恥ずかしいヤツ
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スクランブル・エッグのとろとろにした黄身は、バターでソテーしたパンに乗せて。
今日のブラック・プティングはナツメグが効き過ぎか。
薄めに入れた紅茶はカモミールで、一晩の熟睡後も体に残る疲れを癒してくれる。
窓の白いカーテンの向こうには、爽やかな朝の光と小鳥が笑いさざめき。
平和な光景だ。
ガンマ団総帥シンタローは、吐息を漏らした。
膝の上の新聞をめくる。新しいインクの香りが鼻腔をかすめる。
テレビから流れるほのぼのとした休日のニュース。
今日は彼にとっても、久しぶりの休みだった。
「キンちゃ~ん、そこの林檎ジャムとってよー」
「これか。しかし林檎を素材とするジャムは熱してから食した方がいい。何故なら含まれるペクチンは20℃であれば22%の体内の活性酸素を除去するが、100℃で熱すると48%に効果が跳ね上がり更に……」
「朝からもういいよ~」
まったく平和だ。
食卓には食器の触れ合う音とナイフとフォークを使う音。
……こんなに平和なのは。
きっと、あいつがいないからだ。
しかし、いなくていいと思ってはいるが、いないと気になる。
何やら早朝に外出してしまったのは知っている。
あいつがやっていることを知りたくはないが、知らされないと腹が立つ。
クソッ。
イライラ。
……。
シンタローの我慢は食卓について15分で切れた。
「……今気付いたけど、そういや親父は?」
えー、とグンマが丸い瞳で意外そうにこちらを向く。
「あれぇ、シンちゃん知らないのー? あ、もうそろそろ九時かなぁ」
金色の巻き毛が揺れて、壁時計を見上げる。
カチリ、と長針が回る音がして、それは時報を打った。
テレビではワイドショー番組が始まっている。軽快な音楽。
「あァ? なんだよ、九時って」
『みなさん、おはようございます。休日の爽やかな朝、いかがお過ごしでしょうか……』
「九時は九時だ。いいか、短針が9の文字盤に合い秒針と長針が合わさった瞬間にだな、」
「あァ? じゃあデジタル時計だったらどーすんだよお前はよ」
「あ! 出た、おとーさま」
その瞬間シンタローは固まった。
『……それでは今日のゲストコメンテーターを御紹介します。ガンマ団元総帥、マジックさんです』
画面に大写しになる見知った金髪派手な顔。
しかもウインク。
『ははは、よろしくお願いします。シンちゃん見てる? 愛してるよ!』
「だっはーッッッっっっ!!!!!!!!!!!」
シンタローは食器を空中に巻き上げて食卓に突っ伏した。
----------
「だあからっ! やめてくれつってるんだよ!」
昼食時の青家族の食卓では、より凄惨な言い争いが続いていた。
「どうして? ガンマ団は秘密軍団から平和のお仕置き軍団に生まれ変わったんじゃないか! テレビくらい出たって平気だよ」
「ちっがーう! 恥ずかしいんだよっっ!」
「シンちゃ~ん、もうやめなよー。おとーさまのコメント、僕すっごく面白かったよっ」
「そーゆーコト言ってんじゃないのっッ!」
「伯父上、あの『五月みどり』と『シャツが黄緑』という発言の間にある接点には非常に興味があります。何故、人名と衣服がある特定の色をしているという事実が……」
「だーっ! キンタロー、お前までっ!」
シンタローは床に崩れ落ちた。
コタローッッ! 早く目を覚ましてくれっ!
お兄ちゃんは、お兄ちゃんはこんな家族の中で……ッ!
「シンタロー」
全ての元凶が倒れ伏す自分の髪を撫でてきた。指でこぼれる涙を拭いてくる。
「どうしたんだい? ひどく御機嫌斜めだね……パパに話して御覧。お前は笑った方が、可愛いよ!」
「……っ!!!!」
溜め。
ウインウインウイン。
手の中できっかり三秒。
「……アンタのせいだ――――!!!!」
どっかーん!
正攻法で眼魔砲が部屋に炸裂した。
最近、テーブルの上にバラの一輪挿しがある。
特に意味はなく聞いてみると、なんだかコイツに毎朝送りつけてくるアホがいるらしい。
『知ってる? シンちゃん。赤いバラの花言葉は『情熱』。毎日花を贈って、千本になったら告白するんだよ。そして相手は断れない。そうなったらパパどうしようかな』
……もうどうでもいいから、とにかく勘弁してくれ……ッ!
例の恥ずかしい世界大会で優勝したり、講演会その他テレビラジオ雑誌もろもろのメディアに出まくったりと、最近のマジックは公の場に進出している。
特にあの口に出すのもためらう大会は、グンマがテレビをつけていたので自分もばっちり目撃してしまった。
え、衛星放送で世界中にあの映像が……ッ!
