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託される者
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なぜこんな事になったのか。
けれど今更、後には引けなくて、声を高らかに宣言する。
「アンタとタイマンはるっすよ!!」
何でこんな事になったんだっけ……。
いつの間にか、向かい合わせに立っていて。
いつの間にか、舞台まで準備万端で。
いつの間にか、ちみっこたちはチケットまで売りさばく始末。
俺はといえば、ただ、不条理に対する怒りが腹の中に溜まっていった。
もうすでに、最初のきっかけなんて忘れてしまった。
けど、いつまで経ってもガキ扱いで、いつまでも下っ端扱い。
俺のことなんかどうでもいいみたいな感じで、そんなのって、ないだろ?
悔しくて、腹立たしくて。
いつまでもそんな風に考えちまう自分も嫌で。
分かっているから、余計に苛立って。
隊長や、特戦の連中や、あなたもっ……。
認めて欲しいだなんてのは、それこそガキみてぇだけど。
俺はもう、嫌なんだ。
だから今度ばかりは、誰であろうと譲れねぇ。
シンタローさん、いいや、シンタロー。あんたが相手だろうと。
どんなに倒されて、息が上がって、体が痛くても……。
負けたくなんかねぇッ。
「俺だってっ……!」
ここで負けたら、俺は一生、認められない気がして、ただ、ぶつかるようにして向かった。
勝てる見込みなんて、殆どないのかもしれないけど、どうしても――――。
半ば意地になってそう叫ぶと……。
……何でか、目の前の人は笑ってた。
弱い俺を笑うとか、そういうんじゃなくて。
穏やかに、満足げに。
何で、今笑ったんだろう。
入ってくる拳にも、蹴りにも、力は込められているのに。
俺を倒そうなんて気は、ないような……。
受け止めながら、不審に思う。
この人は……何をしようとしているんだろう?
何で、今笑ったんですか?
「……どうして……」
言いかけて、突然の足元が安定しない感覚に、よろけた。
リングの端々がボロボロと崩れていく。
あの河童! 適当な工事しやがって……!
やっぱり皿は割っておこうと思いながら、走り出す。
だけど意外に受けたダメージが大きくて。
ああ、間に合わないかもしれない。
そう思った瞬間に、何かを言う間もなく、頭を掴まれて、思いっきりぶん投げられた。
俺はトシさんに受け止められて。
でも、
あんたは……?
ベキッ、とやけに大きな音がして、彼の足元が歪んだ。
梯子が切れて、どっかの馬鹿河童のせいで、下は鍋に油がたぎっていて、ゆっくりとスローがかった映像のようなその中。
体が悲鳴をあげているのも無視して、受け止められた手から抜け出して、
その手を取っていた。
ギシリと、骨が軋む音と、鈍い痛みが体に走る。
肩が痛い。
腕が痛い。
手が痛い。
全身が痛い。
それでも、
それでも諦めたくなんかない。
「放せっつてんだ!!」
「嫌っ、……す!」
誰に言われたって、あんたに言われたって。
ここで放したら、今度は助けられないんだ……!
また、あんたが一人で落ちていくところなんて、俺に見せないで。
まるで、いなくなる「いつか」がやけに現実味を帯びたようで、怖くなる。
分かっていたつもり、ってのは、あくまでつもりでしかなかったのだと、思い知らされる。
こんなにもはっきりと。強く。
だからこの人は……、俺に……。
それなら、せめて、彼が安心して託せるように。
俺が、笑ってそれを受け入られるように。
えらく不器用な優しさを持ったこの人の為に――――。
今は笑って返そう。
だから、
もう、
俺は、
あなたの言うことなんか聞きません。
この手はぜってぇ、放したりなんかしない。
END
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