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忘れないで
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島は今日も、ただ天気がいい。
日差しは暖かというより暑く、チリチリと肌を焼く。
しかし、リキッドの顔は青かった。
例えるなら凍死寸前の顔。
「あの……シンタロー、さん……?」
呼びかける声に答えはなく、目の前の人物は、ただ静かに地面に横たわっている。
意外に長い睫毛は伏せられたまま、開くことがない。
青い顔をさらに青くして、リキッドは即座にその胸に耳を押し当てた。
……呼吸で小さく上下しているのが分かる。
安堵の息が漏れた。
「っはぁ~……良かった……って良くねぇよ!!」
自分で自分にツッコミを入れ、不安を押し退けようとする。
よほど強く打ち付けたのか、彼が目覚める気配はない。
「ああ、もう、俺の馬鹿……!」
項垂れて、深くため息をつく。
どうしてこんなことになるのだろう、と。
倒れたままの彼を引きずり、木へと寄りかからせる。
「痛ぇ……」
忘れていた痛みが、今になってズキズキと主張してくる。
触るとかなり大きいコブができていた。
そのくらいですんだのだから、良かったといえるだろう。
「どうしよ……」
シンタローの意識がないのは、状況から言うまでもなくリキッドのせいである。
このまま起きるまで待つか、起こすか……どちらにしろ、即眼魔砲が飛んできそうだ。
「シンタローさん?」
もう一度呼びかける。
やはり答えはない。
「俺があんなとこから落ちたから……」
そう言って、シンタローを寄りかからせた木を見上げる。
「足滑らせるなんて、情けなすぎるよなぁ~」
しかも落下地点に丁度良く(悪く?)シンタローがいたのは、リキッドにとって幸運だったのか、不運だったのか……。
ともかく、故意だろうが過失だろうが、彼に頭突きをかましてしまったのだから、ただでは済むまい。
「都合良く忘れてくれないかなー……なんて……」
妙なことを期待してみる。
強い衝撃により、一時的に記憶の混乱が起きるというのは良く聞く話だ。
「ってそんなの困るだろ!!」
首を大きく振って、瞬時に打ち消す。
彼が今までのことを忘れてしまうだなんて、縁起でもない。
起きるのを待って、謝ろう。
そう決めた時、かすかにシンタローの瞼が動いた。
「んっ、痛ッ……」
声に全身がビクリと震えた。
ついに起きたのだろうか。
「シ、シシシ、シンタローさんっ?」
声まで震えている。
脳は謝れと指示を出しているが、口は上手く動かない。
「……あぁ?」
これから起こることが目に浮かぶ。
罵倒→眼魔砲→星になる自分。
帰って来るのにどれくらいかかるだろうか、と言う計算まで考え始めたリキッドに、シンタローの声が響いた。
「……誰だ? お前?」
瞬間、音が聞こえなくなった気がした。
何を言われたかわからなった。
「え……?」
馬鹿みたいに聞き返した彼に、シンタローは後頭部を手で摩るだけで、何も言ってくれない。
まさか、そんなことあるはずない。
たかがあのくらいのことで――――。
ちらっとでも自分が考えたことだけに、駆け上る不安は大きい。
全身の血の気が引いていく気がした。
「シンタロー、さん?」
確かめるように名前を呼ぶと、彼は怪訝そうな顔をしただけで、やはり返事はしない。
「それが、俺の名前か?」
いつもの俺様振りなどさっぱり窺えない。
弱々しい目――――。
「冗談、止めて下さいよ……?」
頭がガンガンと痛み出す。
これは先ほどの外傷ではない。
どうして、どうしてと、疑問符ばかりが浮かんでくる。
唇が震えて、喉が張り付き、声が掠れる。
「俺が、あんなこと思ったから――――?」
都合よく忘れて欲しいだなんて。
決して本心からじゃない。
「嘘、ですよね?」
泣きそうだった。
こんなのは、望んでいない――――。
「ああ。嘘」
「へ……」
けろりと言い切った彼の言葉に、リキッドは固まった。
「ったく、何してんだよヤンキー!痛ぇなー……」