今までは家庭内だけでの恥だったのに……。
世界中に晒さないで、我が家の恥ッ!!!
しかもナンかアレ以来、世界中のバカやアホたちから変な貢物が届いたり妙な追っかけがいたりして……。
ああっ……ッ! おぞましい……ッッ!
考える程に、うざいエピソードが頭をよぎって悶々としてくる。
シンタローは心を落ち着かせるために、居間のソファで料理の本を広げた。
この所は忙しくて好きな料理も作れないってのに。
その貴重な休みをいつもアイツはッ! アイツはッ……!
……。
……。
目の端に、着替えたらしいマジックのスーツが映った。
どうやら午後から出かけるらしい。
「……」
再びどこへ行こうというのか。
気になる。また人様の前でバカをやらかしそうな悪寒。
しかし聞くのはムカツく。だけど俺だけ知らないのはもっとムカツく。
イライライラ。
そして聞いてくれと言わんばかりの顔で、自分の前を通り過ぎていくマジック。
イライライライラ。
「あ、あのね、シンちゃん」
グンマが見かねたのか話しかけてきた。
「おとーさま、3時から御本のサイン会があるんだって。あと一緒に軽く販促のポスター撮影」
バリッ。
お気に入りの料理本が、俺の手の中で真っ二つに割れた。
……ぐわああああああアアアアアァァァァッッ!!!
あの恥ずかしい自叙伝くわぁ!!!
「そうそう、グンちゃん」
あはは、とマジックが能天気に話し出す。
「明日は日本のトーキョー都で一日都知事をやるんだけどさ。ハーレムに聞いたけど、あの都庁って夜になると合体してロボットになるらしいよ! さすがメカニックの国エキゾチック・ジャパン」
「うわあ、おとーさま、それってスゴい!」
「合体するのはいいですがまずその目的と効果が問題視されるかと。そもそも日本の軍隊とはあくまで自衛隊であり、日本国憲法第九条の観点から言うと……」
「……いい加減にその一族全体の、間違った日本観やめようぜ」
さてと、そろそろ行かなきゃかな、と言いながらマジックが腕時計を見た。
そして自分の方を向いて笑う。
「今日は折角シンちゃんお休みなのに、一緒にいられなくてゴメンね! でもシンちゃんの顔が見たいから昼御飯は食べに来たんだよ。パパ、可愛く謝るから許して!」
「カワイかねーよ、カワイか。そのカワイさ自体を100字以内で説明しやがれ。つーかそんな恥ずかしい会に行くのヤメロ、本も発禁になってしまえ」
「ヤだなあ、シンちゃんったら亭主関白」
「誰が亭主ッ! 誰が関白ッ!」
「そんなに怒らなくても。どんなに人気者になったって、私はいつだってお前だけのものだよ! ヤキモチ焼くシンちゃんも可愛いけど。それじゃあね。バイバイ!」
「はあああ? うわっ! たっ!」
……飛んできた投げキスが、光速すぎて避けられなかったことにしばらく落ち込んだ……
「……」
シンタローは非常に仕事に戻りたかった。
仕事に無理矢理打ち込めば、いつものように、わずらわしい私事から一時は解放されるのだ。
今日に限って自由な体が恨めしい。
いや。いやいやいや。落ち着け、俺。
必死に自分を励ました。
俺は、ガンマ団総帥シンタローだ。
これぐらいのダメージどうだっていうんだ。
精神の安定ぐらい、軽くコントロール出来ないでどうする。
クッソォ、あのアホ親父め。
外で何やらかすか……人様の前で何やらかすか……だがそんなことは俺が気にしなければいい話であって。
そう、気にしなければいい。
……まあ、場所どこ行ったか知らないからな。知らないから気にしなければまあ……。
「シンタロー。伯父上はトーキョーのシンジュク、キノクニヤ書店に向かわれたそうだ。駅東口。ちなみに飛空艇は整備済みのが乗降口に」
ああっッ! お気遣いの紳士が余計なことをッ!
