黒。
全てを呑み込んでしまう黒。
いっそ、この存在さえも呑み込んでしまってくれればいいのに。
黒と黒
「綺麗な黒髪おすなぁ」
隣りで座っていたアラシヤマが、髪を一房手に取った。
滑るように逃げていく黒の長い髪。
「シンタローはんの髪、ほんま綺麗な黒髪おすなぁ」
穏やかな笑顔で、再び俺の髪から一房手にする。
やめろ。
俺の髪なんて。
どこも綺麗なんかじゃないじゃないか。
物心ついた頃、たまたま耳にした言葉。
『一族の出来損ない』
それがどういう意味なのか判らなかった。
ただ、それは俺に対して、決して良い意味で言われたのではないということは判った。
意味が判るようになるには、それほど時間は掛からなかった。
金髪碧眼ばかりの青の一族の中に生まれた、ただ独りの黒い髪の黒い瞳の子供。
秘石眼を持たない子供。
『一族の出来損ない』
意味を知ったとき。
再び、同じ言葉を聞いてしまったとき。
俺は傷付いてただろうか。
ちゃんと、傷付いていただろうか。
世界が黒かった。
真っ黒で。
ぜんぶがくろくて。
見えない。
感じない。
だって俺は――
出来損ないだから。
飽きずに、何度も何度も俺の髪を滑らせているアラシヤマ。
らしくない笑みを横目で見て、思わず小さく噴き出してしまった。
「…シンタローはん?」
「悪ぃ」
怪訝そうに顔を顰めるアラシヤマに、小さく謝る。
「どないしはったんどす?」
「……」
訊ねるアラシヤマから視線を外して、これ以上聞くなという態度をとる。
キレイだってよ。
目を落として、自分でも髪を一房手に取る。
滑らかに滑っていく黒髪の毛先を見つめる。
確かに、綺麗な髪かもしれない。
背中を半分隠す長さにも関わらず、痛んだところなどほとんどない。
アラシヤマが綺麗と言うのも判らないでもない。
それが他人の髪だったら。の話だが…。
出来損ないとまで言われた髪だ。
自分が何者で、マジックの血の繋がった息子でないということが判った後でも、今更、自分の髪を手放しで好き
になる事など出来ない。
女々しい奴でいるつもりはないが。
幼い頃に感じた、あの黒は忘れる事など出来ない。
世界が黒かった。
傷付くよりも先に、目の前が――世界が黒くなった。
まるで自分の髪のように。
全てが漆黒に包まれていた。
「シンタローはん」
名前を呼ばれて、意識が浮上した。
京都訛りの、右目を前髪で隠した男。
辛うじて見えてる左目の強さに、戸惑う。
「な、なんだよ」
その瞳の強さに堪えかねて視線を逸らしたくなる。
「シンタローはんの黒、わては好きどすぇ。他の誰が何を言ってるかなんて知らしまへん。関係あらしまへん」
強い口調で訴えられる。
真剣なアラシヤマの黒い瞳に、自然と口許が緩んでしまう。
「あぁ」
手を伸ばし、目の前にいる男の髪に触れる。
光に透けて紫がかった髪。
癖など少しもないサラサラな髪に笑みが零れる。
「……っ」
目の前でアラシヤマが息を呑むのが聞こえた。
「さっきの言葉、訂正します。わてはシンタローはんの髪だけやのぉて、シンタローはん自身も好きどすっ」
「――知ってる」
「聞き流さんといて。わては本気どすっ」
アラシヤマ静かに、手にした俺の髪へと唇を落とす。
俺の髪にアラシヤマの長い前髪が重なる。
俺は黙って、その光景を目を細めて見ていた。
黒と黒。
俺にとっては忌まわしい思い出の色を、こいつは好きだと言う。
「聞き流してなんかねーよ。ちゃんと聞いてる」
聞こえてる。
お前の言葉はいつもちゃんと聞こえてる。
俺は目の前の頭を引き寄せると、アラシヤマの黒にそっと口付けた。
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