「え、ええ? シンタロー、さんっ?!」
眉を寄せてリキッドを睨みつけるシンタローは、すっかりいつもの彼に戻っている。
「ぁんだよ」
「お、俺のこと、覚えてます?!」
喉がごくりと鳴った。
怖々発したその言葉に、彼はニヤリと笑う。
「その間抜け面忘れるかよ、リキッド」
途端に顔に血が上った。
「――――っ! からかったんですか?!」
「てめぇが人の頭上に落ちてくんのが悪ぃ」
「なっ……!!」
子供のように言って、顔を背ける彼を見て、リキッドは確実に隊長と血縁だと感じた。
いや、向ける感情が違う分、隊長よりも性質が悪い。
脱力と、安堵と、少しの怒りと……。
全てが一気に押し寄せて、目の奥が熱くなる。
「俺っ……!ホントに……っ!」
拳を握って、こんなことで泣いてしまいそうな自分が情けないと思いながらも、抑えられない。
本当に、たまらなく怖かったのだ。
忘れられたくない。
「おい……?」
俯いて震えるリキッドに、流石にやりすぎたかとシンタローは手を伸ばす。
「っ……! シンタローさん!」
伸ばされたその手ごと、シンタローを包むように抱きすくめた。
存在を確認するように、強く。
勢いに押されて、背中を少々打ちつけたが、リキッドは構わない。
「おいっ!」
「ホントに、心配したんですッ……!!」
強い口調のわりに、リキッドは涙目で、痛いくらいに腕に力をこめてくる。
そんな風にされればシンタローの負けだ。
まさかここまで堪えるとは思っていなかった彼は、参ったなとため息を漏らす。
「……おい、悪かったって……」
多少窮屈な体勢から手を伸ばして、小さく泣くのを耐えるような声が聞こえなくなるまで、背中をさすってやる。
子供相手にむきになって、どうしようもないな、と自嘲して。
「おら、泣き止め」
あまり強くない、語りかけるような口調。
それは子どもに向かう態度。
「泣いてません……」
「じゃあ、重いから離れろ」
「……」
「リキッド」
肩口に埋められた顔は、不服そうだ。
まだ、触れていたいと。
「調子に乗ってんな。クソヤンキー」
「はい……」
そんなことを知る由もないシンタローは、すっかりいつものヤンキー扱いに戻していた。
渋々ながら彼から離れる。
温かな人の体温が、腕に名残惜しい。
離れてしまったリキッドの手が、寂しく宙を掻いた。
その手で自分の顔を拭う。
情けない。
どうしてこんなに――――。
「情けねぇ顔してんな」
両の頬を挟まれるように軽く叩かれる。
自分の顔が赤くなるのを自覚して、リキッドは目をあわすことも出来なかった。
「誰のせいですか……」
「ああ?」
「何でもないっス……」
この人はどこまで行ってもやはり俺様なのだ。
けれど、
「……忘れねぇよ」
「え……」
「忘れてなんてやらねぇ」
けれど、こんなにも柔らかい――――。
それがとても愛しい。
強そうで弱くて、厳しいのに優しい彼に――――。
こんなにも思い強く。
勿論彼はそれを知らないのだけど。
「俺もっ……ですか?」
「さぁな」
自分がそこに含まれているかどうかはわからない。
それでも、その言葉一つ一つ、一挙一動、全てが、心臓に響くようで。
ああ、やはり焦がれているのだと、リキッドは強く思った。
「帰んぞ、リキッド」
「――――っ、はいっ!」
これからこの人のそばで普通に過ごしていけるのかと、少し不安になる。
焦がれる、あまりにいつか狂ってしまうかもしれないと。
もう、どうしようもないほどに。
この人には忘れないで欲しいと。
(だって、ホントに好きなんだ。)
口の中の呟きは、今は決して前を行く彼に届くことなく――――。
END
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後書き
伝えたい愛しさがある。
ともに生きる事が出来ないのなら、せめて忘れないで欲しいと。
そんな感じです(何)
自分で理想を語ったそばからそれをぶち壊すなよ私!(申し訳ありません…。)
2004(April)
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