「お夕飯までには帰ってきてね、シンちゃん」
「ダ・レ・がッッ!!! ド・コ・にッッ!!! 行くんだよっ!」
「シンちゃん、そーいえばコート欲しいって言ってたじゃない。軍服の上にはおるやつ。今、日本はバーゲンの時期らしいよっ!」
「確かにバーゲンで購入すれば経費節減の観点からすると好ましくはある」
「……数万節約するより、その前に3億円パクった親族を連れてこいよ、お前ら……」
あ、という顔でグンマが人差し指を立てる。
「そーいえば、吉兆の高級味噌が切れてるっておとーさまが」
「そう言えば、日本製半導体が切れていたな。最近はアキハバラ以外の主要都市量販店でも手に入ると聞くが」
「突然一度に思い出さないでッッッ! 切れてる日本製品ッッッ!」
チッ。
クッソ、ナンだこの気まずい雰囲気は。
二人の目が、俺にこの家から出て行けと言っている。
ナンなんだ、この息苦しい家は。ここは俺の家じゃなかったのか。
「……近くを散歩してくる。久々の休日だからな」
とりあえず今は出て行くしかないぜ。なんてこった。
いいさ、外の冷たい空気を吸って、落ち着こう。
踵を返したシンタロー、その背中に浴びせかけられる声。
「行ってらっしゃ~い! お味噌よろしくねっ! あとお菓子も」
「半導体。いいか、型番を間違えるな」
「万が一近くまで行ったらな……万が一だぞ、万が一」
バタンと乱暴に玄関口のドアを閉めると、途端に冷気が体を包んだ。
ひんやりとした風が吹いている。
けっこー寒いな。薄いセーターだけで出てきてしまった。
まだ春も早いしな。
肩が小さく震えたので、手の平で擦ってみる。
……。
やっぱ、コートって買わないとダメかな。
……。
あの総帥服って意外と寒いんだよ。胸開いてるし。下はワイシャツだけだし。
……。
ガンマ団総帥が風邪ひいたら、団員に示しがつかないもんな……。
……。
休みの日に買い物するのってよく考えたら、まったくもって当り前のことだよな……。
----------
シンタローは両手に買い物袋をぶら下げて、シンジュクの駅ビル内をうろうろしていた。
買い物はもう終わってしまった。
おまけの味噌と半導体と、グンマ好みの甘い和菓子まで買ってしまった。
もうエスカレーターを上から下まで五往復はしている。
そろそろ店員の目が気になってきた。
そりゃこんなデカい男がうろついてちゃ不審に思うだろうよ。
あー、あー、そりゃそうだよな。俺だっておかしい人だと思うよ、いつもなら。
しかもその間に、きゃあきゃあ言ってる女の子たちに数回声をかけられた。
……次、声をかけられたら女の子と遊ぶのも悪くない。
だって休日だし。そう思いながら、生返事で断ってしまう。
ああ……俺って煮え切らない男だ……。
そうこうしている内に時間は3時。
……。
シンタローは、思った。
次はエレベーターに乗ろう。
屋上の動物乗り物で遊ぶ子供たちを眺めて、地下の食料品売り場を総チェックして更に買い物し、駅南口の350mの遊歩道を散歩し、駅西口の地下道を通ってそびえる都庁を見、駅北口はないので仕方なくセイブ・シンジュク駅北口まで行って、シンタローが問題の東口についたのはもう暗くなってからのことだった。
他は全部行ったから、東口だけは行かないってのは具合悪いだろうしな……不公平だ。
タクシー乗り場を越えて、シンタローは東口正面へと足を踏み出した。
周囲を見渡してみて、少し安心する。
なんだ、普通の風景じゃん。
休日の横断歩道は人で満ち溢れ、アルタ前の大画面には平凡なCMが映り、街頭ではIT業者の勧誘が通り過ぎる人々に小袋を配っている。
夕闇の中で車のクラクションが鳴り、若者たちが待ち合わせしているのか手に手に携帯をいじっていて……。
……若者?
……気付きたくないことに気付いてしまった。
明らかに違う年齢層の方々が混じっている。
混じっているっていうかむしろ主成分。
シンタローは帰りたくなった。
何かとてつもなく悪いことが起きる予感がする。
東口の右手、つまりキノクニヤ書店の方へは必死に目をやらないようにしていたが、このざわざわとした嫌な雰囲気はそこから漂ってきているような気がする。
世界最強軍団の総帥として、鍛え上げたこの俺の勘がヤバいと叫んでる。
動け。動け。俺の足。
しかし人込みの中で、背の高いシンタローは歩道の電柱のように動けない。
俺は、消費者金融のティッシュ配りのお姉さんたちにも絶対変に思われている。
だけど。だけど。
明らかにおかしい年齢層の方々が、腕に分厚い本を抱え使用済みの整理券を手に、興奮しながら群れている様子はもっと異常だ。
地面に座り込んで、必死に限定トレカを交換している様子はもっと異常だ。
何か怪しげなグッズを、声高に即席オークションしている様子はもっと異常だ。
ええっ? もう7時だぜ? 4時間経ってるんだぞ?
まだ終わってないの!?
その瞬間、パッと辺りが明るくなった。
シンジュク通り交差点の四方八方からライトが輝き、ガラス張りのキノクニヤ書店を美しく照らし出す。
アルタ前の大画面が見たくもない男の顔を映し出す。
群集がざわめき出し、我も我もと身を乗り出す。
シンタローの身体が、硬直した。
あああああッ! オ、オレ、もしかして一番ダメージの大きい時間帯に来ちゃった?
助けてッ! 助けて、神様ッッ!
白い大型リムジンが軽快なブレーキ音と共に、書店前に乗りつける。
運転手が降りてきて、後部座席のドアを開けた。
そして絶妙なタイミングで書店の扉が開いて。
ヤツが颯爽と姿を現した。
ウオオオオオオン!
