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言葉では
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何故、いつも彼は、人のことを睨んでいるか、寝ているかしかないんだろう。
ちみっこ達といるときならばいざ知らず、青年が見る時、彼は大体その二つの顔でしかない。
それはもう両極端な。
「寝ちゃってます……?」
そして今は、その目つきの悪い目を閉じて、深く眠りの底にいるらしく、反応は皆無。
朝方出かけていくのを見かけたきり見なかったが、まさかこんなトコでも寝ていたとは……。
その辺からナマモノでも飛び出してきそうな、うっそうとしたジャングルのど真ん中。
変鯛とか雌雄同体とかに襲われないのだろうか?
それとも家で寝るのが嫌なのか……?
青年の頭を『俺は嫌われているのでは』という考えがよぎったが、それはかなりショックなので、すぐに思考の隅に追いやった。
(事実嫌われてはいるが、それほどまでとは思いたくない。)
「……ぁにやってんだ、てめぇ」
「お、起きてたんですか?!!」
何の気配もなく起きた彼に驚いて、青年は三歩ほど後ろに飛んだ。
いくらなんでも驚きすぎだろう。
目の前の人物は眉根を寄せて訝しがる。
「ん……ああ、寝てたのか……」
たった今、自覚したかのように伸びをする。
大樹に背を預けていた彼は、その態勢が辛かったのか、コキリと一度首を鳴らして、息をついた。
「それで?」
「は?」
聞かれた意味が分からずに、馬鹿みたいに聞き返すと、軽く頭を小突かれた。
「だから、お前は何しに来たんだよ」
「あ、ああ、いえ、その……」
姿が見えないのが心配で探してました、とは言えず、適当な言い訳を探すように視線を宙に飛ばす。
「ちょっとヤボ用で……」
結局、何も思い浮かばずに曖昧な言葉になって出てきてしまった。
「ふぅん。」
通じてしまうところは、彼も甘いというかなんと言うか……。
一方、青年の方は張り付いた笑顔ままで固まっていた。
当初の目的は果たせたのだから、立ち去っても良いのだが、ここで去るのも何となく後味が悪い。
互いに一言も発さぬままに、間が開く。
ほんの少しの沈黙が降りてきて、草木がざわざわと鳴るのが心地良い。
いつも通りに天気が良くて、いつも通りに風が吹いている。
「っふぁ……」
彼の口から短く欠伸が漏れる。
どうやらまだ眠いらしく、目をこすりながら、人払いをするように手を前後へとひらひらさせる。
「俺もう少し寝るわ。用済んだら帰れよ」
座りなおして、もう一度その背を大樹に預けた彼に、青年はまた眠ってしまわれては、と慌てて話し掛けた。
「あ、あの……!」
「ぁん?」
恐る恐るというような青年の口調と、眠りに入るのを邪魔されたことに少々イラつきながらも、彼は答える。
「隣っ……いいっスか?」
「いいわけねぇだろ、このエセヤンキー」
おそらく勇気を振り絞ったであろう一言を、彼は瞬時に一蹴した。
「……ですよねぇ~……」
わかってましたと言わんばかりに、さめざめと泣きながら、渾身の言葉を即時に跳ね返されて尚、笑顔の青年。
その姿があまりに哀れだったのか、彼は『しょうがねぇなぁ』とため息をついて、少し横へと移動した。
「……まあ、その辺で寝るならてめぇの勝手だけどな」
ぼそりとそう言われて、青年は先ほどまで地面を相手にいじけていたとは思えないほど、本当に嬉しそうに頷いた。
「はいっ!!」
その顔が、あまりに子供っぽかったからか……。
彼の口元がわずかに綻んだのを、青年は見逃さなかった。
彼が自分だけに見せてくれる初めての笑い顔。
いつも通りに天気が良くて、いつも通りに風が吹いている。
いつもと違ったのは彼が笑ってくれたこと。
それはなんと言えばいいのか、
たぶん。
『思慕』だとか『憧憬』だとか、
そんな言葉が似合うのだろうけど。
けれど。
それだけではない。
ああ。それは、言葉だけでは足りなくて―――。
END
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後書き
乙女街道驀進中。
リキッドが…リキッドが…!
2004(April)
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