、これは試練でしょうか?
それとも一生一度ぐらいのチャンスですか?
「えっと……」
「ぁんだよ」
「いえ……」
いつもの鋭い目つきに睨まれて何も言えなくなる。
「笑いたきゃ笑え」
そんなことを言うもんだから必死で首を横に振った。
俺だってまだ死にたくないですもん。
「あの……大丈夫、っスか?」
「そう見えんならな」
一応聞いてみたものの、とても大丈夫そうには見えなかった。
いつも綺麗な髪はぼさぼさで、ところどころ葉がついているし、肌には細かい切り傷が多い。
おまけに全身ずぶ濡れだ。
崖の上から落ちてこれなのだから、充分助かったと言えるだろ。
下に泉があったのが救いになったんだろうな。
けど、まあ、痛そうは痛そう。
「とりあえず……帰ります?」
本当はいつものごとく食料調達だったのだけれど……それどころじゃない。
「ああ?別に大したことねぇよ、このくらい」
あんな所から落ちるなんて体鈍ったかなー、とか言いながら水から上がろうとするシンタローさんの手を取る。
それは自然なことだったんだけど……。
手に触れるってのはかなり心臓に悪い。
この人、手とかまでしっかりしてて綺麗なんだ。
そのまま力を入れて引き上げると、小さくうめくような声がした。
「え?」
「っ……」
一瞬なんだか分からなかった。
でも辛そうな顔を見てやっと理解する。
どこか痛めた……?!
「痛いんっスか?!」
「何でもねぇよ」
いや、そんな辛そうな顔(一瞬だったけど)した後に言われても……説得力ないし。
この人嘘が下手だ。
ゆっくり歩き出そうとするその足が、片方だけとても不自然。
ああ、足捻ったんだ。
「捻ったんですね?」
「大したことねぇつったろ」
多分今のが精一杯の譲歩だったんだと思う。
否定しないだけまだマシなんだろうか? この強情俺様人間っ!
「……」
それならそれで、こっちにだって考えがある。
「待ってください!」
「!!」
肩に置いた手でそのまま彼の体を引きずり倒した。
やっちまった……。
だっていい方法思い浮かばなかったし、多少強引じゃなきゃ止まってくれないだろうから。
背中とか頭とか打ったかもしれないけど、それは後で謝るとして。
「っぅ……ぁにすんだ! この元ヤン!!」
「手当てぐらいさせてください!」
こうなったらもう半ばヤケで、強気に出てみる。
眼魔砲がきませんように、眼魔砲がきませんように……!!
俺がそんな風に考えていると、シンタローさんはしばらく黙っていたけど、やがて諦めたようにため息をついた。
「……ったく……、わぁったよ。勝手にしろ」
神様! 俺生きてていいんですね?!(錯乱)
眼魔砲は逃れたみたいだ。
生命って素晴らしい!
良かった良か……ん?
「…………」
「…………」
……あの……今の体勢って……。
「おい……。」
かなり、ヤバイんじゃないでしょうか……?
今更になって気付いたけど、仰向けになった彼の上に乗ってる状態……。
「リキッド……?」
うわっ! 名前なんて呼ばないで下さいよ!!
多分あるはずの理性がギリギリと音を立てている。
ヤバイ。
崩壊しないで俺の理性!
早くどかなければと思う反面、体が動かない。
ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!
心臓が痛いくらいに良く動く。
顔とかすげぇ熱くて、見られんのが嫌で下を向いた。
こんな事言えない。
「どうした?」
そんなこと知る由もない俺の下にいるこの人は、何でか、いつもより優しい感じの声で語りかける。
おまけに「熱でもあるのかと」額なんか触ってくるもんだから……!!
この人はこっちの気持ちなんか知らない。
そう思ったら急に憎たらしくなる。
こんなにも焦がれているのに、本当に気付いていないんですか?
「あのっ……!」
「ぁん?」
口の中で小さく「すんません」と呟いて(多分聞こえなかったと思う)、彼に何かを言う暇なんて与えずにその口を塞いだ。
きっともう、理性なんかどこかに飛んでしまっていて。
「っ……ふっ……!」
口端から漏れた声。
絡めるように動かす舌から、ぎこちなく逃げるそれを追いかける。
「っう……」
少し暴れる彼は、たぶん捻った足を動かしてしまったのだろう、ビクリと震えた。
一度放すと、肩で息をしながら睨み付けられた。
こ、怖っ!
「てめっ……!」
手当てはどうしたと目線が言っている。
俺自身、折角許してくれたのに卑怯だと思うけど……。
でも、俺だって引けない。
もう行動に移してしまったんだから。
「すんません、でもっ……」
あなたが好きなんです。
そう言って、もう一度……。
他に何も考えられなくて。
「んっ……」
深く深く、重ねる。
愛しいこの人。
心地良い髪を梳いていた手を、ゆっくりと下へと移動させる。
濡れた肌が冷たい。
いや、ホント、すんません。
俺、かなりアナタに甘えてます。
けど……。
ああ。俺もう、本当に、絶対。
隠したりなんか出来っこない。
END
--------------------------------------------------------------------------------
後書き
その腕、その手、その指、熱をもった全てが愛おしい。
脱兎。
「ギリギリだぞ!」と中国人師匠に言われそうな感じで。
えっと、『愛しき素直さ』の前の話のはずだったもの、です。
あまりの恥ずかしさに散々隠しページにしようかと思い悩みましたが……。
結局出したんですね……。(遠い目)
それにしてもヘタレじゃないリキッドなんて別人だ!!(酷!)
2004(May)
--------------------------------------------------------------------------------
PR