人々のどよめきを、シンタローは気の遠くなった心で聞いていた。
『みなさんどうもありがとう。楽しかったよ!』
全てを中継している大画面のせいで、聞きたくもない声がシンジュク東口全体に響いている。
『みなさんに愛を。我が最愛の息子、シンタローの次の愛で恐縮だけれども……』
……もうシンタローには搾り出す声すら残ってはいなかった。
警備員や警官が抑えた人波の間を通り抜けて、花束を手に車に乗り込むマジック。
走り出すリムジン。
追いすがる群集。
灰色の画面になるアルタ前。
終わった!? 俺の苦行はもう終わった?
しかし。
シンジュク通りの半ばまで進んだ車は、人波で動きを止めた。
ちょっとッ! しっかりしてよッッ! 日本の警察ッッッ!
そんなんだから犯罪検挙率が年々下がってヤンキーが増えて、俺たちが苦労すんのよ?
ああっ、ホラ、ホラ、俺の目の前に……。
降りてきたあああああああッッッッッ!!!!!!
『ははは。じゃあ皆さんにさっきしきれなかった『秘石と私』巻末フロクの解説を』
まだマイクはずしてないのかよ! つうか大画面も再び映すな!
お前らどんなサービス精神だッ!
『まず最初の第一章一条一項の『パパだよ、そしてこれはパンダ』に関してですが、この想起の背景には、実は悲しい事情があったのです。秘石を奪った我が息子シンタローが南の島に行ったきりの時……』
もう……。
もう……。
もうッ……!
耐えられないッッッッッ!!
恥ずかしいッッッッッッッッ!!!
シンタローの凍りついた足が初めて動いた。
矢のように人込みを飛び出す。
派手なスーツの男の手をつかむと、比較的人の薄いヨヨギ方面へと走り出した。
----------
「シンちゃん、荷物持つよ」
「いいって」
「シンちゃん、寒くないの」
「つーか別の意味でサムいんだよ放っとけ」
「シンちゃん、何買ったの、見せて」
「ここで見せられるかよ! いいから大人しく歩け」
自分たちはシンジュク御苑に向かう細道を歩いている。
暗く街路樹が陰り、たまに通る車のサーチライトが掠めていく。
小さく夜の鳥の鳴き声がした。
……まだ心臓がばくばくいっている。
信じられない。ありえない。
あああ、恥ずかしい! なんなんだよ!
どうして俺ばっかりこんな目に!
平然とバカをやるこの男が憎らしい。
「ねェ、シンちゃん」
「あんだよ、黙ってろ」
「……じゃあパパの口塞いでよ」
「うわったったったっ!!! バカ! どーしてアンタはこう人目とかどーでもいいんだよッ! 恥を知れ!!!」
大きな体に後ろから抱きつかれた。
少ないとはいえ遠巻きに好奇の目が向けられている。女性の黄色い声まで聞こえてくる始末だ。
シンタローは唇を寄せてくるマジックに必死に抵抗した。
掴み掴まれの、ぎゃんぎゃんとしたいつもの押し合いになる。
「……だってシンちゃん」
耳元で低く声が響いて、それが嫌で文句を言ってやろうとその顔を見ると。
わざとらしい素振りの中で、意外に彼は真剣な目をしていた。
思わず手を止める。
通り過ぎる車の光が、薄く長く二つの影を作って、また闇に消えた。
カタカタカタと遠くに走る自転車の音。近付いたままの自分の頬が相手の息を感じる。
「とにかく大きな声で言わないと、お前はどんどん私から離れていってしまうよね。お前が立派になっていくのは嬉しいよ……でもそれが寂しい。置いていかれそうで不安でたまらない。私にはお前だけだもの。だから何だって使うよ。何だって利用して、世界中の何処でだって、朝から夜まで何時だって、お前のこと愛してるって言いたいんだよ」
「……そんなの……言わなくていい」
「でもシンちゃんわかってくれないし」
「そんなのわからなくていーんだよっ! アンタだって」
言葉を切る。
また無性に腹が立った。
「アンタだって、わかってないだろ、色々……オラ、もう行くぞ。ホントに置いてくぞ」
無理矢理に男を振り払い、スタスタと道を歩く。
冷たいんだから、という声がして、後ろからついてくる足音が聞こえた。
まったく最悪だ。
このバカが。クソ。
ひたすら手間がかかって。
死ぬほど気がきかなくて。
とにかく思い通りにならなくて。
いつまでたっても訳がわからないし、あっちもわかっちゃくれない。
なんて面倒な奴。
なんて直球な奴。
なんて恥ずかしい奴。
シンタローは振り返った。
視線が合って、嬉しそうに微笑みかけてくる青い瞳。
……。
……わかってる。
この世で一番恥ずかしいヤツは。
アンタを放っておけない、俺自身。
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スクランブル・エッグのとろとろにした黄身は、バターでソテーしたパンに乗せて。
