天邪鬼お題5
1.あからさまな否定
「シンタロー。」
「ンだよ。」
せわしなくペンを走らせながら、返事をする。
有能な補佐は不満そうな気配など微塵も見せず、こう言った。
「お前はマジック伯父貴のことが好」
「いいや。」
外見28歳、内実4歳の従兄弟は時々突拍子もない質問をする。
もう慣れたけどな。
「最後まで聞いてから答えたほうがいいぞ。」
「聞かんでもわかる。」
「そうか?」
「ああ。無駄口叩いてる暇があったら仕事しろよテメェ。」
ぺったんぺったんと認証印を押す俺に、キンタローは真面目な表情を崩さない。
「俺が聞きたかったことはな。」
「お前はマジック伯父貴のことが、本当に好きではないのか、ということだ。」
その瞬間、俺の時間は止まった。
持っていた認証印が落ちて
重要書類にシミを作ったことも目に入らないくらいだった。
控えている秘書が咎める声も、どこか遠くに聞いていて……
「お前の返答でよくわかった。
いつも嫌いだ嫌いだと連呼しているが、お前は実は伯父貴のことが―――」
……立ち直るまで時間がかかりそうだ……
2.「かっこいい」なんて絶対言ってやらない
ある朝起きると。
親父が喪服を着ていた。
こちらに気づくと、いつものように「おはよう」と声をかけてきた。
「………はよ……どっか出かけんの?」
「うん。知り合いのお葬式にね。」
とは言っても、数えるほどしか会ったことないんだけど。と、付け加えた。
きゅ、と黒いネクタイを締めて鏡の前に立つ。
金色の髪は綺麗に撫で付けられいて。
黒いスーツに身を包んだマジックに。
不覚にも、見惚れてしまった。
「シンちゃん、どうしたの?」
「…いや、なんでもない。」
黙っていれば英国紳士。
口を開けば変態親父。
そんな奴が好きな俺って……
「夕方には帰ってくるから、いい子にしてるんだよ。」
お子様よろしく頭を撫でられて、憤慨する間もなくヤツは部屋から出て行く。
いつもこうやって子供扱いするんだ。
悔しい。
だから「かっこいい」なんて、絶対に言ってやんない。
3.わかりやすい反応
嘘をつくのはうまい方だ。仕事上、仕方ない場合もある。
うまいに越したことはないだろう。
……と思う。
だけど、目の前にいるこいつは。
「シンちゃんの嘘つき。」
と、俺の嘘を一発で見破るのだ。
癪にさわるったらありゃしない。
「嘘なんかついてねえよ。」
「それも嘘。」
意地悪な笑顔が心底憎らしくてたまらない。
この状況を楽しんでいるこの男が。
「嘘つきは、」
流暢な日本語を話す英国人は、紳士らしからぬ笑みを浮かべたまま。
「嫌いだよ。」
我知らず体が揺れて、目の前の人間を凝視した。
まさかそんなことを言われるとは思わなかったから。
「シンタローはわかりやすいね。」
私がお前のことを嫌いになるなんて有り得ない。
その逆はもっと有り得ないことだよ。
「だから、間違ってもパパのことを嫌いだなんて言わないで。」
指先で目元をぬぐわれる。
やっぱり俺はお前のことが嫌いだ。
4.照れ隠しに
仕事中にこっそり抜け出して、親父の部屋へ向かった。
ティラミスに見つかったら数時間の説教は免れない。
マジックに見つかったら数時間は寝室から出られない。
どちらもある意味命がけだ。
「シンちゃん!」
世の中ってうまくいかないもんだよなあ……
くるりと振り返れば、満面の笑みで手を振る親父がいた。
神様、そんなに俺のことが嫌いですか。
「わーいわーい! シンちゃんだー!」
見つかったなら仕方ない。この際だ。
大はしゃぎするマジックに手の中のものを押し付けた。
急いでヤツから離れようとしたが、いとも容易く腕を掴まれ、眼で「これは何?」と問われた。
ああ、恥ずかしい。
顔が紅潮するのが嫌でもわかった。
こいつはこれは何だと尋ねているだけなのに。
何でこんなに恥ずかしいんだ。
ちょっと親孝行したいとか思った俺がバカなのか。
「開けりゃわかるだろ!」
いても立ってもいられなくなったので、マジックの足を思いっきり踏んづけて。
一瞬、力が抜けたところを突いて逃げ出した。
情けない声が俺を呼んでいたけど振り向くのも恥ずかしくて、全速力で総帥室へ走った。
それは雪の舞い散る冬の日の出来事。
5.本当はね
「シンちゃ~ん、たまにはパパのこと好きって言ってよ~。」
「嫌だ。」
すりすりベタベタ……あああウザい!!
こんなやり取り、日常茶飯事なんだけど。
「離れろッ、邪魔だ! どっか行け!」
「どっか行けって言われても、ここはパパの部屋だもん。」
50過ぎた親父がだもんとか言うな! かわいくない!
それでも許容してしまうのは、俺の甘さか。
「そうか。じゃあ俺が出て行く。」
「嫌。」
俺の腰をがっちりと抱え、親父はぶんぶんと首を振った。
綺麗にセットされていた前髪がはらはらと額に落ちる。
「なら大人しくしてろ! セクハラすんな!」
「ええぇぇぇぇぇえ!? じゃあパパは何すればいいの!?」
盛大に不満を言うマジックをソファから落とすべく、ゲシゲシと足蹴にする。
「お前はセクハラしかすることないんかッ!?」
額に青筋をたてて怒鳴ると、しぶしぶ……という感じで親父は大人しくなった。
マジックにもたれかかり雑誌に目を落とす。
触れた部分から熱が伝わり、相手の呼吸のリズムを感じる。
無意識に合わせてしまう自分がおかしい。
すると、大きな手が俺の胸のあたりを叩きはじめた。
規則正しく、親が子供を寝かせるように。
「……寝ないぞ。」
「いいよ。パパがやりたくてやってるだけだから。」
だけど時間が立つにつれて、文字を追っても内容は頭に入らなくなってきた。
寝ない、と思ってるのに。
次第に瞼は落ちてゆく。
「寝てもいいよ。」
「………ん……」
雑誌はテーブルの方に投げ捨てて、もぞもぞと寝やすい位置を探す。
―――眠りに落ちる瞬間。ひどく優しい言葉が聞こえた。
「大好き、シンちゃん。」
俺だって、本当は。
でも、毎日毎日「好き」だって連呼されると。
その分、俺は言えなくなってしまう。
俺だって、アンタに負けないくらい。
本当は、好き。
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