今日のブラック・プティングはナツメグが効き過ぎか。
薄めに入れた紅茶はカモミールで、一晩の熟睡後も体に残る疲れを癒してくれる。
窓の白いカーテンの向こうには、爽やかな朝の光と小鳥が笑いさざめき。
平和な光景だ。
ガンマ団総帥シンタローは、吐息を漏らした。
膝の上の新聞をめくる。新しいインクの香りが鼻腔をかすめる。
テレビから流れるほのぼのとした休日のニュース。
今日は彼にとっても、久しぶりの休みだった。
「キンちゃ~ん、そこの林檎ジャムとってよー」
「これか。しかし林檎を素材とするジャムは熱してから食した方がいい。何故なら含まれるペクチンは20℃であれば22%の体内の活性酸素を除去するが、100℃で熱すると48%に効果が跳ね上がり更に……」
「朝からもういいよ~」
まったく平和だ。
食卓には食器の触れ合う音とナイフとフォークを使う音。
……こんなに平和なのは。
きっと、あいつがいないからだ。
しかし、いなくていいと思ってはいるが、いないと気になる。
何やら早朝に外出してしまったのは知っている。
あいつがやっていることを知りたくはないが、知らされないと腹が立つ。
クソッ。
イライラ。
……。
シンタローの我慢は食卓について15分で切れた。
「……今気付いたけど、そういや親父は?」
えー、とグンマが丸い瞳で意外そうにこちらを向く。
「あれぇ、シンちゃん知らないのー? あ、もうそろそろ九時かなぁ」
金色の巻き毛が揺れて、壁時計を見上げる。
カチリ、と長針が回る音がして、それは時報を打った。
テレビではワイドショー番組が始まっている。軽快な音楽。
「あァ? なんだよ、九時って」
『みなさん、おはようございます。休日の爽やかな朝、いかがお過ごしでしょうか……』
「九時は九時だ。いいか、短針が9の文字盤に合い秒針と長針が合わさった瞬間にだな、」
「あァ? じゃあデジタル時計だったらどーすんだよお前はよ」
「あ! 出た、おとーさま」
その瞬間シンタローは固まった。
『……それでは今日のゲストコメンテーターを御紹介します。ガンマ団元総帥、マジックさんです』
画面に大写しになる見知った金髪派手な顔。
しかもウインク。
『ははは、よろしくお願いします。シンちゃん見てる? 愛してるよ!』
「だっはーッッッっっっ!!!!!!!!!!!」
シンタローは食器を空中に巻き上げて食卓に突っ伏した。
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「だあからっ! やめてくれつってるんだよ!」
昼食時の青家族の食卓では、より凄惨な言い争いが続いていた。
「どうして? ガンマ団は秘密軍団から平和のお仕置き軍団に生まれ変わったんじゃないか! テレビくらい出たって平気だよ」
「ちっがーう! 恥ずかしいんだよっっ!」
「シンちゃ~ん、もうやめなよー。おとーさまのコメント、僕すっごく面白かったよっ」
「そーゆーコト言ってんじゃないのっッ!」
「伯父上、あの『五月みどり』と『シャツが黄緑』という発言の間にある接点には非常に興味があります。何故、人名と衣服がある特定の色をしているという事実が……」
「だーっ! キンタロー、お前までっ!」
シンタローは床に崩れ落ちた。
コタローッッ! 早く目を覚ましてくれっ!
お兄ちゃんは、お兄ちゃんはこんな家族の中で……ッ!
「シンタロー」
全ての元凶が倒れ伏す自分の髪を撫でてきた。指でこぼれる涙を拭いてくる。
「どうしたんだい? ひどく御機嫌斜めだね……パパに話して御覧。お前は笑った方が、可愛いよ!」
「……っ!!!!」
溜め。
ウインウインウイン。
手の中できっかり三秒。
「……アンタのせいだ――――!!!!」
どっかーん!
正攻法で眼魔砲が部屋に炸裂した。
最近、テーブルの上にバラの一輪挿しがある。
特に意味はなく聞いてみると、なんだかコイツに毎朝送りつけてくるアホがいるらしい。
『知ってる? シンちゃん。赤いバラの花言葉は『情熱』。毎日花を贈って、千本になったら告白するんだよ。そして相手は断れない。そうなったらパパどうしようかな』
……もうどうでもいいから、とにかく勘弁してくれ……ッ!
例の恥ずかしい世界大会で優勝したり、講演会その他テレビラジオ雑誌もろもろのメディアに出まくったりと、最近のマジックは公の場に進出している。
特にあの口に出すのもためらう大会は、グンマがテレビをつけていたので自分もばっちり目撃してしまった。
え、衛星放送で世界中にあの映像が……ッ!
今までは家庭内だけでの恥だったのに……。
世界中に晒さないで、我が家の恥ッ!!!
しかもナンかアレ以来、世界中のバカやアホたちから変な貢物が届いたり妙な追っかけがいたりして……。
ああっ……ッ! おぞましい……ッッ!
考える程に、うざいエピソードが頭をよぎって悶々としてくる。
シンタローは心を落ち着かせるために、居間のソファで料理の本を広げた。
この所は忙しくて好きな料理も作れないってのに。
その貴重な休みをいつもアイツはッ! アイツはッ……!
……。
……。
目の端に、着替えたらしいマジックのスーツが映った。
どうやら午後から出かけるらしい。
「……」
再びどこへ行こうというのか。
気になる。また人様の前でバカをやらかしそうな悪寒。
しかし聞くのはムカツく。だけど俺だけ知らないのはもっとムカツく。
イライライラ。
そして聞いてくれと言わんばかりの顔で、自分の前を通り過ぎていくマジック。
イライライライラ。
「あ、あのね、シンちゃん」
グンマが見かねたのか話しかけてきた。
「おとーさま、3時から御本のサイン会があるんだって。あと一緒に軽く販促のポスター撮影」
バリッ。
お気に入りの料理本が、俺の手の中で真っ二つに割れた。
……ぐわああああああアアアアアァァァァッッ!!!
あの恥ずかしい自叙伝くわぁ!!!
「そうそう、グンちゃん」
あはは、とマジックが能天気に話し出す。
「明日は日本のトーキョー都で一日都知事をやるんだけどさ。ハーレムに聞いたけど、あの都庁って夜になると合体してロボットになるらしいよ! さすがメカニックの国エキゾチック・ジャパン」
「うわあ、おとーさま、それってスゴい!」
「合体するのはいいですがまずその目的と効果が問題視されるかと。そもそも日本の軍隊とはあくまで自衛隊であり、日本国憲法第九条の観点から言うと……」
「……いい加減にその一族全体の、間違った日本観やめようぜ」
さてと、そろそろ行かなきゃかな、と言いながらマジックが腕時計を見た。
そして自分の方を向いて笑う。
「今日は折角シンちゃんお休みなのに、一緒にいられなくてゴメンね! でもシンちゃんの顔が見たいから昼御飯は食べに来たんだよ。パパ、可愛く謝るから許して!」
「カワイかねーよ、カワイか。そのカワイさ自体を100字以内で説明しやがれ。つーかそんな恥ずかしい会に行くのヤメロ、本も発禁になってしまえ」
「ヤだなあ、シンちゃんったら亭主関白」
「誰が亭主ッ! 誰が関白ッ!」
「そんなに怒らなくても。どんなに人気者になったって、私はいつだってお前だけのものだよ! ヤキモチ焼くシンちゃんも可愛いけど。それじゃあね。バイバイ!」
「はあああ? うわっ! たっ!」
……飛んできた投げキスが、光速すぎて避けられなかったことにしばらく落ち込んだ……
「……」
シンタローは非常に仕事に戻りたかった。
仕事に無理矢理打ち込めば、いつものように、わずらわしい私事から一時は解放されるのだ。
今日に限って自由な体が恨めしい。
いや。いやいやいや。落ち着け、俺。
必死に自分を励ました。
俺は、ガンマ団総帥シンタローだ。
これぐらいのダメージどうだっていうんだ。
精神の安定ぐらい、軽くコントロール出来ないでどうする。
クッソォ、あのアホ親父め。
外で何やらかすか……人様の前で何やらかすか……だがそんなことは俺が気にしなければいい話であって。
そう、気にしなければいい。
……まあ、場所どこ行ったか知らないからな。知らないから気にしなければまあ……。
「シンタロー。伯父上はトーキョーのシンジュク、キノクニヤ書店に向かわれたそうだ。駅東口。ちなみに飛空艇は整備済みのが乗降口に」
ああっッ! お気遣いの紳士が余計なことをッ!
「お夕飯までには帰ってきてね、シンちゃん」
「ダ・レ・がッッ!!! ド・コ・にッッ!!! 行くんだよっ!」
「シンちゃん、そーいえばコート欲しいって言ってたじゃない。軍服の上にはおるやつ。今、日本はバーゲンの時期らしいよっ!」
「確かにバーゲンで購入すれば経費節減の観点からすると好ましくはある」
「……数万節約するより、その前に3億円パクった親族を連れてこいよ、お前ら……」
あ、という顔でグンマが人差し指を立てる。
「そーいえば、吉兆の高級味噌が切れてるっておとーさまが」
「そう言えば、日本製半導体が切れていたな。最近はアキハバラ以外の主要都市量販店でも手に入ると聞くが」
「突然一度に思い出さないでッッッ! 切れてる日本製品ッッッ!」
チッ。
クッソ、ナンだこの気まずい雰囲気は。
二人の目が、俺にこの家から出て行けと言っている。
ナンなんだ、この息苦しい家は。ここは俺の家じゃなかったのか。
「……近くを散歩してくる。久々の休日だからな」
とりあえず今は出て行くしかないぜ。なんてこった。
いいさ、外の冷たい空気を吸って、落ち着こう。
踵を返したシンタロー、その背中に浴びせかけられる声。
「行ってらっしゃ~い! お味噌よろしくねっ! あとお菓子も」
「半導体。いいか、型番を間違えるな」
「万が一近くまで行ったらな……万が一だぞ、万が一」
バタンと乱暴に玄関口のドアを閉めると、途端に冷気が体を包んだ。
ひんやりとした風が吹いている。
けっこー寒いな。薄いセーターだけで出てきてしまった。
まだ春も早いしな。
肩が小さく震えたので、手の平で擦ってみる。
……。
やっぱ、コートって買わないとダメかな。
……。
あの総帥服って意外と寒いんだよ。胸開いてるし。下はワイシャツだけだし。
……。
ガンマ団総帥が風邪ひいたら、団員に示しがつかないもんな……。
……。
休みの日に買い物するのってよく考えたら、まったくもって当り前のことだよな……。
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シンタローは両手に買い物袋をぶら下げて、シンジュクの駅ビル内をうろうろしていた。
買い物はもう終わってしまった。
おまけの味噌と半導体と、グンマ好みの甘い和菓子まで買ってしまった。
もうエスカレーターを上から下まで五往復はしている。
そろそろ店員の目が気になってきた。
そりゃこんなデカい男がうろついてちゃ不審に思うだろうよ。
あー、あー、そりゃそうだよな。俺だっておかしい人だと思うよ、いつもなら。
しかもその間に、きゃあきゃあ言ってる女の子たちに数回声をかけられた。
……次、声をかけられたら女の子と遊ぶのも悪くない。
だって休日だし。そう思いながら、生返事で断ってしまう。
ああ……俺って煮え切らない男だ……。
そうこうしている内に時間は3時。
……。
シンタローは、思った。
次はエレベーターに乗ろう。
屋上の動物乗り物で遊ぶ子供たちを眺めて、地下の食料品売り場を総チェックして更に買い物し、駅南口の350mの遊歩道を散歩し、駅西口の地下道を通ってそびえる都庁を見、駅北口はないので仕方なくセイブ・シンジュク駅北口まで行って、シンタローが問題の東口についたのはもう暗くなってからのことだった。
他は全部行ったから、東口だけは行かないってのは具合悪いだろうしな……不公平だ。
タクシー乗り場を越えて、シンタローは東口正面へと足を踏み出した。
周囲を見渡してみて、少し安心する。
なんだ、普通の風景じゃん。
休日の横断歩道は人で満ち溢れ、アルタ前の大画面には平凡なCMが映り、街頭ではIT業者の勧誘が通り過ぎる人々に小袋を配っている。
夕闇の中で車のクラクションが鳴り、若者たちが待ち合わせしているのか手に手に携帯をいじっていて……。
……若者?
……気付きたくないことに気付いてしまった。
明らかに違う年齢層の方々が混じっている。
混じっているっていうかむしろ主成分。
シンタローは帰りたくなった。
何かとてつもなく悪いことが起きる予感がする。
東口の右手、つまりキノクニヤ書店の方へは必死に目をやらないようにしていたが、このざわざわとした嫌な雰囲気はそこから漂ってきているような気がする。
世界最強軍団の総帥として、鍛え上げたこの俺の勘がヤバいと叫んでる。
動け。動け。俺の足。
しかし人込みの中で、背の高いシンタローは歩道の電柱のように動けない。
俺は、消費者金融のティッシュ配りのお姉さんたちにも絶対変に思われている。
だけど。だけど。
明らかにおかしい年齢層の方々が、腕に分厚い本を抱え使用済みの整理券を手に、興奮しながら群れている様子はもっと異常だ。
地面に座り込んで、必死に限定トレカを交換している様子はもっと異常だ。
何か怪しげなグッズを、声高に即席オークションしている様子はもっと異常だ。
ええっ? もう7時だぜ? 4時間経ってるんだぞ?
まだ終わってないの!?
その瞬間、パッと辺りが明るくなった。
シンジュク通り交差点の四方八方からライトが輝き、ガラス張りのキノクニヤ書店を美しく照らし出す。
アルタ前の大画面が見たくもない男の顔を映し出す。
群集がざわめき出し、我も我もと身を乗り出す。
シンタローの身体が、硬直した。
あああああッ! オ、オレ、もしかして一番ダメージの大きい時間帯に来ちゃった?
助けてッ! 助けて、神様ッッ!
白い大型リムジンが軽快なブレーキ音と共に、書店前に乗りつける。
運転手が降りてきて、後部座席のドアを開けた。
そして絶妙なタイミングで書店の扉が開いて。
ヤツが颯爽と姿を現した。
ウオオオオオオン!
人々のどよめきを、シンタローは気の遠くなった心で聞いていた。
『みなさんどうもありがとう。楽しかったよ!』
全てを中継している大画面のせいで、聞きたくもない声がシンジュク東口全体に響いている。
『みなさんに愛を。我が最愛の息子、シンタローの次の愛で恐縮だけれども……』
……もうシンタローには搾り出す声すら残ってはいなかった。
警備員や警官が抑えた人波の間を通り抜けて、花束を手に車に乗り込むマジック。
走り出すリムジン。
追いすがる群集。
灰色の画面になるアルタ前。
終わった!? 俺の苦行はもう終わった?
しかし。
シンジュク通りの半ばまで進んだ車は、人波で動きを止めた。
ちょっとッ! しっかりしてよッッ! 日本の警察ッッッ!
そんなんだから犯罪検挙率が年々下がってヤンキーが増えて、俺たちが苦労すんのよ?
ああっ、ホラ、ホラ、俺の目の前に……。
降りてきたあああああああッッッッッ!!!!!!
『ははは。じゃあ皆さんにさっきしきれなかった『秘石と私』巻末フロクの解説を』
まだマイクはずしてないのかよ! つうか大画面も再び映すな!
お前らどんなサービス精神だッ!
『まず最初の第一章一条一項の『パパだよ、そしてこれはパンダ』に関してですが、この想起の背景には、実は悲しい事情があったのです。秘石を奪った我が息子シンタローが南の島に行ったきりの時……』
もう……。
もう……。
もうッ……!
耐えられないッッッッッ!!
恥ずかしいッッッッッッッッ!!!
シンタローの凍りついた足が初めて動いた。
矢のように人込みを飛び出す。
派手なスーツの男の手をつかむと、比較的人の薄いヨヨギ方面へと走り出した。
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「シンちゃん、荷物持つよ」
「いいって」
「シンちゃん、寒くないの」
「つーか別の意味でサムいんだよ放っとけ」
「シンちゃん、何買ったの、見せて」
「ここで見せられるかよ! いいから大人しく歩け」
自分たちはシンジュク御苑に向かう細道を歩いている。
暗く街路樹が陰り、たまに通る車のサーチライトが掠めていく。
小さく夜の鳥の鳴き声がした。
……まだ心臓がばくばくいっている。
信じられない。ありえない。
あああ、恥ずかしい! なんなんだよ!
どうして俺ばっかりこんな目に!
平然とバカをやるこの男が憎らしい。
「ねェ、シンちゃん」
「あんだよ、黙ってろ」
「……じゃあパパの口塞いでよ」
「うわったったったっ!!! バカ! どーしてアンタはこう人目とかどーでもいいんだよッ! 恥を知れ!!!」
大きな体に後ろから抱きつかれた。
少ないとはいえ遠巻きに好奇の目が向けられている。女性の黄色い声まで聞こえてくる始末だ。
シンタローは唇を寄せてくるマジックに必死に抵抗した。
掴み掴まれの、ぎゃんぎゃんとしたいつもの押し合いになる。
「……だってシンちゃん」
耳元で低く声が響いて、それが嫌で文句を言ってやろうとその顔を見ると。
わざとらしい素振りの中で、意外に彼は真剣な目をしていた。
思わず手を止める。
通り過ぎる車の光が、薄く長く二つの影を作って、また闇に消えた。
カタカタカタと遠くに走る自転車の音。近付いたままの自分の頬が相手の息を感じる。
「とにかく大きな声で言わないと、お前はどんどん私から離れていってしまうよね。お前が立派になっていくのは嬉しいよ……でもそれが寂しい。置いていかれそうで不安でたまらない。私にはお前だけだもの。だから何だって使うよ。何だって利用して、世界中の何処でだって、朝から夜まで何時だって、お前のこと愛してるって言いたいんだよ」
「……そんなの……言わなくていい」
「でもシンちゃんわかってくれないし」
「そんなのわからなくていーんだよっ! アンタだって」
言葉を切る。
また無性に腹が立った。
「アンタだって、わかってないだろ、色々……オラ、もう行くぞ。ホントに置いてくぞ」
無理矢理に男を振り払い、スタスタと道を歩く。
冷たいんだから、という声がして、後ろからついてくる足音が聞こえた。
まったく最悪だ。
このバカが。クソ。
ひたすら手間がかかって。
死ぬほど気がきかなくて。
とにかく思い通りにならなくて。
いつまでたっても訳がわからないし、あっちもわかっちゃくれない。
なんて面倒な奴。
なんて直球な奴。
なんて恥ずかしい奴。
シンタローは振り返った。
視線が合って、嬉しそうに微笑みかけてくる青い瞳。
……。
……わかってる。
この世で一番恥ずかしいヤツは。
アンタを放っておけない、俺自身。
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